138話 アーシユルの過去
『人の話はちゃんと聞け』
『はい』
アーシユルに叱られてしまう。
『と言うことはギルマスは母親ではない……と言うことかしら?』
『そうだな』
クリアメの子供と言うなら逆に納得するところがあったのだが、違うと言っているのだから違うのだろう。
『親は別に居る。クリアメはあたしを育ててくれた人だ。あたしを助けてくれて、育ててくれて、そしてこんなに楽しい仲間をくれた阿呆だ。感謝してもし足りないくらいだぜ』
ハニカミながらそう言うアーシユルの顔が輝いて見えた。
ボーッと見惚れていると、当の本人から声をかけられる。
『りり?』
『ハッ!? ごめん』
『どうした?』
『ドウモシナイヨ』
焦って声が裏返ってしまう。
『フフフ……りりったら、アーシユルに見惚れてたのよ』
『わー! 何でそんなこと言っちゃうんですか!』
ケイトがからかう。こんな事を言われてしまうと、もうアーシユルの顔を見られなくなってしまう。
『ほう?』
『羨ましいわね』
周りを見るともう三者三様の笑みを浮かべている。
『恥ずかしいわアホー!』
『ちょっとぉー!』
仕返しにと、念力でケイトを四つん這いにさせてその上に座る。
『りりはそういうところがあるよな』
『大人よね』
『……なにが?』
アーシユルとフラベルタは半歩だけ下がる。
りりはケイトにお仕置きをしているだけだ。
『そういうところよ。素でやってるのが恐ろしいわ……それにしてもりり、あなた本当に軽いわね。見た目よりずっとよ?』
『あー、それはですね……』
フィジカルハイの副作用、即ち、カロリーの、脂肪の大量消費についてを説明する。
『フィジカルハイってそんななのか』
『うん。生まれて初めて太りたいって思ってる』
『使えば使うほどエネルギーが消費されるなんて。燃費が悪いのね』
『そういえば出会ったときよりも胸がしぼんだな……ていうかそんな事出来るなら、フィジカルハイで腹に直接何か入れたら良いんじゃねえか?』
アーシユルがグサッと胸に刺さることを言う。
普段は気遣いが出来る割に、こういうところはデリカシーがない。
『……とりあえず、直接入れるのは考えたけど、どう考えても化物じみた見た目になるし、お腹を元に戻すのにもエネルギー使うからあまり意味ないなって』
『考えたのね……』
『ちょっと人の考えからズレてきてるわね』
神であるフラベルタにこう言われてしまってはどうしようもない。
『たとえ話ですから! やるなんて言ってませんってば!』
『でもりりは……いえ。なんでもないわ』
胸がじくりと痛む。この前のゴブリンを食べたことを言おうとしたのだろう。
『ケイトさん』
『……なにかしら?』
『場合によっちゃあ……解かってますよね?』
『も、勿論よ!』
りりの下で大きく頭を縦に振るケイト。
アーシユルは多分もう知っているが、改めて聞いてほしくない。その会話を匂わせることすら許せない。
そこでフラベルタが、まぁこれでもかと言うほどの悪い笑みを浮かべた。
『実はり……』
『フラベルタ!』
即行で止める。
『何かしら?』
『私に嫌われるのと、その肉体を行動不能にさせられるのと、どっ……』
『さて私は試合観戦に戻るわねー』
フラベルタは闘技場の一番近くの出入り口へ向かって走っていってしまった。
逃げ足が速い。
『りり』
『なに? アーシユル』
『あたしは気にしてないからな……』
『……うん。ありがとう……』
知られているのが確定になった瞬間ではあるが、気持ちをしっかりと受け止める。
アーシユルは少し苦い顔をしていた。優しい嘘もあったものだと、少し泣きそうになる。
『いい話よね。私を椅子にしてなければ』
『本当にな。だがあたしは見てて面白いぜ?』
『私は面白くないわ』
ケイトは尻の下で抗議をする。
『奇遇ですね。私も楽しくはないですよ?』
『『……じゃあやめたら良いんじゃ?』』
『だーめ。これはお仕置きですから』
『くっ……』
『じゃあ駄目だな』
2人共、最早諦め顔だ。
だがアーシユルの顔はどれだけ見てても飽きなかった。
『ところで、脱線したけどアーシユルの話の続き聞いてもいいの?』
恐る恐る尋ねる。何が出てくるか判ったものではないからだ。
『構わんが、言えないところが多々あるから許してくれ。あと、他言無用だ。いいな?』
こくりと頷く。
『あたしは親に殺されかけたんだ』
「え……」
重いというのは予想していたが、いきなり爆弾だった。
『理由は知らない。一緒に生まれたあたしの片割れも一緒に殺されちまった』
『片割れ?』
『ヒトは双子で生まれることが多いからそれだと思うわ』
『そうだ』
『という事は、アーシユルって兄弟姉妹と死に別れを……』
酷い話だった。よりにもよって親に殺されるだなんて。
『いつ頃の話?』
『小さい頃だ。だが親の顔も名前も覚えて……いや、知っている。言えないがな』
『なんで?』
『……生きてるのがバレたら殺されるかもしれないからだ』
更にヘビィな話になってゆく。
『バレてないのね? 以外だわ。そんなに目立つ髪の色をしているのに』
『そうだよねぇ…………もしかして……』
『察しが良いな。それも異世界の知識かな? 多分予想の通りだ。あたしの髪の色は元々の色じゃない』
りりの予想通りだった。
アーシユルは親に殺されかけたショックで髪の毛の色が変化してしまっていたのだ。
『……アーシユルもメラニズムとかなの?』
『……アーシユルのは後天的なものです……私のところでは髪の毛が白くなるってよく言うんですけど……可哀想に……』
立ち上がり、アーシユルを抱きしめる。こんなことしか出来ない事に歯がゆさを覚える。
『大げさだぜ。よくあることだ……よくある……本当によくあることだ』
アーシユルは少し震えて涙声になっている。
もう少し強く抱きしめる。せめて震えをあまり自覚させないように。
『私、こっちのこと知らないんだけど……本当に良くあることなの?』
『そんなの聞いたことないわ。少なくともエルフの里に居た間は噂でも聞いたことがないわ』
『フラベルタは?』
『私は答えることが出来ないわね』
答えられないではなく、答えることが出来ない。
神の言葉だ。意味がある。
『……アーシユル。本当に良くあることなの?』
再度問いかける。
『らしいぜ? あたしはそこまで知らん。何故殺されかけたのかすら知らないんだ。今はもう十分やれてると思う。それに仲間だっている。だから、機会があれば聞きたいところなんだがな……クリアメは教えてくれなかった』
『という事はクリアメさんは知ってるのか……』
『そういう素振りだったな』
『ってことは、魔力プールと念話のコンボで覗けるんじゃ?』
ハッとアーシユルが勢いよく顔を上げる。
アーシユルの顔が近い。上目遣いとはこれほどの威力なのか!? という衝撃がりりを襲う。
ムラムラと雰囲気ぶち壊しの感情が上昇してくる。
『出来るのか!?』
しかしアーシユルの悲痛とも歓喜とも取れる表情の前に、欲望は霧散した。
『前に商人ギルドマスターの名前を暴いた時に成功してるから、クリアメさん相手でもいけると思う』
『本当か!?』
『ええ。りりが魔力プールさえ展開してくれたらね』
アーシユルの喉が鳴り、りりを抱きしめる力が強くなる。
抱きしめる腕はまだ少し震えている。しかし、期待と不安の入り混じった、年齢相応の反応だ。
こうなれば善は急げだ。
闘技場へ棄権の意図を伝えて、姿を消したままマナの部屋まで行き、フラベルタにゲートを開いてもらう。
『じゃあ皆は待っててね。ゼーヴィルに付いたらまた連絡するから』
『……』
アーシユルは沈黙する。どこまでも愛おしく思う。
『アーシユル。私もいっぱい助けてもらったんだから。次はアーシユルの為に動かさせて?』
『……良いのか? あたしは場合によっちゃあ、りりの嫌いな復讐だってする覚悟で居るんだぞ?』
『……大丈夫。その時は私や、ケイトさんが止めるから』
『そうよ。私に復讐させなかったんだから、1人だけ復讐しようたってそうはいかないわよ?』
『お前ら……』
アーシユルの目に涙が浮かぶ。顔ももう一息でくしゃくしゃになりそうな感じだ。
りりが瀕死になった時に流した悲痛や、生還した時の安堵の涙ではない。
『というか。私もアーシユルさんを止めるっていう発想はなかったのかしら?』
『フラベルタは無理なんでしょう?』
『ノーコメントとさせてもらうわ』
予想的中だ。これはもう間違いがない。神はヒトに対して関与出来ないのだ。
りりがグライダーを貰えたのは[ヒト]ではないから。
シャチの願いを聞いたのは、やっぱり[ヒト]じゃないから……もしくは対価を得たからだ。
詳細は分からないが、その辺だろうと推測する。
そこでハッと気づく。ケイトのリーディングだ。
ケイトの方を見る。
『言わないから、安心して行ってきなさい。どちらにせよ私にはメリットのない話よ』
『それもそうですね』
少し安心する。これが外部に漏れれば、フラベルタを、神というシステムを悪用する輩が出ないとも限らないからだ。
『なんの話かしら?』
『『秘密』です』
『ズルいわね魔法は』
少しプリプリとするフラベルタに、場が少し和やかになる。
『じゃあまた後でね』
『おう』
ゲートを通り、ドワーフの村近くの森に隠してあるグライダーへ転移して、そのまま飛び立つ。
目的地はクリアメの居るゼーヴィルのハンターギルドだ。




