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145話 陰鬱で蠱惑的な事

 



 マナとは仲良くなったので一緒の布団で寝ころんで。フラベルタの話を聞く。

 マナはフラベルタの話をする時が一番楽しそうだ。


 そのフラベルタだが、ご褒美を先にあげたので、その変わりにケイトの舌を直してもらう。


「何か良いように使われている気がするわ」

「あ、じゃあ別に直さなくても良いですよ? どうしてもじゃないので。ただその場合、さっきやるって言ったのに途中で放り出した中途半端な神っていう認識をするだけですけど」

「厳しいわね。それにもう直ぐ終わるから。そういう言い方は止めてほしいわ」


 フラベルタとのやり取りを、マナは自分のベッドに寝転んで羨ましがる。


「でも、フラベルタ様嬉しそうですよね。あー良いなぁ。もっと早くに知ってたらもっと楽しかったのに」

「マナさん。フラベルタが嬉しそうとかよく判りますね。私には引きつっているようにしか見えませんよ」

「あら? そう? ……フフフフ。じゃあ良いわ。1歩リードね」

「1歩どころか、付き合いは長いんでしょう? 私なんて友だちになったばかりですから」


 フォローすると、にっこりと笑うマナ。表情豊かなのはケイトにそっくりだ。

 だが、これを口に出すと怒りそうなので止めておいた。




「治ったわ」

「ありがとうございます」『さて、ケイトさん。海岸まで行きますよ。見られるの恥ずかしいんですから』


 ケイトは驚いた顔でガバと顔を上げる。


『今から!? 私はもうキツイんだけど!?』

『ならばこそです。疲れてるほうが良いですから。さあ』


 ベッドで後ずさるケイトに飛びついて、そのままの勢いでケイトの影に落ちる。

 アーシユルの複雑そうな顔もチラと見えたが、りりだって複雑なのだ。勢いに任せるしかない。

 シフト中、全身が魔力と同化したため、アーシユルから見えはしないが、あっかんべーをしておいて、アルカ近くの浜辺に移動し、出現する。


『さて、ちゃっちゃとやりますか』

『ムードとかないわけ?』

『その方が好みですか? 私仕方なくキスするんですけど』


 事務的にすることを強調する。


『いえ、良いわ。私も傷が、腕が治ったり耳が聞こえたりするならそれだけで嬉しいもの』

『じゃあいきましょうか……』

『……』

『……』


 お互い動かない。

 それどころか、軽く前傾姿勢になって、レスリングでお互い牽制しているようなポーズになる。


『ケイトさんからしてくださいよ。私からするのは……ほら、ね?』

『え、ええ。分かったわ』


 少し恥ずかしがっているが、意を決したのかケイトの顔が近づいて来る。

 アーシユルのようなチョコチョコとした可愛さはなく、大きな体格が覆いかぶさるかのように落ちてくる。

 圧迫感があるので、少し戸惑う。

 だが逃げるのも失礼なので目を瞑って耐える。


 頭にケイトの左手が触れると、体がビクリと震える。


『りり。すると言ったからには、やるわよ?』

『……』


 返事はしない。少し卑怯かなとも思ったが、ここはケイトに頑張ってもらう。

 何故ならりりは後日、先代王とのキスも待っている。これくらいは楽をしたいのだ。

 ケイトもリーディングによりそれを察してか、とうとう行動に移す。


『じゃあ……』


 ケイトの唇が触れる。少しカサカサしている。アーシユルみたいに瑞々しくはない。

 そして唇が離れる。


『……え? 終わり?』

『え? これ以上は駄目でしょう? これ以上は夫とするものよ』

『……』


 楽をしようと思ったが、これは駄目だ。意外にもケイトの貞操観念が強い。

 致し方なく、りりから動くしかなくなった。


『ケイトさんのアホ!』

『え!? 何が!? むん!』

「あだ!?」


 ケイトの唇を強引に奪おうとすると、髪の毛を引っ張られて止められてしまった。


『酷い! 髪の毛引っ張るなんて! ただでさえシャンプー無くて傷んでるのに!』

『無理やりキスしようとしておいて、それは通らないわよ?』


 ドヤるケイトだが、そこをドヤられても困る。


『舌入れないと始まらないんですよ! 私からが駄目って言うなら早くほら! 舌入れて!』


 本当にムードもへったくれもない。

 羞恥でりり自身、何を言っているのかよく判っていない。


『はよ! はよ!』


 手を叩いてケイトを囃し立てる。


『うううう……ええい! もう知らないわ!』




 ケイトの唇が触れ、ぬるりと舌が入ってくる。

 一瞬気持ち悪かったが、即座に背筋にビリビリとした電流が走る。

 エルフ相手でも問題なく事は起きるようだ。それ自体が大問題ではあるが……。

 だが、直ぐ様ケイトが変貌する。


『りり! 好き! これ好き! もっと! もっと!』


 口の中をケイトの舌が暴れまわる。

 滅茶苦茶だ。あっという間に果ててしまいそうになる。

 しかし、押し流されるわけにもいかない。目的はケイトをトばすことだ。


 自分の思考ながら酷いとも思うが、実際その通りなのだから仕方がない。

 ケイトの舌を押し返して、逆にケイトの舌を蹂躙しながら唾液を流し込む。


『んんんんんんっ!?』


 ケイトがしがみついて悶える。刺激の強さからか顔を離そうとするので、腕で抱え込んで逃げられないようにする。

 暴れるので歯もぶつかって少し痛いが、それどころではない。快楽が強すぎるのだ。

 明らかにアーシユル以上だった。

 あまりの強さに苦しみすら覚える。


 快楽と性欲と苦痛が合わさり、呼吸すら忘れさせるほどの暴力的な口づけ。

 一切離れないまま少し。ケイトの足がガクガクと震え、そのままへたりこんでゆく。

 りりもそれを追うように覆いかぶさった。


 そのまま流されてしまいたくなる。

 だがするならアーシユル1人と決めているのだ。

 しかし、気持ちとは裏腹に、ケイトの体を撫でるのが止められない。舌が絡められるのはもっと止められない。


 息も気持ちも絶え絶えになってゆく。

 お互い夢中になっている中、ケイトの手が、りりのスカートを捲り、内股を摩りだした次点で完全に理性が弾け飛んだ。




 凄まじい倦怠感を感じながら、小波の音で目を覚ます。


「……………………やっちゃった……最低……」


 もうすっかり月が沈みそうな時間になっていた。

 ボーっとするが、念の為状況把握をしようとする。

 現在は夜。月の位置から鑑みるに、時間は2~3時間経過した所だ。


 肌寒い。りりは全裸だ。

 何をやったかは全部覚えている。アーシユルに合わす顔がない。


 落ち込みながら横を見ると、やはり裸のケイト。

 完全に緩んだ顔で幸せそうに寝ている。

 腕は治ってはいない。しかし体中の傷が小さくなっている気がした。

 困ったことにナイトポテンシャルの効果が出てしまった。

 つまりこれは補佐官にも効果があるだろう。


「ハァ……えげつない……」


 流されやすい自らの性格にも辟易としてしまうが、舌を入れた瞬間に、理性が崩壊したケイトは更に酷い。

 快楽に弱い等というものではなかった。


 だが流された以上、りりも同類だ。

 ため息をつく。


 夜が明けてしまえばシャドウシフトが使えなくなるので、ここから帰るのは厳しくなるが、グライダーがあることを思い出し、脱ぎ捨てていた服の上に丸くなって、重いまぶたを閉じる。




 ……ぷぃーん。

 ……ぷぃーん。


「…………駄目だ! 羽虫が! 煩い! 寝れない!」『ケイトさん起きて! 帰るよ!』


 倦怠感に身を任せて眠ってしまおうと思ったが、羽虫のせいで一気に覚醒してしまう。

 こうなったらちゃきちゃきと支度をして、さっさと帰って寝る事にする。


『ハッ!? …………あ……りり……え!? 私なんで裸なの!?』

『もしや、覚えて……ない……?』


 一気に体の力が抜けていく。


『………………………………あ、待って。思い出してきたわ……あ、あー……あぁ。はい』

『ハイじゃなくって! あー、で、どうです? 体の具合は』

『その……とても気持ちよかったわ……こんなの初じめてで……』


 頬に手をやりポッとした表情を浮かべるケイト。

 ケイトの貞操観念は快楽の前に敗北した。


『じゃなくて! 傷の具合とか耳が聞こえるかとかそういうのです! 快楽の強さなんて聞いてません!』

『あ、そ、そうね! 私ったら……そうね。えーと、傷は薄れてるわね……』


 ケイトは体のバネを使って立ち上がり、体のあちこちを撫でて確認をする。

 やはり見間違えではなく、傷が薄れている。


『耳は判らないわ。少なくとも今は何も聞こえないから、聞こえてない気がするわ』

『そうですか……』


 実際には海風が強く、風の音も、小波の音も聞こえているので、これが判らないという事は聞こえていない。


『それにしても先に川へ行きたいわね。股が……ね』

『そうですねー。じゃあ服だけ持ってください』

『分かったわ』




 草むらが危険というのはすでに教わっているので、海寄りの川の下流、ギリギリ汽水域に入らない辺りにシフトする。


『ひゃーちめたい』


 春しかない気候、しかも深夜の川だ。スイカがあれば冷やしたいくらいの冷水だった。


『寒いから股だけ洗って、体は明日のお昼とかにでもしましょう』

『そうしますー。冷た過ぎるし』


 川は上流とは違って石がなくて滑らない。

 代わりに足の指の間に砂が入り込み、少し鬱陶しい。

 さっさと股と足だけ洗って川から出る。

 しかし拭く物が無いため仕方なくワンピースの裾で拭う。


『次からはタオル持ってきましょうね』

『そうね……次……』


 ケイトが口元を押さえて、ニヤけ顔を隠そうとするが、目が笑っているので、表情の全てが掴み取れてしまう。


『想像しないでください! その……恥ずかしいので……』

『そうね。想像しなくても……というところはあるものね』

『うわぁ……それセクハラですよセクハラ』

『通じないわよその言葉』

『ぐぬううう』


 下半身丸出しだというのに、何故か得意気に笑うケイト。


『何でも良いから早く拭いてください! 帰りますよ!』

『あら? もう少しゆっくりしてもいいじゃない。体を重ね合った仲なんだから』


 ケイトが甘えてくる。

 もう少し居たいようだが、少々図々しい態度に少し苛立ちを覚える。


『ケイトさん……舌の調子はどうですか? 次はないですよ?』

『さて、私も服を着るとするわ』


 カースを2度と喰らいたくはないのだろう。ケイトは会話を躱してズボンを履き始めた。

 だが、その顔はニコニコと笑っている。

 これからアーシユルと顔を合わせないといけないりりとは違い、気楽そうだ。


『さあ下も履いたから、何時でも良いわよ』


 割と好き放題やられたお返しに、影に落とし込むフリをして何もせずに地面に叩きつけようとしたが、ギリギリで受け身を取られる。


『フフフ……りり、魔力流してなかったでしょう……判るのよ?』


 ケイトは魔力は見えない。

 されど、コントロールが出来る以上、身体に触れる魔力は感知できる。


『一泡吹かせようと思ったんだけどなぁ……』

『いえ、十分よ。もう安心してシャドウシフトに入れないもの』

『それは何より』


 ケイトが顔を引き攣らせている。一先ずはこれで良い。

 今度こそケイトを連れてシャドウシフトに入る。

 ケイトが少しビクビクしていたので、僅かながら満足感を味わえた。




 マナの部屋に戻り、小声を漏らす。


「ただいまー。そしておやすみー」

『私も寝るわ。おやすみなさい』


 こっそりと帰ってきてこっそりと寝る。

 アーシユルは寝ていたので少しばかり安心した。




「りりー。起きろー。朝だぞー」

「あい」

「……またか。りり!」

「あい! …………」


 返事をするときだけ、僅かに覚醒して、直ぐにまた夢の中へと戻ってゆく。

 そこにケイトの念話が入る。


『りり。起きないとアーシユルに昨日の事言っちゃうわよ?』

『は?』


 途端に目が醒める。

 このダークエルフは災厄を振りまこうとしている。直ぐ様、念力で自由を奪い、尻に全力で蹴りを放つ。

 だが、寝起きな為、足が上がりきらずに太腿にヒットした。


「ひぎゃっ!? ああーーー!? ああああああーーーーっ…………」


 苦しんでいる。

 お尻に当てたらダメージが薄いとは聞くが、太腿だとそうではないらしい。

 ケイトは起き上がれずに突っ伏して太腿をさすって痛がっている。お仕置きにはなった。


「ケイト、昨日から散々だな。何言ったんだコイツ?」

「……秘密」


 言えるわけがない。

 りりは今だってアーシユルの顔をまともに見れないのだ。

 しかも、アーシユルよりも気持ち良かったなど、考えたくもなかった。


 ある意味ここが1番ネックに感じるところだ。

 ケイトの強引さが好きなのかと思案する。

 だがケースが少ない。どうせ補佐官ともする事になるので、その時確かめる事にした。


 マナが部屋の扉を開けて入ってくる。ノックは無しだ。やはりここまで来ると、そもそもノックの習慣がないのだと確信する。


「ご飯です。王城の食事ですから、美味しいですよ……それはそれとして、ケイトちゃんは何をしているの?」

「りりに何か言ってお仕置きを食らったんだ。凄え痛いだろうぜ」

「どれ……」


 マナがケイトの摩っている太腿をペチペチと叩く。


「んうう!?」

「……フ、フフフフこれは面白いですね」


 マナが歪んだ笑顔で嗤う。

 だが、これはマナのためにやったことではない。飽くまでも昨日の事をチクろうとした罰だ。

 そこに追撃を加えるなど、エルフの里のエルフとあまり違いはない。


 マナを念力で捕獲し、その旨を伝えると、少々不満そうだが了承してもらえた。


 ケイトとの間に信頼関係があるならばともかく、マナとケイトの間にはそんなものはない。

 ケイトにはかわいそうな事をしてしまったと反省する。


『そう思うなら治してほしいわ』

『私にはそんな能力ないので、我慢してください。さ、ご飯食べに行きますよ』

『……なんて残忍なの……』


 食事に行くのにマナの後をついて行く。

 その後を、足を押さえながらヒョコヒョコとついて来るケイトはまるで雛鳥のようだった。




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