152話 刃物と妖精と
1人では寂しいので、アーシユルと2人乗りでドワーフの村を目指す。
前回、グライダーをしまった状態のまま、シャドウシフトで移動してしまったので、ゲートのワープが使えない。よって、ドワーフの村までどれ位時間がかかるのかが判らなかった。
一応早馬で1日程と聞かされているので、5~6時間程とは予想している。
北海道旅行か何かだと考えれば大したことはないだろう……そう思っていたが、2時間もする頃には流石に疲れて休憩を入れた。
相変わらずだが、見渡す限り草原が広がっている。
着陸する前に、バイザーで、周りに他の生き物が居ないかを確認しているので、多分大丈夫だ。
「問題点は寒いことだな」
「そうだねー。次からはバリア固定して飛ぶよ」
「もう1つ。ここで休憩はやばすぎる。全く心が休まらない」
「そう? 雑草の背がちょっと高いだけで、いい風も吹いて心地よいと思うんだけど?」
「いつ猫が出てもおかしくないぞ」
ここで言う猫は、家猫のようなものではなく、豹や虎や大山猫のような大型のネコ科の生き物だ。
フラベルタから聞いていなければ齟齬が起こったままだっただろう。
「あーなるほど。じゃあ全方位バリア貼っておくね」
「安全だとかの認識がぶっ壊れそうだぜ……」
天を仰ぐアーシユルを尻目に、全方位バリアを展開する。
すると、バリア付近の草だけ固定されて、風に靡かなくなる。
「間接的にとはいえ、りりのバリアを見るのは初めてだな」
興味を示したのか、アーシユルが草を踏み抜き、バリアの根本の草を触る。
「すっげ。びくともしないな」
アーシユルは、バリア自体をノックしてみたり、召喚した鉄球をぶつけてみたりと楽しそうだ。
しかし、このままでは風が来なくて暑いので、上の方と、下数センチだけ穴を開けて、風通しを良くする。
「お? 風が来た。操作も一瞬か……寄生虫を飲んだやつがうっかり才能が有る場合を考えると……やばいな」
さっきまで遊んでいたアーシユルだが、途端に険しい表情になる。
バリアというものを実際に体験したから言える言葉だ。
「そうだね……寄生虫は、あと1匹……もしかしたら、もっといるかもだけど」
「怖いこと言うなよ……だがその可能性は否めないな」
少なくとも、シャチの飲んだものと同世代の虫が、残り1匹は居るという話だ。
違う世代のが居る可能性は十分にある。
考えていても仕方がないので、アーシユルと一緒に、水分補給をしてから再び飛び立つ。
今度は操縦席を包むように、楕円形のバリアで囲う。
風の音も煩くないし、肌寒くもないので一石二鳥だ。
バリア自体もグライダーに固定しているので、魔力を供給し続けるだけで済む。
魔力の方も、空から降り注ぐ分だけで回収出来るので、特に何もなければ半永久機関だ。
「ソファみたいに調整しなくていいから楽でいいわ」
「あれ、以外と大変なのか……見えないから判らなかったぜ」
「まぁねー」
空なので衝突事故もない。
ただ、ひたすら操縦桿を握って飛ぶだけだ。
2回休憩を挟んで、ドワーフの村に到着したのは、結局午後の8時頃になった。
これなら、夜を待ってシャドウシフトで移動したほうが良かったかもと思うが、何事もやってみなければ判らない。
すっかり暗くなってきているので、小走りで武器屋まで向かう。
閉店時間を知らないので、まだ開いているかが不安だったが、工房に入ってみると、まだ営業中だった。
「おじゃまーす……」
「おう? お前さんは……こんな時間になんで居るんだて」
「魔人なので」
説明は省略した。
そのものぐささに、アーシユルも吠える
「かー、便利な言葉だよなぁ」
「魔法……聞き及んではおったが、それほどにか……まぁ詮索するまいて。武器ならできとるて、見とれ」
カウンターに置かれたのは、長さ約30センチの鍔と鞘の付いた短刀。
職人が、それを手に取り抜刀すると、少し反った美しい直刃が姿を現す。
「キレー……」
ランタンの炎に栄える刃に、目を奪われる。
「出来たてだからだて。しかも、綺麗なだけじゃないえ? 切れ味は刀と遜色ないて。ほれ」
短刀は納刀され、アーシユルの手に渡る。
「突いてみな」
カウンターの裏から、アルカ城の兵士たちの訓練所にあった木人に、鉄製の鎧を着せられた物が出てくる。
それを見て、アーシユルは眉をひそめる。
「冗談だろ? これを?」
「魔人曰く、騙されたと思ってやるものらしいて」
「りりの言ったやつ、ここまで伝わってるのかよ……だが……そうだな。まずは一突きってところか……ねっ!」
アーシユルは、短刀を引っ込めて木人に突進し、体重を乗せて腕を突き出し、鎧を穿つ。
「……本当かよ……」
「ガハハ。すごかろうて」
短刀は見事に鎧に穴を空けた。信じられない切れ味だ。
「日本刀が切れるっていうのは聞いてましたけど、ここまでっていうのは知りませんでした……」
「おお。魔人を驚かせたぞ! こりゃあウチの一押し商品間違いなしだて! ガハハ」
「という事は突きだけじゃないのかこれ」
アーシユルは短刀を掲げて、刃をじっくりと観察しだす。
「ああ。切れ味も素晴らしい……が、鉄を切り裂けるほどではないて。だが……こっちなら……やってみろて」
木人に着せられていた軽鎧がレザーアーマーに取り替えられる。
だが所詮は革だ。切れるに決まっている。
「女性用のアーマーか。こんなに分厚いのが切れるのか? いや、切れるは切れるんだが……」
「切れる。驚く事間違いなしだて。まぁいいからやってみろて」
アーシユルが短刀を上段に構える。
少しだけ、齧っている知識を与える。
「コツは滑らせるように切ることだよ」
「コツ? その言葉解らん。だが滑らせるようにか……こうかな?」
振り下ろされた短刀がレザーアーマーの腹部を撫でると、ベロンと革が切れ、重力に逆らうこと無く垂れ下がる。
「……すっげ」
切った本人が一番驚いている。
「こんな武器出回ったらレザーアーマーなんてただのゴミになるじゃねえか……」
「滑らせないで切ってみたらどうなるの?」
「ふむ……ふん! っと」
次は切れない。というよりは、レザーに食い込んで止まってしまった。
引くか引かないかだけで、これだけ切れ味に差が出るのに驚く。
「……これだよ……あたしの体重じゃ普通こんなものなんだよ」
「……みたいだねぇ」
「ほう……こんなにも差が出るんか。これは切る情報は別売りにした方が良さそうやて」
「そんなのが通用するのは最初の方だけだがな。好きにしろ」
ご機嫌な職人兼店主に代金を払いかけて、無料にしてもらっていたのを思い出してお金を引っ込める。
「ちっ、覚えてたかて……」
本気でお金を取ろうとしていた店主に、にこりと笑みを返し、さよならをして店を後にする。
「いい買い物だったぜ」
「何それ皮肉? でも振り回すと危ないからあまり……ね?」
「イメージをな? 突くか投げるかたたっ斬るしか知らなかったから、滑らせるっていうのが……」
念入りに短刀をブンブンと振り回すアーシユル。
だが、1発でレザーを切っていたのであまり必要ない気がした。
「お? そう言えば、りりはアレに会ったことなかったな。会いたがっていたのとご対面だぜ?」
「何の話?」
「妖精だ」
アーシユルの視線の先、小さなUFOのように、高速でジグザグに飛ぶ光の塊があった。
誰かが光ジンギを振り回しているのだと思っていたが違ったようだ。
そして光は、高速平行移動でやってくる。
光の正体。それは妖精自身ではなく、妖精が発している光ジンギのものだった。
妖精自体は20センチくらいの身長。
布製のレオタードのような服を着ていて、自身では発光していない。
女性のように見えるが、アーシユルという前例があるので、これは不明。
しかし、空を飛んでいるというのに羽根が見えない。と思ったが、よく見るとうっすらと見えた。
高速で羽ばたいているようで、小さくだが羽ばたく音も聞こえる。
以前、アーシユルに読んでもらった図鑑には、蜻蛉の様な羽根を持っていると書いてあったらしいので、きっと飛び方も同じだと推測した。
妖精が甲高い大声で声を上げる……といっても、サイズ自体が小さいので、ボリュームは大したことがない。
「あー! 魔人! 凄い! 初めてみたー!」
「わー! 妖精! 凄い! 初めて見たー!」
「おー! りり! 凄え! いつも見てる!」
無駄に連携が決まる。
かなり達成感があった。
「……アーシユル、ノリ良くなったね」
「あたしは咄嗟に妖精に合わせたお前にびっくりしたぜ。それよりこの……」
「こらー! 無視するなー!」
「ごめんなさい」
妖精に叱られてしまったので、一応謝っておく。
こんな小さくても亜人の1人だ。
当人には失礼だが、ペットにする人の気持も解らないでもなかった。
何故ならこんなにも小さくて可愛いのだ。
乗るかな? と思って掌を差し出すと、スススと後ろに下がっていった。
「あんたも妖精捕まえようとする人達ねー!? わたしはだまされないぞー!」
「うん?」
よく分からない方向に話が動く。
「おい、ちっこいの! お前、何か勘違い……」
「かくごー! 大・爆・風ー!」
妖精はアーシユルの話をまるで聞かず、小さな鉱石を取り出し、それを指でなぞった。
この一連の挙動に、アーシユルが血相を変える。
「大爆風だと!? りり! シャドウシフトだ!」
「え!? うん!」
よく分からないが攻撃されるらしいので、アーシユルの方に飛び込み、そのまま転がるように影に落ちる。
月の魔力そのものと同化し、空へ飛び上がる。
直後、名の通り、放射状に爆風が起きた。
しかし、規模と威力が尋常ではない。
先程居た武器屋の壁と、その天井が丸々吹き飛び、残骸すら全て風で無くなってしまった。
あとに残るは月光に照らされた砂埃だけだ。
「あれが……妖精……」
ごくりと喉を鳴らす。
凶暴などという話では済まない。これは下手をしなくても死人が出る。
「いや普通の妖精はジンギを使えない……ってことは、あいつ受賞者か!?」
以前、亜人解説に載っていたものだ。
ごく僅かな妖精にだけ齎されるジンギがあるという話だったが、それがこの大爆風ジンギらしい。
「あれでも光ジンギは?」
「……あれは持続するからな。誰か主人が居て、それを妖精に持たせて散歩させてるものだと思ってたんだが……あいつ首輪無いしなぁ」
妖精には首輪は付いていなかった用に思える。
つまり、誰かに飼われている妖精ではなく、フリーの妖精ということだ。
「しかし、こんなにおっかないジンギを持ってるとは思わなかったぜ…… "大級" は最上級ジンギだ。当たったら普通に死ぬやつだ」
「だよね。とりあえず止めないとね」
「……関わらないほうが良いんじゃないか? 昼ならともかく、今は夜だぞ?」
「大丈夫大丈夫」
シャドウシフトで妖精の背後の建物から出現し、そっと近づいてゆく。
「どーだ! まいったかー! わたしは強いんだぞー!」
誰もいない暗闇に向かってふんぞり返る妖精に魔力針を打ち込む。
全く悟られることなく入っていく。
これに気付けないということは、少なくとも魔人ではない。
念力で妖精の周りを囲んでから、そっと手を伸ばす。
「後ろかー!?」
流石に後10センチくらいという所で、気づかれターンをされるが、囲んでいた念力に羽根をぶつけ、バランスを崩して落下するところを捕らえた。
「離せよー! この人殺しどもー!」
「うっ……」
どれの事を言われているのか判らない。
心当たりが有るのはゴブリン達かステングだが、ステング生きている上、その話はまだこちらにまで届いてないはずなので、恐らくゴブリンの事だ。
考えてみれば、ドワーフの祖先としてはゴブリンなのだ。
それを虐殺してしまったのにもかかわらず、ドワーフの村へ出入りしていたとうのは不謹慎すぎたかもしれない。
「え!? 本当に人殺ししてるの? やだー! シニタクナーイ! シニタクナー……あだっ!」
妖精は、アーシユルのデコピンで1発KOされる。
「りり、気にするな。妖精の言うことは大体適当だ」
「でもゴブリンの事言ってるんじゃ……」
「ドワーフはドワーフだ。ゴブリンとは関係ない」
「……」
すぐには返事を返せない。
殺したのは紛れもなく真実だからだ。
「敵は殺せ。それがこの大陸の真理と言うやつだぜ」
そう言ってアーシユルは妖精を手にし、道具屋へ向かう。
「遅うにきたな。用事はなんえ? 注文のものならまだだて」
「妖精用の首輪をくれ」
店主の顔色が変わる。
「あの妖精なら放っておいたほうがええて。ワシ等と共存しとるからえ」
「つってもいきなり殺そうとしてきたぞ。しかも、ついでに武器屋をぶっ壊してな」
そう言ってアーシユルはカウンターに、しんなりとノビた妖精を置いた。
「クエムゥゥゥー!?」
道具屋の店主の大きな焦り声が響き渡った。




