156話 各々の経過
りりの半身不随は "動いた" から "立てる" までそう時間はかからなかった。
それはレーンも同じだったが、レーンは "動いた" に到達するまでが長かった。
「あ、あはは……立ててる……私が……あ、手、手は……離さないでくださいね」
「大丈夫ですよ」
りりは今、レーンに肩を貸して、自力歩行をさせている所だ。
レーンは目をこすって、滲み出る涙を拭う。
レーンの筋力は戻ってはいないので、もうしばらくキスは続くだろう。
「なんとお詫びをすればよいか……」
「いえいえそんな……あーでも私も結構ヘトヘトだから……何にしようかなぁ……」
「そうですね……思いつかないのであれば[極め]のアーシユル様が、小さな邸宅をお望みだったと聞き及んでおります」
そんな情報は言ってはいない。
レーンが何処から情報を仕入れているのかは不明だが、その情報収集能力は凄まじかった。
「それは有り難いですけど、アーシユルと相談して決めます」
「それがよろしいかと」
レーンは凛々しく振る舞っているが、足はプルプルと震えている。筋力的に、もう限界なのだ。
「あと、多分ですけど、この調子で行けば、1週間前後くらいで普通に歩けるようになると思います」
「そうですね。その時までに決めておいてくだされば問題ありません」
「分かりました。では帰りましょうか」
シャドウシフトでレーンを送った後、部屋に戻り、アーシユルを抱きまくらにして再び眠りにつく。
これがもう1週間続いている。
アーシユルは最初の方こそ照れていたが、そのうち、りりの気配で一瞬目を覚ますだけで、されるがままにになっていっていた。
りりは、アーシユル達の活動音で目が覚めるが、未だ寝ぼけ眼のままだ。睡眠時間が足りていないのだ。
「おはよ……」
「おはよう。もう少し寝てていいぞ。あたし等は情報収集してくるから」
「あい……」
ベッドに寝転び、二度寝の態勢に入る。
「そういえばアーシユルぅ……レーンさんの足が治ってきたんだぁ……」
「ほう。時間がかかったな。恐らく、負傷してから経過した時間が関係するんだろうな」
「あー、それで私直ぐに足動くようになったんだ」
「推測だがな」
アーシユルは研究者基質というだけではなく、推測とはいえ、実際にこういう答えを導き出せる。
「すごいなぁ」
「まぁな。で、補佐官の足が動くようになったのがどうしたんだ? そろそろ終わりか?」
「うん。で、ご褒美何が良いかって話になってさ。アーシユルって家がほしいって言ってたじゃん? それなら用意出来るよって話になって、それでアーシユルと相談しますって話になったんだ」
「うーん……」
飛びつくだろうと思っていた話だったが、アーシユルは難色を示す。
「……あたしの目的はな、イロマナに、自分は1人で生きてやれてるっていうのを見せつけることなんだ。だから、他人の物を貰うっていうのはどうかなと……それに、やったのは結局りりだからな」
そういうことならと、一瞬納得しそうになるが……。
「でも私だったら、魔力プール展開させて、相手を回復させるだなんていう発想も出てこなかったから、やっぱりこれはアーシユルも一枚噛んでると思うんだ」
「噛んでるって何をだ?」
話の腰が折れる。相変わらず諺は通じない。
頭をフル回転させるが、寝ぼけている分いつもより思考速度が遅い。
「えー、一枚噛んでるを他の言い方で……えー………………アーシユルも関与してるから、貰ってもいいと思う」
「そうか?」
「んー」
「じゃあ良いかな」
即決だった。
「悩んでたんじゃなかったの?」
あまりの切り替わりに困惑の色が隠せない。
「あー、そうだった。アーシユルは切り替え滅茶苦茶早いんだった……」
「何を今更。いやぁでも運がいい……と、喜んでばかりもいられないな。形としてりりを差し出してしまったからな」
「気にしてくれていたならそれでいいよ。それにその件は、ケイトさんにも責任があるし……で、ケイトさんは?」
話している内に徐々に目が冷めてきて、状況が把握できてくる。今、ここにはアーシユルしか居ない。
「ケイトは相変わらずマナを連れ出して鍛えてるぜ。今頃騎士の訓練場だろう」
「私も暇だから、サンドイッチ貰って見に行こうかなぁ」
「あたしはパスだぜ。情報収集してくる」
「かしこまりー」
アーシユルに妙な顔をされつつも、布団から出てワンピースに着替え始める。
アーシユルは、見ないでという約束を覚えていてるのか、りりが着替えだしたら、振り向いて情報収集に出かけて行ってしまった。
ケイトの戦闘を見るのは久しぶりになる。
前回、豹を仕留めた時は、弓矢による遠距離攻撃だったので、その実力は見ていないに等しい。
もっとも、ケイトの本領は寧ろそっちだ。
実際、標的を貫通するほどの威力を叩き出す[屍抜き]と、急所を外し、軽く矢を刺すだけの撃ち分けが出来ているのだ。
その実力は、後衛をしたことがある者ならば、目を見張るものがあるところなのだが、りりはその分野に明るくないので、ケイトの実力は接近戦と、単純に放つ矢の威力が凄まじいという点でしか判らない。
「あ、やってるやってる」
『あら? りり、来たのね』
見ると、腕に手甲だけ付けたケイトと、二刀流の木刀で連撃をかけている最中のマナの姿が映る。
『今はマナを鍛えてあげてるところなのよ』
念話での会話なので不思議ではないと言えばそうなのだが、息を切らした様子がまるでない。
それどころか余裕すら感じさせる。
りりの目から見て、マナの剣撃は早いし凄まじい。これを余裕で、手甲1つで全て弾いたりいなしたりしているケイトは、やはり強いのだ。
『そんな事ないわ。りりもフィジカルハイ状態ならきっと捌けるわよ?』
心を読まれる。
不意でなければ驚きはしない。
『へぇ? どれどれ』
フィジカルハイを展開してみると、途端に世界がスローに見える。
右の剣が斜めに振り下ろされ、それを縫うようにして、左の剣での突きが襲う。
続いて3連続で突き、ここまでケイトは全てを皮一枚で躱している。
最後に右足での回し蹴り。これこで初めてケイトが手甲を防御に使って、蹴りに来た足を絡め取り、合気道の如く、マナを地面に落とす。
柔道等の[形]にすら見える程に美しい一連の流れに感動を覚える。
『すっごい……』
『ありがと。ところで、来たならマナへ注意点とか指摘とかお願いできないかしら?』
『通訳ですね? おまかせを』
マナへと指摘する点を1つ1つ通訳してゆく。
力みすぎだとか、突きの時、目線で撃ち込む場所を悟らせないようにするとか、蹴りは連携攻撃には向かない等、ボロクソだった。
「念話って便利なのね」
げっそりしたマナがそう漏らす。
これほどこき下ろされればそうもなろうというものだ。
「ですね。っていうか、通訳なんてしないで直接やればよかったですね」
魔力プールをマナに展開する。
『こうすればリアルタイムで……直ぐにケイトさんから指導が入ります』
『そうね……じゃあ、もう一度お願いしようかしら』
『良いわよ。いつでもかかってきなさい』
ケイトがするマナの稽古。
それはケイトなりの謝罪の形なのだが、言葉が通じるようになった為、それは目まぐるしくなった。
『そこ、剣を両方振り下ろすのは意味がないわ。やるなら、片方の上にもう片方を乗せて、重い剣撃も繰り出せると相手に解らせたほうが良いわ』
『左右から斬りつけるそれ、良いわね。でも正面に突撃される危険があるから、足運びは丁寧に。そういうときこそ蹴りが良いわ』
『突きの連打は2発目以降の威力が消え失せるから、簡単に切り払われるわ。切り払われたらそのまま回転斬りがオススメよ』
『嘘でしょ! これだけ撃ち込んでるのに、ケイトちゃんってこんなに余裕なの!?』
今まで聞こえていなかったケイトの言葉。
だがその内容が問題で、瞬時且つ適切に返ってくる指導なのだから、ケイトの余裕具合が嫌という程伝わる。
マナの表情を見る限りは真剣そのものなのだ。
稽古という名目で、復讐相手に少しでも傷をつけれたら良いという、そんな考えが明け透けて見えるほどなのだが、実力差がありすぎて、ケイトにはかすり傷一つ負わせることが出来ていない。
マナは弱い。
これはマナ自身が言った言葉だが、エルフにしては……という枕詞が入る。
ヒトと比べればマナは強い。
ショートソードとはいえ、剣は重いのだ。
それを片手で、それもちゃんと剣として役目を果たせるレベルで振っている。
弱い訳がない。
しかし、本人は頑なに弱いと言う。
これは、相手がエルフ程度の身体能力と動体視力がある場合、一瞬で弱者に早変わりするという事を言っている。
強いものには弱く、弱いものには圧倒的な強さを見せる。
それがマナという人物の実力だ。
これをケイトは強くしようとしている。
少なくとも、強い者を怯ませられる程度の実力にしようとしているのだ。
『今日はここまでにしておきます……疲れた……』
息を切らしながら、マナはベタっと足を伸ばして地べたに座る。
『体力がないわね……と、言いたいところだけど、こっちに住んでる限りではそんなに体力も要らないかもね』
『いや、ケイトさん。私から見たら、アレだけ動いて疲れたの一言で済んじゃうのは、なかなかの体力だと思うんですけど』
『そう? んー……私を基準にしたら駄目ね……せっかく体が温まってきたところなのに……そうよりり。折角だから、りりも稽古付けてあげるわ』
『え!?』
飛び火した。
『わ、私は良いかなぁー』
『駄目よりり。最近サボってるでしょう? シャドウシフトも使ってるしめっきり動いてないのは知ってるのよ?』
『うぅ……でも今の見た後にやらないって言われても……』
しかも、マナの落ち込みまで見ているのだ。
りりとしては遠慮しておきたい。
『だーめ。さあ! さあ!』
『そうよー。私はともかく、貴女はちゃんと戦えるようになっておくべきよー』
マナから魂のこもっていない追い打ちを受ける。こうなってはもう逃げられない。
『じゃあ、せめて残りのサンドウィッチ食べてから!』
無駄な抵抗で2分だけ稼いだが、結局ケイトとの稽古に挑む羽目になった。




