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126話 蘇生

 



 [現れたる絶対者]

 無限に増殖を繰り返す魔物と聞いたことがある。

 遭遇したら逃げの一手だと。そう聞いた。


 しかし、りりの周りに居るのは全部大人しいのばかりだ。ただ栄養として血を集めているだけだ。

 現にりりは何処もかじられたりはしていない。

 だがアーシユルは、いや、ケイトだって、この世の終わりのような顔をしていた。

 大丈夫なのにと、アーシユルに伝えたい……が、それよりももっと重要なことがある。

 栄養補給だ。


「……水……食べ物……たくさん……」

「は!? 今そんな場合じゃないだろう!」

「……お……願い……」

「っ! 料理されてなくてもいいんだな!?」


 ゆっくりと頷くと、名残惜しそうに、だが走って出ていくアーシユル。

 ケイトは残るも何も出来ない。

 体はあまり言うことを聞いてくれないが、思考の方は、ややボーッとはしているが、鮮明だ。


『敵対しない限りは安全なんだって』

『……そうらしいわね』


 ケイトは頭では理解しているようだが、行動が伴っていない。

 当たり前といえば当たり前なのだ。

 敵対したとすればの話だが、こんのに纏わりつかれたら命がいくつあっても足りないだろう。


「りり! 持ってきたぞ!」


 焼いてないベーコン、炊いてない米、生魚、水を入れる用の桶、土のついたままの芋。

 殆ど生で食べたら害悪なものだ。だが命には代えられない。


 念力により次々とアーシユルから未調理の食べ物を奪ってゆき、最低限食べられるようにだけ、やはり念力で操ったサバイバルナイフで雑に加工してゆく。

 この際、多少の魚の骨や芋の芽などは無視してゆく。


 生臭い魚、柔らかさの欠片もない芋、味もなにもない米、油が全く落ちてない生ベーコン。

 それらをどんどん口へ運んでゆく。

 吐きそうだが堪える。吐いてはいけない。

 吐きそうになる度に、アーシユルが召喚して桶に注がれてゆく水を念力で操り、それらをどんどん押し流してゆく。

 更に吐きそうになればなるほど、更に無理やりに押し流す。


 そんな事を繰り返しながら、フィジカルハイで肉体を生成をし続けた。


 すべて平らげ、肉体を変異させてゆく。

 アーシユル達が来る前に少しだけならしていたが、圧倒的にエネルギーが足りなかったのだ。

 出来たことと言えば、仮に心臓を生成し、念力で心臓と、背中に膜をかぶせ、これ以上の出血を防いでいたことくらいだ。


 しかし、それもこれまでだ。

 肉体の損傷部を再生成してゆき、使い物にならなくなった潰れた心臓を排出し、体に纏わりついていた蟻を体表から発生させた念力でゆっくりと剥がしてゆく。

 そして最後に体外に作っていた新しい心臓を格納し、穴の空いた部分を適当な肉で塞ぐ。


 終わりだ。


 骨の修復や、胸を塞いだ際に出来た肉の歪みは全部夜だ。

 微弱だが、ナイトポテンシャルなら修復してくれるだろうと期待を込めて、アーシユルに小さな笑顔を贈って意識を夢の中へ落として行った。




 コッ、コッと、木の食器に金属のフォークがぶつかる音で、死ぬほど重いと思えた瞼をゆっくりと開いてゆく。

 体はまだ眠っていたいと主張するが、とりあえず起きてトイレに行って、水分も補給しておきたい。

 しかし起き上がろうとするが起き上がることが出来なかった。


「んぅ……?」


 声に気づいたのか、食器が床に置かれる音がして、りりにとって愛しい、元気なあの声が聞こえてくる。


「りり! 起きたか! ……良かった……やっとか……」


 アーシユルが抱きつく。

 頭はまだボーッとするが、ふんわりと愛おしさがこみ上げる。


「……トイレ行きたい……でもなんか起き上がれないの」

「血がシーツにくっついてるんだろう。剥がすぞ?」


 オラァ! という掛け声と共に、腕を引っ張られ、服とベッドシーツがベリベリと剥がれる音がして起き上がる。


「……おはよう……」

「おう。5日ぶりだな」

「5日……そんなに……」


 ハッとして布団を見るが、特に漏らしていたりしてはいないようだ。交換してくれたのだろうか? その割にはベッドは血糊でいっぱいだ。


「お前なんかトイレしなかったんだよ。考えれられるとしたら魔法の影響だと思うんだが……」

「あー……フィジカルハイのせいかもしれない……わからないけど……あの時は無我夢中で食べなきゃってなってたし……」


 恐らく失った分、質量を欲していたのだ。

 しかし食べたのはそのまま変換していくという事は、胸の傷を埋めたのは間接的に、魚肉であったり根菜であったりする訳だ。

 深く考えないことにした。


「そう言えば蟻はどうなったの?」

「……わからん。りりの体に纏わりついてたのは、少しして全部居なくなったんだ」

「そうなんだ?」


 不思議な話だ。

 りりが先日やった影から影へ飛び移るあの魔法に近いことをしたのかもしれない。

 あの数が全てそれを使えるとしたらとんでもない話だ。




 アーシユルに肩を借りてトイレまで行き用を足す。

 筋力が削げ落ちており、この間だけフィジカルハイ状態になってやっとという感じだ。

 実に5日ぶりらしいのだが、便は普通に出たので謎が残る。


 アーシユルに再び手を借りて、フィジカルハイを解除する。


「解除したら胸のあたりが痛い……骨が無いからかな……」


 胸の痛みに耐えながら、細い声を漏らす。


「無いのか? 無理するな。戻ったらもう少し寝ておけ」

「そうする……ところでアーシユル。私犯人の顔出せるんだけど……」

「犯人ってりりを殺そうとした奴のか!?」


 真横少し下から見上げるアーシユルの顔には、激しい怒気が渦巻いているように見えた。


「うん。スマホに撮ってある」

「……りり、ケイトじゃだめだから、あたしは人を集めてくる。だから少し我慢していてくれ」

「代わりにケイトさんに居てもらうんでしょ? 大丈夫だよ……でも、もし寝てたら起こしてね。すごく眠いしお腹減ってるしで何が何やら……」


 狙っていたかのようにグゥと腹が鳴る。


「まずはりりの言うところの水ご飯だな」

「わーい……お米だぁー……」

「……無理すんな」


 アーシユルの顔は険しいままだ。

 頑張って元気に振る舞おうとしたのだが、それがかえってアーシユルを心配させてしまった。




 部屋に帰ると、丁度シーツの交換中だったようで、血だらけだったシーツが床に乱雑に置かれている。


「あ、シーツ汚しちゃってごめんなさい。そのシーツ買い取るのでそのまま床に置いておいてください」

「分かりました」


 そう言ってベッドメイキングだけして宿屋の男性は出てゆく。

 その後、アーシユルから水ご飯を貰い、無理せず少しづつ食べる。

 アーシユルは、りりが問題なくご飯が食べられていることを確認してから人を集めに行った。


 スマートフォンを確認するとメールが来ている。

 水ご飯を食べながら操作する。


『私が居るから安心しなさい』

『……不安がってました?』

『いえ。直接聞こえたわけじゃないわ。貴女、明るく振る舞おうとしているもの。だけどあれ程のことがあったのよ。不安でしょう?』


 確かにケイトの言う通りで、表面的に見繕っていたのだが、直ぐにバレてしまった。

 だが、別に眠れなくなるほど不安という事でもないし、峠は超えたのだ。死にはしない。

 どちらかというと、剣そのものよりも、剣を容赦なく突き立てた男の、恐怖と狂気に満ちた目が不安を掻き立てた。


『気持ち判るわ。それは魔物を、そして同時に異端者を見る目よ。』

『異端者……』

『そう。ヒトは恐怖から凶暴になるの。貴女を危険だと、生きていればそれだけで身の破滅だと信じて疑わない人達による行動……というところかしらね』


 詳しい。

 きっとこれはケイトだから解る事なのだ。

 そしてウビーが暴走している今、これはこれからりりが味わう事でもある。


 陰鬱な気持ちでスマートフォンを操作し、メールを確認する。

 当然フラベルタからだ。




「発見が遅れてごめんなさい。でも。魔法で回復出来たようだから。敢えてナノマシンは使ってないわ。スペアボディは一応作ってあるけど。極力使わないほうが良いのよね?」


 と、フラベルタなりに心配だったという内容のメールだった。


 ピロリン


 読み終わった頃に丁度メールが届く。


「回復おめでとう」




 どうやらリアルタイムの確認はしていないようだ。

 そして暗殺はその時間の空白を突かれたようだ。タイミングが悪い。


 しかし、死ぬほどの思いをした反面、得たものもある。


 フィジカルハイ。

 どう考えてもナイトポテンシャルと対になっている。

 りりはナイトポテンシャルが下手なせいで乱用こそ出来ないが、フィジカルハイで変形した肉体をナイトポテンシャルで修復する。

 これが可能ならば、死にさえしなければ無理が利く。

 だが恐らく、アーシユルもケイトも心配するので多用はできない。


『賢明ね』

『ですよねぇ……』


 他人には理解できないであろう脳内での会話に勤しんでいると、アーシユルが戻って来た。




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