161話 強大なるもの、襲撃
昼食を終え、マナの部屋へと戻る。
あれから2週間が経過した。
長いようで短かった。
ケイトはあれから2回デートに行っている。
相手の男性はとても紳士的で、ケイトも照れながらだが、相手として良いかもしれないと言っていた。
フラベルタとマナは3日に1度は帰ってきて、マナのベッドで一緒にぐっすり眠っている。
フラベルタに関しては眠る必要はないので、完全にマナに合わせている形だ。
2人も順調なようだ。
だがウビーは未だに見つかってはいない。
なんでも、本体との接続を完全に遮断して独立した個体になっているらしく、一切感知が出来ないそうだった。
レーンはあれから5日で、すっかり歩けるようになってしまったので、そこからはもう例の行為は終わりを告げた。もう陰鬱な気持ちになることもない。
クレウス王はあれから幾度か、各地のとの連絡役にりりを抜擢した。
約束通りに、王命ではない。これはりり達[極め]の意向だった。
そんな訳で、りりは2日に1度のペースで、ハルノワルドの小さなエルフの村やドワーフの村を始めとする各地に足を運んでいる。
だが、不思議とゼーヴィルに行って来いというお願いはなかった。
時間的には、ボクスワの軍が国境近くにまで動いている頃だ。
まだ戦争に対しての意思が固まらない。
正しくは固まっている。
殺されるくらいなら殺してやる。
りりは、そう考えている。
だがこれは虚勢だ。
アーシユルが殺されそうになった時に、血が登ってゴブリンを虐殺した時だって気を失うほど精神をやったのだ。
その対象が[ヒト]に移る。それだけの話しなのだが、ヒトはゴブリン以上に人間に近い。
動いていた者が動かなくなる。見た目が近いと、ただそれだけで拒否反応が出る。
ふと、傷を癒やすために食べたゴブリンの事を思い出し。昼飯を全て桶の中に戻してしまう。
辺りに胃液の酸い匂いが立ちこめる。
「りり……お前戦争無理だぜ……見てられねえよ」
「大丈夫……でもないか……」
アーシユルに背中を擦られる。こういう処置は此方の世界でも共通のようだ。
もう一度吐いてから、アーシユルに水をもらってうがいをする。
「私、戦争怖い。他所でやってるの見るだけでも大概なのに、それが私が原因で起こるなんて……」
「りり……」
胃が痛む。
時期が近づいてくればくるほど、真綿で首を絞められるかのように、余裕と安定感が損なわれていく。
考えないように現実逃避していたのが仇となった。
ここからは食事もたいして食べられなくなりそうだ。
アーシユルも何か言いたいのだが、りりにかかる重圧は理解できない。
今や世界の半分……とまでは行かないにしても、軍隊丸々が敵に回っているのだ。
とてもではないが掛ける言葉が見つからない。
そんなおり、部屋の扉が開き、レーン補佐官がやってくる。
青ざめるりりを見て足を止めるが、それも一瞬だ。
「……要件は理解しておられますか?」
「……はい。でも、兵糧を奪うのは夜しか無理です。シャドウシフトが使えないので」
「理解しております……ツキミヤマ様」
「……なんですか?」
「戦闘は我々、ハルノワルド連合に任せていただきたい。貴女は戦う必要がまるでないのです」
レーンの力強い言葉に一瞬安心しそうになる。
「レーンさん。私……」
ぴろりろりろ
真剣な話をしている時に、間抜けな音が響く。これはフラベルタからの電話だ。
「メールじゃないなんて珍しい……もしもし?」
電話に出る。
いつもと違う、緊迫したフラベルタの声が聞こえてくる。
「落ち着いて聞いてほしいの」
「え? うん」
ただ事ではない。ウビーが見つかったにしてはおかしい。
「アルカ周辺に。大量のゲートが出現して。そこからボクスワ軍がなだれ込んでるわ。このペースでいけば。もう10分もすれば全部隊が整ってしまうわ」
「……はい?」
あまりにも現実味がない情報が齎される。
「りり。フラベルタ様は何って言ってるんだ?」
「……アルカがもう既にボクスワ軍に方位されてるって……」
「っ!? 本当ですか!? こうしちゃいられません。直ぐに王に!」
他でもない信仰対象本人からの知らせなのだ。疑いの余地は無い。
レーン補佐官が急いで退出しようとするが、りりの耳には別のもっと厄介な情報が入る。
「ドラゴンが?」
「「ドラゴン!?」だと!?」
2人の声が強くなる。
フラベルタから齎された追加情報。それは、ドラゴンまでもが近くに転移してきたというものだ。
「ごめんなさい。りり。私はこれを止める事は出来ないわ。実力があったとしても出来ないの」
恐らくこれは、フラベルタに言えるギリギリのラインだ。
神には制約がある。
りりは特別扱いされていたのと、現代の知識があるが故に、この悲痛な声の中身は承知出来ている。
「フラベルタ。戦争はともかく、ドラゴンは私がなんとかする! きっと大丈夫!」
虚勢だ。
りりはドラゴンを知らない。
だが、ドラゴンといえど生き物だ。仮に火を吹いたりするとしても、今は昼なのだ。エナジーコントロールでどうとでもなる。
「頼もしいわね。任せたわ」
「うん!」
通話を切る。
大物との戦闘は初めてだ。その初めての相手がドラゴンだなどとは思いもしなかったが、どうにかなるはずだと、自身を鼓舞する。
なにせ、自分は世界最強の魔人なのだからなのだと……。
「アーシユル! ケイトさん! 行くよ!」
「っ……おう!」
『……ええ!』
2人からの返事が少々良くない。
これはドラゴンを知っているか否かの差だろう。
恐れていても仕方がないので、構わず窓から飛び降り、念力スライダーを出現させ、空中を滑る。
これはかつて泥棒を追いかけた時のものだ。水は要らない。単に念力で作った板を平らに近づけて、摩擦を少なくすればいいのだから。
圧倒的なスピードで滑り、ある程度行くとまた浮遊し、再び念力スライダーで滑るを繰り返す。
『グライダーで多少は慣れたけど、グライダー無しでこの速さは凄いわね』
『そうだな……ところでりり。ドラゴンってどっちのだ? 翼竜か? それとも蛇龍か?』
『え!? 聞いてない。まさかそんな違いがあるとは思いもしなかったし』
ドラゴンは魔物ではなく、ただの危険生物だ。蛸人と同じく、魔物図鑑には載っていない。
文字の読めないりりは、教えてもらわない限りは知りようがない。
『重要な部分だ! 次……は無いだろうが、聞いておけ。簡単に説明するぞ』
『うん。おねがい』
翼竜。
その名の通り飛ぶことが出来る。
鱗が硬く、その皮膚は電気を通さない。
大きさは2~30メートル。翼の起きさはその倍程。
過去から現在にまでにボクスワの国宝[ダークソード]の光線で貫いたのが唯一のダメージになる。
蛇龍
角を持った巨大な地を這う蛇。
巨体の割に、蛇同様の瞬発力を供えている。
鱗はさほど固くないため、現在までの合計討伐数が2という成果を上げている。
ただし、大きさが尋常ではなく、100メートルをゆうに越える。
両方火を吹いたり等の特殊な能力は無い。
『出現しているのが翼竜の場合、勝ち目はないかもしれん……』
『でも、口や目にケイトさんの毒矢が当たれば行けそう』
『……かもしれんな』
意外にも肯定が返ってくる。
ドラゴン自体が襲ってくることが稀なのか、ケイトの毒があまり出回ってないからなのか、試されたことはないようだ。
『フフフ……ドラゴン退治とは……私も来る所まで来たわね』
『だが、ケイトの毒がどれほど効くかだな……なにせでかいからな……』
『効きが悪い可能性があるかもですよ』
ただでさえケイトの毒は遅効性だ。
効いたかどうかを試せるほど、ドラゴンと戦闘を繰り広げられるとは思えないが、有効なのならば勝ち筋はある。
『……試してみないとわからないわ』
『たしかにそうだな。よし、蛇龍だった場合は連携してなんとかする! 翼竜だった場合は、ケイトを全力で援護だ! いいな!』
『うん!』
『大役ね。その時は任せたわ』
こうなると、やはりリーダー向きなのはアーシユルだ。
個人プレイが得意な[極め]が、チームらしくまとまっていく。
『蛇龍の方は……素早いってどのくらいなの?』
『すまん。そこまでは……あたしだって書物でしか知らない相手なんだ。極稀に襲撃がある程度の情報しか知らないんだ』
『そっか……未知数って事かな?』
『違う。蛇龍に関しては本当にそれだけだ。でかくて素早いだけの蛇だ』
『でも大きすぎるんだよね……っていうか、あそこに見えてるのそうでしょ? 見間違えかな?』
街の外れ。
青く輝く鱗を持つ、巨大過ぎる蛇が、街を這いずり、押しつぶしながら進撃している。
500メートルは離れているはずなのに、その巨大さは、ここからでも嫌というほどわかってしまう。
『100メートルって考えたら、ウルトラな人たちよりずっと大きいのか……』
『なんだそれ?』
『気にしないで。ただ、ひたすら大きいなって……』
『あぁ。今にして思えば、そもそも、あのサイズが自然に居るのがおかしかったんだ! 転移してきたってことは、ウビー様が送り込んできたに違いないぜ!』
蛇龍まであと300メートル。
スライダーで滑りながら距離を縮めていく。
『ということは、ウビーのペットって考えたほうが良いかもね……わーやだー!』
『あたしだって嫌だ! だがやるしかないぞ! あれは野放しになんか出来ないからな!』
蛇龍まであと200メートル。
蛇龍が軽く頭を持ち上げて、りり達の方を見る。それだけでゆうに10メートル以上の高さに達していた。
が、目が合ったこととは別に、りりの目にはある光景が映る。
「ひっ……」
声が漏れ、鳥肌が立つ。頭を持ち上げた蛇龍を見て、恐ろしい事実に気づいてしまったからだ。
スライダーを徐行させ停止し、地面に着地する。
『あ、ああぁぁ……』
『どうしたりり?』
『……震えてるわね。怖くなったのかしら? ここまできておい……』
『ま、魔力が……』
声が震える。
『うん?』
『魔力が透き通ってない……』
りりが魔法のポテンシャルが高いのは、魔力を溜め込める才能が大きな所だ。これを無意識に行っているため、常に100%の力で魔法を放つことが出来、それを長時間持続させることが出来る。
『……え……それって……つまり……』
『魔物! あの蛇龍魔法を使える!』
『なんだと!?』
では、りり以上の巨体が魔法を使えるのならばどうなるのか?
燃費は悪いが、その力はりりの大きさを上回る分だけ、強い火力として発現される。
『逃げよう? ね? 何かされたらそれだけで、一瞬でやられちゃう……』
誰よりも魔法の怖さを知っているりりだからこそ言える事だ。
このままでは連携どころか、戦わせてももらえないまま蹂躙される可能性すらある。
『逃げるったって……』
『来たわよ!』
『え!?』
蛇龍は、進行を加速させる。
今までのようにゆったりとした動きではない。
蛇行しながら、グングンとりり達の元へと近づいてくる。
接触まで20秒。
りりは即座に[リリジンギ]を起動する。
完全に逃げの姿勢だ。
『チッ……仕方ないのか……』
『一撃だけ矢を射ってみるわ』
『毒矢だ! 一撃放ったら直ぐに逃げるぞ! 思った以上に早い!』
『任せて!』
ケイトが、折りたたんであったアーチェリーを展開し、構える。
接触まで10秒。
ケイトは、左手で持った矢を右腕に突き刺し、矢尻に付着した血を毒へと変換させてゆく。
接触まで5秒。
ゲートが開き、グライダーが召喚される。
りりは念力で留め金を外して、折り畳まれていたグライダーの翼を展開させる。
直ぐにでも離陸できる状態だ。
『喰らうといいわ!』
ケイトの矢が放たれる。
と同時に、ケイトがグライダーに向かって飛ぶ。
『ケイト! 掴まれ!』
『っ!』
アーシユルがケイトを掴んだのを確認するや否や、りりはアーシユルとケイトを念力で固定し、グライダーを急発進させる。
上昇を待ってられないので、念力でカタパルトを創り出し、一気に真上へと飛び上がる。
接触まで0秒。




