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147話 ブレイクタイム

 



 部屋で、アーシユルを抱きまくらにしてゴロゴロしていると、扉が開いて王の遣いがやって来たので慌てて起き上がる。


「クレウス王より伝言であります! 明日の2時に使いを寄越すので、その時間には起きていろとのお達しであります!」

「はい! ありがとうございます」


 この星の1日は短い。

 午前2時と言えば日本で言う深夜0時だ。

 一般市民にはしんどい時間だが、不規則な生活リズムなハンター生活を送るりり達にとっては他愛もない時間だ。


 ペコリとお辞儀をして、若干変な目で見られながら遣いの騎士を見送る。


『そう思うなら、お辞儀……だったかしら? 止めればいいのに』

『これは無意識でやっちゃうんです。日本人の習性です。仕方ないんです』


 たとえ変な目で見られようと、気付いた時には既に動いているのだ。途中で止める方が変に映る。


「ていうか、王ってクレウスって名前だったんだな」

「呆れた……アーシユルさん知らなかったんですか?」


 マナは腕を組んでアーシユルを見下ろす。


「まぁまぁマナさん。私達ボクスワから来たから……ね?」

「尚更知っておくべきでは?」

「確かに……アーシユル何で知らないの?」

「あたしだって関係ないからな……ハルノワルドに住んでたらボクスワの王の名前も知らなかっただろうぜ?」

「じゃあボクスワの王の名前は?」

「ワーン = ロワ女王」


 スッと答える。本当に関係ないから知らなかっただけのようだ。

 情報の取捨選択をしていたのだろう。


「そっか。考えてみたらアーシユルまだ子供だもんね」

「あぁ。だが、あと7ヶ月くらいしたら15になって成人だな」

「身長どうですかー?」


 そう言って後ろからアーシユルの肩に顎を乗せる。

 からかおうと思ってやったが、いざやってみるとアーシユルの顔が近い。

 もちもちとした頬が目に入る。

 おもむろにほっぺを突っつくと、ムニムニとしたよい弾力が帰ってくる。


「お……おぉぉぉぉ……」


 感触が楽しくて何度も押してしまう。思えば触れたことはあったがつついたことはなかった。


「……楽しいか?」

「めっちゃ楽しい!」

「そうか」


 素っ気ない態度を取ろうとするアーシユルだが、その口角は少し上がっていた。

 むっつりだ。それすら可愛く見える。


「あぁ……良いですねぇ……私もそういう事したい……」

「マナさんもフラベルタにやれば良いんじゃないですか? 待ってても、フラベルタは多分自分からは動きませんよ?」

「え!? 別に私はそんなんじゃ!? っていうか何で!?」


 慌てるマナ。これはもう自白と同じだ。


「違いましたっけ? マナさんフラベルタの事好きですよね?」

「あら? マナそうだったの?」

「違っ……」


 言い淀むマナ。頭が真っ白になっているのが用意に伺える。


「マナ。私はある理由により自分から動くことはないに等しいけど、別に嫌じゃないわよ? と言うか、悪くないとさえ思えてるけど、どうかしら?」

「いえいえ私がそんな……はい? え? 本当に? いやでも女同士です。そんな……」


 胸の辺りの服をギュッと握って自分を押し殺そうとするマナ。

 仕方ないから助け舟を出す。


「まぁ最悪、フラベルタは男性にもなれるはずですし」

「あらやっぱりバレてた?」

「へ?」

「はあ!?」

『性別って……』


 3人から驚きの声が上がる。


「アーシユル耳元で叫ばないで」

「す、すまん」

『女神とは一体……』


 ナノマシンが使えるなら……というか体にスペアがあるなら男性のボディも有ると踏んでいたが案の定だったようだ。

 当然この考えもケイトには筒抜けだ。


『あの、りり?』

『他言無用でお願いします』

『あなた本当おっかないわね……私、結構やばい情報色々持ってるんじゃないかしら……』


 ケイトは頭を抱える。


『本当駄目ですよ?』

『解るけど……もういっそ説明してくれても良いんじゃない?』

『ナノマシンとか言っても解らないでしょう? 言いません』

『気になるわぁ……』

「りり、念話中か?」


 ケイトが地団駄を踏み出したので、アーシユルが察知する。


「うん。ちょっとフラベルタの事を色々と口止めしてたところ」

「りりの思考限定とは言え、全部聞こえるっていうのは凄いよな」

「ちょっと待ってりり。貴女に話したことって。ケイトさんに流れてるの?」


 流石に聞き流せないのか、フラベルタがジト目で睨んでくる。


「あ、すみません。不可抗力で流れてしまうんです。一応言わないように約束してますし」

「なるほど。ケイトさん。口外したらとても危険ですので覚えておいてね? 具体的には神罰とかで即死すると思っていて欲しい。と。伝えてもらえないかしら?」

「……はい」


 プレッシャーが凄い。

 ケイトには、一言一句違うことなく伝えると、身体を抱えて青ざめていた。

 こういうのは普通、血の気が引くのが目に見えるのだが、真っ黒なので判らない。


『胃が……胃が痛い……神罰って、神直々に殺しに来るって事じゃないの……』

『哀れな……』

『なんて損な能力っ!』


 ケイトは胃を押さえてベッドに潜り込んでゆく。

 可哀想だ。


『誰のせいでっ!』

『いやでも不可抗力ですし……ね?』

『本当にその通りだから……あぁ胃が痛い……絶対言わないわ……』


 本当に可愛そうだ。せめて、もう少し優しくしてあげようと誓った。


「ケイト……哀れな奴……それはそうとりり。時間も出来たからハンターギルドに行こうぜ。クエストとかも受けようぜ」

「そうだねー」


 アーシユルに手を引かれて部屋を出ると、2人の騎士と鉢合わせする。

 と言うよりは、ずっと部屋の前に居たようだ。

 1人は手にメガホンのようなものを持っている。

 これで壁越しに聞いていたのだろう。あまりいい気はしない。


「失礼ですが聞かせていただいておりました。クエストを受けるだなどと許可できません。現在あなた方は王命を受けておられる身なのです。死の危険が伴うハンター家業は、王命を終わらせてからになさるようにお願いいたします」


 出鼻をくじかれてしまう。


「……だってさ、アーシユル」

「んー。じゃあ、りりに模擬戦手配してもらえないか? 相手は騎士団で」

「それならば……構わないでしょう。おい」

「では僕が案内します。着いてきてください」


 仕方がないとはいえ、また戦闘だ。

 あまり戦いたくはない。

 とは言え実戦経験は足りないのは事実なので、やるに越したことはない。




 騎士の訓練場。

 体育館2つ程度の大きさの、固められた砂地の広場だ。

 特徴があるとすれば端の方に傷付いた木人が5体ほど並んでいる程度。


 特徴がほぼ無いので、観察らしい観察も出来ないでいると、案内していた騎士が話をつけたようで戻ってくる。


「アーシユル様より、対多をご所望とのことで、騎士20名と戦ってもらいましょう」

「20……いけるかりり?」


 少し不安そうなアーシユル。

 ゴブリンの時とは違って皆、練度のある騎士なのだ。弱いわけがない。


「え? アーシユルも戦うんじゃ?」

「……そうだな。パーティだからな」

「そうだよ……と言っても、アーシユルに後衛してもらった事しかないから、連携と言ってもできるかどうかだけどね」

「りり。それは違う。弱い奴に合わせる必要はない。こういうのは強い奴が主導権を握って戦うのが良いんだよ」


 いまいち何を言っているのか解らない。


「つまり?」

「あたしが前衛をする。りりは後衛だ」

「危ないよ! 私ならともかく、アーシユルは」

「信用しろ。あたしだってそれなりに実力はある。逃げ道を塞ぐっていう事さえしなければ大丈夫だ」

「……でも」


 歯切れ悪くしていると、とどめの一声が入る。


「信頼してるぜ? 相棒」

「……うん!」


 自分の事ながら少し単純かなとも思うが、こう言われるとやるしかない。


 目的はアーシユルを無傷のままに試合を終わらせる事。

 それには全力サポートが必要になる。

 このような頑張る気持ちにさせることが出来るアーシユルは、りりだけの魔法使いだ。




 20人が並び立つ。

 全員装備しているのは木刀と木槍だが、当たれば当然痛いし、当たり方が悪ければ骨折だってする。


「では模擬戦開始!」


 後衛が8人、残り12人は前衛だが、直ぐに散開し、一糸乱れぬ動きで取り囲もうとしてくる。

 これが対少人数での効果的な動きというものだと、精一杯集中して状況を把握してゆく。


「りり! とりあえず突破だ!」

「アーシユル! 正面の3人無力化するからまずお願い!」

「いや! 横からだ! 囲まれるわけにはいかない!」

「解った!」


 この場合、実践経験豊富なアーシユルの判断の方が的確だ。それに従う。


 直ぐにフィジカルハイを使用して、後頭部に、漫画のような大きなたんこぶ状に目玉を作り出し、背後の視界を確保する。

 同時に、向かって右に展開してくる騎士の木刀を、念力を用いて3人分取り上げる。


 前までのりりならば、1人分取り上げるので精一杯だったが、戦闘慣れや、フィジカルハイの思考速度、出力上昇の効果も相まって、同時に念力を動かせるようになっていた。


 念力で木刀を取り上げられた騎士だが、りりという魔人の情報はある程度浸透しているので、わずかに怯むが、それも一瞬のことで、内2人は直ぐにナイフ代わりの石を投げ、1人は足元の砂を拾い目くらましを放つ。

 通常のバリアであれば間に合わないが、砂程度の質量ならば極薄なバリアでも防げるので薄く乱雑なバリアを展開して目くらましのみ防ぐ。

 しかし、石はそんな極薄のバリアを易易と突破し、砂煙の中から飛び出してくる。


「大丈夫だ! この程度、避けるには苦労しない!」


 アーシユルは突撃を止めることなく、華麗に2発とも小石を避けると、そのまま体を屈めて砂けむりの中に突撃してゆくので、それを跳躍で追いかける。

 少し飛びすぎてアーシユルを追い越してしまう。りりは、まだフィジカルハイ時の体の制御に慣れていないのだ。


「りりは2人目を頼む!」


 そう言うアーシユルは、縦に並んだフォーメーションを取っている騎士達の下から、跳ね上がるように1人目の首筋を木の短刀で撫で、曲芸師のように体を捻り、小石を投げつけると、もう1人の騎士の軽鎧の間を縫って小石が命中する。


 美しい動きだ。

 木刀で撫でるのは「切りましたよ」で、小石はナイフがわりなので「刺さりましたよ」にあたる。

 つまり、今の一瞬で2人も倒したのだ。


 負けていられないと、念力により空中で減速し、止まる。

 そして奪っていた3本の木刀を乱舞させる。剣術の心得などないので、2人目の騎士に適当に切りつけてゆく。

 それでも騎士にしてみれば、3本の剣が襲いかかるのだ。素手ではどうしようもない。

 直ぐに騎士はしゃがみこみ、降参の意を示す。


 残り17人。

 ここで初めてジンギが飛んでくる。相も変わらず水だが、ワンランク上の水流のジンギだ。

 些か射程が長い。発生距離の長いタイプの物だ。


「次は雷撃だね!?」

「そうだ!」


 水流が起きる。

 少々足を取られる。だが、水ジンギはいくら受けても大丈夫だ。

 しかし、雷撃は受ける訳にはいかない。


 続いて空間が歪む。2箇所だ。

 その両方に絶縁球を展開すると、雷撃は全てその球の中に放電され格納される。


「不味い! 雷撃を奪われた!」


 この発想が出るということは、闘技場で、りりとステングとの試合を見た者だ。

 後衛の騎士の1人と、中央前衛の1人が、フォーメーションを崩し、死に物狂いで後退してゆく。

 落雷を落とされると思っているのだろうが、りりの取り込んだそれは、所詮雷撃2発分だ。落雷程の電力を奪ったりはしていないので心配はないのだが、騎士達はステングの使用した多段雷撃の威力そのものは知らないようで、大げさに逃げてゆく。


「おい馬鹿! 逃げるな!」

「お前は知らないんだ! あんなの食らったら死んじまう!!!」


 同僚の狼狽えっぷりに、突撃をしようとしていた前衛が足を止める。

 チャンスだ。

 そっと前衛に不可視の雷撃球をプレゼントする。


「あがががが」

「どうした!?」

「感電!? 何故だ!?」


 騎士の一部が狼狽えたことにより、統制の取れていた騎士の動きが乱る。


「残り14人! アーシユル! 雷撃準備お願い!」

「おう!」


 アーシユルが杖の雷撃ジンギを起動させる。

 射程は騎士団のほうが上だが、騎士団の面々は先程の不可視の雷撃を受けたのを見ている。


「させるなぁー!」


 騎士達が懐からナイフ代わりの石を取り出し、投擲しだした。

 それらが一斉に飛んでくる。


 これは読んでいたのでバリアが間に合う。

 バリアで石を弾いている間に、足元の水をエナジーコントロールにより回収し、水球を作り出す。

 騎士団もこの動きの意図を察したようで、水球から逃げようとする。

 なので逃げられないように、ひとまず、確実に2名の足を念力で固定する。


「うおおお!? 足が動かん!」

「こ、これも魔法か!?」


 次々と繰り出される未知の現象に、騎士達の動揺が更に高まる。


 水球を浮遊させ、固定していた騎士達に浴びせる。

 直後、その手前にゲートと共に雷撃が発生し、雷撃が水を伝い、騎士団たちを襲う。


 逃げおくれた2名と固定されていた2名で4名仕留めた。


「残り10!」

「魔人殿! 提案があります!」


 外野から声がかかり、戦闘がストップする。


「ジンギ研究員か……何の用だ? こちらは見ての通り模擬戦中なのだぞ」

「解っておりますが、見ていた分には魔人殿が勝つのは目に見えていたので……」

「ぐっ……」


 痛いところを突かれたのか、騎士団長は言い淀む。

 実際その通りで、りりはアーシユルの鉄塊を真似て不可視の念力球を投げようとしていたところだった。


「提案なのですが、魔人殿。私のジンギを1発耐えてもらえないでしょうか? 全力で」

「待ってくれ。俺の記憶違いでなければ、お前は建築系のジンギを開発していたはずだ。そんな者が攻撃だなどと……」


 騎士団長が顎に手を当て首を少し傾げる。

 模擬戦では強いジンギは使わないとはいえ、騎士達の攻撃の尽くを無力化されているのを見ているのだ。

 それを一介の研究者が……などと思うのも無理はない。


「ええ確かに建築系ですが、少し面白いことが起きましてね? 魔人殿の不可視の障壁は凄まじいと噂で聞きました。いかがでしょう?」

「……構いませんけど……ケイトさんの矢くらいならギリギリ防御出来ますから……最高防御すれば良いんですね?」

「ありがとうございます。では皆さん、少し離れてもらえますか?」


 模擬戦は中断され、りりと研究員の2人だけになる。

 間合いは約8メートル。

 通常の攻撃なら見てからでも躱せる距離だが、今回は防御に回る。


 全方位に固定バリアを5層張る。それぞれ5センチメートル程の分厚さにした。

 それに加えて間に柔らかいバリア、更に水、熱、雷のフィルタもかけてある。

 これを抜けるとしたら、長距離射程のジンギの空間の歪みが、バリアを超えてゼロ距離で出る場合くらいしか考えられない。


「万全です! さあどこからでもどうぞ!」


 物理に対してもジンギに対しても完璧と言っても過言ではないほどの防御だ。

 逆に、これはフラグなのでは? と思いさえする程には完璧と自負する。


「ではやらせて頂きます」


 そう言って研究員は杖にセットされたジンギを起動する。

 少しして空間が歪み、巨大な鉄骨が徐々に姿を現わせる。


「やはり建築資材だな。しかし……まさか!?」

「はい。危険なので、置いて使用されていたこのジンギを振り回す……というものです。では行きますよ!」

「……待ってそれって!?」


 アーシユルが止めようとするが、研究員は鉄骨を横に薙ぐ。もう止まらない。


「りり! 避けろぉー!」


 アーシユルが叫ぶ。

 それもそのはず。これは、以前フラベルタが使ったサモンシュレッダーと同じ原理だ。

 ゲートごと動いているので、重量や射程に影響されることなく、まるで棒きれを振るかのような凄まじい速度でスイング出来てしまう。

 そして最も恐ろしい点、それは速度ではない。ゲートそのものが物理的な抵抗を一切受け付けない所だ。


「っ! 念力ぃー!!!」


 アーシユルの叫びに危険を感じ、自分を掴んで即座に空中に避難する。

 直後。


 ガガガガガ


 音と共に、一瞬で5枚全てのバリアが崩壊し、浮いて避けたりりの足元スレスレの位置を、鉄骨が風と共に凄まじい速度で通過してゆく。

 まるでそこにバリアなんてものが何もなかったかのように、一切止まることなく振り切られてしまった。


 あまりの出来事に、冷や汗はまだ出ない。

 研究員の方を見るとキョトンとしている。

 そのまま鉄骨の方に目をやると、丁度ゲートから完全に出て来て、地面にゴオンと大きな音を立てて動かなくなったところだった。



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