158話 王城での出来事1
ワーワーキャッキャしている所にアーシユルが戻ってくる。
「何の騒ぎだ?」
当然だがアーシユルは事態が飲み込めていない。
「あ、アーシユルおかえり」
「それがですね。ケイトちゃんにつがい候補が出来てしまってですね……」
つがい候補。
端的に彼氏彼女の事だ。
「本当か!? ってことはあそこで、他の騎士に小突かれながら、ワイヤー持ってる奴がそうか?」
「話が早い」
相変わらずの洞察力に舌を巻く。
「で、ケイトは……それ照れてるのか?」
「っぽいね」
ケイトは左手で口元を覆っているが、頬が上がっているので、ニヤけているのが手に取るように分かる。
『そんな考察しないで欲しいわ』
『いやでも分かりますし……』
ケイトは、羞恥からか少し目が潤っている。
「何この可愛い生き物」
「でかいのになー」
向こうの騎士達と同じように、肘でうりうりと小突く。
それを見ているマナは、からかい辛いとぼやいている。
マナとしては祝福半分、憎しみ半分のようだ。
「マナさんもフラベルタと同行したら良いんじゃないですか? ウビーを探すためとは言え、デートと言えなくもないですよ? っていうかこの際だから、そう連絡しちゃいましょう」
「え?」
メールをすると、即座に返事が帰ってくる。
「いいわよ。ですって」
「え、ちょっと待って。心の準備……」
マナの前にゲートが開く。
それと同時にマナの顔も真っ赤になり、それを見てケイトがからかう。
『マナの方が先になるわね』
『……死ね』
呪詛が吐かれる。
『死なないわよ。私の実力は見たでしょう?』
『……テーブルの足に小指ぶつけて死ね』
『酷くないかしら?』
マナは照れからか、ケイトに対する仕返しも雑になっている。
『っていうかこっちでも小指ぶつけて死ねみたいなのあるんですね』
マナは呆れ顔をする。
『そっちにも有るのね……パラレルワールドっていうのも本当なかなかですね』
『フ、どっちの世界にも馬鹿が多いのね……』
『ちょっとケイトちゃん! 今、私を間接的に馬鹿扱いしてええええ』
あまりフラベルタを待たせるのも悪いので、念力を使って、マナをゲートの先へ移送する。
「じゃあマナ。私達は。先にデートと行きましょうか?」
「デート!?」
そもそもデートをすると言っていたのに、マナは今更に驚いている。
事態について行けていない。
「とは言っても。ゲートで。どんどんあっちこっちを飛び回るだけだけどね」
「お、お供します」
「固くならないで。いつもの調子で良いわよ?」
「と言っても、普段どおりではいられ……」
ここでゲートが閉じる。
「……うおおおおおお!! マナさん可愛かった! 見た!? あの照れよう!」
「おー。すごい赤かったな。ケイトも黒くさえなければあんな色だったんだろうぜ」
「こら、アーシユルそんな事言わないの!」
「あー悪気じゃない。すまんなケイト」
念話を通さないとケイトには伝わらないが、それでもしっかり謝るあたり、人ができている証拠だ。
単純に無神経なところは多々あるが……。
「ついでだし、アーシユル。私達もデートしようよデート!」
「んー。構わんが、先にクレウス王に報告があるんだよな」
レイレ = クレウスをレイレ王と呼ばないのは、王のことは家の名前で呼ぶからだ。
「その話してから、なおデートという気分なら、行ってもいいと思うぜ?」
「うん? どんな話なの?」
「なんでも、ゲートから現れた男が、ステングだっけか? あいつに接触したらしく、伝言をして姿を眩ませたそうだ」
「……なんでステングさん? 捕まってないの?」
情報屋との約束では、ステングはその後、騎士団に突き出されるはずだったのだ。
「……情報屋曰く、再教育したんだそうだぜ……」
「再教育」
「一応会ったけど、すげえ澄んだ目をしてたぜ? 同一人物とは思えねえ……」
「マジか……情報屋さんこわ……」
ステング程の実力者の人格を、親子とは言え、ほんの1~2周間で矯正してしまった情報屋の手腕は恐ろしいものがあった。
教育を施したと言えば聞こえは良いが、言い方を変えれば凄腕の洗脳だ。
ドン引きすると共に、ステングに同情をしてしまう。
「で、ステングをまだ仲間と思っていた人物からの情報は、戦争の準備が整った……だそうだ」
ケイトや、マナのデートに浮かれていた心が、途端に冷える。
「今までのような単純な進行じゃない。戦争と言うからには、規模も大きい。だがその分進軍速度も遅いはずだ。国境に来るのが2~3週間後……と、言ったところか」
「2~3週間……」
長いようで短い時間だ。
何故ならば、ハルノワルドから相対するならば、もうすぐにでも全部隊を動かさなければ国境まで間に合わないからだ。
深刻に構えているりりに対してアーシユルは笑って手を叩く。
「心配は要らんさ。そんな大規模な軍を動かすに当たって、食料がもたんだろうぜ? りりも動けばさらにだ」
「……あ、そうか。私が相手の兵糧奪ったり、情報伝達役をすれば時間短縮出来るのか!?」
「そういうこと。っていうか自分の能力だろ。気づけよ」
りりの魔力が持つ限り、少しづつではあるが、人を移動させることが可能だ。
少なくとも、馬で移動するよりはずっと早い。
そしてりりの魔力は尽きることがないと言っていい。
節約が一切不要の永久機関だ。
アルカの軍隊はそういう意味で、ギリギリまで支度ができる。
「確かにデートっていう気分じゃなくなったかな……」
『あら? 私は行くわよ? 楽しめる時は楽しまないと』
ケイトはりりの頬を突っついて笑う。
『……そうですね。でも私は……』
『りりはナイーブよね。でもそんな貴女だから、私もアーシユルも好きなのよ。私は遊んでくるけど、りりはしっかりね』
身も蓋もないが、あっけらかんと言い放つケイトに少し元気づけられる。
「念話してるならあたしも混ぜろよ」
「そうだったね。でも、今から報告だし必要ないでしょ?」
「そうだな。じゃあ行くか」
騎士達に一声かけ、訓練場を後にし、謁見の間の前までゆく。
謁見の間前には、謁見を待つ貴族や、商人が並んでいた。
並んではいるが、数は4人しかおらず、如何にこの世界が小規模で構成されているのかがうかがい知ることが出来る。
しかし、その全ての人が、りりを見てぎょっとしている。
「おい。クレウス王に至急伝えてくれ。情報屋からの情報だ。内容は、ボクスワの戦争の準備が整った……だ」
「まことですか!? 直ぐにでもお伝えします!」
騎士は確認も取らずに行ってしまう。
クリアメやアーシユルだけではなく、この大陸の人々は少し気が早いようだ。
『貴女も少し似てきてるわよ』
『……少々自覚はあります』
先程マナを放り投げた事を言っているのだ。
少々反省はしてはいるが、強制的に物事を動かす楽さを覚えてしまい、抜け出せる気がしなくなっている。
「ところでりり。そろそろ、それしまえよ」
「それ?」
「あぁ、自分では見えないんだったな。お前、今、日輪展開してるんだぜ?」
「ちょ!? 早く言ってよ!」
謁見待ちの人々がぎょっとしていた理由はこれだ。
魔人というだけでなく、実際に光って現れたのなら、誰だって目も奪われるに決まっている。
フィジカルハイを解除し、針のむしろになりながら、王の反応を待つ。
少しして、かまぼこ型の大扉が開き、同時に騎士の叫び声く。
「クレウス王! [極め]一行様が参りました!」
「どうぞお進みくださいませ」
別の騎士から誘導を受け、玉座まで並ぶ騎士たちの間を歩み、指定の位置まで進む。
前回跪いたあの位置だ。
アーシユルはそこまで歩くと、スッと跪いたので、りりも慌てて歩みを止めて、一歩後ろへ戻り跪く。
「よくぞ参った。面を上げたまえ。そして話もさっさと聞いておこう。戦争準備が出来たというのは本当か?」
「ハッ! 実は……」
アーシユルは、先程りりにした説明を、丁寧に王と補佐官に話す。
「なるほど。ボクスワのスパイへと渡ったはずの情報ですか。信頼できるものでしょう。王、どう思われますか?」
「……そうだな。信用に値するだろう。して、りり殿。敵軍の食料を奪う……これを頼むのは心苦しいのだが、やってのけてくれるか? 期間は1週間後からだ」
軍の直接移動は言われなかった。
必要ないのだろう。
「……やります。そもそも戦争の原因は私なんですよね? 直接の攻撃をしないというのであれば……お引き受けします」
「……そうか」
しかし、王は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「クレウス王?」
「うむ。なんでもない。りり殿が引き受けてくださるならば、我軍は安泰だ」
りりの中に不満が募る。
攻めてくるのは、ウビーを信仰する狂信者達を中心とする軍隊だが、紛れもなく人なのだ。
敵対するものは死あるのみ。
これがこの世界の掟だが、些か躊躇う。
りりが手を貸す事により、ボクスワの人々が不利になり、死ぬのだ。
間接的にだが殺すことになる。
返事をしたとはいえ、それがりりを躊躇わせる理由だ。
「では騎士達へ、そしてハンターギルドと亜人達へ、援助を要請せよ! 敵の狙いは、世界最強の魔人の力だ! 現在のボクスワの狂った神に渡してはならぬ!」
「ハッ! すぐにでも!」
騎士はそう言って駆けてゆく。
少々意味を捻って伝えているのは王故か。
実際にボクスワが、ウビーが狙っているのは魔人の力ではなく、りりという魔人の存在そのものだ。
「さて、それとは別に、りり殿。姉上のことで話がある。夜に話があるので、時間を作っていてくれたまえ」
「はい!」
この時点でケイトのデートを盗み見る算段は消えてしまう。
『貴女そんな事考えてたの? 本当いい性格してるわ……』
ケイトは呆れるも、その言葉はりり以外の誰の下にも届かなかった。




