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149話 りり先輩になる

 



 フラベルタにメールで確認すると、寄生虫は、ソードの脳にまだ寄生していないとの事だが、スキャンもせずに虫を取り除くのは不可能らしい。


 魔法でなんとかしてみようとも思ったが、人の体をどうにか出来る魔法など、知らなければ使えもしない。

 事情を聞いた騎士が腹に蹴りを入れて吐かせてみても、吐瀉物からも寄生虫も卵も出てこなかった。

 既に孵化しているか、卵のままだが胃よりも下に行ってしまったかだ。




 夜になってケイトと合流して、念話で心を読んで貰う。

 リーディングを駆使し、嘘偽りない情報を聞き出し、それを騎士に伝えると、その日中にソードの処罰が決まった。


 処罰の内容は新しいジンギの実験台。

 新しいジンギで、実験台を必要とする物。アレしかない。

 残酷なことになるのは目に見えていたので、1人マナの部屋でじっとしていることにした。




 扉が開いて、アーシユル、ケイト、マナが帰ってくる。


「ただいま」

「おかえり。どうだった?」

「りり……お前本当に無事で良かったな……」


 アーシユルが後ろ手に扉を閉めて、安堵の表情を浮かべる。

 その横で少々暗い表情のマナが口を開く。


「……あれは実質死刑です。振り抜かれた鉄骨の溝に合わせて、重鎧ごと横に3等分。しかもくり抜かれた真ん中の部分はぐちゃぐちゃになって30メートル程先まで飛んで行ってました」


 念力で空中に逃げて正解だった。

 当たれば貨物車に轢かれるだとか、そんな可愛いものでは済まない確実な死が待っていたはずだ。


「それと寄生虫の死骸も発見された。居た所は虫垂。正に御誂え向きの場所に潜んでいた物だぜ」

「それはまた……」


 虫垂と言えば大腸からちょこんと出ている謎空間だったはずだ。隠れるには最適だったのだろう。

 えげつのない寄生虫だ。




『しかし、魔人討伐隊……面倒ね』

『怖いですね……全部狂信者でしょう?』


 これは、ソードに魔力プールを被せ、リーディングしてもらった結果判った事だ。


 昔からある、神の力を讃える宗教。

 その一部が「神の言う事は絶対」という主張の過激派となり、神の声に従って魔人の討伐部隊を組んでいるそうだ。

 総人口150人程の大軍団。

 一瞬少なくも思ったが、SNSも無いこの時代に、同じ思想の下にこれだけの数が集まるのは凄いことだ。


『でも、全員が敵に回るわけじゃないと思うんですよ。今はほら、クレウス王にお世話になってるんですから』

『だといいわね』


 限りなく欺瞞に近い。

 仮にも狂信者だ。そんな人達が、こんな事で魔人抹殺を諦めるとは思えない。




「とにかく虫も残り1匹だな。さて最後は何処だろうな……」

「ソードさんが飲んで2週間って言ってたから、思ったより進行は早いのかもね」

「飲んだからといって魔法を使えるようになるとは限らない。大丈夫だろうぜ」

「わー、不安だぁー」


 とは言いつつも感謝している。

 アーシユルは、こういう所で馬鹿ではない。

 軽口を叩いて安心させようとしているのだ。


 今日はアーシユル分を過剰摂取している気もするが、思いっきり抱きつき甘える。

 その瞬間、部屋の扉が開き、騎士と目が合う。

 気の緩んでるところを見られ恥ずかしい思いをし、一気に顔が熱くなる。


 騎士が誤魔化すように咳払いをして口を開く。

 ノックをするということを浸透させたほうがいいのかもしれないと思う。


「魔人殿! 補佐官殿より伝言であります! 3時間後に使いを寄越すので参られたし! 以上であります!」

「ありがとうございます。時間を空けておくとお伝え下さい」

「ハッ! ではそのように!」


 もう夕方だというのに、ハキハキとした元気あふれる人だった。


「元気だね」

「そうだな……」


 テンションが一気に下るアーシユル。

 他の人とキスをする事の話はつけたはずだが、理屈でないのだろう。りりだってそうだ。


「私が好きなのはアーシユルなんだから、もっと自信持って」


 そう耳打ちすると、途端に顔が真っ赤になって元気になった。

 アーシユルは判り易い。




 そのままご飯を食べに行って、食後に少し接近戦のコツを教えてもらう。

 スタミナに関しては努力をしつつも、これは素直に欠点だと諦める事にした。


 フィジカルハイを使えば、脂肪を消費して筋力は増強する。

 つまり脂肪だけ蓄えればいいという結論に至った。

 世の体重計が気になる人達が聞いたら卒倒するだろう。




 3時間後。遣いが来たので同行する。

 5分ほど歩くと、他と変わらない扉の前まで案内された。

 他と違いが有るとすれば、扉の前に1人騎士が居るくらいだ。


「補佐官様! 魔人殿をお連れしました!」

「入ってもらってください」

「ハッ! ……では魔人殿。どうぞ」


 扉を開けられ、中に誘導される。


「お邪魔しまーす……」


 恐る恐る部屋に入る。

 部屋は本当に王族の部屋かと思うほど狭かった。4畳半くらいだ。

 これなら宿屋のほうがまだ広い。

 しかも、ベッドではなく、布団を直に敷いている。

 布団の上には下半身付随の補佐官。


 りりは小柄だった為、人の手を借りればベッドでも上り下り出来たが、補佐官は座ってて分かり辛いが、170センチ近くあるように見える。

 移動し辛いとの理由からベッドを撤廃し、布団に移行したのだろう。

 そして横にはキャスター付きの荷台。苦労している事が伺える。


「今日はご足労頂きありがとうございます。ツキミヤマ様」

「あ、いえいえそんなに畏まられても困ります」

「フフフ。謙虚なのですね。わかりました。ではそのように」


 咳払いが1つ。


「えー、はい。では今日はこれから一時的に私を魔人にするということですね。そしてそれが無理ならキスを……そう話を伺っていますが、相違はないですか?」

「は、はい! 問題ありません!」


 補佐官の声色が少し重くなった。

 元王であり、現王の補佐官という立場から、自然とこういう声色になっていったのだろうと推察する。


「ではそういうことですので、現在よりツキミヤマ様が私の先輩に当たるわけですので、どうかご指導の程よろしくおねがいします」


 せっかく普通の喋り方になったと思ったのに、すぐに畏まった喋り方に戻った。

 これは言っても無駄なタイプだと判断して、話を進める。


「えっと、ではとりあえず仮に魔人になってもらいます。あそうだ後輩というならお名前を聞いておきたいんですけど?」

「失礼しました。いつも補佐官と呼ばれているので失念しておりました。レーン = クレウスと申します。レイレ = クレウスの姉に当たります。どうぞよろしくおねがい致します」

「レーンさんとお呼びしても?」

「勿論。それでお願い致します。それで魔人化……と言って良いのでしょうか? それは一体どのような?」

「あ、もう終わってます。もう2~3分待ってください」

「はい?」


 話している間に、レーンの身体に魔力プールを纏わせた。

 念話をする時と違い、全身に展開しているので、魔力が溜まりきるまでの時間がかかる。

 それでも数分すれば、レーンの体は魔力で満ちた。




「はいじゃあ、とりあえず魔法を使う下地は整えました。空から降り注ぐ光みたいなものは見えますか? 室内にも遠慮なく振って来てるんですけど?」

「……月光のことではなくてですか? それなら見えませんが……」


 レーンも魔力は見えないようだ。


「やり方としては、自然と同化すること……らしいので、海に行きましょうか」

「では明日ですね。今からでは……あの? ツキミヤマ様?」


 説明する手間が惜しい。

 今になって、クリアメやアーシユルの有無を言わさぬ強引さが理解できた。面倒くさいのだ。

 レーンの腕を掴み、シャドウシフトにて、シャチを送り出した西の海岸まで移動する。


「と、飛んでる!? 落ちっ!? ……ないですね……」

「うわっ! テンションの落差激しい!」

「王を経験しているのです。これくらいは造作もありません」


 レーン補佐官は小粋に笑う。

 素敵な笑顔だ。

 アーシユルには負けるが……。




 海岸近く。

 月光に照らされた木陰から出るが、海岸まで少し距離がある。

 再度シフトして荷台を持ってきて乗ってもらい、海岸まで移動しようとするが、砂浜でキャスターが埋まって動けなくなってしまった。


「……あ、そうか。ちょっと失礼しますね」


 再びシャドウシフトで一緒に木陰に移動し、荷台だけ先に海岸に持ってゆく。

 荷台を横倒しにして影を作り、そこへ再びシャドウシフトする事によって、無事、海岸への移動を終了させた。


「手間取ってしまって面目ないです」

「いいえ……海、素敵です。こんなに近くで見たのは久しぶりなので……これだけでツキミヤマ様には感謝しないとですね」


 半身不随となると、とてもではないが遠出など不可能だ。

 況してレーンは王の補佐官だ。休日などない。

 海どころか、外に出るのも久しぶりなのかもしれなかった。


「お役に立てたなら光栄です。でも目的は魔法ですからね。じゃあまず何も考えずに自然と同化して……」




 魔法の訓練。

 一朝一夕どころか、一晩も時間がかけられない多忙な補佐官。それに魔法を教えてゆくのだ。

 小一時間ほど粘ったが、成果は上がらなかった。


「駄目ですね。では時間も無いので、キスへと移りましょうか」

「そうなりますよねぇ……」


 事務的に、しかし、事を急いているかのように切り出された。

 覚悟を決める。

 ケイト相手では出来たことなのだ。それがもう少し他人になるだけだ。


 りりは状況に流されやすい。

 これが逆に助かることでも有るのだと自身に言い聞かせ、岩陰にもたれるレーンに近づき、その口を塞ぐ。

 図らずとも、アーシユルに初めてキスをされたシチュエーションにそっくりだった。



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