125話 暗殺
頭をさすりながら起き上がり見渡すと、移動前より人が2人ほど減っていることが分かる。
「一緒にいた人達は?」
「ああ、アイツ等なら……」
アーシユルが説明しようとした時に丁度出入り口から男達が帰ってくる。
「外には魔人さん居な……あれ!? 居る!?」
「ご心配おかけしました。ちょっとフラベルタと交渉してきまして」
何かまでは判らないが、絶対嘘だと、全員の心が一つになった。
「なんやかんやあって、新しい魔法も使い方解ったし、騎士さん達の後遺症もなんとかなりそうですし」
「それは魔法でか?」
「……秘密で」
この文明レベルでナノマシンだなどと言っても理解できないはずだ。そもそも機械自体が無いのだ。
一緒に転移してきた貨物車両があったが、恐らく爆発によりスクラップになっている。
ついでにガソリンは全部燃えてしまっているはずなので、最早アレはただの鉄の箱だ。
貨物車の事に意識を傾ける。
あの二段爆発から考えると、積荷は粉系の何かだったと考えられる。
運転席もひしゃげていたので、どう考えても運転手は死んでいるとしか考えられない……が、前に神子と会った時にはそういう話を聞かなかった。
謎が残る。
「何がだ?」
「あ、ううん。独り言。っていうか声漏れてた!?」
聞かれていれば不味いことを考えていたのだが、とりあえず聞かれていなくてホッとしかけて、あることに気づく。
バッと周りを見渡す。
ケイトと目が合った。
『……』
『……』
ケイトの手が動き、人差し指と薬指だけ立ててニヤリと笑う。
こちらの世界のサムズアップ的ハンドサインだ。
『あああああああああ!!!』
聞かれていた。
『懲りないわね。でも前にも言ったけど、私に漏れても何も問題はないわよ?』
『筆談とかあるじゃないですか』
眉をへの字にしてケイトを睨む。
『イヤよ。面倒なのよアレ。それに今の内容、殆ど理解できてないから安心して』
『あ、さいですか』
ふぅとため息を1つ吐いて、力を抜く。
「疲れた……」
「ツキミヤマ。はいこれ。こっちに来てから初めてだと思うから」
「? どうも?」
クリアメに、一見汚い布を渡され困惑する。
「汚したらそれでね。あと数日は休んでおくと良い」
「……あ、それは……よくわかりましたね」
「さっきコケてる時にスカートの中が見えたからね」
「……ハアアアアア!?」
思わず声を上げてしまう。また羞恥心がこみ上げる。
「何だどうした!?」
「どうもしない!!!」
「うん? あ、その布はせい……」
「言うなああああ!!!」
アーシユルはこういうところがある。
すぐさま影に潜り込んでアーシユルの影から出現し、後ろから口をふさぐ。
塞いだ瞬間に腕を引っ張られ、勢いそのままに背負投げされてしまう。
「うひぁ!?」
背中から床に落ちる。子供の頃に男の子たちと一緒に遊んでいたせいか、受け身を身に着けていて助かったが、ただでさえ痛い腹に響いて地味にダメージが来る。
「ぐおおおおお……」
「すまん……りりと判っていても体がな?」
「今のはアーシユルが悪い」
「赤髪。これは嫌われたかもな」
クリアメとハンターの男性は察しているようで、アーシユルをたしなめる。
「えぇ!?」
「魔人さんこれでも成人してるんだろう? 駄目だろう。女は男には無い痛みがあるんだぞ」
「知ってるが、あたしは痛くないぞ?」
ケロリとした顔で答えるアーシユル。
これは解っていない顔だ。
「それはお前が子供だからだ。大人、男になったらそこはちょっと何かがぶつかるだけで昏倒するくらい痛くなるからな」
「どれ……」
アーシユルが男の懐にすばやく潜り込み、股間を殴る。
「……ッカ!?」
男が両手で股間を押さえて前のめりに地面に沈む。
「あ、本当みたいだな。話には聞いていたが見るのは初めてだ……その……すまん」
男は反応しない。これは気を失っている。
容赦がない。どれほどの力で殴ったのか。
「ひでえことしやがる……」
「赤髪ぃ……お前[玉潰しのアーシユル]って呼ばれたくなければそいつに慰謝料渡しておけ。1枚で良いから」
「そんなにもか!?」
「そんなにもだ」
好奇心は猫をも殺す。
アーシユルはせっかくの金貨を1枚男に供えて……供え……。
「早く置け」
「本当に金貨1枚の価値が」
「あるからさっさと置け。大人になれば嫌でも解るから」
渋々金貨を供えた。
「アーシユル。私そろそろ帰りたい」
「気が合うな。あたしもだぜ」
「ケイトさんは?」
見渡すと、ケイトは既にギルドの出入り口近くに陣取っている。
「帰る気満々だね」
「アイツはアイツでわかり易いな……」
「だね」
帰ろうとするとクリアメから声がかかる。
「ツキミヤマ。次からは迷惑料取るからそのつもりでいてね?」
「あ、はい。ありがとうございます。今回はお言葉に甘えておきます……でもすみませんでした。ご迷惑おかけしました」
ペコリとお辞儀をして、クリアメから見送られ、ハンターギルドを後にする。
ハンターギルドから宿まであっという間で、若干の気まずさは短く済んで助かった。
ケイトはなんだかんだで有耶無耶になったから良いとして、問題はアーシユルだ。
部屋に帰り、扉を閉め、お説教タイムだ。
正座させようとしたが、何故するのか解らないとのことだったので、文化の押しつけも良くないと考えこれは保留した。
逆にしんどいので形に拘らずにベッドに寝ながら諭すことにした。
結果的に、「外で先程のようなことを言われると恥ずかしいので止めてくれ」の一言で済んだのだが、アーシユルは時折無神経なので、またどこかで似たようなことを仕出かすに違いなかった。
その度に仕返しはすると断言しておく。
「仕返しって何するんだよ」
「明日念力が使えるようになったら10分くらい貼り付けにするからそのつもりで」
「たった10分か。そのくらいなら」
「じゃあフィジカルハイ重ねがけして1時間で。多分指一本すら動かせ……」
「10分かー、辛いなー、苦痛だろうなー」
りりとしても、しんどい中でわざわざ面倒なことをしたくもなければ、アーシユルに辱めを与えたいわけではない。
だが、それはそれこれはこれ。お仕置きはお仕置きだ。やらねばならぬ。そんな武士のような思考をしていた。
朝、日は昇りきった頃に目が覚める。
昨日の疲れからかやや寝坊助だ。
おはようの挨拶をアーシユルにした後、宣言通りに部屋でY字バランス型磔の刑にした。
「割ときつかった……」
「なら良し」
そう言うアーシユルは股関節や太ももを擦っている。
固定されて変に筋肉を使ったようで、動きが少しぎこちなくなっている。
「何でケイトはコレ出来るんだよ……」
「バランス力や柔軟性が違うんじゃない?」
ケイトは貼り付けにしたとしても、アーシユルとは違い、割とケロリとしている。
「サラッと言うけど、すげえなケイト……」
「すごい。すごいけど、私、今日は寝てるね。割としんどくなってきた」
「なぁりり。それさ、フィジカルハイとかナイトポテンシャルで治るんじゃね?」
「……え!?」
布団に再度潜り込もうとしていたが。思わず上体を起こす。
「そうじゃん! ナイトポテンシャルはわからないけど、フィジカルハイってダメージに鈍感になるんじゃん! 流石アーシユル! じゃあさっそ……」
「待てりり!」
早速魔法を展開しようとした所に待ったがかかる。
「……なに?」
「止めてくれ。フィジカルハイになりっぱなしは、あたしらがしんどい。いいな?」
前にそんな事を言われていた。
特にケイトが疲れるのだそうだ。
りりも生理痛で確かにしんどいのだが、それを回避しようとして仲間に迷惑をかけることは出来ない。
「じゃあやっぱり夜まで寝てることにする」
「おう。そうしておけ。飯はどうする?」
「要らない」
再びもそもそと布団に潜り込む。
「わかった。じゃああたしはちょっとハンターギルドに用事があるから言ってくるぜ。あと風呂は今日は休みって言ってくるぜ」
「いってらっしゃーい」
ヒラヒラと手を振ってアーシユルを送り出した。
小一時間経った頃。
キィと扉が静かに開く。アーシユルか、それともケイトか、窓側を向いて眠っていたので判らない。
「んぁー、おかえりー」
ゆっくりと、目を瞑って寝転んだまま向きを変えようとし、仰向けになった段階でスラリと金属音が耳に入る。
剣を抜く音だ。
アーシユル達ではない。
背筋がゾクリとする。
身の危険を感じ、パッと目を開け、咄嗟にフィジカルハイになってバリアを展開しようとしたが、バリアが展開され始めた頃、
グチャ……と、肉と骨が潰れる音がした。
「くか……はっ……」
声が出ない。
死ぬ。直感的にそう思った。
例え直感でなくとも、武器屋で見かけるようなどこにでもあるようなその普通の剣は、胸の中央……紛れもなく心臓のある位置を貫いている。死なないわけがない。
傷口からどろりと血が広がる、熱いだとかは感じない。フィジカルハイのおかげだ
だが、痛み自体は大したことがないだけで、ダメージ自体は通っている。
体中が痙攣して、手も足も思うように動かない。
そんなおぞましい感覚に身も心も翻弄される。
剣が引き抜かれ、それと共に口と胸から、ゴボリと大量の血液が溢れ出す。
血がこれだけ大量だと気持ち悪い。
生温いし不味いし最悪だ。
仮に吸血鬼が居たら大軍で寄ってきそう。という意味不明な思考が頭を駆け巡る。
だがここでの吸血鬼は蟻のようだった。
りりの大量に流した血液。それを吸い、舐めにきたのは蟻だった。
「……った……やったぞ……魔人をやったぞ」
「おい。早くその血まみれの服を捨てろ。去るぞ」
「おう」
心地が良く感じられる。
時間がとてもスローだ。
フィジカルハイだけのせいではない。何故ならフィジカルハイだけでは、この妙な快楽は得られないからだ。
頭がふわふわしながらだが、この謎の男二人組は許さないと誓う。
だが今は動けない。
こういう時は逆に冷静になる。
念力で鞄を開き、スマートフォンを取り出し、フィジカルハイにより指を創り出し、切り離す。
その指でカメラを起動して男たちの進行方向に回り込ませシャッターを切る。
「何だこの板……魔人の魔法か……死に際でもまだ動くか……化物め……」
「良いから逃げるぞ。悟られないように普通に歩け」
「そうだな……ありがとうございました」
偽装のためか、あたかもりりに用事のあった人を装い、返り血を浴びた腕だけを鞄の影に隠し、笑顔で退室していく男達。
憎さが増幅する。しかし同時に嘲笑の念も浮かぶ。
りりの人造の指にも、スマートフォンで何をされたのかも気づかなかったのだ。
暗殺。
言葉では知っていたが、これ程の物だとは思わなかった。
恐怖と浮遊感にどんどん意識が剥がされていく。
心臓って止まるとこんなのなんだなぁ……気持ちいいけど気持ち悪い。そんな事を考え始める。
もう生きてられるのも僅かかもしれない。
ベッドの脇に蟻が増えている。
この異常な増え方はいつかアーシユルから説明された魔物だ。
ドバドバとあぶれだす血液。砕けた骨……夜まで持たせられそうにない。
もうアーシユルにも会えない。無理だろう。
アーシユルの顔を思い出そうとして祖父の顔を思い出してしまう。
これが走馬灯だろうと思った。
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「ったく、風呂桶を消し去りやがって! どこのどいつだ! 絶対見つけ出してやる!」
海岸。
ケイトと共に、ギルドにパーティーネームを提出する用事を終わらせて、今日は風呂の営業は中止。との知らせを持って海岸に向かったが、いざ現場に着いてみると、風呂桶には断片的に穴が開けられていた。
「やられたね赤髪。私が来たときには既にこうだったよ」
「あ、あんたは飯抜きの姉さんだな……どのくらい前だ?」
「と言っても2~30分前くらいだよ。犯人は知らない」
肩をすくめる女。
これでこの女が犯人だというのなら、もうどうしようもない。それ程には知らぬ顔だ。
「そうか……ありがとう。鉄除去ジンギか……またこんな半端に壊しやがって……鬱陶しい……とりあえず鉄骨だけ刺して今日は無理だっていう張り紙しておくか……あんたもそのつもりでな」
「魔人さんに頼めばいいんじゃないの? 何か用でもあるのかい?」
外で言うなとは言われたが、それはりりの目の前でという解釈をして、理由を話す。
「生理なんだとさ。でももしかしたら明日には回復してるかもしれん。魔人ってすげーよな。あーあたしもなりたいぜ」
「そんなにかい? ヒトの敵になるっていうリスクを犯してでもなりたいと思えるほどのものなのかい?」
女に諭され、失礼な事を口走ったと、軽く自己嫌悪する。
「……いや、そこまでではないな。あれはりりだからできるんだ。りり以外の魔人は魔人なんて言えない。無理というものだぜ」
実際のところ、りりは魔人として、ヒトを敵に回してでも十分な程の力を見せてきている。
が、その内容を、方法を言ってしまうと、シャチが飲んだ寄生虫を欲しがる輩が、どこからか出てきてしまうのではないか? という懸念が在る。
注意しなければならない。
「へぇ。ますます興味が湧いてくるね。そうだ赤髪。あんた魔人の研究メモ持ってるんだったよね? アレ売っておくれよ。金貨5枚なら買えるくらいの蓄えは」
「37だ」
「……え?」
聞き間違い? と、耳に手を当てもう一度言ってくれとジェスチャーをする女。
「魔人研究メモ……現在18ページにしてその価値、最低で金貨37枚だ。売る場所を変えたのなら金貨100枚は簡単にとどくだろうな……」
「……魔人さん、そんなになのかい?」
頭に手をやる。
いっそ呆れてしまう程だが、これは現実だ。
「あぁ。昨日だって新しい魔法を会得したんだ。出会った頃からは考えられない程の成長っぷりだ。もう竜が相手でもりりは勝ってしまうだろうぜ」
「……あんなにそそっかしいのにかい?」
「そうなんだよなー。見えないよなー」
りりの力は外見では判らない。
中身が凶悪すぎる魔法だってノータイムで平気で使うので、その凄さもいまいち伝わらない。
だが、りりから説明を聞いているアーシユルには解る。
りりは既に、凡そヒトが殺せてしまえる域から脱している。
それこそ奇襲され即死しない限りは死なないだろう。
立て札も立て、そろそろ戻って飯でも……といったところで、一緒に来ていたケイトが突然険しい顔をして、砂浜に文字を書き出した。
《りりが死ぬ》
「本当か!?」
「……穏やかじゃないね。私も行くよ」
「宿屋だな!?」
ケイトはコクリと首を縦に振る。苦痛の表情だ。
ケイトのキャッチしたのは、りりのダダ漏れの念話だ。
本来、宿と海岸では念話が聞こえない距離だ。
ここまではりりの声は聞こえないはずだった。
少なくとも実験時はそうだったのだ。
だが、たった今、死の淵で心の底から溢れ出した絶叫はりりのものに違いなかった。
先に走り出したケイトを追うように走るアーシユル。
宿まではほんの5分ほどの距離だが、こんなにも離れていると思うのは初めての事だった。
りりはいつも少し目を話した時に限ってこうなる。
いや、今日に関しては自分の落ち度だった。
りりに内緒でパーティーネームを提出してからかう予定だったのだ。
最悪だ。
ケイトから齎された、りりが死にそうとの情報。
こんな下らない事を考えて動いたばっかりに、それを許してしまった。
ケイトはグングンと先へゆく。
アーシユルは小回りは利くが、足が早いわけではない。
やはり身長差と筋肉量が圧倒的に優るケイトには勝てないのだ。
悔しく思う。
アーシユルはりりのように魔法を使って身体能力を上げたりは出来ない。
ならば役割分担だ。
ケイトに嫉妬はしないでもないが、こういう時は動いてもらうしかない。
何故ならば自分たちはパーティだからだ。
そう自身に言い聞かせながら、全力で走った。
息を切らせて宿に到着したアーシユル。
そのまま部屋に駆け込むと、ケイトがベッド前で佇んでいた。
ケイトが邪魔でりりが見えないが、ケイト越しに、血が天井から壁からにこびりついているのが確認できる。
どう見ても致命傷に至る血液量だ。
血の気が引く。
ケイトがアーシユルを意識できるのなら、生きているのかそうでないのかのサインを送ってくれるのだが、ただ佇んでいる。
自分の目で確認するしかない。
足がとても重く感じられる。
たかだか5分走っただけで息を切らせているだ等とおかしいのだ。気持ちが乱れすぎている。
ベッドまでのたかだか数歩の、しかし無限にも思えるような距離と時間を駆ける。
「……りり……」
「………………やっ……ほー……アーシ……ユル……」
生きている。
りりは微かに笑って生きている。
「りり! 良かった……良かった……!」
視界が滲む。安堵の涙だ。
しかし全く油断はできない。
りりは息も絶え絶えで呼吸も浅い。端的に言えば死にそうだ。
アーシユルが、そんなりりを抱きしめようとした時、ケイトがアーシユルのポーチのベルトを掴み、りりとの再会を邪魔する。
「ぐえっ!? 何をする!」
もちろん単純な言葉はケイトには通じない。
しかし、ケイトが先に書いておいたのであろうメモを取り出す。そこに書いてあったのは[現れたる絶対者]の文字。
「何!?」
今までアーシユルは、りりの顔とシーツのかかったままの、剣の刺さった穴の間、胸部しか見ていなかった。
しかしよく見ると、シーツの下から数匹蟻が確認できる。
恐る恐る、勢いよくシーツをめくると、そこには何故か胸から露出している剥き身の心臓と、おびただしい量の蟻で、胸部周辺が埋め尽くされていた。




