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154話 非正規捕獲クエスト

 



「……何処へ行ってたんだ?」

「情報屋さんの所まで……ステングさんの安否を確かめにね」

「ふうん? だが単独行動は止めろよ?」

「アーシユルは人のこと言えないじゃん」


 アーシユルだけではない。ケイトもたまに単独行動をしたりしている。

 もちろんりりだってしている。


「で、何で情報屋に?」


 経緯を説明する。

 闘技場でステングという男と死闘を繰り広げたこと。大火炎という凶悪なジンギが世に放たれたこと。ステングがスパイではないかということ。そして、戦争が起きそうだということ。


『とりあえずそのステングとやらを捕まえないとだな』

『そうだね。今はドワーフの村に着いてる頃だとかいう話だから……』

『私は後方待機しておくわ』

『良し! じゃあ出撃だな!』


 アーシユルもケイトも乗り気だ。少々申し訳なくなる。


『良いのかな? 私がやるって言ったのに巻き込んで……』


 相手はステングだ。

 あの束になっている雷撃ジンギを使われたりしたら危険な事この上ない。


『大丈夫よ。3対1よ?』

『そうだぜ。油断はしちゃ駄目だがな』

『そうだね……』




 シャドウシフトで再びドワーフの村へ向かう。


『やっぱり宿屋かな? ステングさんお金持ちっぽかったし』

『羨ましい限りだな』


 シャドウシフトでそのまま宿の各部屋を回る。


『……居た居た。じゃあ出しますねー』

『ええ。よろしく』


 ステングは寝ている。これは簡単に捕まえられそうだった。

 部屋の外で出現し、アーシユルから縄を受け取る。


『じゃあ行くぞ!』


 そっと扉を開けて中へ入る。


『お邪魔しまーす』


 縄を持って慎重に近づく。

 こういう時、やたらと鼻が痒くなるのは緊張のせいだ。

 くしゃみをしないように気をつける。


『……何だコイツ起きないぞ』

『普通起きないと思うんだ』


 ステングは目を覚まさない。ベッドの上で気持ちよさそうに寝ている。

 アーシユルやケイトは近づくと起きてしまうので、それがハンターの常識だと思っていたが、2人が特に過敏なだけなようだ。




 結局3人がかりでステングを縄で巻いてゆく。

 隻腕とはいえ、ケイトの体格は大きなアドバンテージで、押さえつけるのに一番役立ってくれた。


「魔人めぇ……何のつもりだぁ!」


 寝込みを襲われ、捕縛され、正座させられているステングから溢れ出る憎しみは振り切れている。

 だが、アーシユルはお構いなしで身体検査をしていく。


『無いな』

『ジンギ?』

『あぁ。雷撃ジンギは大量だが、大火炎ジンギっぽいのは無かった……りり。ステングにアレを頼む』

『オッケー』


 アレ。

 当然魔力プールだ。

 ズルにも思えるが、能力としてあるのだから、使っていかないのは損だ。


「おい。大火炎ジンギは何処だ?」


 冷めた顔で、短刀を抜刀して脅しに入るアーシユル。


「言えないね」


 ケイトがサラサラとメモを書き、アーシユルに手渡す。


「ふむ。じゃあ質問を変えよう。お前はボクスワのスパイか? ジンギは戦争のためか、それともりりへの逆襲か? それとも狂信者故の行動か?」

「狂信者であろうとなかろうと、魔人は殺さねばならない人類の敵だよ。実際殺されかけたからね」

「言ってろ。お前から殺しに行ったんだろ」


 ケイトから新たなメモを受け取るアーシユル。

 アーシユルは、ハンと明後日の方向を向いて笑い飛ばしたかと思えば、捕縛したステングの頭を把持して、顔面に膝蹴りを食らわせた。


「がぱ!?」


 ステングの歯が欠けた。

 唇も切れて、軽い出血もしている。


「ちょ!? 何してんの!?」

「りり。連行するぞ。調べどおり、こいつはイロマナの部下だ」


 調べてなどいない。

 ケイトのリーディングで判ったことをそれっぽく言っているだけだ。

 しかし、ステングはそれを理解できずに混乱する。


「ま、まんへほへを!?」


 驚きの表情を見せるステング。

 だが驚いたのはりり達も同じだ。


 ステングはイロマナの部下だった。

 腕っぷしの立つハンターであると同時に、魔人抹殺を題目に挙げているウビーを崇拝する狂信者だ。


 だが、アーシユルが蹴りを入れたのはイロマナの部下であるという一点に置いてのみだった。




 ステングに魔力針を撃ち込んでから、アーシユルとケイトを残し、シャドウシフトでアルカのハンターギルドの裏手まで移動する。


 誰も居ないことを確認してから意識を整える。

 召喚は初めてではないが、少々集中しなくてはいけない。


「サモンッ! ……いいや」


 呪文を唱えようとしたが、冷静に考えて特に掛け声は必要ないので、そのまま召喚に移行する。

 フィジカルハイの場合は叫んでいるが、アレは使う前から少々テンションが上っているせいで叫んでしまっている。


 ステングが縄に縛られたまま、何もない地面からスッと、転送されたかのように生えてくる。

 召喚されてきたステングをズリズリと引きずって、ギルドの裏口から情報屋の下へ連れて行く。

 ステングは、アーシユルによる顔面蹴りであまりしゃべれないようで、特に暴れたり騒いだりはしなかった。


「来たか……」

「……おひゃひ……」

「え?」


 聞き取りづらいが、どうやら情報屋とステングは親子だったようだ。

 ややこしいことになった。


「魔人さん。ありがとう」


 そう言って渡されたのは金貨5枚。

 蛸人5匹分だ。


「え!? こんなに頂けません!」

「……スパイ……だったんだろう?」

「……はい」


 少々心苦しいが、事実を述べる。

 ハルノワルドに住む者にとっては、ステングは紛れもない敵だ。情報屋にとっては、実子であるステングでもそれは変わらないようだった。


「この金は君のものだ。私は少し息子と話をしてから、騎士団のところへ向かうとするよ」

「……そうですか……」


 深く踏み込まないことにした。

 事自体は大きいが、これは家庭の問題だ。

 大人しく引き下がって、ドワーフの宿までシフトして、アーシユル達と合流する。

 アーシユルから「いきなり居なくなるから驚いたぞ」とのお叱りを受けて、全員でマナの部屋にまで帰った。


 シャドウシフト。

 魔力が枯渇している時は怖危ういが、そうでない時は利便性が高い。


 アーシユル達には積極的に使うなとは言われていたが、これ程便利な事を覚えてしまうと、使わないなどという選択肢が消え失せる。

 未来デパートのピンク色のドアが不要な程だ。




 帰ったとほぼ同時に、補佐官の遣いから連絡が入った。


 深夜になり、補佐官のもとへ行き、気絶するまでキスをして、朝になる前に帰る。

 これを2日続けて、ドワーフの村へと向かう。

 グライダーでは効率が悪いというのは完全に把握したので、最初から夜になってから動いた。




「おう、来たか。出来とるえ」


 遠隔起動出来る火炎、水流、大雷撃ジンギ、それに返しの付いたニードルが10に、しなる金属のワイヤーが10。

 ぴったり注文通りだ。


「ありがとうございます。多分これでなんとかなります」

「使い方は、出力する方のジンギに先に血を入れておいて、封をする。次に、入力する方のジンギに血を塗れば、出力側の細い方から対応するジンギが発動するんだて」


 ふんふんと、頷いて話を聞く。


「何をするかは知らんが、危ないことはしない方がええて。まだお客さんらは若いんだからえ」


 店主の気遣いに心が暖かくなる。


「ご心配ありがとうございます。でも頑張らないと、私、お家に帰れないんですよ」

「そんな時は、追い出した奴を逆に叩きのめしたらええんだて。検討を祈るえ」

「あはは……」


 苦笑いをして返す。

 店主の言うことは見当違いだ。

 事がそんなに単純なら、フラベルタがウビーを見つけたという連絡を受け、そこに駆けつけ、ウビーを叩きのめすだけで良い。

 しかし、実際はウビーが狂った原因が存在する。

 これを除去しない限りは堂々巡りになるだろう。




 シャドウシフトでマナの部屋まで戻り、遠隔ジンギをアーシユルに渡す。


「遠隔ジンギ……さて、使いこなせるかな?」

「使ったことはないの?」

「ない。というか、ジンギってそれだけで十分に強いんだ。遠隔で使うだなんて、過剰なんだよ」


 アーシユルの言う通りだ。

 ジンギは空間の歪みが発生してから、出てくるまでは何が来るのか判らない。

 人ならばジンギの危険性が理解できるので、回避するなり、されるなりするだろうが、ハンターが相手にするのは基本的には獣なのだ。ジンギを使えばそれだけで勝てる。


「しかも、これ使うのはりりだろう? あたしが心配なのは連携の話だ」

「どういう事です?」


 マナが会話に割って入る。


「んー……私の念力ってエネルギーを持ち運ぶことが出来るんですよ。だから、遠隔のがあれば、いちいちアーシユルに出してって言わなくても済むんですよね」

「……出してって……まるで行為の時に言う言葉みたいですね……」


 吹き出す。


「ちょ! 何言ってんの!? 思春期なんですか!?」

「えっ違っ!? 確かに相手は居ないけど、そんな! ちょっと口が滑っただけですよ!」


 口が滑ってそれということは、マナも意外と助平のようだ。


「阿呆な事言ってるな。それより、りり。使い方を教えろ」

「あっ、そうだね。使い方はねー……」


 使い方を教えると、アーシユルはその場で子機に血を塗って封をする。


「よし、と……あたしは少し訓練場で試してくるぜ」

「私も行く。見てみたいし」


 マナは? と聞こうとしたが、読書に戻っている。


「私は良いわ。一通り見たことがありますから」

「なんだかんだ神子なんだな」

「そうです……逆に何だと思ってたのですか?」


 マナは本から視線を外し、アーシユルに疑惑の眼差しを向ける。


「不器用な奴」

「ぐっ……」


 歯に衣着せぬは、アーシユルの物言い。

 神子相手にも全くブレることがない。


「さっさと行ってきてよバーカ!」

「だそうだ。行くぞりり」

「え、うん」


 これをスルーするアーシユルもなかなかに酷い。

 だが、こういう人が集まってくるのが、マナが不憫だとか不器用だとか言われる所以だ。




 マナを置いて、ケイトも含めた3人で向かう。

 騎士に許可をもらって少し広めに空間を貸してもらう。


 まずは試しに通常起動。

 先のない円錐状のジンギを地面に立てて、火炎ジンギから起動してゆく。


 ピッタリ10秒後、ジンギから1メートル離れた位置の空間が歪み、かつて[竜の爪]が見せたものと同じ規模の火炎が吹き出し、10秒後に停止する。


『立ててると射程が分かりづらいな。次は離れてだな。りり、持っててくれ』

『うん』


 出力側を持つのはりりなのだ。

 ならば近くで見る方が良い。


 アーシユル達から離れて、念力でジンギを浮かせる。

 夜でも、この程度のサイズのものなら持ち上げられる。


『じゃあ行くぞ?』

『いつでもいいよ』


 少しして火炎が広がる。

 近くで見ると炎が明るすぎて、目が少しやられたので、直ぐにバイザーをかけた。

 かけたあと、ジンギを念力で振り回してみると、炎の波の軌跡が美しく靡く。

 射程はそんなに長くない。だがこれはりりの感覚からしたものだ。

 りりは、フィジカルハイと念力の複合した場合の射程距離と比べている為、そこに及ばぬものは低射程と捉えている。

 実際の火炎ジンギの射程は、夜の場合でも、念力と合わせて7メートル程。十二分に驚異だ。


『これは凄いな!』

『りりはそうは思ってないみたいだけどね』

『うん? これでか?』


 リーディングで聞いていたケイトなら別だが、アーシユルには判らない話だった。




 続いて水流ジンギ。

 これは危険性がないので、ジンギを置いて、発動地点から少し離れ、3人で受ける。


 しかし、起動するも、発動しない。

 空間の歪みすら出なかった。


『なんで?』


 疑問を浮かべると、アーシユルがジンギに駆け寄り確認して、軽く笑って、何かをして戻ってくる。


『そんな理由』


 ケイトも笑う。アーシユルの思考を読んだのだ。


『えー! 自分達だけ楽しいのズルいー!』

『悪い悪い。出力側って円錐状になってただろ? だからそのまま地面に置いたら、ジンギの発生場所が地面の中になるから発動しなかったんだ』

『はへー。そんな理由』


 ケイトと同じ感想を抱く。


『今度は土で角度を調節したから大丈夫だ』


 アーシユルの言った通り、今度は空間が歪み、ジンギが発動する。

 その場で落ちる水ジンギとは違い、勢いよく大量の水が吹き出すジンギだ。

 あっという間に足首辺りまで水が押し寄せる。

 りりはバランスを崩してコケてしまい、そのまま水流に流されゴロゴロと転がってゆく。


 服は土でどろどろになってしまった。

 妙な喪失感を感じながら、顔を起こすと、アーシユルとケイトは、水流がおさまるまで立って耐えていたようで、足元しか濡れていなかった。


『すごいなぁ……鍛えてるとそんなに……』

『いや、あたしはギリギリだ』

『私は余裕だったわ。でもこの中で動けって言われると無理ね』


 ケイトでも難しいようだ。


『けど、これは躱されかねないな。炎は視界が奪われるから、相手に躱されたかどうかの確認が出来ないし、水は水量が多すぎる。自分達も攻めづらくなるし、追撃をしようにも、わざとこけられたら追撃も出来ない』

『威力だけってことかぁ……』


 高いお金を払ったのに残念に思う。


『普通の使い方……ならの話だ』

『というと?』

『使うのはりりなんだ。あたしが起動だけしてしまえば、後はりりはさらなる遠隔攻撃が出来る。視界を確保しながら、複合的にジンギを当てることだって出来る。強いと思うぜ?』


 言われてみるとそうかもと思う。

 火炎ジンギは眩しかったが、バイザーをつければどうにかなるし、視界も良好だった。


『さて、最後だ』

『それはワイヤーも一緒に使ってやってみよう?』

『そうだな。そもそもコンボ予定のものなんだしな』


 組手中の騎士を監督していた騎士声を掛ける。


「木人を借りてもいいですか? 多分壊れちゃうかもですけど……」

「木人はあれでいて丈夫でありますから、心配には及びませぬ。あの程度の火であれば大したことはないでしょう」

「いえ、雷撃なんですけど……」


 途端に騎士は難色を示す。


「……では壊れた場合は金貨5枚ほど……」

「ですよねぇ……ちょっと考えてみます」


 Uターンしてアーシユル達に相談する。


『壊したら金貨5枚だって』

『まぁ木人は天然資源だからな……それくらいするだろうな』

『実際、獣相手に試したほうが良いんじゃないかしら?』

『『それだ!』』


 ケイトの案に乗っかる。

 雷撃は搦め手で使うのだ。実践のほうが好ましかった。



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