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133話 試合前のあれこれ

 



 ハンターからの質問が続く。


「神を従える魔人って本当だったんだね……」

「友達ですってば」

「ていうか神様が下っ端ってどういう事ですか!?」

「さあ……私も後から知らされたんで。ていうか、ご飯食べたいので少し待っててくれませんか?」

「……そうだね……」


 意外にも直ぐに静かにしてくれた。ハンターにとって食事は重要なようだ。




 手を合わせてご馳走様をしている様を変な目で見られるのも慣れたものだ。


「食い終わったね。説明してもらいたいのだが」

「いくら払います?」

「は?」

「だって考えてもみてくださいよ。神様と魔人がパーティ組んでるんですよ? どう考えても珍しい話じゃないですか。それをタダで聞こうだなんて……」


 今は少しでもお金稼ぎがしたい。実戦経験はもっと稼ぎたい。そんな思いでアーシユルのマネをしてみる。


「金……逆に幾らくらいの価値があるのかが解らないんだけど?」

「え……っと……それは……」


 聞き返されて困ってしまう。

 そもそも大した話ができない。

 精々神が変態で、魔人を気に入って、神を殺す為に……といったところだが、まずこの話をしていいのかが問題だ。


「フラベルタ。この一連の話して良いの?」

「もちろんよ?」


 以外にもにこやかに返事が返ってくる。


「えーと、じゃあ話聞く人全員から銀貨50枚」

「高い!」

「その分大きい話ですよ。実益は無いとは思いますが」

「すまん。その話、儂にも聞かせてくれんか」

「俺もだ」

「え、じゃあ俺も!」


 熟練ハンターが2人、それに流されて若手ハンターが1人。これだけで金貨1.5枚。

 ボロ儲けだ。




 ギルドの一室を借りて話をする。

 途中でギルドマスターも加わってきた。


「神殺し……その為のパーティなのか……」

「成る程ボクスワの神相手では、上級ハンターを何人集めても意味はないからのぅ」

「逆に言えばりりさんはそれ程に強いのか……」


 ハンター2名とギルドマスター、3人の視線がりりに集まる。


「「「……そうは見えん」」のぅ」


 時々、この大陸の人々はハモる事に命をかけているのでは? と思う事がある。


「……少し儂と模擬戦をしてくれぬか?」


 そう言うは髭の生えた戦士型の熟練ハンターだ。


「幾ら払います?」

「……金に困っておるのか?」

「まあ、神様相手にするんだからオーダーメイド武器くらいは作らないとですから」

「ふむ……ならば賭けをしよう。ちょうど今日、王都の隣の闘技場で試合が行われておるのだ。それに参加しようではないか。勝つごとに銀貨50枚やろう。全勝で更に金貨1枚……どうじゃ?」


 この話はりりにとって渡りに船だ。


「対人戦……丁度実戦経験は積まないとと思っていたんです。乗らせていただきます」

「よし。ならば急ぐぞ。受付は昼までじゃからな」

「はーい」


 話がうまく進んでご機嫌で返事をすると、新米ハンターからツッコミが入る。


「……気の抜けた返事だね」

「え、どう言うのが正解だったんですか!?」

「おう! とか、はいっ! みたいに、ビシッと決めなきゃ。ハンターなんだから」


 ガッツポーズに近い動きを繰り出して熱く語る新米ハンターだが……。


「そんな事を言ってるうちは新米ハンターですよ」


 と、ギルドマスターに嗜められてしまっていた。


「ギルマスそりゃないよ」

「実力はあるんですけどねぇ」

「実力は闘技場で見せれば良い。行くぞ」

「はーい」

「ぬうう……」


 かくして、闘技場たるところに行くことになった。




 闘技場。

 場所も内容も、そもそもテレビで格闘技すら見た事もないのに、それに出場するなどと、人生何が起きるか分からないと思いを馳せる。




 闘技場と呼ばれるその場所は、出入り口と窓以外が蔦で覆われた、巨大なホールだった。


「魔人さんは見るのは初めてかい? この蔦はあえて生やしてあるんだよ。こうする事で建物の中の温度が冷えるんだよ」

「うん。ていうか、似た様な建物で出し物の様なことしたことありますし……」


 闘技場と呼ばれるそれは、甲子園球場によく似ていた。


 近くで暮らす者なら、誰もが中学生の時に足を運ぶ事になる甲子園球場。

 見た目そのまんまとは行かないが、闘技場である以上、観客席はあるだろうし、造形だって似通ってくるだろう。

 後は中に芝生や土が敷いてあれば完璧だ。


「私は観客席で見てるわね」

「おっけー」


 手を振ってフラベルタを見送る。

 フラベルタは観客席側の受付に驚かれながら、建物内に入っていってしまった。


 出場者受付でベテランハンターがりりの分の参加料の銀貨20枚も払う。

 実力を見るための投資だそうだ。


 抽選紙を渡してもらって、共に中に入る。


 今、参加者登録したのは、ハンターギルドで声をかけてきた若手ハンターのステング、ベテランハンターのコラヴ、りりの3人だ。




 改めてコラヴを見る。

 身長160くらいの筋肉質で、装備はガチガチの剣士タイプだ。

 機動性と防御力を兼ね備えた鎧を纏い、インファイトで戦うタイプに見えるが、この世界にはジンギというものがあるので、見た目では判断できない。




 闘技場の廊下は出場者がちらほらと見られる。その殆どは騎士団員だ。


「これが予選表。りりさんは3ブロック目だから、俺と一緒だね。早速戦えるのか。楽しみだ」

「1回戦は1対1じゃなくて、集団なんですか……」


 目を沢山生やして実践に耐えうるかどうか試してみたいが、流石に観客が多い中で、それをやるのは憚られる。


「というかりりさんはその格好のまま戦うのかい?」

「あー、まあ、はい」


 りりはナノマシンで一緒に修復された綺麗な水色のワンピース1枚という、およそ戦う者の装備ではない格好で挑んでいる。

 お金を入れているポーチまで一緒に持ってきているというズレっぷりに呆れるステング。


「これでいてフラベルタ様と比べる程の実力者なのだ。若手ハンターを卒業したいのなら、変な先入観は捨てた方が良いぞ」

「……確かに。あの光ってた事も考えたらね……[月光を背負う者]と違って全く情報がないからね……コラヴさん。ありがとうございます」


 一気にハンターの顔になるステング。

 気迫を纏っていて、少し気圧されてしまう。


「……りりさんは、本当に対人戦の経験がないのですな……」

「判ります?」


 コラヴには一瞬で見抜かれてしまう。


「俺でも判ったくらいだよ」

「うう……」

「……可愛いな……」

「ステング殿は子供に欲情するタイプであったか……」

「違う! 断じて違う! 誤解しないでくれ!」

「アッハイ。ロリコンじゃないですよね確かに。私18ですし」


 2人の視線がりりに注がれる。

 アーシユルのリアクションも最初はこうだった。


「……本当に?」

「信じられん……」

「その小ささで女なのか……」

「あ、私ヒトじゃ無いので、ヒトの常識は少々通じないところあります」

「……お、本当だ」


 ステングの手際が良い。

 肩のホルダーからサッとモノクル型マルチグラスを取り出して軽くスキャンをかけているようだ。


「ヒト(76%)だって」

「え?」


 数字が変わっている。

 前は78%だった筈だ。


「どうしたんだい?」

「……いえ、なんでもありません……」


 ほんの2%の差。されど大きな2%だ。

 フィジカルハイで目を増やして以降、少し感覚が変なのだ。それのせいだろうかと思案する。

 しかし、考えても解るわけがないので、ここで止めておく。


「この24%の差がヒトと魔人を分かつ所なのだろうな。約1/4がヒトとは違うのだ。なかなかのものだ」

「これは……本気出さないとね。りりさん。手加減しないからね」

「もう勝ち残る前提か。自信ありなのだな」

「勿論。あ、りりさんには教えておかないとね」




 ステングが言うには、1回戦は団体戦。

 参加者数にもよるが、今回の規模だと1ブロック12〜3人、それが5ブロック目まで。

 つまり参加者が60人少しだ。意外と少ないと感じる。

 だが、人口を考えればそんなものなのだろう。




 試合が始まるまでもう1時間ほど。

 暇なので一旦外に出て、念力ソファで小銭を稼ぐ。

 フィジカルハイも重ねると1度に30人ほど出来たので回転率はさらに増えた。




 30分で頭が疲れてきたので、そこで切り上げる。

 売り上げは銀貨73枚。なかなかなものだ。

 後は休憩室の場所を聞いて、そこでほんの少し眠る。




「起きな。黒髪さんは出場者だろ?」


 休憩所の女性に起こされて、ちょうど良い感じの仮眠を取ることができた。


「んんー……っはぁ」

「余裕だね君。闘技場って何か解ってる?」

「……確かに私、えらく余裕がありますね。なんでだろう。殺し合いするっていうのに……」


 とても不思議な感覚に戸惑う。

 しかし同時に安らぎのようなものも感じる。


「まあ確かに死ぬこともないわけじゃなないけど、救護室に運ばれたら、フラベルタ様の加護で、傷は自然に回復していくんだ」


 フラベルタの加護。

 間違いなくナノマシンだ。

 部屋に散布されているのだろう。

 つまりは、即死か致命傷でない限りは大丈夫という事だ。


「起こしてもらってありがとうございます」

「疲れたら遠慮なくおいで。あなた疲れやすそうな身体してるからね」

「あはは……」


 スタミナがないのは確かで、苦笑いしながら休憩室を後にし、係員に聞き、選手控え室へ向かう。


 選手控え室は鍵の付いていないロッカーと長ベンチがあるだけの何も無い部屋だった。

 イメージぴったりのスポーツマンの試合前控室に、心なしか浮き足立つ。


「お、りりさん来たね。遅かったじゃないか」


 ステングだ。

 他にも騎士やハンターは居るが、彼1人緊張していないように見える。


「どうも。皆殺気立ってますね」


 しかも、その殺気がりりの元に注がれている。


「そうだね。これから本気でやりあうんだからね。それも出場者の中に魔人が居るという噂が流れてるからね」

「……流したのステングさんですよね?」


 ステングを見上げる。

 しかし不満はない。


「あ、判るかい? りりさんならこれくらい倒せないとね」

「……まあ……頑張ります」

「……結構リラックスしてるね?」

「なんででしょうかね? 不思議と緊張しないんですよ。さっきも寝てましたし」


 普通なら緊張が伝播して胃が痛くなりそうな所だが、そうはなっていない。


「なるほど。じゃあ俺も精神統一するとしようかな。試合までは話しかけないで欲しい」

「あ、はい。解りました」


 そしてステングが目を瞑って壁にもたれて5分。その間、ずっと視線が刺さるが、鉄板越しに見られているかのような感覚で、あまり居心地の悪い思いをしなかった。


 会場の方から歓声が上がり、1組の試合が終割りを告げる。

 これをもう1セット。

 長いが、高校卒業後の面接試験の待ち時間の方がまだ短かったように感じる。

 東京へは、りり1人で行った為、友達もおらず、話し相手も居なかった。

 つまり、今と状況はあまり変わらない。


 しかし不思議と落ち着いている。

 余裕からか、ふと、フラベルタが何処にいるのか気になってメールをする。


 りりが謎の光る板を弄りだしたのを見て、沈黙の中、りりに対して向いていた殺気が薄れて、少し出場者達はそわそわしだす。

 興味津々なのだろうが、声をかけるほどにフレンドリーにはなれない感じだ。




 メールに文章を打ち込んでゆく。

 フラベルタは何処にいるの? そうメールを打つと、ノータイムで返事が来る。


 ピロリン


 奥の最前列の直ぐ判る位置そう書いてあった。


「……今の音なんだい? それかい?」


 ステングが目を開いて、りりの持っているスマートフォンに目を落とす。


「……いくら払います?」

「またそれかい? もう払わない! けど、何かしてないよね?」

「何かって?」

「反則……とかね」


 りり以外の全員が息を飲む。


「あー、反則とかアリなんですか? 心配しなくても私そんな卑怯なことしませんよ。それに、そんなことしたら試合しに来た意味ないじゃないですか」

「そうか、りりさんは戦いに来たんだったね。そうかそうか……ですってよ皆さん」


 ステングのその声に、空気が少し緩む。


「ありがとうございます。ステングさん」

「全くその気もなかった感じか……魔法ならもっとずるい事いっぱいできるだろうに」

「確かにそうですけど、お爺ちゃんから、特別な力は自分の為に使うべからずって教えてもらったんですよ。それが座右の銘……のはずなんですけど、私、心が弱いから結構使いがちなんですよね……歩けばいいのにちょっと遠くのもの取ったりとか」


 祖父の教えをあまり守れていない事に気づき、小さな溜息をする。

 理由は勿論、これからも使い続けるであろう自分に呆れてだ。


「座右の銘? 信念かな? 変わった事を教える人だったんだね。俺は真逆の信念だね。力は全て自分の為に使う。これだよ」

「それも良いかもですね。私も少しそうい面がありますし。それより精神統一は良いんですか?」

「……それはもう必要ないかな」

「?」


 ステングが意味深な事を言った直後、2組の試合が終わった歓声が上がる。

 そして、少しして部屋に係員が入って来た。


「3組の方々。お待たせしました。会場へどうぞ」

「……さっ、行くか」

「ですねー」

「本当なんか調子を削がれる返事だね……」

「すみません」



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