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142話 不穏との遭遇

 



 微妙な空気のまま部屋に戻る。

 部屋の中の空気が淀んで見えてしまい、無駄と知りながら窓を開け、へりに腰掛ける。


『アーシユルはさ……その……事件以降イロマナさんと会ったことは?』

『ない……と言っても、遠目に見たことはある。だから、向こうはこっちを知らないはずだ……』

『そっか……』

『アーシユルはどうしたいのかしら? 多分見られてもバレないと思うけど』

『あたしは……正直良い……あたしの親はクリアメだ。親に殺されかけた事とかより、阿呆みたいな理由でそんな事をされたんだなっていう……そんなショックが……ハー……あるくらいだ』


 アーシユルはため息を付いてベッドに頭からダイブする。

 追うように、そっと横に腰掛ける。

 一緒に寝転んでイチャイチャしたい気持ちはあったが、今はそういう空気ではないので我慢する。


『あたし、イロマナのこと覚えてないんだ……恨みきれない……それに、恨んだ所でりりの手配が消えることはないからな……』

『そうだね……うん。そうだろうね』


 仮にイロマナがやらなくてもアレは事件と認識されていたのなら、同じタイミングでやってきた魔人を疑うのは当然だ。

 つまり時間の問題だった。イロマナが元凶というわけではない。


『でも、だからといって放置は出来ないんだよねぇ』

『そうね。少なくともりりは危ないわね』

『本当にね……心臓刺されても大丈夫だったけど、流石に、頭砕かれたりしたら死ぬだろうし、そうでなくても痛いのや、襲ってくる人が居るってことそのものがもう駄目。しんどい! あー! どうしよう』


 我慢できずに倒れてアーシユルを抱きしめる。

 アーシユルも少し照れているように見えた。




 少しじゃれていると、部屋の扉が開く。


『こえがきこえたから、きてやっ……じゃまをしたな』


 そう言って白と黒の巨躯が扉を閉めて出てゆく。


『待って! 行かないで! 逆に恥ずかしい!』


 突然の来訪者に慌ててアーシユルを離し追いかけた。




 シャチはノシノシと部屋に入ると、床に寝そべりだした。

 ケイトは苦い顔をしている。負けたのを引きずっているようだ。


『どうしたんですか? なんだか疲れた感じですけど』


 シャチがこれでもかというくらい嫌そうな顔をする。


『へやにはいろうとしたら、しのびよってきたギルドマスターに、のどもとを、けんできられそうになった。そのていどではしなないが、おどろいたのだ』

『クリアメ何やってんだよ……』

『ゆうじんだといったら、とおしてもらえた。りりが、まえにしゅうげきにあったのはきいている。おそらく、まもってるのだろう』

『クリアメ直々に守ってくれてるのかよ……これほど安全なことはねえな』


 クリアメからしてみれば、アーシユルは我が子同然の甥(姪)であり、りりはその恋人だ。

 守りたい気持ちも判る。


『あ、クリアメさんはシャチさんとは面識ないんだっけ?』

『どうだろうな。おれは、おまえたちくらいしか、みわけがつかないからな。そしてむこうもそうだろう』

『あー』


 この感覚は両者とも解る。

 りりには、シャチの仲間達はほぼシャチに見え、この大陸に生きるヒト科の人々はほぼ皆同じ顔にみえている。

 厳密に言えば違う顔をしているのだが、全部[外国人]というジャンルでしか見れないのだ。


 クリアメにとってはシャチは亜人、海水人魚でしかなく、シャチにとってはクリアメはヒトの1人でしかない。

 つまり、お互いがお互いを種でしか認識できていないのだ。


『おまえたちは、わかりやすくていい。かみのいろと、はだのいろでわかるからな』

『はは……それは便利そうですね』


 少し苦笑いをして答える。悪気はないのだろうが、全員この容姿で何かしら受けているのだ。


『で、シャチのことだ。ただ会いに来たというわけではないだろう?』

『そのとおりだ。じつは、むしのたまごをのませたやつが、ふつかまえにきたのだ』

『……ほう? 聞かせろ』


 アーシユルが起き上がる。興味が出ましたという顔だ。

 いつもの調子に戻っている。


『まほうのちょうしはどうだ? といってきたので、すこぶるかいちょうだ。といいかえして、あしと、うでをつぶしてやってから、きしだんにひきわたしてきたぞ』

『『うわぁ……』』

『哀れね』


 敵ながらと言うやつだ。

 シャチの中にもう虫は居ない。回収に来たのか様子を見に来たのかは判らないが、本来バレないであろう物がバレていたのだ。

 油断していたのだろうという推測は出来るが、シャチ相手では、油断なくとも同じ結果になっていたであろう事は想像に難くない。


『で、どうなんだ?』

『それからは、ぎょぎょうをてつだっていたから、わからんな。ききにいこうとしたら、ねんわがきこえたのでな。ここに、さきによったのだ』

『ハハン。なるほど。気分転換も兼ねて行ってみるか』


 アーシユルは身体のバネを使って、弧を描く様に飛び上がって立ち上がる。


『そうだね。魔人の量産が出来ちゃうっていうのは多分マズイと思うし……』

『そうだな……使ってるのがりりだからっていうところはあるな。ケイトのやったようなことを積極的にやるやつが居たら、それこそ国が滅ぶ』

『そう……ね……』


 ケイトは反省しているからこそ、ここで落ち込む。

 だがしっかり落ち込んで然るべきだ。ケイトのしたことはそれだけ大きなことだからだ。


『そうね……』


 リーディングにより聞こえたりりの心の声に、ケイトの落ち込みが更に酷くなる。


『あ、そうか声聞こえてるんだっけ』

『貴女……何で本当そこだけ覚えが悪いの……』

『ごめんなさい』

『阿呆なことしてないで行くぞ』


 先行してゆくアーシユル。

 先程の落ち込みは何処へやら。切り替えはちゃきちゃきするのがアーシユルの処世術なのだ。

 だが、それは切り替えているだけであって、解決したわけではない。


 いつかケアが出来れば良い。

 そう思いながら皆と一緒にアーシユルについて行く。




 だが、前にアーシユルが言ったように、りりという魔人が、騎士団に大ダメージを与えたと思わせない為に、りりは近くにまで行くだけに留めて、後はアーシユル達に任せ、先に1人晩ごはんを摂ることにした。


 体力を、脂肪を付けなければいけないのだが、何を食べたら太るのかが判らないので、美味しそうなものを適当にお腹に入れてゆく。


 ただ、どれもが食べ慣れた日本の味から数段落ちる味で、そろそろ故郷が恋しくなる。

 此方へ来てもうすぐ2ヶ月程になる。カレンダーは役に立たないのでだいたいそのくらいだろうという感じだ。

 スマートフォンを見ても着信はない。

 大体月1くらいで電話をしていたのだが、色々あって出来ていない。

 もっとも、元の世界の電波がそもそも来ていないので連絡のしようもないのだ。


「お母さん心配してないかな……」


 連絡をしているであろう日から1ヶ月近くが経過している。

 あの母親のことだ。必死になって探しているはずだ。

 りり自身は何も悪くはないのだが、心配をかけてるであろう両親の事を思うと胸が痛む。


「悪くはないけど……トラックから逃げる方向間違えたよなぁ……」


 こちらに来てからというもの、楽しいことと怖いことの連続でジェットコースターに乗っているような日々を過ごしているのだ。1人で物思いに耽ってしまうと、悪いことばかりを思い出してしまい、くよくよしてしまう。

 食後、テーブルに肘をついて、頭を抱えていると、アーシユルが食堂まで迎えに来た。


「食い終わったか? なら話がある。出てこい」

「うん」


 店主にごちそうさまを言って食堂を後にする。




「りり。大変なことを聞いた」


 出てすぐにこう切り出された。

 何かあったのか、アーシユルに少し焦りの色が見える。


『ここ最近、ゼーヴィルのあちこちでゲートが開いて、その中から、魔人を探す輩が現れては消えていっているそうだ』

『……ごめん。つまり?』

『解らないか……多分ボクスワで転移ゲートの技術が確立されたんだ。それを使ってりりを暗殺しようとしてやがる。もう、ここに留まることは出来ない』

『……ということは、お布団とかともおさらばかぁ』

『そこかよ』

『私には重要だよ。野宿はギリギリ許せても、羽虫とかが飛んでくるのが許せない。そしてなにより、その度にケイトさんに毒撒き散らしてもらうとかも悪いし』

『りり、本当貴女大物だわ』


 褒められているわけではないということだけは判った。


『りりの意識が少しズレてるのは理解しているつもりだが、命のやり取りでもそうだとはな……』

『いやだって場所が判ってても判ってなくても、そもそも安全なんて宿で心臓刺されたときから信じてないよ』

『……それもそうか……っていうかすごい言葉だな』

『それよりそろそろ卵の出処とかの情報聞きたいけど』

『それは……だな』


 困り顔になるアーシユルだが、大きな溜息1つ吐いて話し始めた。


『発生源はボクスワだ。他の卵は見つかっていない』

『ふんふん』

『……』

『……え? それだけ?』

『情報を言わないんだよ。こういうやつは、どういう奴か逆に判るんだがな』

『というと?』


 アーシユルの顔が曇る。

 クリアメの話を聞いていた時に見せた表情に近い。


『……国……か、貴族に仕えてるプロだ……つまり、ボクスワ自体か、イロマナが勝手にやっている[魔人量産計画]といったところだろう……』

『それって私がこっちに来た時から……?』

『関係ないだろう。フラベルタ様の話では次の卵を作るまでに1年はかかるんだ。りりが来てから用意出来たとしても、シャチまで間に合わない。つまり、魔人量産計画が先だ』

『どちらにしても、その虫を止めようと思ったら、ボクスワと事を構えるしかないわ』


 それはつまり、占いの通りの結果を引き起こすということだ。


『別に止めなくても良いんじゃないかしら?』

『え?』

『国がやってることを、たかが数人でどうこうするのは無理よ』

『そうだな。やるなら同じく国をぶつけるしかない』

『そうだな。とめるにはそれがいちばんだ』

『でもその前に、この話は憶測の粋を出ないので……ちょっと行ってきます』

『どこへ?』




 シャドウシフトを使用する。

 ケイトからの問いに答える前に、魔法を発動してしまったので、返事ができなかった。


 りり自身の影にダイブして、留置所へ移動する。

 留置所内には男1人のみが囚われていたので、見つけるのは簡単だった。


「1名様お持ち帰りでーす」

「おわあ!?」


 男の影から上半身だけ出して、男を抱え込み、そのまま影に引きずり込む。

 後はアーシユルの影から再出現するだけだ。


「はい。誘拐完了!」

「「「りりー! おまえー!!」」」

『呆れた……』


 仲間全員の視線と、たまたま見ていた人々を驚かせ、虫配りの男の誘拐を成功させた。




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