157話 転がる展開
時間稼ぎはそのまま無駄なあがきとして、終わる。
『でも普通にやったら負けるんですから、折角だから念力でワイヤーの練習していいですか?』
『良いわ。でも、近接戦してからね』
『うっ』
どうあってもケイトを攻撃できる未来が見えない。
『その代り、念力を使ってもいいわ。危なくない程度にお願いね?』
『あ、念力使っていいなら話は違います』
念力はりりの得意分野だ。
こうなると、りりにも勝機はある。
『その代り、私も攻めるわ』
『やっぱなしで』
『さあ行くわよ!』
こういう時に限って話を聞かなくなるのはケイトだけではない。
話していたと思ったら、突然にケイトが突撃してくるので、とりあえずバリアを張る……が、ケイトはりりの目線から推測し、それを避けることが出来るので、当然のように回避される。
だが、その隙きにワイヤーを取り出す事に成功する。
『りり、今は近接戦よ!?』
『近接戦でワイヤーを使っちゃ駄目とは聞いてません!』
ワイヤーをフラフラと動かして牽制すると、慣れていない動きなのか、ケイトは突撃を中断して尻込む。
その間に更にワイヤーを3本にまで増やす。
『……厄介ね』
『私もそう思います。出したは良いけど操作が……』
『厄介ね……』
若干の呆れと共にケイトがナイフを取り出す。
ボタンで止められた鞘に入ったままだ。
りりも、これは訓練だと高を括り、ワイヤーを使って接近戦を挑む。
地を蹴り、突進する。
念力で操っていたワイヤーの両端の内、片方を解除して振るうと、ワイヤーは一瞬で3つに分かれたバラ鞭に早変わりする。
『っ!?』
これにはケイトも驚いたのか、一気にバックステップを取り回避する。
『どうやら私は、変幻自在の武器が苦手なようね』
『お、良いこと聞きました』
ケイトはナイフを腰にしまって、訓練中の騎士達の使う木刀を1本掴み取る。
流石のケイトでも、片手で長い木刀は扱いきれないようで、安定力に欠けるように見えた。
『さあ、行くわよ!』
『はい!』
攻守が入れ替わり、再びケイトが突撃してくる。
ワイヤーを更に1本増やして、ぐるぐる巻きにし、左腕に固定した。
三叉のバラ鞭と、1本のワイヤーによる、トリッキーな剣と盾だ。
バラ鞭をしならせるが、ケイトは木刀を振り、バラ鞭を絡め取ってしまう。
本来はこれで一気に形勢逆転となるところかもしれないが、りりは念力使いなのだ。
直ぐ様ワイヤーを手放し、それをコントロールして、逆にケイトの体に巻き付かせる事に成功する。
『そんな馬鹿な!』
『これは強い! 実践でも使えそう! これ、私の勝ちで良いですよね!』
『……………………』
ケイトは体にワイヤーを巻きつけられたまま苦い顔をしている。
負けを認めないので、ワイヤーを更にもう1本出して迫った。
『勝ちで良いですよね!?』
『くっ……悔しいけど負けよ…………うぅ』
「やったぁー!!!」
本気で悔しがっているケイトを尻目に、大声で喜ぶ。
そして同時に、いつの間にか観戦していた騎士達から声援が上がったのを聞いて、顔が赤くなってゆく。
『りりちゃん強いんですね……』
『自分に合った武器っていいものですね。前はケイトさんにボコボコにされてたのに……』
チラとケイトを見ると、頑張ってワイヤーから抜けようとしているが、隻腕ということもあり、なかなか抜け出せないでいる。
『あんなケイトちゃんを見ていると、念力とか無しでも、ワイヤーを鞭にして使うのが良さそですね。革のグローブでも買えば握っても痛くないはずです』
『なるほど革グローブ……メモメモ』
スマートフォンのメモに書いてゆく。
『……そういえば絶縁素材ってあるんですか? 雷撃と合わせて使う予定なので、電気を通さない素材があれば良いんですけど』
『ありますよ。龍の革がそれに当たりますね。なかなかに高価なものですよ?』
この世界では龍は実在する。
どれほどのものなのかは出会ったことがないので判らないが、値段が高いということはそのまま希少といということだ。
『ちなみに、それを鞭用のグローブにする場合おいくらほど……?』
『金貨5枚程? もうちょっとするかもね』
『あれ? 意外と安い?』
りりは大雷撃ジンギを買った後なので金銭感覚が狂っている。
『グローブに金貨5枚ですよ?』
『……そうかも……? 蛸人5匹分ですもんねぇ?』
首を傾げながら、狂った金銭感覚を修正してゆく。
『りり、そろそろ解いて欲しいわ』
『あ、はい。ごめんなさい』
スルスルとケイトに絡まったワイヤーを解いて……解いて……。
解けない。
『あれ?』
『え? ちょっとりり?』
『……捻れてる。解いていくんでじっとしててくださいね』
結局解けたのはそこから5分後の事だった。
『解けた! めんどくさっ!』
一気にワイヤーを武器にする事に対しての嫌気がさす。
『たったこれだけのことで?』
『やる度にこうなる事を考えたらちょっとねえ? 解けた! って思ったらまだ絡まってるんですよ? イーッ! ってなるんですよ。なりません?』
『さぁ? でもそれで強いならいいと思うわ』
『同じくですね』
どうにも価値観が合わない。
命や強さが大事で、その他は二の次というのは理解できるのだが、ケイトやアーシユルを見ていると、二の次どころか三の次、四の次で、生きる事以外は些事と思っている節がある。
そんな事を考えていると、騎士達から声がかかった。
「魔人殿。差し障りがなければ、その鞭を少し貸して頂けないでしょうか? それと購入場所とを……」
「いいですよ。とりあえず3本でいいですか?」
「はい」
鞄に別に入れてあった束ねたワイヤーを3本差し出すと、騎士の1人がそれを解いてゆく。
「思ったよりも長い……」
「使う時は、余った部分を片手でくるくるっと巻いて持てば良いんじゃないでしょうか?」
「ほう……こうですかね?」
騎士がそのようにしてワイヤーを振り回す。騎士はそもそも革のグローブをしているので、りりのように買いに行く必要はない。
振り回しながら、巻いてあったワイヤーを緩めると、鞭としての射程が伸びる。
「ほう。これは良いですな!」
「……それ、差し上げます。なんかそんな一瞬で使いこなされたら……」
「本当でありますか!? いやでもしかし、対価はしっかりとお支払いします。おいくらですかな?」
「……いくらだろう……そんなに高くはないはず」
「えぇ……」
呆れられてしまう。
そもそもがオーダーメイドで、殆どが遠隔ジンギの値段だったので、覚えていない。というかそもそも値段を聞いていない。
ここへ来て、普段、雑に勘定をしているのがバレてしまう。
「違うんですよ? っていうかほら差し上げるって言ったじゃないですか! 対価は大丈夫ですから!」
恥ずかしさから笑い顔になってしまう。
「しかし……」
食い下がる騎士。
「あ、じゃあ代わりにケイトさんにお腹いっぱい何かごちそうしてあげてください。対価はそれでいいです」
「は? それで良いのですか? それなら……」
どうせ話を聞いていたであろうケイトにも話を振る。
『というわけでケイトさん。その騎士さんとお食事行ってきてくださいね』
『私、会話出来ないわよ?』
『いいんですよ』「ところで騎士さん」
「ハッ!」
騎士はどこでも元気がいい。
「人の好意を無下にすると、かえって損をすることがあるんですよ。頑張ってください」
「はぁ?」
騎士は今の所りりの意図が解っていない。
ケイトが喋れないというのは周知の事実なので、そこは良い。
しかし、ケイトがこう見えて大食らいだということは知られていない。
恥をかかされた仕返しに、財布に軽いダメージを与えるのだ。
『いい性格してるわ。でも折角だから美味しく頂いてこようかしら』
ケイトもにんまりと笑う。お互いにいい性格をしている。
『ケイトさんの行きたい所か、相手に任せるかっていうのはケイトさん次第ですよ』
『デート頑張ってねケイトちゃん?』
『デート……そうね。デートねこれ……』
『え?』
マナがケイトをおちょくると、意外にもケイトは乗り気なようで、突然にケイトのデートが決まった。
『早速今日の晩御飯でお願いするわ』
即物的だ。
「なんかケイトさん、今日早速デートと洒落込みたいそうで……」
「デ、デートでありますか!?」
騎士は驚き、ケイトを見る。
顎に手を当て少し考えて、
「宜しくおねがいします。と、お伝え下さい。夜に直接伺います」
そう言った。
2人してまさかの乗り気だ。
もっとも、ケイトの方にその気があるのかは判らないが……。
『お……めでとう……?』
マナはポカンとしながら祝福の言葉を述べる。
『ありがとう?』
こうなったなら、おせっかい精神を働かせるのがりりという人間だ。
『ちょっと意図はあったとはいえ、デートですからね! おしゃれして行かないとですよ!』
『そう考えたら焦ってきたわ! ハンター装束じゃ駄目よね!?』
『駄目です! あれです。前に買ったワンピース着ましょう! あれ似合ってましたから』
りり達の方もてんやわんやだが、騎士達の方も似たような感じである。
「フーゥ! 誰とも付き合わないと思ったらそういう趣味だったか」
「からかってやるな。だが、まだデートにこぎつけたと言うだけだぞ。しかもエルフだ。エスコート大事だぞ」
「言葉遣いは騎士のそれを出すんじゃないぞ。相手は此方を騎士としてしか見ていないはずだ。意表を突け!」
「まだ飯の約束をしただけだぞ。大げさな……」
しかし、言われた騎士も満更ではなさそうだ。
人生何が起こるか分からないとは言うものの、これ程近くで、それも突発的にカップルが出来上がるのを目にして、置いてきぼりにされた気持ちになってしまう。
りりは、娘をお嫁さんに出す親の気持ちが何となく理解できた気がした。




