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148話 不意な再会

 



 安全を確認し、着地する。

 言葉が出ない。


 シャチの捕食や、全身に回った毒よりも、もっと根源的な恐怖。

 そう。ケイトの矢を受けそうになった時に似ている。

 先程、一瞬でも空に逃げるのが遅れていれば確実に死んでいた。そう断言してしまえるほどに、恐ろしい速度と破壊力だった。


 思い出し、呼吸が浅くなり、冷や汗が遅れて溢れ出して来る。


「魔人殿。防御してもらわないと困ります」

「……いや……ぼ、防御……意味が……」


 うまく声が出ない。

 体がガチガチに固まっている。

 そこへアーシユルが駆け寄って来て、体を支えてくれた。


「りり……お前ちゃんとバリア張ってたんだよな?」

「固定……ご、5層」

「……本当かよ……おいお前! っていうか全員! そのジンギの使用法、絶対に外部に漏らすんじゃねえぞ! それは、りりのバリアを完全にぶち抜いた。どう考えても国宝指定の使い方だ!」

「国宝指定!? これがですか!? い……っやったぞぉー! 認められたら大出世です! 魔人殿! ありがとうございます!」

「い、いえ……」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ男性に、もはや何も言えなかった。




 アーシユルと共に城の中庭に出る。

 花壇には、何の花かは分からないが、黄色と白の可愛い花が並ぶ。


 椅子に腰掛け、アーシユルの腕をぎゅっと抱きしめる。

 普段ならここからアーシユルと2人でイチャイチャする展開に持っていきたいところだが、とてもそんな気分にはなれなかった。


「……バリアが……物理法則無視したバリアが……負けた……」


 この一点に尽きる。

 物理法則を無視したバリアは、物理法則を無視したかのようなゲートの力に負けた。

 ズルイとさえ思っていた全方位固定バリアが、あのジンギの前には紙にも劣る強度にしかならなかったのだ。


「怖かった……」

「だろうな。まだ少し震えてるからな」

「あれ、当たってたら死んでたかもしれない……」

「……あれじゃまるでサモンシュレッダーだ。鉄骨が出現し切る前までという極端な時間制限はあるが、ちょっとした金持ちや、大工なら経費で簡単に買えてしまうぜあれは……国宝級の瞬間火力のあるジンギ……恐ろしいな」

「戦闘方法の革新の瞬間を身をもって体験したよ」

「言葉通りだな」


 アーシユルは、抱きついている腕を剥がして膝枕に移行してくれる。

 アーシユルの足は少しゴツゴツしているが、日光も花の香りも伴ってかかなり気持ちが良い。

 身を任せて、しばらく目を瞑っていると、やがてうとうとしてきて、意識を手放した。




 目を覚ました時には、しばらく時間が経過していた。

 日は傾いており、肌を撫でる風は涼しくなってきている。寝すぎたようだ。

 見上げると、座ったまま眠る恋人の可愛い顔が映る。

 控えめに言っても最高の目覚めだ。


 一眠りしてしまえば、あの恐怖も少しばかりは薄れる。薄れるどころか幸せで上書きさえされていた。

 見上げていると、アーシユルが目を覚ます。


「おう、起きたのか……というか寝すぎたな。今、何時ぐらいだ?」


 アーシユルが大きな口を開けてあくびをする。上顎の裏が見えるくらいだ。


「おはよ」

「どう考えてもおはようって時間でもないだろう」

「こっちでは起きた時、おはよう意外にどう言うの?」

「え? 起きたか。だけど?」

「あ、そっかそうだよね」


 素ボケをかます。


「それより頭撫でてて思ったんだが、髪の毛伸びてきたな。切ってやろうか?」

「え? アーシユル切れるの?」

「……りりは切れないのか?」

「私は格安の床屋で切ってたから……」

「床屋?」

「あ、理髪店だよ。とにかく切ってもらう一方で、他の人のは切ったことないんだ……あれぇ?」


 ふと思う。

 フィジカルハイは肉体のコントロールが出来るのならば……。


「もしかして髪の毛の長さも思いのままなんじゃ? それどころか変装とかまで出来ちゃうかも」

「……フィジカルハイの話か?」

「うん。今日は遅いから無理だけど、明日ちょっと試してみようかなって」

「……ソレが出来るなら、りりって男にもなれたりするんじゃないのか?」

「いやいやそんな…………なれるかも?」

「本当かよ……」


 アーシユルに散髪してもらうのは次の機会にして、明日早速実験してみることにして、食堂で軽く空腹を満たし部屋に戻る。


「あれ? 誰もいない」

「メモが有るな。えー、マナと一緒にクエスト受けてきます……だとさ。神子連れてハンター業とか本気かよ」

「ケイトさんだね?」

「だなぁ。心配しても仕方ない。あたしは研究メモ書くからしばらく放っておいてくれー」

「はーい。私は日が沈んだらちょっとだけケイトさん達の様子だけ見に行くね」

「おーう」


 アーシユルの取り出したメモは新品だ。

 古いものは王に渡して金貨に変わったので、新しいメモ帳に研究成果を書いている。


 暇なのでアーシユルに魔力針を撃ち込んでおく。

 これで蟻を呼び出せるようにアーシユルも呼び出せるはずだ。

 だが先に他の生物で実験しておく事にする。


「アーシユル。私ちょっと実験しに行ってくる」

「あたしも行く。魔法の実験だろ?」

「うん」


 王城から出て、グライダーで王都から離れ、空から適当に生き物を探す。

 目は乾く事になるが、ゴーグルではなくバイザーを使う。

 これならばざっくりと見るだけでも生物が確認できる。




 淡水人魚(99.0%)


『見たことはないけど亜人は却下』

『そうだな。法にひっかかる』

『そうじゃないんだけどなぁ』

『?』




 ヒト(99.2%)

 ソード(97.1%)


『ヒトも当然却……ソード!?』

『[剣王ソード]か!? 何故ここに居る!』


 [剣王ソード]

 魔人であるという理由だけで殺そうとしてきた、暗殺者の関係者と思われる人物だ。

 そんな男が、もう直ぐ日暮れだというのに1人でこんな所に居る。バイザーで見渡すも、周りには他に誰も居ない。


『りり、チャンスだ。捕まえるぞ』

『そうだね。実験も兼ねて』


 旋回しながらソードの元に降り立つ。

 途中からソードの方もこちらを認識したようで、着地した時には既に抜剣していた。

 バイザーを外して改めて肉眼で確認する。2本角を付けた、軽装の金髪オールバックの筋肉質の中年男性。間違いなくソードだ。


「生きていたか魔人……」

「あ、コイツ阿呆だぞ」

「そうだね」

「何?」

「今聞いてもいないこと自白してくれたしねぇ? 流石に私でもどうかと思うな」


 生きていたかと聞いたということは、死にそうになったという事実を知っているということだ。

 この時点で暗殺者の仲間であるというのが確定する。


 ソードは少したじろぐ。が、直ぐに威張り散らしだした。


「……ふ、ふん! 私はお前のような魔人に負ける程の下等な生き物ではないのだ! 何故ならば!」

「お前まさか薬飲んだのか?」

「……何故知っている?」

「うっわ最低……」


 頭が痛い。

 それほどに魔人を憎むのは何なのか知りたい程だ。


「阿呆だ……アレを飲むのは阿呆ばかりなのか?」

「侮辱のつもりか? ハハハ。今の私にはそのような下等な侮辱は何の意味もない!」

「で、いつ飲んだんだ?」

「2周間ほど前だ! 以来絶好調なのだ! 最早私に敵うものなどおらん!」

「哀れな……」


 寄生虫が孵化して脳に到達するまで1ヶ月。つまりソードは寄生されてはいるが、その影響下にはない。にもかかわらず、本人は好調だと言っている。


「つまりプラシーボ効果……かな?」

「ほほう。私にかかった魔法の効果の事か? 格好のいい名前ではないか」

「偽薬効果とも言って、効果のない薬を飲んで本当にその効果が出てるっていう体の誤作動みたいな現象のことを言うんです」

「……」


 ソードは軽く首を傾げる。ここまで言っても理解していないようだ。


「おっさん。つまりお前まだ魔人じゃないんだよ。そして多分まだ寄生されきってない。今なら助かるかもしれんぞ?」

「助かる? 何の話だ?」


 何も知らないで飲んだようだった。

 仕方ないので説明する。




 説明している間に日は暮れてしまったので、アーシユルが淡い光のジンギで周囲を照らす。

 なんだかんだごちゃごちゃと言っているが、聞く分には大人しく聞いているので、その間に魔力針を打ち込む。全く気づかれた様子がない。

 やはり魔法が見えていない。それどころか、魔力すら貯められていないようで、魔力光は一切衰えること無くソードの身体を貫通している。




「騙されんぞ! そんな事で私を上回れると思うな! 魔人が夜に弱体化するのは既に聞き及んでいるのだ! 覚悟!」


 寿命が1年切っているだとか、脳が食われるだとかを聞いて、少し冷静な判断ができていないように見える。

 しかし、夜に弱体化とは、シャドウシフトを使えるようになっているという最新情報を持っていないのだ。

 きっと、簡単に殺せる小娘か何かだと思っているので、ソードの剣が振り下ろされる前に影に落ちて、アーシユルの影から再出現する。


『後ろにいるよ』

『解ってる。それよりあの阿呆を戦闘不能にして話聞かないとな』

『そうだね』


 グライダーをしまって本格的に戦闘姿勢を取る。


「……魔人……今何をした?」

「秘密です。それより何で私を殺そうとするんですか?」

「魔人が危険だからだ。お前のような存在は生きていてはいけない! だから私こそが魔人になってお前を滅しようというのだ!」


 魔人が危険と言っているのに、その魔人になるという矛盾した主張をするソード。


「危険って誰に言われたんです?」

「ボクスワでは魔人が危険だなどと言うことは一般常識だ。そんな事も知らないのか?」

「……それだけか? その一般常識だけで殺そうとしてるのか?」

「そんな事があるはずがないだろう」


 いくら一般常識といえども、ソードとは一度コミュニケーションを取っている。

 魔人であろうと、話せば分かるというのは理解できているはずだ。


「神の、ウビー様がおっしゃった事だからだ。ウビー様のおっしゃる事に間違いはないのだ。それが全てだ」


 りりの方は話せば理解出来る。理解出来ないのはこの男の方だ。

 神の言うことを妄信的に信じる狂信者。それがソードという男だった。


「アーシユル。もういいと思う」

「ああ。何のことはない。タチの悪い只の阿呆だ。頼むぞりり」

「うん!」

「何をするつもりだ!」


 狂人に付き合ってはいられないので、アーシユルと一緒に、シャドウシフトでさっさと王城の騎士の訓練場まで移動し、近くの騎士に声を掛ける。


「騎士さん。今から魔人討伐組織の1人を呼び出すんで、捕らえてもらえませんか?」

「これは魔人殿いつの間に……ん? 呼び出す? 捕らえる? 何時でありますか?」


 りりは今、客人なのだ。騎士達からはとても丁寧な対応をされる。


「今です」

「……2分待ってもらえませんか」

「ええ」


 割と話をスキップして話しているのだが、既に魔人としての能力の突拍子もなさが伝わっているのか、騎士の動きもスムーズだ。




 きっかり2分後、騎士が8名集まる。1人捕らえるなら十二分の戦力だ。


「では[剣王ソード]さんを呼び出します。構えてください!」

「「ハッ!」」


 お願いしているのだが、人に命令しているようで少し気持ちが高まる。


「ごほん……では、サモンスレイブ!」


 名前通り奴隷扱いしてやるという意味で名付けた。

 因みにソードの奴隷ポジションは蟻以下だ。


 何もない空間から[剣王ソード]が放り出される。成功だ。

 出現と同時に、無様にも地面に転げるソード。蟻の様に華麗に着地も出来ていない。


「何事だ!?」


 いきなり空間転移させられたソードは、意味不明とばかりに周りを見渡すが、そこにはぐるりと騎士達が取り囲んでいる。


「な……な?」

「ソードと言うそうだな? お前は、ハルノワルドの王の客人を殺そうとしたんだ。さあ、犯罪者として大人しく捕らえられておけ」

「……は?」


 まだソードは自体を飲み込めていない。


「私、犯罪者嫌いなんですよ。だから敵国のスパイとして処刑されたりしても心傷まないと思います」

「は? え?」


 辺りを見渡して、りりの姿を確認してから、再度見渡し、やっと判断が追いついたようだ。

 背負っていた剣を降ろして横に投げ、仰向けに大の字に寝転がった。

 恐らくこれが降参のポーズだ。


 剣王ソードは直ぐ様捕らえられて尋問にかけられていった。




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