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144話 お仕置き

 



 結局、金貨110枚ピッタリを貰い、王から正式に神子の部屋の使用許可を得た。

 戦争はどうなるか分からないが、とりあえず拠点はこちらに移すつもりなので、りり1人ゼーヴィルに戻り、一連のことをクリアメに話す。


 クリアメからはハンターギルドよりもアルカの王城の方が安全だろうと言われ、頭を乱暴に撫でられる。

 [魔人の卵]についても戦争に関しても話したが、仕方ないと思っているのか、笑顔は変わらないが少し寂しそうに見えた。


 世話になった感謝の気持ちを込めて、クリアメをギュッとハグをして礼を言ってから、影に落ちてマナの部屋にまで移動する。


「ただいま」

「おかえり。クリアメはどうだった?」


 帰ってくると部屋にはアーシユルしか居なかった。

 ベッドの上で休んでいたようだ。


「クリアメさんなら少し寂しそうにしてたよ。ケイトさんとシャチさんは?」

「シャチは金の代わりに旨い料理をよこせって言って、こんな時間に王城料理人達をこき使ってるぜ」

「シャチさんらしいね。で、ケイトさんは?」

「マナと2人、食堂で筆談してるぜ。因縁があるからな……」


 ケイトはエルフへの復讐の際にマナの友人を殺している。

 マナが「ケイトは殺人犯です」と言ったらケイトはそれまでだ。

 しかし、マナは協力してくれると言っている。そうそう、そんな事にはならないはずだ。


「そっか……で、さて……ケイトさんは後にするとして……アーシユルさん?」

「本当に申し訳ない」


 即座に土下座が入る。前にりりがやったのを見て覚えたのだろうが、少しお尻が上がっており、トレースには失敗している。

 だが土下座くらいは当然だ。それくらいしてもらわなければ気が済まない。


「アーシユルさんは、私が他の人とキスするの良いんですか?」

「良くないです」

「ケイトさんとまですることになったんですけどいいんですか?」

「ごめんなさい。よくないです」

「反省してください」

「反省します。だから敬語止めて……」


 土下座したままべちゃっと這いつくばってゆくアーシユル。

 怒る気も失せるというものだ

 とりあえずアーシユルの上に座る。


「ぐえ」

「王命ってすごいんだよね?」

「逆らうとそれ自体が罪になります」


 敬語を止めてもアーシユルの喋り方は変わらない。これはこれで本当に反省しているのだ。

 もしくは敬語で話されることに余程の衝撃を受けたのかだ。


「じゃあキスするしかないよね?」

「そうですね」

「じゃあ今日は特に何とかはないけど、付き合ってくれる?」

「……何に?」

「そりゃあもうアレだよ」

「……ハイ……」


 アーシユルがキスをするのが苦手だというのは知っている。快楽が強すぎるのだ。

 だが、これはある意味罰なので、思う存分付き合ってもらう。

 アーシユルから降りて、覆いかぶさるように抱きつき、そのままスルリと影に落ちる。




 出るのは月夜の美しい、潮風の吹くゼーヴィルの海岸。

 所謂いつもの場所だ。

 シャキッとするりりの横で、アーシユルは軽く目を回している。


「あたしこの移動慣れない気がする」

「まぁ、一瞬落ちるからね。さて、下着とタオル取ってくるから待っててね」

「へーい」


 げんなりとした返事だが、逃げるという選択肢はないようだ。

 直ぐに下着とタオルを持ってきて、毎度のようにキスをするが、今回はもう貪るように行く。なんたってアーシユルへの罰と、自分へのご褒美を兼ねているのだ。




 事後、少し仮眠を取りヘロヘロになったアーシユルをおんぶしてハンターギルドに戻る。

 随分と筋力が付いたもので、ほんの少し前までは自身の体重だけで限界だったというのに、今ではアーシユル程度なら担げる程になっている。


 ハンターギルドの扉をくぐると、飯抜きハンターの[刀持ちで重鎧の方]と遭遇する。

 と言っても、もう1人の方の仕事着を知らないのだが……。


「おや? 魔人さん。何でここに? ゼーヴィルを離れたって聞いていたけど?」

「……そうでした。うっかりしました。それじゃあ!」


 そう。帰るべきはゼーヴィルのハンターギルドではなく、アルカのマナの部屋だ。完全にうっかりしていた。

 ハンターギルドにVターンをして、月光にできた影にストンと落ちる。


「その浮遊感怖いから止めてくれ……目、覚めただろ……」

「えー? 楽しいのに」


 せっかくのこの浮遊感を楽しまなくてどうするというのだろうとは思ったが、好みは人それぞれだ。アーシユルは好きじゃないというだけの話だ。

 少し残念に思うが、ゼーヴィルを後にしてアルカへとシフトする。


 部屋には、マナ、フラベルタを含めた全員が居た。

 シャチの大きな影から出た瞬間にフラベルタと目が合う。


「ただいま。フラベルタ、もしかして私の事察知出来てるの?」

「出てきた瞬間からなら出来てるわ。流石に転移攻撃をして来る相手となれば警戒するしかないもの」

「あー、じゃあウビーさんには通じないかー。奇襲で1発だと思ったんだけどなぁ」


 思い返せば、前に使った時も、完全に察知されていた。

 シャドウシフトはウビー戦では緊急回避や移動にしか使えないだろう。

 ますます夜には戦えなくなった。


「マナさんとケイトさんは……その……」

「なにもないですね。筆談だけでしたので……とりあえず殺した相手の名すら知らない覚えていないって言っていたので、もう全力でビンタしようとしたのですけど……」

「あ、ケイトさんまた止めましたね?」


 ケイトに近づいて頬を注視してみるが、手形等は見受けられない。仮にあったとしても黒いので見つけづらい。


 振り向き、マナをよく見てみると泣いた跡がある。人を泣かせておいて何もなしというのは、なんともよろしくない。そう思いつつ厳しい顔でケイトに向き直る。


『……その……りり……まだ早いんじゃないかしら……皆も見てるわ……』

『………………違う! キスじゃない! ほっぺたを見てたの!』

『え!? やだ! そんな勘違い恥ずかしいじゃない!』

『私のほうが恥ずかしいわ!』


 念話の為、他の誰にも理解されない羞恥を味わう。

 その流れのまま、試しにケイトにビンタを繰り出すも、サッと手で防がれてしまう。


『……』

『突然人を叩くものじゃないわよ?』


 ため息が出てしまう。この調子でマナのビンタも防御したのだ。ケイトの生きてきた環境故に仕方ないとも言えるが、マナの気持ちを考えるとあんまりだった。


『そうだケイトさん。これ、マナさんの分も合わせてです。存分に味わってください』

『? 何を言っているの?』

『口開けて?』

『? あー』


 無防備に口を開けるケイト。素直だ。

 その口の中に魔力の塊をヒョイと移動させる。


『もう良いですよ』

『? 何をし…………痒い……りり! まさか!?』「……あああああああ!」


 周りの全員がギョッとする。

 ケイトが叫び、突然口を押さえてベッドの上で苦しみだしたからだ。

 だがアーシユルとフラベルタは察したようだ。


「……魔法か……」

「うん。流石に駄目かなって。マナさん。代わりという感じになりますけど、これで許してもらえないでしょうか?」

「……何をしたのですか……?」

「舌に激痛を与える細菌をちょっと多めに」

「……」




 今の、魔法について精通した今のりりならば、恨みや理不尽を込めるカースだとしても、この程度の火力としてなら可能になっている。




 布団の上で、下手くそな悲鳴をあげてもがき苦しんでるケイト。

 そのせいでホコリが舞い上がる。

 ここまで考えが及ばなかったので、これは失敗といえる。


「あちゃぁ……少しホコリっぽくなるかもですけど、我慢してくださいねー」

「りり。おれはほこりはあまりよくない。そろそろうみへかえしてくれ」

「はーい。じゃあシャチさん送ってくるんで、ケイトさんはそれまで苦しんでいてくださいね」


 少々気の毒だが、せめてそのくらいは苦しんでいてもらう。


「じゃあシャチさん行きましょうか」

「あ、ああ……そうだ。うんどうをかねてかえるから、いちばんちかくのかいがんまで、たのむ」

「はーいじゃあ、影お邪魔しまーす」


 シャチの手を握る。

 その手は相変わらず大きく、握るには水かきが若干邪魔だった。




 シャドウシフトでアルカから少し離れた海岸近くの木の影から出る。

 ゼーヴィルの海岸とは違い、近くに人が居ないからか、流木が多数打ち上げられている。


「掃除してないと結構汚いですね」

「そうだな」


 そう言いながら流木を蹴飛ばしながら海へ向かうシャチ。

 ナイトポテンシャルを展開しているわけでもないのに、凄まじい脚力だ。


「つかれた。さすがに、すいちゅういじょうのふゆうかんは、そうていがいだったぞ」

「アーシユルにも似たようなこと言われました」


 へへへと笑うと、苦笑で返される。


「あやつもたいへんだな。さて、おれは、きままにゼーヴィルにかえるとする。おうにおあいするのは、なかなかつかれるものだ」


 そう言ってシャチは伸びをする。

 その巨体が余計に大きく見える。


「そうですね。気迫もすごかったですからね」

「いや、じゅうたんで、からだがかわいたからだ」


 水生生物のシャチには長時間の陸での活動は厳しかったようだ。

 配慮不足を痛感する。


「それはお疲れ様でした。ごめんなさい。特に何もすることがなかったのに連れてきてしまって」

「うまいものがくえたからいい。それに、にんぎょではじめてヒトのおうにあったのだ。じまんにもなる」


 そう言ってシャチは舌なめずりをしてにっこりとする。

 余程美味しいものを食べたのだろう。


「じゃあな」

「はい。お元気で」

「おれが、げんきでなくなるわけがないだろう」


 カカカカ

 と、喉を鳴らして笑うシャチ。

 最近では顔を見るのにも慣れてきた。

 シャチは巨躯で最初こそ威圧感はあるが、一度慣れてしまえばキュートな顔をしているのだ。

 機会があれば、一度海で遊んでみても良いかもしれないと思いを馳せる。


 シャチは水を手で確かめて、体をうねらせ、尻尾でバイバイをして行ってしまった。

 あっさりした別れだ。


「さぁて、帰るかー……と、思ったけど、折角だから……」




 シャドウシフトでアルカの闘技場横辺りにまで移動してみる。

 流石は首都だとしても、夜は皆寝静まっているのか、人が出歩いている気配がない。

 好都合と思い、召喚魔法で蟻を呼び出してみる。とりあえず10匹程だ。

 ススっと何もないところから蟻が現れる。特に混乱した様子もない。慣れているようだった。

 つまりこの魔法、蟻の使用しているものと同じものだ。


「召喚魔法って移動手段はシャドウシフトに近いんだなぁ……影以外のところからも出てくるから違うけど」


 ポーチから干し肉を小さくちぎって餌付けすると、せっせと千切って巣へと運んでゆく。

 少し気になり追ってみると、闘技場の壁と地面の間に小さな穴に入ってゆく。ここが彼らの巣のようだ。


 闘技場はジンギが乱発される場だ。そんなところの真下巣を作っていて敵対しないというのだから、温厚過ぎると言っても差し支えがない。

 逆に何をすれば敵対関係になるのか分からなくなった。


 折角だから干し肉の切れ端をもう少し上げてから、シャドウシフトでマナの部屋へと戻る。




 部屋にまで戻ってくると、ケイトはへとへとになっていた。


「ぁぁぁ……」


 もう声も絶え絶えだ。


『お疲れ様です。取り除くので口開けてください』

「あー」


 ケイトはベッドで上体を起こして口を開けた。

 泣いている。もう念話をする体力も残ってないようだ。

 もう十分に反省してくれたように思える。


 微笑んでそう考えていると、ケイトの首が縦に大きくブンブンと動く。どうやら本当にまいっているようだ。


 ケイトの口の中に魔力を送り込む。言ってみればカースの除去魔法だ。

 ケイトに教わるまでもなく、いつの間にか使い方が解るようになっていた。

 厳密には、目を増やした時か、肉体を、脳を再構築した時からだ。


『取り除きましたよ』

『…………』


 ケイトはベッドに突っ伏して手をへろりへろりと振る。

 細菌自体は取り除いたが、痛みは消えても痒みが残るはずだ。

 ケイトは布団をギュッと握ってひたすら耐えていた。


「まだ苦しんでいるように見えるが」

「うん。そんなに直ぐに回復するようなものじゃないからね。寧ろ、ケイトさんの大好きな食べ物の味を、少しの間奪うのがメインなところがあるし」


 マナが少し口角を上げながら口を開く。


「りりさん、なかなか酷いですね」

「そんな事言いながらマナさんも笑ってるじゃないですか」

「そりゃあ……ねぇ? 少しくらいはスッキリもしますよ?」

「「フフフフフ」」


 2人して邪悪な笑みを浮かべる。


「"も" って、笑ってる自覚あったのかよ。お前等こええよ」

「Sじゃないし!」


 その言葉に首を傾げるマナ。


「S?」

「知らん。何かの隠語だろうが、大方察しはつく」

「……私は違いますからね? 少なくとも友人殺されてますからね?」

「いや、どちらにしてもそれで笑ってるようじゃお前も多分Sだぜ」

「「S違うS違う」」


 見事にハモる。


「あら。マナもりりも楽しそうね」

「そう見……」

「うるさいドM!」

「ちょっと……りり……不意打ちは……ハァ……駄目よ」


 食い気味で八つ当たりすると、逆に喜ばせる結果になってしまった。

 フラベルタはりりをスキャン済みの為、意味を完全に理解してしまっている。


「失敗した……」

「……フラベルタ様、完全に女の顔ですね……」

「まって。マナ。これは違うの。違うのよ」


 フラベルタが慌てる。

 こんな姿を見るのは初めてだ。


「罵られて喜んでる人が何をいまさら」

「りり。勘弁して。本当勘弁して。マナも見てるから。ね?」


 追撃の一言を加える。


「見境ないんだね」

「待って。だめ。本当にだめ」

「うわぁ……フラベルタ様、そうだったんですね……」


 マナはドン引きしている……ように見えて、少し高揚しているようにも見える。

 これはマズイ扉を開けてしまったかもしれない。


 だが、神子が神を慰めてると思えば可愛いものだ。

 そう思うことにした。



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