123話 魔人キレる
ハンターギルドは、クリアメという新たな魔人の登場に活気付いていた。
敵対していない魔人程頼りになるものはない。
ケイトも魔人だが、その特性は毒の生成という負の要素である為、ケイトが魔人ということは伏せてある。
「魔人さん。ギルドマスターが魔人っていうのは本当なのかい!?」
「なんだ? 魔人さんに聞けばそういうの判るのか?」
「らしいぞ。魔人ツキミヤマは魔法を使う生き物を見分ける力があるらしい」
新ギルドマスターの事で質問の嵐だ。
「よくご存知で……確かにクリアメさんは魔人に見えますけど、さっきの会話の通りです。私が居る限り、クリアメさんの能力は意味を成さない……らしいですね」
実際りりの目から見たクリアメは、魔力をほんの少しだけ受信している状態であり、それは完璧とは言えない。
軽い魔法なら使えるだろうという、言わば魔人としての最低ラインだけを満たしているものだった。
なお他の魔人達と言えばだが。
ケイトは魔力を完全遮断か完全受信のどちらかを自在に切り替えることができるし、それが苦にならないタイプ。
シャチは基本的に受信していないが、受信しようと思えば受信出来る。
しかしそれには集中力を必要として、長く魔力を貯めておくことはできない。
りりに至っては魔力を受信しているどころか無意識に常にかき集めている状態にある。
これに加えて魔力を圧縮している為、魔力の回復力と貯蔵量が他の魔人の3倍ほどあるのだが、やはり無意識にしていることなので、他人はおろか本人ですら知らない。
しかも日輪を背負うとその能力が更に倍程に上がる上、意識すれば更に圧縮拡張が出来るので、りりの魔法の才はその限りではない。
逆に、これら全てを無意識に行なっているため、魔力を枯らす事ができない。
その為、念話に才あるケイトに心の声がダダ漏れなのだ。
そして、この高濃度の魔力がほぼ枯渇しない為、クリアメの未来視の様な魔法を自動的に解除してしまっている。
「あのクリアメ様が、こんな小さな魔人さんの所為で……いや、おかげで普通のヒトとしての人生を手に入れられるなんて……感慨深いね」
「お? ユィ姉さんは新しいギルマス知ってるのかい?」
ユィと呼ばれた女性。
バンダナを巻き、漁師のエプロンをしたエルフだ。
魚の生臭さをこれでもかというくらい振りまいている。
ケイトにお節介を焼いてきたあの人だ。
「ちょっとボクスワに居た時に世話になって少し仲良くなったのよ。しかしこっちのギルマスになったって本当かい? また顔を合わせられるのは嬉しいね」
はにかむ笑顔のユィ。美人というよりは可愛い路線だ。姉に欲しいと思う。
『また意味のわからない事を……』
『ぎゃぁぁぁ! 聞かないで!!!』
『本当学習しないわね貴女……』
ケイトが片手で額を押さえ、やれやれというポーズをしていると、ユィがケイトに近づく。
「貴女、イイ顔になったね。前は生きながらに死んだ様な目をしていたのに」
ケイトは困った様にりりの方を見て念話を飛ばす。
『りり、コイツは何で私が耳が聞こえない事を知っていて話しかけているの?』
『プール展開します? 一応、元気になったみたいね的な事を言ってますけど』
少し驚いた顔をして、ケイトはユィに視線を戻す。
『……いや、遠慮しておく事にするわ』
そう言って少し笑うと、ギルドに備えてある銅貨1枚のメモに何かを書き、ユィに渡す。
『適当に話を合わせておいてね』
『え? はい』「ユィさん。メモにはなんて? 私、文字読めないんですよ」
ユィの持つメモを覗き込む。やはり読めない。
「耳が聞こえない子に、文字の読めない子。貴女達大変ね。内容は……復讐達成できず……ね」
「それは……」
「皆死んじゃったらしいからね。でも良かったわ」
そう言ってユィはケイトを抱きしめようとするが、抱きしめようとした手は手動ではたき落とされ、そのまま足払いまで追加して、合気道の要領で横に投げ飛ばされてしまった。
「「おいいいいい!」」
「ケイトさん何してるんですか!」
『ごめん。突然来るものだから反射的に防御を……』
長く1人で生きてきたのだ。独学とはいえここまで立派な護身術を……ではなく、これにより感動の抱擁が台無しになった。
「違うんです皆さん! これは攻撃じゃなくて防御なんです! ケイトさん色々大変だったんです! 仕方ないんです」
咄嗟にかばう。
せっかくケイトにとって暮らしやすい環境なのだ。台無しになるのは可哀想過ぎる。
「大丈夫だよ魔人さん。今のはユィ姉さんが迂闊だっただけだって皆分かってるから落ち着いて」
「え? いやそれなら良いんですけど……」
良いとは言ったが、横に倒れているユィは気絶している。
「まぁ、エルフの里で鍛えてないエルフなんてこんなものだよな」
「ユィ姉さん、漁業の搬送しかしてないからな」
「全くだな」
HAHAHAと笑うハンター達。
ユィを足で小突いて起こそうとするケイト。
音を聞きつけてやって来るクリアメ。
場が混沌としてきた。
「生臭い! おや? ユィじゃないか。何故こいつは気絶してるんだい?」
「あ、新ギルマス。ユィさん、不用意に上級ハンターに近づいたのですよ」
「一応顔見知りだったみたいだけど……まぁ不用意でしたね」
「あー、それはユィが悪いね」
そういうものらしい。
りりも同じ失敗をしない様に気を付けようと誓った。
「しかし、ツキミヤマとケイトとやらは上級ハンターか。ケイトは分かるとして、ツキミヤマもという事は、私の思ってたよりずっと強いんだね……魔人ていうのは本当恐ろしいものだね。いや、恐ろしいっていうのはそれ自体じゃないよ?」
様々な角度からりりを見るクリアメ。
悪意による発言ではない。素直に感心しているようだ。
「まあ色々ありまして」
「そう言えばあんた達、まだパーティ名登録されてないんだけど、早く登録しておいてよ? しないならこっちで勝手に着けるからね」
「そうだな。そろそろ期限だしな」
「それって[竜の爪]とかみたいなアレ?」
「そうそう。何がいいだろうな」
ピロリン
「ん? これなんの音だい?」
「魔人を連想させるワードは駄目だと思う。ボクスワでは魔人殺すべしってなってるみたいだし」
ピロリン
「またしたよ? 聞きなれない音だけど、ツキミヤマ関係じゃないのかい?」
「確かにりりの言う通りだな。一度登録したならパーティメンバーが代わるまで変更は利かないからな」
ピロリン
「あんたら、無視するとはいい度胸だね」
「フラベルタ様も割としつこいな」
「思った」
そろそろクリアメが実力行使に出そうなので、もそもそと鞄からスマートフォンを取り出す。
「やっぱりフラベルタ様からか?」
「うん。魔王、神を知る者……もう1つなんて書いてあるか読めない」
パーティ名に関してのメールだろう。
また意味深な名前を思いつくものだ。
「どれ?」
クリアメがスマートフォンを覗き込む。
「この板凄いね。因みにりりが読めないって言ってるのは、アーシユルラブって書いてあるよ」
「バッカ!」
「フラベルタ様、無視されて嫌だったんだろうな……」
「子供か……」
ピロリン
「……ありがとうございます……だって」
この場に集まっていた全員が固まり、フラベルタの本性を知るものは顔が引きつる。
「[神を従えし者]で良いんじゃないかね?」
クリアメが魂のこもってない目でそう言う。
表情こそ変わってはいないが、目が口ほどにものを言っている。
「仰々しいと思うんですけど」
「いや、これはもう……なんなら魔人さんがフラベルタ様を呼んだら来てしまいそうで、俺は怖い」
「試すなよ! 絶対試すなよ!」
ハンター達的にも割と混乱している様子だ。
「ずっとボクスワで、ハルノワルドの神子は神と近しい間柄ときいていたけれど……これ程とはね……」
「ギルマス。勘違いしないでください。いくらなんでもこれはおかしいです」
「偽物って事かい?」
りりではなく、フラベルタ自体が疑われている。
「……確かに。この場にフラベルタ様が直接居るわけじゃない! 騙され……」
「呼んだかしら?」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」」」」」」
全員がスマートフォンを真ん中に置いて円陣を組むように見下ろしていた。
そこへ、音もなく何処からか現れ、皆を驚かせたのは、りりとお揃いの、何の飾り毛もない着やすさ重視のワンピースを着た、銀髪エルフの美女。フラベルタだ。
今回はりりと身長を合わせてきたので、美女と言うよりは美少女だ。
「びっくりした……いきなり現れないでよ!」
「……ど、どちら様で?」
クリアメがフラベルタを不思議そうな目で見る。
「ギルマス……えー、こちらハルノワルドの神、フラベルタ様その人です」
「……本当に出てきたんだね」
「ていうかクリアメぎゃあとか言うんだな……」
「私をなんだと思ってたんだいアーシユル?」
そう言ってアーシユルのほっぺたをつねるクリアメ。
「いひゃいいひゃい! くひひる切れるだろ」
「りり。間をとって。神を従えし魔王。とかどうかしら?」
フラベルタが無視されたお返しとばかりにそう言う。
「だから魔王は駄目なんだってばそれにパーティの名前だから、私1人を指す言葉じゃダメじゃん」
「……凄え……神を従えてるところ否定しないぞ……」
「魔人さん凄え……」
「タメ口も凄え……」
ハンター達に続いてクリアメも頭に片手をおいて困り顔になる。
「私、ギルマスやってく事に自信なくしそうだよ」
『りり』
『何ですか!』
怒涛の展開に少しイライラしながら、ケイトの念話に返事をする。
『モ テ モ テ ね?』
ブチッ
頭の中で何が切れた。
イライラして居る時期だったが、そこに過度の羞恥が重なった。
「うるさああああああい!!!! フラベルタ!」
「! なにかしら?」
気色の込められた声を上げるフラベルタ。
「そしてケイト!」
『え!? なによ!?』
「ぶっ飛ばす!!!」
「『え?』」
羞恥によりキレた、りりの完全なる八つ当たりが始まる。




