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164話 別れ

 



 広場。

 それは、大きな十字路の中心にあったものだ。

 今は瓦礫の山に変貌しているが、襲撃前には出店が数店構えられていた。


 ここはケイトとたまに食べ歩き等して遊んだ場所でもある。

 ケイトは不審がられないように、ローブを着て顔にペイントを塗ってということを毎回していたが、一緒に外に出て遊んでいたケイトはいつも笑顔だった。

 残像すら浮かぶほどに、ありありと思い出せてしまうのが、かえってりりの心を苛んでしまう。


「ここならあたしも満足だ」

「……うん」


 小さくうなずく。


「さて……りり。今度はしっかりと覚悟を決めろよ」

「何の?」

「燃やす覚悟だ」

「……何を?」

「判ってるんだろ?」


 少しとぼけてみたが、アーシユルはそれを許してはくれない。


「……うん」


 宗教にもよるが、日本でなら殆どの場合、葬式と言う名の、死者に別れをする時間が設けられる。

 火葬するのは次の日だ。


 だが、この世界では違う。

 死者は即座に見捨てられ野生生物の餌になるか、呪い(疫病)を防ぐための即時の火葬のどちらかになる。

 ましてやケイトは最後、大量の血を猛毒に変化させて死んだのだ。放っておいたら間違いなく災いを巻き起こすのは火を見るよりも明らかだ。


「本当なら薪が要るところだが……」

「私がやる。アーシユルは火炎ジンギをお願い」

「あぁ……」


 アーシユルは、何かを意識するかのように、ゆっくりと火炎ジンギを起動させる。

 つい先程、これに意識を集中しすぎていたのと、フィジカルハイを使用した蛇龍の身体能力を見誤った事で、ケイトという犠牲が出たのだ。


 悔やんでも悔みきれない。


 しかも、これでケイトを焼こうというのだ。皮肉などというものではない。




 火炎ジンギのゲートが開く。

 りりは、そこの周りに黒球を展開して炎を保持する。


 10秒程経過しゲートが閉じると、アーシユルはジンギを引っ込める。

 本来拡散されるであろう炎は、全て黒球の中だ。

 秘める熱量は、りりの知る火葬場のソレに何ら遜色がないものとなる。


「りり。恥ずかしいかもしれないだろうが、今着てるその服も一緒に処分だ。ケイトの血が付着している」

「……そうだよね……フラベルタ。悪いんだけど、私の変えのワンピースと……ケイトさんの灰色のワンピースも持ってきてもらえる?」

「それくらいなら良いわよ」


 パチン


 フラベルタが指を鳴らすと、ゲートが開く。

 そのまま手際良く、代えの服を持ってくる。


「ありがと。頼み忘れたんだけど、ケイトさんの足もお願いできる?」

「いいわよ」


 同じ工程を繰り返し、ケイトの足が齎される。


「ありがとう。本当助かる」

「いいのよ。同じ[極め]でしょ? それより。落ち込まないでね。こういう事は珍しくないのだから」

「……」


 答えずに、服を着替えてゆく。


「りり。ところで何でケイトの服を?」

「……お焚き上げっていうのかわからないけど、私のところの宗教の……まぁ、そういう行事があるんだ。死者と一緒の、本当は棺とかも要るんだけど、一緒に燃やした物は、あの世……死んだ人が次に行く世界に持っていけるっていう、そんな言い伝えみたいなのが……ね」


 ケイトの足を本来ある位置へ、畳んであるケイトのワンピースをケイトの腹の上へと置く。

 そして、りりの着ていた、ケイトの血で汚れた水色のワンピースも横に添える。

 装花の代わりにすらならないが、なにせケイトの持ち物がそもそも少ないのだ。代わりにこれを足しにする。


「変な文化だな。まるで死んでも終わりじゃないみたいだ」

「他にも生まれ変わりとかもあるんだよ。全く別の人になるんだけど、魂だけは同じっていうの」

「魂ねぇ……死者が10日程、夢に出てくるっていうのと関係があるのかね」

「かもね」


 夢枕というものは、此方の世界でも存在するようだ。


 アーシユル達の居る位置にまで戻る。


 黒球が頭上で静かに燃え盛る。

 皆がケイトに注目したまま、沈黙が流れてゆく。


 この中で、誰よりもケイトを可愛がっていたのはりりだ。皆それを知っている。

 故に、誰もりりを急かさない。




 心の中で別れを告げる。


 最後に錯乱してごめんなさい。

 ケイトさんは最高の友達、いや家族だったよ。

 もっと一緒に遊びたかったな。

 ケイトさんの惚気話、いっぱい聞きたかったよ。

 助けてくれてありがとう。

 助けられなくてごめんなさい。

 大好きだよ。

 もっともっといっぱいあるんだ。もっともっと一緒に居たかったんだ。


 頭の中が纏まらない。

 思いついた言葉をいくつも並べては、ケイトへと届くように、精一杯の大出力で念話を飛ばす。

 返事は当然返ってこない。

 それを解っていても、完全な自己満足だとしても、せずにはいられなかった。




「……おまたせ」

「おう。もうちょっと長くてもいいが……今はな」

「襲撃来てるもんね……」


 蛇龍が沈黙した今、ここは静寂の様相を呈しているが、街自体は襲撃を受けている。

 早い話が戦争に突入しているのだ。


「ああ。あの蛇龍が早すぎたから、ここに襲撃者が来るまでもう少し時間があるはずだが……」

「大丈夫……じゃあ……やるね」


 ケイトを見つめたままの会話。

 時間があるのならば、もっともっと思い出話をして、たっぷりと花を供えて、ケイトの恋人にも連絡をしてということが出来たのだが、今は戦時中だ。それどころではない。


 夜でないため、シャドウシフトで花を探しに行くことも出来なければ、戦争に駆り出されているケイトの恋人にもこの事を伝えることが出来ない。




 唇をぎゅっと噛みながら、意を決して、ケイトを包むように黒球を落とす。


 間もなく、鼻を突くような、人の肉の焼ける不快な香りがしてくる。


 涙があふれ、世界がにじむ。

 本当の気持を言うのであれば、すぐにでも黒球を除けてやりたい。

 しかしその気持とは裏腹に、りりはケイトの毒の危険性を身をもって知っている。それは出来ない。


 心を押し殺して、黒球は動かさないと誓う。




 焼き始めて少し、フラベルタが寄ってきて口を開く。

 視線はケイトを焼いている黒球に向いたままだ。


「その火力だと。骨になるまで1時間といったところね。火力を上げるか。対策をしないと。終わるまでに。ここが戦場になるわよ」

「……どっちがいいか考えてるんだ」


 フラベルタの問に応える。


「火力を上げて、ケイトさんをさっさと燃やしてしまう代わりに、静かにしてあげるっていうのが1つ。うるさくなるだろうけど、このままにして、私個人の恨みで、ここに襲撃してくる人を焼き尽くすのか……そのどっちか……」


 それを聞いて、アーシユルが火炎ジンギを起動し、黒球に浴びせる。後者の、自暴自棄による殺戮をさせないつもりだ。

 りりも、それを黙って見守る。


 ゲートが閉じ、火炎が収まる。


「フラベルタ様。これくらいならどれくらいで?」

「計算によると、あと10分程ね」

「ありがとうございます……というわけだ。りり。火葬自体はそれで終わり。あとは地面に穴を掘って埋める」

「……うん」


 覇気があまり出ない。自然と応える声は小さくなる。


「だがその後、この場を荒らされないために、やはり戦うしか無い。ケイトだって、自分のせいで存分にあたし達が戦えないなんて嫌だろうぜ」

「それは大丈夫。あたし1人でやる」

「バックドラフトをやるのか?」

「ううん。もう準備始めてるから大丈夫。自分達が何を相手にしてるか、そして何を差し向けてきたのか存分に分からせてやるんだ……」


 力は入らない為、ボソボソと喋る。

 しかし、心の中では殺意が渦巻いている。

 この殺意をそのまま出してしまっては、殺戮者になるだけなので、それを必死に押し殺しながら、なるべく殺さないように策を練る。

 策と言っても、至極単純なものだ。


「不穏だな……」

「まあね。でも殺しはしないよ」


 言った通り殺す気は無い。今殺してしまえば、ケイトの行く先を騒がしくしてしまうだろうからだ。




 火葬が終わる。

 恐る恐る黒球を退けると、そこにはあの美しい黒さは無い。

 あるのは灰と、それと同じ色をした、立派で綺麗な骨があるだけだった。


 黒球を空に持ち上げて、開放する。凄まじい熱を放出し、空に赤熱した花が咲く。


「ハハ……ケイトさん。もうすっかり白くなっちゃいましたね」

「皮肉なものですね。ケイトちゃんの名前、死んでから初めて機能してるんですから」

「え?」


 マナは続ける。


「エルフの言語で、ケイトって白っていう意味なんですよ。最近、黒くてもりりさんに好かれてるから良いみたいな事も言ってましたし、今更白くなってもという感じはありますけどね」

「……そう……なんですか……」


 複雑な気持ちになる。

 ケイトは、その皮肉な名前のまま黒くなってゆき、その黒さ故に、心も体も荒んでいった。

 だが、それ故にりりとも遭遇することが出来、やはりそのせいで、その生涯に幕を閉じた。


 やるせなさに涙も出ない。

 泣き尽くしたから出ないのか、そもそも出るような話では無いのかまで意識が回らない。


「りり。ほれ水だ。飲んでおけ」

「ありがと……」


 水ジンギで出現した水を念力で受け止めて、コップ状に変化させ飲み下してゆく。

 飲む水が苦く感じるのは、塩分が足りていないせいだ。


「あなた達、連携ぴったりですね」

「まぁな。付き合ってる日数自体は長くないが、一緒にいる時間がこれだけあれば、自然とこうなるってものだぜ」

「だよね。もう家族かってくらい一緒にいるもんね」


 言いながら、念力で土をバケットホイールの要領で削ってゆく。

 傍目からは、土が勝手に掘れていっているようにしか見えない。

 そこにケイトの骨を入れ、埋葬する。

 そして瓦礫の鉄骨を1本頂戴して横に突き刺すと、簡易的に墓が完成する。


「家族かぁ……ケイトさんは友達って言ってたけど、私達もう家族同然だったよね」

「……そうだな。でかい子供だった」

「そうだね……」


 りりもそう感じていたが、アーシユルもそうだったようだ。

 しんみりしてしまい、また目がうるおいだす。




「さて、後日、ここに石碑を建てます……もっとも、生き延びられれば……ですけどね」

「そうだな。進軍速度を考えると、そろそろ来る頃だ」


 その言葉で現実へと引き戻される。


 蛇龍の来た方向を見つめるアーシユル。

 建物が押しつぶされ、瓦礫に変わっているので、見通しが良い。

 その先に、米粒ほどだが大勢の人がやってきているのが見える。全て狂信者だ。


 大きくため息を吐く。

 疲れからではない。

 あふれる怒りと殺意を押さえるために落ち着こうとしているのだ。


「じゃあ、私は準備してきます。皆はここに居て。フラベルタは、住民の人達がケイトさんの血の悪影響を受けないように注意喚起してきて」

「それは?」

「当然[極め]の一員としてです。リーダーの命令……まぁお願いだけど、聞いてもらえるよね?」

「そういうことなら分かったわ」


 パチンと指を鳴らして、フラベルタはゲートと共に消える。

 取り残されたマナが口を開く。


「私はどうすればいいのですか?」

「生き証人になってもらいます。月見山りりがヒトデナシに至るその瞬間のね」


 りりから溢れ出る怒りは、歯をむき出しにするという形で露見する。

 マナは、そんな見たことの無いりりの姿に、ごくりと息を呑む。


「……なら、しっかりと見て覚えておかないといけませんね」




 ヒトデナシ。

 以前アーシユルから教えてもらった言葉だ。

 それは、りりの知る "人でなし" とは意味が異なる。

 ヒトデナシとは、ヒトを超える者の事だ。言ってみれば二つ名だ。




 以前までならば超一流ハンターや、ケイトのような目に見えて身体能力の高い者に対して稀に言われていた言葉だが、今ではもう、りりを指す言葉になっていた。




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