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140話 無敗の女

 



 広場まで移動する。

 上級ハンター試験の時以来だ。

 広場は、少し草が生え始めていて、前のような青臭さは感じない。


「すまん。りり」


 アーシユルが申し訳なさそうにしている。らしくない。


「ううん。どう考えてもクリアメさん強いし、どっちにしろ経験になると思うんだ。それにこれは私の意思だから……見守っててね」

「……あぁ……ありがとう。そして頑張れよ!」

「うん!」


 日が少し傾き始めているが、空から降り注ぐ魔力は昼のソレだ。まだしばらくはフィジカルハイも念力も使える。

 振り向き、数歩進み、クリアメに相対する。


「いい顔だね。条件は、お互いが負けを認めるまで……良いね?」


 クリアメからの称賛。お世辞ではないだろう。


「望むところです」

「じゃあ……」


 クリアメが抜剣する。装飾も何もない市販の剣だ。


「やろうか……」


 ただの声。ただの一歩。

 その一見軽く見える動作が、凄まじい重圧を放つ。


 クリアメが突撃してくる。

 直ぐ様フィジカルハイ状態になり、鋭くなった動体視力をもって、ナイフで剣をいなし、クリアメの肩に……。

 呆気ない。そう思った。


 しかし、ナイフはクリアメの肩に突き立てられない。

 代わりに、りりの右の踵に衝撃が走り、背後からクリアメの声がする。


「鈍いね。ツキミヤマ」


 振り向くと、剣先に付着した血を拭っているクリアメの姿が映る。

 目線を落としてみると、踵が切られている。


 フィジカルハイの状態でも見えなかった。

 ありえない事だ。何故ならりりは、ケイトの矢でさえギリギリ見えるのだ。見切る自信すらあったのだ。




 クリアメが消えた理由は単純明快。

 りりのナイフで剣撃がいなされた瞬間に、距離を取るでもなく、一気に懐に潜り込み、そのまま抜けたのだ。


 意表を突く。

 身体能力もさることながら、ただそれだけのことで、能力の強化されたりりに、一撃浴びせたのだ。




 りりとしてはワケがわからないが、このままではいけないと、踵の組織を修復していく。


「それが魔法かい……厄介だね。それに痛みもあまり感じてないようね」

「どうも」


 そう言いながら、りりはクリアメを捕獲しようと、そっと念力を潜行させるが、ステップで横に避けられてしまう。

 追跡しようとすると、念力は剣で勢いよくたたき切られた。

 魔法とはいえ、念力は物理的なものだ。乱されれば消えてしまう。

 だがそれは乱されればの話だ。

 切られても、そもそもの形は不定形なのだ。更に追撃を試みる。が、今度は目で追うのがやっとという程の剣撃により細切れにされてしまった。

 これでは流石に念力は霧散してしまう。


「……やっぱり見えてるんですね」

「やっぱり何かしたのか……答えは見えてない……ね。なんとなく解る……前にもそう言ったと思うけどね」


 信じられない回答だ。見えていないのに、念力を完全に見切っている。


 化物じみている。

 魔人であるりり自信がそう思うのだ。クリアメが無敗というのも納得できる話だった。




 次の手だと、ナイフを取り出し念力刀を形成する。

 しかし、ここは闘技場ではない。実際に切ってしまってはいけないので竹光だ。

 念力刀を創っただけではクリアメは動かない。

 どうやら様子を見るようだが、真剣な表情に変わりがない。


 掛け声とともに、刀を薙ぐ。


「いやああああ!!!」


 さらに念力で作り出した小さな針を突き刺すという2段攻撃だ。

 しかし、これもバックステップで避けられた上に、針は剣で切り払われてしまう。


「本当に見えてないんですよね!?」

「見えないね。ただ、りりの細かい視線の動きとかで大体は解るよ」


 信じられないことだが、ケイトもそんな事を言っていた。


「……なるほど。じゃあステルスを……」


 不可視化のフィールドを纏い、姿を完全に消し浮かび上がる。


「「「「き、消えた!?」」」」


 ギャラリーが浮き足立つ。

 ステルスで消えたことにより、りりからは見えないが、クリアメからも見えないはずだ。なにせ影すら無いのだ。次は不格好だが目を生やして……。


「そこ!」

「えっ」


 考えている間に、サクリと左肩にナイフが刺さる。

 あり得ない。こんな事があり得て良いはずがない。

 視界が揺れる。

 強くなったはずなのに、未知の攻撃や挙動をしているはずなのに、なお圧倒されてるのだ。


「ツキミヤマ。気配が消えてないよ」

「……気配って……」


 りりには理解できない。

 理解できないが、消えてても居場所がバレるならば、消える意味はない。

 ステルスを解除して傷を修復する。


 恐ろしく強い。

 これがりりの正直な感想だ。

 しかし、制空権をとっている。いくらでもやりようはあるはずだった。


「そこまでかい? じゃあ次は私から行くよ?」


 クリアメは剣を地面に突き立て、それを足場にして跳躍する。

 りりは、本来クリアメが届かない位置に浮いていたというのに、既にクリアメの射程圏内だ。

 サッと足を引っ込めるが、引っ込めた足にワイヤーが絡みつく。


「っ!?」

「そうら。地面にお戻り!」


 ぐんと引っ張られ、地面に叩きつけられそうになるが、このくらいの威力なら耐えられる。


 念力の出力を上げて、空中で留まる。

 そうなると、逆に今度はクリアメがりりの射程圏内に居ることになる。

 すかさずクリアメを念力で捕まえようとするが、ワイヤーを手放したクリアメに逃げられてしまう。


「くっ! でも剣は貰ったぁー!」

「しまった!」


 念力で剣の周りにバリアを展開する。流石にこうなればクリアメとて戦えないはずだ。そう考えた。


「形勢逆転ですね」


 クリアメの剣の元へゆき、念力で作った槌で剣を殴り、地面に深く刺す。


「これで抜けな……バリアアアアアア!!」


 ほんの一瞬。

 クリアメから意識が離れた瞬間に、距離を詰められていた。バリア越しに拳を見舞われ、出来たばかりのバリアが凹む。

 あと一瞬遅れていれば顔面に鋭い拳が入っていた。まるで容赦がない。

 冷や汗が1つ。


「良い判断だ」


 クリアメは体を捻ると、そのまま足払いを繰り出す。

 りりは、それを軽くジャンプして躱し、念力で再び捕獲しようとするが、あと1歩の所で、クリアメが姿勢を戻す。

 そのついでに、ナイフで念力そのものを切り裂かれてしまう。


「いくらなんでもおかしいです! 見えてるでしょう!!」

「見えてないって言ってるよ!」

「だったら!」


 手をナイフで切り、フィジカルハイで造血した血をどんどんと空中に固めてゆく。


「それは駄目だねえ!」


 クリアメが何かを投擲する。

 その何かは、集めた血の球を貫通してりりの顔に当たる。


「あいたっ……なにこれ……ジンギ?」

「……なんで発動しないんだい?」


 初めてクリアメの眉が動いた。


「……秘密です」


 クリアメは、りりがジンギを使えないことを知らないのだ。

 今の疑問の速度から言って、即座に発動するタイプのジンギに違いなかった。

 もしも直撃していたら負けていただろう。


 バケツ1/4くらいの血が集まり、そこで血を停止させる。


「さて……それでどうするんだか……やばいというのは解るけどね」

「そりゃあ……」


 念力で大量の空気を圧縮して、血球の背後に設置する。


「こうします」


 名付けるならばエアバースト。

 圧縮した空気を炸裂させて、前方に血を拡散させる。


「くっ!」


 流石のクリアメも、面の攻撃は受けるしかないようで、顔を守りつつバックステップで距離をとってゆく。

 だが単調な動きだ。

 果たして気配で解るというなら、この血の散弾の中でソレを察することはできるのか?


 フィジカルハイで全力で地を蹴り、クリアメの懐に……入った。


「くっ!?」


 答えは否だった。目を守るクリアメは、血の散弾の中でりりの気配を探る事はできなかったのだ。


 至近距離ならば、もう外すことはない。


「念力いいいいい!!!」

「ぐううう!?」


 クリアメを宙に持ち上げ、頭に魔力プールを設置する。

 流石に空中で手足まで固定されれば、クリアメといえども、文字通り手も足も出ない。


 勝ちだ。


「「「「おおおおおお!?!? 何やってたか解らなかったが、魔人が勝ったぞおおおおお!!!」」」」

「りり! 良くやった! すごいぞ!」


 アーシユルが駆け寄って抱きついて来たので、迷わず抱きつき返す。何よりのご褒美になる。


「はぁ……まったく……やっぱり魔人にまで勝つのは無理だったね……参った。私の負けだよ」

「本当だな!?」

「私は嘘なんて……ちょっとしかつかないさ。ちゃんと教えてやる」

「っ……りり……ありがとう……ありがとう……」


 抱きついていたアーシユルが胸に顔を埋め、泣きながら感謝をしてくる。


「アーシユルの為なら、私なんだってやれるよ。だから泣かないでアーシユル」


 そう言いながら頭を撫でる。

 少しゴワゴワとした、ごくごく普通の手触りだが、今は何よりの癒やしになる。




「……そろそろ降ろしておくれないかい?」

「あ、すみません今降ろします」


 アーシユルに夢中になっていたせいで、クリアメの事を完全に失念していた。




 地に降りた、否、降ろしてもらったクリアメが口を開く。


「大丈夫かね……」

「大丈夫です。大丈夫」

「でも多分私の予想だと、その魔法止めたらツキミヤマ倒れると思うけれど?」

「へ?」


 使っている魔法は、フィジカルハイと、クリアメに展開している魔力プールのみ。

 クリアメの言っているのは、フィジカルハイの方だろう。


「止めるな。ギルドまで持たせろ。りり。お前、血を出しすぎなんだよ」

「あー……どうだろう? 造血したから多少マシだとは思うんだけど、確かにフィジカルハイで感覚鈍ってるからなぁ……」


 こればかりは自覚症状が無いので判らない。


『試しに解除してみたら? ダメそうなら私がおぶって行くわ』

『あ、じゃあよろしくおねがいします』

「頭の中に声が直接っ……そうか、これかい? ……ツキミヤマが私にしようとしてたことって……」


 理解が早い。伊達にギルドマスターをしていない。


「ご明察です……っと」


 フィジカルハイを解除する。

 少し足元はふらつくが、余裕で歩けるレベルだ。


「いけそう」

「やっぱりツキミヤマ相手だと、目測が立たないね」

「クリアメが見誤るなんて本当にないことだったからな。りり。支えてやるから掴まれ」

「ありがとー」


 そうして皆でハンターギルドまで歩いて帰るのだった。




「カナル。見物客から見物料を回収してから戻ってきておいで」

「ウス」


 クリアメの従者、カナル以外、皆で帰った。



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