151話 時間を選ばぬ洗濯日和
「りりー起きろー」
「んあーい……」
「りりー」
「ぁぃ……」
「……」
「……」
りりの唇に、柔らかいものが触れる。
しばらくボーッとしていたが、徐々に頭が覚醒してゆく。
今のはもしかしてキスをされたのでは?
そう思うと、もう目を瞑ってはいられない。
ガバっと起き上がると、横で、アーシユルが裸で体を拭いていた。
目覚めのキスをされて、起きたら恋人が一糸纏わぬ姿。
「夢かな?」
頬をつねる。だが、本気でつねると痛いはずなので、ムニムニとするだけだ。
「おはよう。今日はスッと起きたな」
「おはよう……何してるの?」
「体を拭いているんだが?」
「人の部屋で?」
「ああ」
周りを見渡す。
普通に全員居る。
思い違いかと思い、再びアーシユルを見るが、やはり全裸で濡れタオルで体を拭いている最中だった。
「……なんで誰も止めないの?」
マナは本を読みながら、まるで、アーシユルが居ないかのように振る舞いながら口を開く。
「そりゃあここに、アーシユルちゃんみたいなのに欲情するような、小児性愛者は居ないからです」
「なるほどー……じゃなくって、自分の部屋でこんな事されてても良いんですか?」
本がパタンと閉じられる。
「堂々としているとは思いますけどね。でも、子供のやることです」
そうは言うが遠い目だ。
神子だというのにこの扱い……気苦労が多そうだ。
「そういうことだ。それより、りりが起きるの待ってたんだぜ?」
「何? なんかあったっけ?」
「今から服洗うから、一瞬で乾かすやつしてくれよ」
乾燥機として待たれていたようだ。
「いやいいけどさー……」
「おう、ありがとう」
少々不服だったが、アーシユルの何の悪びれもない顔を見ていると、毒気も抜かれる。
アーシユルは、インナー姿になり、下準備を始める。
インナーはともかく、入浴用の大きな桶の中にレザースーツを入れるべく、ナイフやジンギなどの装備品を取り外してゆくのだが、出てくることでてくること。
「こんなに入ってたの!?」
「えー? 投擲ナイフが8だろ? ジンギが4、近接ナイフが2……こんなものじゃないか?」
本を置いて、マナがやってくる。
「私はナイフ12本と剣2本だからそんなものですよ」
そんなものだったようだ。
りりは、武器を装備するという感覚に馴れない。
2日後に仕上がる武器を使いこなせるかどうか、今から不安だった。
「そうじゃん。今日アーシユルの短刀が出来上がるんじゃん」
「あーそう言えばそうだな」
そう言いながらレザースーツを桶の中に投入される。
一瞬で水が濁った。
「きったな!」
「なかなかだな」
アーシユルは、うんうんと頷き、気持ちよさそうな顔をしているが、普段からこれを着ていたのだ。
洗いづらいものだというのは把握しているが、あまりの汚れに目を細める。
「ところでアーシユル。その水どうするの?」
「窓から捨てりゃいいだろ?」
「アーシユルさん。ちゃんと捨てる場所があるので、そちらで捨てるんですよ?」
マナの声に、アーシユルは面倒臭そうにしている。
そんなアーシユルを睨むマナの顔が怖い。
「とは言ってもなぁ……」
「アーシユル。とりあえず一着洗っちゃって? 後は私がなんとかするから」
「おう。りり、ありがとうな」
「もー、調子いいんだから……」
最終的に、水は真っ黒になった。
それを水球で奪い、新たな水を補充し、仕上げ洗いをした後、エナジーコントロールで水気を全てとる。
「後は、油を塗って手入れしたら終了だ。だがもう1着有るから……」
「解った。そっちも洗濯するから、アーシユルは、とりあえず私のワンピース着ておいて。インナーも一緒に洗っちゃおうよ」
「お、それは嬉しいな」
言うなり、アーシユルは服を脱ぎ捨て、りりの鞄に入っているワンピースを取り出し、スポッと音が出るんじゃないかという勢いで着てしまう。
りりより少し小さいアーシユルだから出来る芸当だ。
そのかわりダボダボだが……。
『ケイトさんも、インナーとワンピースだけ着てて。そのレザースーツ洗うから』
『有り難いわ。アーシユルのアーマーを見た後だと……ね』
『そうですね……』
今日初めてハンターは汚いと学習した。
考えてみれば、出会ってから1度もレザースーツを洗濯しているところを見たことがない。
逆によくこれで病気にならないものだと感心してしまう。
最早、魔人のトレードマークにまで発展した大きめのワンピース。
アーシユルにはりりの水色のものを、ケイトには前に買った薄灰色のものを。
薄灰色が、黒い肌にとても良く映えていた。
ケイトも、試着以来着ていなかった私服を着られてご機嫌なようで、もう溢れんばかりの満面の笑みを放つ。
一方でアーシユルは少し照れている。
あれだけヒョイっと着てしまったというのに、お揃いだからなのか、女装のようなものだからなのかは分からないが、それを聞くのは無粋だろうと考え、そっとしておくことにした。
2人とも着替えたので、水球も桶も、念力で担いで洗濯場へ向かう。
洗濯場。
桶と物干し竿が大量に並んでいるだけの広場だ。
「すみませーん! 少し端っこ借りますねー!」
「好きに使いなー!」
少し離れた位置に居る女性に声を掛けると、布ごしだが返事が返ってきたので、遠慮なく少し場所を借りる。
汚水を流す用の溝に、水球を落とし込んで解除する。
「さて、じゃあ先に、ケイトさんのレザーからですね」
『一着しか無い上に、本当長い間洗えてないから、アーシユルのより汚いかもしれないわよ』
『承知の上です』
小さく胸元で親指を立て、まかせとけの合図を送ると、柔らかい笑顔が返って来た。
動き自体は通じるものではないが、ケイトにはリーディングがあるので、意味は通じる。
「てな訳でアーシユル。お水よろしくー」
「へーい」
水を桶に溜め、服を洗っては水を替えるという作業を3回程繰り返すと、幾分か汚れは落ちた。
最後に水気を水球で回収して終わり。先程と同じだ。
そして、アーシユルのにも同じ事をもうワンセット。
最後にインナーを洗えば、洗濯の全行程が終わってしまう。
ざっと10分で片付いてしまった。
「あなたたち、なんだか洗濯物が一瞬だったように見えたけど……」
髪を束ねた女性が干してある布の上から顔を出す。
「あ、はい。今、王様の依頼で少しお邪魔しています、リリ = ツキミヤマです」
ぺこりと頭を下げるが、残りの2人は応対しない。
「装備品の洗濯……どうだ? 一瞬だぜ? いくら払える?」
「へぇ、ちょっと上司に掛け合ってあげるよ」
「話が早いな」
「あんたもよ赤髪。じゃあ待っててちょうだい」
一瞬の間に商談が成立したしまった。
実にスムーズだ。
惜しむらくは本人の意向を完全に無視しているところだ。
「稼ぎは全部私が貰うね?」
「なんでだ!? マネジメント料で半ぶ……」
冷ややかな視線を向ける。
いい感じでジト目になっているはずだ?
「……1割でいいです」
妥協案だが、勝手に決めてしまったアーシユルには妥協はしない。
「……いいのね? アーシユルさん?」
「あっ! りりそれはズルいぞ! 今更他人行儀とか…………」
「……」
無言で表情を変えずに待つと、みるみるうちに、アーシユルが萎れていく。
見ててこれ程に面白いものはないが、笑ってしまうのを堪えるのが少々辛い。
「全部……」
「あと、私が洗濯した分で銀貨2枚ね」
「うぐっ!? うー……それでいい……帰ったら渡すからその目やめてくれ」
「んん。宜しい!」
にこりと微笑むと、アーシユルは、その場でへなへなとしゃがみこんで「もう二度としねぇ」と呟いていた。
『楽しそうね』
『最近、アーシユルからかうと面白い事に気付いたんですよ』
『逞しくなったわね貴女』
『自分でもそう思います』
アーシユルが復帰してくるまで、そんな感じで2人してケタケタと笑って過ごした。
少しして、先ほどの女性と、もう5人の男性が、桶と洗濯物を山盛り抱えてやって来る。
全員洗濯物の山で、顔が隠れていた。
「これらを頼むよ。大体、この倍くらいはあるから宜しくね。報酬は金貨1枚でどうだろう?」
「それでいいですよー」
快く返事をする。
交渉の結果、洗濯をするのは向こう側。水の交換と乾燥は此方側ということで話が纏まった。
「では、お洗濯、宜しくお願いします」
「「「「「ハッ!」」」」」
相変わらず騎士達は元気が良い。
洗い物のほとんどがレザーアーマーだった。
この大陸では、軽装が主流だ。
ジンギというものがある以上、重装備の意味があまりないという理由がある。
昔、友達がやっているゲームで見ていた範囲では、防具に魔法耐性があったりしたのだが、ジンギはその全てが物理現象だ。
属性付与だとか、魔法耐性等は存在しない。あっても、撥水加工や絶縁素材がある程度だ。
実際にりりが見かけた重装備の人も2~3人しかいない。
そんな事を考えながら、洗い終わった洗濯物を即座に乾かしてゆく。
次を待つまで暇なので、干してある洗濯物達も一気にフィルターにかけてゆく。
まだ暇なので、床や地面に落ちた水も回収して溝に流してゆく。
まだ暇なので……。
まだ暇なので……。
完全に暇になった。
乾かすのに2~3秒しかかからないのに、洗うのに5分くらいかかっている。
「アーシユル。食堂で朝ごはん貰ってきてくれない?」
「そうだな」
結局、貰ってきたのはサンドウィッチだった。朝はこれオンリーのようだ。
寛いでそれを食べながら、必死に洗濯に勤しむ6人を眺め、片手間に水気を切り、その洗濯物を念力で預かるという行為を繰り返し、1時間と少しが経過した。
「いやぁ、お客人さん。助かりました。これでしばらく騎士達の汗臭さからも解放されるよ」
「ですねー。水も真っ黒でしたもんね」
「アッハッハ! 言うね。でもその通りでね。[洗い]も洗わなきゃいけないのに洗えてなかったから、気になってたんだよ。いやぁでも洗えてよかった」
「あ」
絶対的な予感がした。
アーシユルを見ると、目が合う。
「ああ、そうだな。多分あってる」
意見が一致した。
こうなれば黙っていることなんて出来ない。
「[洗い]ってそれ名前ですね? そして兄か弟かに……」
「おや? 馬引きと知り合いかい?」
完 全 的 中 !
親の顔が見てみたい人、第3号と遭遇してしまった。
世界は狭い。
行く先々で[それ名前かよファミリー]と遭遇するのに、何か運命的なものを感じてしまう。
金貨1枚を貰い、マナへ「夜には帰る」の言伝をして王城を出た。
どっと疲れてしまったが、これからは体力的に疲れる事になる。
グライダーを起動して、目指すはドワーフの村だ。




