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143話 不法謁見

 



 誘拐してきたのなら後は早い。

 魔力プールを展開し、少し質問をして、ケイトにリーディングしてもらうだけだ。

 再び男を影に引きずり込んで留置所に戻すと、騎士団の1人と遭遇する。

 どうやら罪人が居なくなった事に動揺して、上司に相談するか否かを悩んでいたようだった。

 なので、得た情報をそのまま騎士団員に教え、手を振ってからシャドウシフトで皆のところへ戻った。


『おかえり』

『ただいま』

『便利ね。行ったことない場所へも行けるんだから』

『でも途中で止めちゃったら地面へ真っ逆さまですよ』


 これを聞いて2人とも頭を抱える。


『……あまり使わないようにしろよ?』

『よほどのことがない限りは大丈夫だよ。ありがとうね』


 アーシユルの頭を撫でると、照れくさそうにしている。だがここからだ。


『さて。でもイロマナという人がやったことが確定したわね』

『そうだな……』

『騎士団の人にもイロマナさんが犯人だって伝えたから、次はハルノワルドの方……アルカに伝えに行かなきゃだね』

『じゃあグライダー出してくれ』

『いや、ほらもうこれで』


 アーシユルとシャチの手を握る。

 ケイトは心を読んでいたのか、胴に抱きつくように腕を回してきた。

 こういう時、いかにケイトの身体が大きいのかを理解させられる。


『りり、まさか……』

『おれもか』

『当事者が行かないわけにはいけないでしょう。では!』


 自分の影では小さすぎるので、建物の影に倒れるように全員を影の中に引きずり込んだ。




「「『ああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?』」」


 浮遊感のある空の旅。

 楽しいでも、ウキウキするでもなく、ただ魔力と同化する気持ちの良さ。

 しかし、そんなりりとは打って変わって、他の全員は初めてで戸惑っている。


 せっかくなので、寄り道などもして小旅行と決め込みたかった所だが、この様子であれば仕方がないと、目的地の王都アルカに限りなく近い位置まで雑把に移動する。


 覚えのあるマナの部屋。そこを起点にしてあちこちを高速で探索する。速度自体は魔力の速度。つまり亜光速くらいだ。しかし、魔力と同化している為か、問題なく捉えることが出来る。


 宛らストリートビューの様に、場所を転々としながら移動していると、騎士が守る大きな扉を見つけたので、すり抜けてその中にお邪魔する。


 とても広い空間だ。

 奥にそびえる綺羅びやかな王座。

 そこまで高級そうな茶色い絨毯が大きな扉まで続いている。

 扉の両サイドには槍を持った甲冑の騎士が1人づつ。


『どうやら謁見の間のようだな』

『へえここが……初めて見るわ。綺麗ね』

『おろしてほしい』


 気になることがあったので、とりあえずシャチの要望を無視する。


 気になること。こんな時間に、この広い空間に少年が1人居ることだ。

 その少年は、謁見の間の柱に持たれて天井を仰ぎ見ている。

 身長はアーシユルよりも僅かに低い。

 2本角の変換器と、窓から差し込む月光に映える美しい装飾のついたスーツを着ている。


『どう思います?』

『とりあえずおろしてほしい』

『じゃなくて』

『王だな。前に情報誌で見たことがある。格好からして執務中に休憩しているという感じだろう』


 アーシユルは物知りだ。

 嘘でもガイドと言っているだけはある。

 とにかく目標の人物を見つけたのだ。接触を図る事にした。


『なるほど。じゃあ行きましょうか』

『ええ!?』

『そうなるわよね……』




 王座の影から、降りたがっていたシャチを最優先で出す。

 続いてアーシユルとケイト。


「!? 何者だ!?」


 すかさず騎士が叫び、その声に反応して、天井を見ていた王は、もたれるのを止めて警戒を顕にする。

 騎士が槍を構え、アーシユル達に駆け寄りながら、更に叫ぶ。


「何処から侵入した!?」

「人魚もいるぞ!」

「っ!? 王!? 後ろです!」

「後ろ!?」


 王が振り返る。

 後ろ。柱しか無かったはずのところに登場するのは、もちろんりりだ。


「あ、どうも。魔人です。あなた王様なんですよね。少し重要なお話があるんですけど」

「………………」


 こんな事をしておいて、タダの自己紹介が通るわけがないので、初めて自らを魔人と呼称した。

 こうしておけば「何者だ!?」フェイズがスキップされる。


 だが、王は、りりが魔人と名乗り、ヘラヘラしているのが気になったのか、りりを見た瞬間惚けた表情で見上げてきていた。


「……あのぉ……? 聞いてます?」

「! 聞いておるぞ!」


 王が喋らないので、覗き込んで見ると、僅かだが狼狽えるような素振りをみせる。


「んん! さて何者だと聞いておるのだが?」


 ちょっと狼狽えただけで、直ぐに持ち直しているように見えるが、魔人と名乗っているのが聞こえてなかったのか、せっかく飛ばしたはずの誰何すいかをされてしまう。

 諦めて、再び名乗る。今度は丁寧にだ。


「あ、えーと、リリ = ツキミヤマと言いまして、近頃噂の魔人です。と言っても敵意とかはまるで無いのでよろしくおねがいします。今日は本当にお話だけしに来たんですけど、私ルールとかを知らないので直接来させて貰いました」

「ほう。聞き及んでおる。だが信用は出来ん。騎士を呼ばせてもらう。構わんな?」

「それはもう」


 王が右手を上に挙げる。すると騎士達は騒ぐのを止めて、少し狼狽えながらだが、持ち場に戻ってゆく。


「……呼ぶんじゃなかったんですか?」

「いきなり人魚とエルフが出てきたのだ。今から騎士団を呼んでも勝てまい」


 肝が据わっている。小さいながらも、これこそが王だ。

 少しばかり気圧される。


「話があるのだったな。王座前におる其方等! そこでは無礼である。離れろ」

「ハッ!」


 見るとアーシユル達は膝を立て傅いていた。

 立ち上がり、王座から少し離れた正面へ移動して再び傅く。


「どうやら本当に襲撃ではないようだな。良かろう。話を聞いてやろう」

「あ、ありがたきしあわせー?」


 何やら解らないまま、王に主導権を持っていかてしまう。




 王が騎士を1人呼び、何か言伝て王座に座る。

 そして前に行くように促されたので、アーシユルの横にまで行き、見様見真似で傅く。

 いまいちバランスが取れない。アーシユル達は不動だが、りりだけグラついている。


『皆傅くの上手くない? 何かコツとかあるの?』

『コツ……りりはバランス悪いからっていうのもあるんじゃないかしら?』

『それ、どうにもならないじゃないですかやだー!』

『それより、りり。喋っちゃ駄目よ? 王が許可するまでね』

『えぇ、面倒くさい……』


 念話ならばセーフだが、面倒くさいを最後に律儀に押し黙る。




 そのまま数分。何も状況が動かないまま傅いているが、そろそろ足が限界だ。グラつきが強くなってゆく。


「……ツキミヤマと言ったな。其方は好きに座っておれ」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 王は少々呆れ顔だったが、言葉に甘えて、パンツだけ見えないようにして体育座りに移行する。

 王の顔を見ると、視線が交差する。

 疑問に思うが、発言を許可されていないので聞くに聞けない。

 そんな中、騎士団の1人が王に駆け寄る。


「王。補佐官が御出です」

「通せ」

「ハッ!」


 扉が開き、ガラガラという音が近づいてくる。

 横を通り過ぎてゆくのは、クッション付きの荷台に乗せられた大人の女性だ。と言ってもクリアメくらいの年齢に見える。

 王座に横付けされると女性と目が合う。こちらも2本角の翻訳機だ。服は王の物より少し装飾が控えめだが、高貴な物だというのが伺える。


 少し観察していたのだが、補佐官も王と同じく、りりを見続けている。

 何か顔に付いているのだろうかと、顔を擦ってみるが特に何も付いていない。


 王が咳払いをして口を開く。


「補佐官も来たことだ。話を聞こう」


 この段階になって慌てるのはりり達だ。


『今更なんだけど誰が話すのこれ?』

『今それを言うの?』

『おれはめんどうだ』

『お前等なぁ……良い。あたしが話す』


 話は纏まった。

 りりは最初こそは良かったが、今は若干テンパっているので、伝えたい事が何も出てこなかったのだ。


「では王。あたしから……[魔人の卵]なるものがあるのはご存知でしょうか?」

「知っておる。此方に流れてきておるのだったな」


 マナに齎された情報はしっかりとアルカまで届いていたようだ。


「ハッ! 内容の方が伝わっていないと思いますのでそれを……寄生され、入る魔法知識は少なくとも2つ。武装猪のエナジーコントロールと、[月光を背負う者]のナイトポテンシャルです」

「ほう」


 王が補佐官に目をやると、直ぐ様補佐官が口を開き、補足説明に入る。


「エナジーコントロールは物を浮かせたり装備したりする程度。ナイトポテンシャルは超速回復が可能と調べがついております」

「そうか」


 王は補佐官の言葉につまらなさそうに返事を返す。

 魔法の恐ろしさがまるで伝わっていない様に感じ取れる。


「いえ。それは違います王。ナイトポテンシャルは身体能力の向上もあります。シャチだと約1.5倍まで能力の上昇が見られました。それと、エナジーコントロールはもっと恐ろしいものです。りりが、才能ある魔人が使用した場合、ボクスワの国宝に匹敵する力を発揮しました」

「なに?」


 無事伝わったようだ。

 ハルノワルドの国宝ジンギは見たが、ボクスワのは知らないので、りりにはよく解らない話だ。


 眉をひそめる王に、すかさず補佐官が補足を入れる。


「ボクスワの国宝と言えばダークソードですね。あの攻撃力に匹敵とは……考えにくいですね」


 解らないので、ケイトに助けを求める。


『ケイトさん……』

『ダークソードね。私でも知ってるわ。起動すると周辺一帯の何もかも焼き尽くす光が飛ぶ代物よ。放って置けば置くほど威力が上がっていくの。つまり、りりの黒球と似たようなものよ』

『それは……怖いですね……』


 ダークソード。

 光を吸収する剣だ。

 貯めれば貯めるほど内部に熱が溜まり、起動すれば内部にゲートが発生し、剣先から短時間、高熱線が発射される代物だ。

 りりのように直接炎を貯めることはできないが、短時間であれば、その速度と火力は、りりの黒球を上回る。


「どちらの魔法にせよ、もし才能のある物が使いこなしでもしたら、りり程ではないにしても驚異以外の何物でもありません」

「ふむ。で、何が言いたい」


 王がアーシユルを睨む。

 クリアメの威圧感とはまた違う威圧感だ。

 普段堂々としているアーシユルでさえ少し気圧されているように感じる。


「1つは、その卵をばら撒いた者の名を、1つは魔法の……というよりは魔人の詳細を、合わせて金貨110枚で買っていただきたい」

「……どう思う姉上?」

「そうですね」


 王が補佐官と何か相談しているが、りりは補佐官を姉上と呼んだことが気になる。


『りり。補佐官は先代王よ。落馬で半身不随になってから、急遽王を交代されたのよ。王の実力はそれなりにあるけど、知識が足りない。それを先代王が補佐している……というわけよ』

『はへー。ありがとうございます』

『嘘でもハルノワルドに居たんだからそれくらいはね』


 半身不随……りりもなったのだ。その不便さと絶望は、それこそ身をもって理解している。

 しかし、可愛そうだが、魔法が使えないのならどうしてあげることも……出来ないではないのだが……。


『アーシユル。りりが、補佐官の半身不随どうにか出来るみたいなこと思ってるわよ?』

『ちょ! 言わないでくださいよ!』

『よし!』

『良しじゃなくって!』


 ツッコミにかまけたせいで、アーシユルを制止するのに一歩遅れる。

 アーシユルは行動が早いのだ。


「王。りりならば補佐官のむぐ!?」


 少々無礼かもしれないが構っていられない。アーシユルに飛びついて口をふさぐ。


「ぶわ!? 何をするんだ」


 暴れるりりとアーシユルを見て、補佐官から怒りの声が飛ぶ。


「ツキミヤマよ! 王の前で無礼であるぞ!」

「すみませんすみません。でもちょっと本当に……」

「……ツキミヤマなら姉上に……なんだ? 申せ」


 こうなっては止められない。


『アーシユルのバカ!』

『りり。話せ』

『……アーシユルは何やるか知ってるでしょ? なんで話しちゃうのよ……』

『……あ、アレか』

『アレだよ! アーシユルのバカ! バーカ!』


 アレ。

 そう。アーシユルとのキスだ。

 ナイトポテンシャルを使わせることが出来たのなら肉体は万全な状態に戻ってゆく。

 たとえそれが半身不随であろうともだ。


「あ……王……今のは聞かなかった事とかには……」

「出来ぬな。王命で話させても良いのだぞ? そしてツキミヤマ。その……なんだ。下着が見えておる。座り直せ」

「え!? ああああ!?」


 急いでスカートを戻して、元居た位置に座る。

 消えてしまいたい気持ちで一杯だ。


「……えー、実は、りりはかつて下半身不随になった経験がありまして、それをある方法で治癒させたのです」

「本当か!?」


 1つ溜息を吐いて補佐官が話す。


「……王。そこのハンターの言うことは本当でございます。なんでもゼーヴィルでは有名な話だそうで……しかし魔人故の出来事だったと聞き及んでおります」

「……だが、その話をしたということは……」

「ハッ! しかし可能性の話であります。当然ながら確実ではありません。しかし成功したのならば、褒美を頂きたくあります」

「許可しよう」


 終わった。

 体育座りのまま、膝におでこをくっつけると、自然と溜息が出た。


『りり。すまん。王命とまで言われたら……』

『……きらい』

『……すまん……』


 心底落ち込む。

 涙が出るとかではない。単純な疲れとして。大きな溜息が連続して出てくる。


「それと、さっきの話受けようではないか。ただし、金貨110枚の約束は出来ぬな。中身を見て、相応の金額をこちらで決めさせてもらおう。それで良いな?」

「ハッ!」

「ではその資料を……」


 王が目で補佐官の従者に指図すると、従者がアーシユルの元にゆく。


「資料をお出しください」

「これだ」


 アーシユルの言動に、従者の眉がピクリと動く。

 王には敬語なのに従者にはタメ口。

 これが素だというのだから恐ろしい。


 アーシユルが、ポーチから丸まったメモ帳を取り出し、従者の手に渡す。

 従者が王のもとへ行き、傅き、メモ帳を献上する。

 メモを手にとった王は、横に身を乗り出して補佐官と呼ばれる先代王と共にメモに目を通してゆく。


 アーシユルは、メモの字が汚いと、何度か説明を請われたりしていた。

 しばらくして、王はメモを読み終わり、補佐官との相談タイムに入る。




 結果が出たようだ。


「良し。これは我が国の国庫で保管する。更に検討はするが、一般開放はしないだろう。其方等も無闇に口外することを禁ずる。良いな?」

「「ハッ!」」「ハイ!」

「1人聞こえなかったな」

「あ、ケイトさんは耳が聴こえないので声が出せないんです。多めに見てください」

「ふむ……そのダークエルフの耳は直せぬのか?」

「……どう……なんだろう?」

「そういえばやってこなかったな」


 キスをアーシユル意外とするのが嫌で避けていたが、ケイトとすればどうなるかというのは分からない。


「では同時にそちらもやってやれ。さて次だ。[魔人の卵]をばら撒いた人物を教えてもらおう」

「イロマナ = I = ソーボ……ボクスワの大貴族です」


 苦い顔で答えるアーシユル。胸中は複雑だろう。


「……外交……で引き渡さないだろな……となれば戦争だな」

「ええ!?」


 驚くりりを傍目に、補佐官は冷静に肯定をする。

 りり1人驚く中、全員が深刻そうな顔をしていた。




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