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153話 戦の香り

 



 クエムと呼ばれる妖精について話を聞く事にした。

 いくらなんでも突然殺しに来る妖精など、放置しかねるからだ。


「話せ」


 そう言ってアーシユルはナイフを妖精の首に添わせる。


「ちょっと、そこまでやる必要なく……」


 断言しようとしたが、尻すぼみになってしまう。


 大爆風。

 たまたま回避できるから良かったようなものだ。

 普通なら一緒に飛ばされた瓦礫や、所持している武器等が、その風により全て凶器に変化する。


「殺されかけたもんね……」


 肯定するしかなくなる。

 相手の見た目は、小さく可愛い妖精だが、やられた事は危険この上ない物だったのだ。


「だろう? さ、話せ。共存……してるんだろう?」


 あり得ない程の凄みを放つアーシユル。

 それはまるで悪者のようだった。


「深い意味はないて。飯を食わせてやってる代わりに、ワシ等ドワーフを守ってくれとるだけだて。ジンギに関しては言えんえ。絶対にな」

「ほう。じゃあ、あたしはこの妖精を危険だと判断して、中級ハンター権限で処分するが構わんな?」


 それを聞いた店主の眼光が鋭くなる。


「やってみろチビ。やった瞬間、ドワーフが滅ぶだけだて」


 口調は変わらないものの、発する気迫が尋常ではない。これはアーシユル顔負けする程だ。

 その気迫に当てられ、2人して息を呑む。


「やらんのかえ? やらんなら最初からやるな。クエムは言ってしまえばこの村の守り神だて。そんなのを……」

「悪かったな。攻勢防御というのなら仕方がない……だが、値引きしてくれ。こっちは村の守り神とやらに殺されかけたんだからな」


 アーシユルはこれが目的だったようだ。

 補助があるとはいえ、アーシユルは基本的に1人だった。お金にもがめつくなろうというものだ。


「それが目的てクエムに何かしたのかえ?」

「いえ、私、妖精を初めて見まして、可愛いからちょっと手の上に乗らないかなって手を出したらいきなり……」


 店主から大きな溜息が漏れる。


「……手を出されたら迷わず攻撃しろってそういう意味じゃないえ……」

「うっわ。そんなんで!?」


 言葉の綾というものだ。

 クエムは「手を出される」という言葉を、そのままの形で受け取ってしまっていたのだ。


「コイツ阿呆だろ」

「言うてやるなて。脳が小さいんだて」

「あー……ですよね」


 ヒト型の生き物というので失念していた。

 これだけ小さければ脳も小さい。あたり前のことだった。


「ただ、値引きはしてやれんえ。その変わり、依頼を受けてくれんかえ?」

「どんな依頼だ?」


 アーシユルはナイフをしまって聞きの姿勢に入る。


「その前に。この依頼を聞いても他言無用で……が条件だて」

「いいだろう。その代り、受けるかどうかも此方の判断で良いな?」

「ああ」


 重要な案件のようで、店主の表情に影が差す。

 嫌な予感がする。


「エルフとゴブリン、1人づつ、奴隷として確保して欲しいんだて」

「……なに?」


 思わぬ依頼に、眉をひそめる。

 店主は話を続ける。


「エルフの方は多いほうが良いえ。その分報酬はやろう。エルフの方は金貨15枚。ゴブリンは金貨1枚でどうえ?」

「……種族繁栄の為か……」

「わかり易かろうて」


 ドワーフはドワーフ同士でしか種が増えない。よって近親相姦をするしかなくなる。

 それを防ぐ為の解決策が1つあるとすれば、エルフとゴブリンを交配させ続けることによって、ドワーフが誕生するまで粘るというものだ。

 それは同時に、奴隷になったエルフとゴブリンを、そのままドワーフ製造機にするという、人道に反したものになる。


「……確かに他言無用な案件だな……当然断るぜ。あんたらにそこまで出来るほど親しくはないんでな。それこそ奴隷商人にでも頼むんだな」

「残念だえ」


 話が纏まろうとするが、りりはこういうのは許せない。


「フザケないでください!」


 思わずカウンターを叩いてしまう。


「冗談じゃない。人身売買をしようとしている現場なんて見過ごせるわけないじゃないですか!」

「何を言ってるんだて」

「りり、落ち着け」


 何故かアーシユルから冷水をかけられてしまい、熱が冷めてゆく。


「落ち着けって……アーシユル、本気で言ってるの?」

「ああ。多分何か勘違いしてるだろうからな」

「勘違い……?」


 どういうことなのか解らなかった。


「奴隷の売買は違法でもなんでもない。ここで問題があるとすれば、奴隷商人じゃないあたしらにこの話を持ちかけたことだけだ」

「……は?」


 眉をひそめる。

 価値観が崩れる音がした。

 ゴブリンを殺した時以来の感覚だ。


「大丈夫……そうじゃないな。慣れろ。ここはお前の知る日本という場所じゃないんだ」


 アーシユルに抱かれる。

 何が何だかよく解らなくなり、へなへなとへたりこんでいく。

 そこへ、目を覚ましていたのか、クエムがりりの肩にまで飛んでくる。


「あんた、わるいやつじゃなかったんだね? ごめんね。こわかったー?」


 妖精は、りりの顔に抱きついて頬ずりをする。

 妙に暖かい。小さいので、それだけ体温が高いのだ。


 可愛いのだが、先程の爆風を見ているので安心できない。

 だが可愛い。

 試しに掌を広げてみると、今度は乗ってくれた。


「あぁぁぁ……かわいい……」


 グラついた気持ちが少し晴れる。

 危険だとかに関してはどうでも良くなった。




 妖精と店主に手を振られて道具屋を後にし、アーシユルと一緒にマナの部屋までシフトする。

 帰るとケイト1人だけだった。


『おかえり。デートは楽し……そうじゃないわね。何かあった?』


 直ぐに察知される程には顔に出ていたようだ。

 心配させても悪いので、事情を説明する。


『なるほどね。ハンターも奴隷商人も国家資格よ。そのドワーフ、良くないわね』

『だが、あいつらも比較的新種の人類だ。数増やさなければ簡単に絶滅するからな』


 りり達はハンターだ。

 騎士団のように、法の名の下に裁きを下すというようなことはないが、それに伴って行動することは許可されている。

 だが、アーシユルはそれを見逃した。日本で言うところの、超法的措置というものだ。


『そのあたり、エルフも大変よ? 子供を作るペースが遅いし、何より女しか居ないから一気に数を増やすのも無理ね。逆に女さえ生きていれば確実に数は増やせる人種だけどね』


 この点で言うとエルフも他人事ではない。

 つい最近、その大部分が死んで絶滅の危機に直面しているのだ。


『……そういう理由があったんですね……悪いこと言っちゃった……かな……いやでも……』


 致し方ない事と言うつもりはない。

 だからといって、犯罪に手を染めてまで協力するほど親身でもない。

 これは一個人ではどうしようもないことだ。


『落ち込むな。りりが優しすぎるだけだ。ただ、その優しさはこの世界に於いては不要のものだ』

『そうね。忘れろとは言わないけど、それで躊躇したら死ぬわよ』


 冷たいようだが、2人の言うこれは真理だ。

 優しかろうが強かろうが、死ねばそこで全てが終わる。


『それは大丈夫だ。りりはちゃんと殺すべき相手は殺せる』

『そう……だね……』


 当然ゴブリンのことを言っている。

 ケイトに至っては、無意味に「怖いから」という理由だけで猪を殺した事すら知っている。

 そして2人には言っていないが、闘技場でステングに、当たると死にかねない落雷を当てた事もある。


 あれからステングの安否確認をしていない。一応ナノマシンによる措置は受けていたが、その後は不明のままだ。

 自らを追い詰める結果になるかもしれないが、2人を置いて、1人確認しにゆく。




 シャドウシフトにより、ハンターギルドの近くまで出て、裏口から入る。

 ハンターは疎らだ。見渡してもステングは居ない。

 しかし、入って直ぐのテーブルに情報屋が居た。2本角の変換器をつけていたので直ぐに分かった。


「どうも」

「どうも。魔人さんだね? はじめまして……何を聞きたい?」


 テーブルに座り、銀貨を数枚づつ置いて行く。

 アーシユルに習った情報屋との取引方法だ。


「ステングさんの安否と居場所を」

「………………それでいい」


 銀貨が30枚になった頃、情報屋が口を開く。


「ステングは無事だ。闘技場地下はフラベルタ様の加護があるからな」


 とりあえずは大丈夫のようだ。

 少しホッとするが、喜んだりする気にもなれなかった。


「心配だったのかい? それとも……」

「半々です……殺そうとしてくる人は怖いですから……でも単純に助かったのは人として嬉しいです」

「……変な考え方をしているな。まぁいいだろう……さて、ステングの居場所だが、ドワーフの村に向かったと聞いた。時間的にはそろそろ到着する頃だろうな」


 入れ違いになったようだ。


「ありがとうございます。では……」

「ついでにもう1つ。サービスだ」

「なんですか?」


 席を立とうとすると呼び止められる。


「俺は平和主義者だ。だから話すが、ボクスワで、大火炎のジンギが解放された」

「解放?」

「知らないのか……強すぎるジンギは、王城の研究室で日夜、開発、研究されている。そしてそれは出回ることはない。国がストップをかけているからだ」

「大爆風とかみたいなのですか?」


 追加情報の方が大きそうだ。

 立ち上がりかけていたが、もう一度腰掛ける。


「大爆風は知っているのか……そうだ。大爆風もボクスワのジンギ研究員が開発したものだ。ボクスワの闘技場でお披露目されてからしばらく経つが、まだ解放されていないはずだが、裏ではごく少数出回っているという噂だ」


 その少数の1つがクエムの物だ。


「で、だ。大火炎が量産され始め、ボクスワに出回りだしている。俺はステングにその情報を売った」

「なんて事を……」


 りりに負けたステングは、諦めるどころか復讐心に火をつけ、より強大なジンギを手に入れようとしている。


「だが、問題はステングじゃない。大火炎なんていう危ないジンギを解放したことだ」

「つまり?」

「戦争が起きる」


 奇しくも、ボクスワとハルノワルドが同じ方向へと動いている。

 即ち戦争だ。


「ステングはランクこそ低いが、強い。魔人さんに負けたから、単純に強さを欲していたのだと思って教えたのだが……最近ステングに良くない噂があってな……」

「……狂信者」


 [ヒト]に危害を加えていないというのに、りりという魔人を必要以上に殺そうとする人々。

 即ち、ウビーの「魔人は敵だ」という教えを盲信している存在……つまり狂信者だ。

 ステングはそれに当たる。


「……そうだ。あんな戦い方を必要とする相手……蛸人だろう。つまりステングの正体はボクスワの漁港のハンターだ。ステングという名も偽名だ」


 思い返せば、ソードだって偽名だ。名前の意味はそのまま[剣]。

 そして、そのソードも狂信者だった。ステングと繋がりがあるのかは判らないが、時期を考えると、個々に動いている可能性のほうが高い。


「ボクスワが戦争準備をしていて、ステングがボクスワ方面に移動しながら大火炎ジンギを求める……嫌な予感しかしないだろう?」

「……止めればいいんですね?」

「……もし、ボクスワのスパイだと言うのなら殺してやってくれ。依頼主は俺だ」

「それは……」

「ハンターとしての、[極め]リーダーのツキミヤマにお願いしているのだ……頼む……」


 何やら事情がありそうだ。

 しかし、無理に殺すこともない。


「逮捕してもらいます。それでいいですか?」

「……その前に、俺の所に連れて来てくれればそれでいい」

「……では」


 今度こそ立ち上がり、複雑そうな顔をする情報屋に見送られながらギルドを後にした。



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