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159話 王城での出来事2

 



 謁見が終了し、訓練場に戻る。

 そこで夕方頃まで、アーシユルとワイヤーを使ってトレーニングをする。


 ケイトと同じような方法で戦っていると、アーシユルは鞘に入ったままのナイフで鞭の一部を絡め取り、鞭の間をヒョイと潜ってしまう。


「うぇええ!?」

「隙きだらけだぜ」


 アーシユルから軽い手刀が、りりの腹に繰り出される。


「降参」

「これで3回目だな」

「何でこれが躱せるのー?」


 ワイヤーを見るが、ワイヤーは何処も悪くない。


 1度目はアーシユルに攻撃をしたくないという思いで、ワイヤーをいくつも絡ませようと念力で操るも、尽くを抜けられ手刀を食らう。

 2度目はワイヤーを網目状にして襲わせてみたが、網目の間にナイフを打ち込まれ、地面に縫い付けられて、網が動かせなくなり終了。

 3度目は攻撃してみるも今の通りだ。


「相性だな。2度目はともかく、1度目と3度目はケイトは避けられないだろうぜ? あいつでかいからな」

「そういえば、ケイトさん、1度ナイフ装備してたけど、そういう意味だったのか……」


 ケイトはナイフでなんとかしようとしていたが、直ぐに躱せないと判断して、木刀で受け止める方向にシフトしていたのだ。


「あれで変則的な攻撃に弱いとかよく言えるなぁ……すごい……」

「それは実戦経験の差だな。だがワイヤー良いな。数本使うだけで相手の武器を潰せる。何より、2段構えにすれば、成功率も上がるだろう」

「なるほど2段構え……ってそんなに操れないよ。精密動作は苦手なんだ」


 アーシユルは、ふむ。と、顎に手をやり何か考えるが、直ぐに口を開く。


「少し浮いて、足元で水平に振り回せ」

「こう?」


 念力で浮き上がり、1本のワイヤーを足元で回転させると、途端にアーシユルの両足に絡まり、アーシユルがその場に倒れてしまう。


「っと、まぁこの様に、そうするだけで、飛べるお前以外は、これで1発で行動不能に出来る。もっとも、地面に剣を突き立てられたら止まるから、そういう戦い方も有るとだけ覚えておけ」

「はえー。流石」

『ついでに上からも攻撃したら、相手は剣を突き立てる事も躊躇うわね』

『なるほどなるほど』


 スマートフォンに大事なことをメモしてゆく。

 今や、予定よりも戦闘のコツのメモの方が多くなっている。


『さて、そろそろデートと洒落込むわ……りり、本当にあの服で良いと思う? 私心配で……』

『大丈夫ですって。似合ってますって』「アーシユルも、ケイトさんのあの私服、似合ってると思うよね?」

「灰色のワンピースか? 良いんじゃないか? 何か無駄に清楚感出てるのが気になるが」


 こういう時まで一言多い。


『アーシユルも似合ってるって。清楚感出てていいって言ってるよ』

『清楚感……私に清楚感……』


 ケイトは、自分に自信がない。

 そうさせているのは、肌の黒さであり過去の経験なのだが、今回の相手はその点をものともしない相手だ。


『大丈夫ですよ。ケイトさん食事中とかも丁寧ですし』

『外で食べるならまだしも、屋内で料理として出されたものはマナー通りに食べるのは当たり前でしょう?』

『それが出来てるから大丈夫なんです』


 ハンターギルドで食事しているハンター達を見ると、それが出来ているだけでも十分に教養の高さを匂わせることが出来る。

 そうでなくとも、ケイトは言葉や行動の端々で上品さが出るのだ。まず問題はない。




 部屋まで戻り不安に思っているケイトをドレスアップ……もとい、私服に着替えさせ、その時を待つ。


『一応これだけは装備しておかないとね』


 そう言って、左太ももに装備していたガーターリングのホルダーにナイフを刺し、ボタンを止めてスカートを戻す。

 外から見れば何の装備もしていないように見えるのだが、りりの興味は少しズレたところに行く。


『セクシーナイフだ!』

『セクシーナイフ』

『色仕掛けして引っかかった男を……ってやつですよ。ロマンだなぁカッコいいなぁ』


 スパイ映画などでよく見るアレを間近で見て興奮する。


『しないわよそんな事! 襲われた時のためよ! というかりりもやればいいのに』

『私はほら……その……肉感のある体ではないので……』


 苦笑しながら首を左右に振る。


『関係有るの?』

『これはセクシーな人しかしちゃいけないものなんです。それに私は普通にポーチから出しますから』

『ズルいわ! 私だってこの服じゃなければホルダーからスッと投げれるのに!』


 ケイトがじゃれついてきたので、そのまま2人してベッドに倒れる。


「りりー。ケイトに程々にするように言っておかないと、体格差で怪我するぞ」

「そうだね」『ケイトさん。そのままだと服にシワがついちゃうので、起きましょう』

『っと、そうね。ちょっとはしゃぎ過ぎたわ』


 立ち上がり、ケイトの身だしなみを整えた頃、丁度ノックの音が飛び込む。


「え!? ノック!?」

「なんだりり。ノック知らないのか?」

「なんで??? ノックなんで???」


 ずっと誰も部屋に入る時にノックをしなかったので、ノックの文化そのものが無いと思っていたのだが、なんとノックが聞こえてきた。

 あまりの出来事に戸惑いを隠せない。


「今開けるぜ!」

「ハッ!」


 外から元気な声が聞こえてくる。

 扉を開くと、ノックの主は、日中にワイヤーを進呈したあの騎士だ。

 緊張しているようで、ビシと起立している。


「え、えっと……とりあえず、ケイトさん。はい」


 りりは未だノックショックから冷めやらぬが、ケイトに筆談用にメモ帳とペンを渡す。


『ありがとう。行ってくるわ』


 ケイトはりりからそれらを受け取ると、ポーチの中に入れる。

 本当はポーチも無いほうがオシャレだが、隻腕のケイトにとっては、片手の塞がるバッグを持つなど論外だった為、一時的にりりのポーチの中身だけ抜いて貸したのだ。


「本人達が付き合うようになったら、ポーチ買ってやらないとな」

「ショルダーバッグでもいいよね……っていうか、アーシユルそういう所見てたりするんだね。意外」

「あたしを何だと思ってるんだ」

「あはは。ごめんごめん」


 ぷりぷりと怒るアーシユルを宥める。




「ところでりり。戦争どうするつもりだ?」


 一息ついた所で、アーシユルにこう切り出される。


「どうしようかな……殺し合うわけでしょ? 正直嫌だな……だけど……」

「あたしが先に言おう。あたしだって回避したいと思っている。だが襲ってくるやつは、殺すか心をくじかないと永遠と襲ってくる。心をくじくのは時間がかかるから、手っ取り早く殺す。これが良い」


 言っていることは解るが、余りにも殺伐とし過ぎている。


「そして、イロマナが出てきたら………………どうしよう……か……」

「それは……」


 アーシユルも悩んでいる。

 そもそも相手は狂信者とはいえ、ボクスワは、キューカはアーシユルの出身地だ。そこから大量に人が攻めてくる。

 イロマナの私兵は当然として、もしかしたらハンターも攻めてくるだろう。

 そのハンター達の中には、擬似的にではあるが、アーシユルの家族とも言える人達も居るわけだ。


「戦いたくないよね……」

「……狂信者……聞こえは悪いが、神の言葉に従っているだけの信心深い奴らなんだ……全部……全部、神が悪い」


 アーシユルは手で口元を隠す。

 隠してはいるが、憎々しげな表情になっているのが手に取るように解ってしまう。


「……先制攻撃して牽制しちゃおうか?」

「どうやって?」

「ずっと前読んだ本にちょっとそれらしいのが書いてあったから実践しようかなって。確か、南の漁港って国境沿いだったよね?」


 前に地図を見せてもらった際に確認したものだ。北の漁港ゼーヴィルも南の漁港リメルも、どちらも国境スレスレなのだ。


「そうだな……ということは……」

「うん。リメル手前でやる。国境越えなければ、ウビーも手出しできないはずだから」

「フラベルタ様の話ではそうだな。やってみるか」


 だがそこへ向かうにしても、移動は夜で、実行するのは昼だ。


「一日仕事だねぇ」

「王の呼び出しの後だな」

「だるいなー。時間が来るまで何もしないで待機って嫌だなー」

「あたしは道具の手入れとか出来るけど、りりはナイフ1本とワイヤーだからなぁ……」

「……ナイフ研いどく」


 暇つぶしに、ケイトから預かった装備品の中に砥石があったので、それを使ってナイフを研ぐ。

 が、直ぐに研ぎ終わったので、アーシユルのナイフを研ぐのを手伝う。


「痛っ!」

「気をつけろよりり」

「ごめんごめん」


 フィジカルハイで切った組織を埋めてゆく。

 それを凝視するアーシユル。


「なんていうか、お前もうナイトポテンシャル要らないな」

「即物的にはね。でも、ナイトポテンシャルは身体をいい具合にしてくれるから要るかなぁ」


 日輪を霧散させ、意味有りげにアーシユルににじり寄る。


「おう、ありがとう」


 アーシユルは素なのかワザとなのか、りりが手に持っていたナイフをひょいと取り上げ、刃の部分を確認してゆく。完全にハンターとして、武器のチェックに真剣になっている。

 しょぼんとして布団に潜り込み、そのままふて寝する事にした。




「りり。起きろよ」

「んん……」


 いつの間にかしっかりと寝ていたようだが、目覚めは悪くなかった。スッと目が覚める。


「んんー……っはぁ。おはようアーシユル。今何時?」


 大きく伸びをして窓の外を見ると、日はすっかり落ちている。


「何時というか、王からの遣いが来てる」

「え!? もうそんな時間!?」


 扉の方へと振り向くと、遣いの人が、やや申し訳なさそうに立っている。


 慌ててベッドから降りて、身だしなみを整えようとするが、しっかり皺になっていて取れない。


「皺が気になるのか」

「そりゃあね?」

「そうだな。折角だからりりが持ってきた服着ていけよ。正式に王様に会うんだ。何かあの服格好良くて良いじゃないか」


 りりが持ってきた服。

 此方の世界に迷い込んだ日に着ていたスーツの事だ。


「そうだね……そうしようかな。ちょっと着替えるから、アーシユルも少し出ててくれる?」

「おーう」


 アーシユルはいつもの事と、慌てるわけでもなく、ひょいと腰を上げて、遣いの人をプッシュして部屋の外に出ていく。


 クローゼットに入れておいた鞄からスーツを取り出す。出すこと自体が久しぶりだ。

 アイロンもかけていないので、カッターシャツが少々よれているが、どうせ上にスーツを着るので、そんなに目立たないだろうと思い、袖を通してゆく。




「お待たせしました」

「おう。やっぱり格好いいな」

「そう?」


 アーシユルにそう言われ少し照れる。

 だが出来れば可愛いと言って欲しい所だ。


「スーツじゃ無理かぁ……」

「?」


 アーシユルは解っていない顔をする。


「お休み中の所失礼しました。クレウス王がお呼びですので、どうぞ」

「はーい」

「あ、今回はツキミヤマ殿、お一人でお願いします」


 アーシユルも付いてこようとするのだが、止められてしまう。


「何でだ?」

「王の意向でございます」


 遣いは毅然とした態度でそう言い放つ。


「あー、仕方がないなそれは。じゃありり行って来い。帰ってきたら話聞かせろよ」

「おっけー」


 そう言ってアーシユルと別れる。




 今回は謁見の間へ行く道とは違った。王の私室へと向かっているようだ。


 補佐官の部屋の扉と似たような扉にたどり着く。

 そこだけ見れば、本当に王の部屋なのかと疑いたくなるほどに普通だ。


「クレウス王! 魔人、リリ = ツキミヤマ殿をお連れしました!」


 通せと声が聞こえ、りり1人だけ入らされる。

 扉をくぐると豪華な天蓋ベッドが、ドンと部屋の真ん中に置かれているのが真っ先に目に入った。


 部屋自体はマナの部屋と広さは変わらないが、執務室と兼用なのか、ベッドの隣辺りまで衝立で仕切ってある。


 執務室側は、重厚なデスクの周りを、棚がぐるりと囲んでいて、そのデスクの上には大型の判子と、書類の山が積んであった。


 そして衝立の反対側。王の私室に当たる部分は、大きなソファとベッドだけ。

 実にシンプルだが、凡そ10歳そこらの子供の部屋ではなかった。


「来たか」


 そう言って、王が書類の山の向こうから姿を表した。




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