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117話 魔法の才能

 



 陽の光が眩しい。

 アーシユルに連れてこられて、結局ここはゼーヴィルの海岸。


「さてこの辺でいいだろう。まずは日輪からだ……なっ!」


 向こうを向いていたアーシユルが突然ナイフを投げてくる。

 突然過ぎる。危険この上ない。

 ナイフは脇腹の端を狙っていた。

 アーシユルは優しい。当たっても大した負傷にならない位置を狙っている。

 しかし、当たると痛いのだから当たるわけにはいかない。


「危ないで……しょ!」


 ナイフをキャッチし、アーシユルの足元に投げ返す。

 ナイフの刃は砂の中にすっぽりと埋まってしまった。


「一瞬か……才能大アリだぜ」

「はい? 何が?」


 何を驚いているのか分からない。

 日輪を背負える以上、動体視力も上がるのだ。

 ゆっくり飛んでくるナイフなど、躱すどころか投げ返す事すら容易い。


『りり。貴女は今、一瞬で日輪を背負ったのよ。それと、口調や思考が荒くなってる。自覚してみたら? 割と粗暴よ?』

『…………確かに』


 口調はともかく思考まで言われると、納得するしかない。

 日輪を背負うと少し凶暴化するのだ。


 とりあえずと、魔力プールをアーシユルに展開する。

 日輪は背負えたらしいので、腕を生やそうとしてみる。


「んむむむむむ……むむむむむん。むんむん?」

『途中から遊ぶのやめろ』

『バレた? でも、腕生やす感覚なんて判るわけないじゃん!』

『ふうん?』


 視界の端で、ケイトが目にも留まらぬ速度でナイフを投擲してくる。右腕に向かってだ。

 アーシユル以上に容赦がない。

 矢ではないが、これは間違いなくケイトからの攻撃だ。

 あの緊張感が蘇る。


 右腕から腕を出す。その感じを思い出す。


 右腕の爛れた部分から、スルリと右腕が生える。

 そのまま、掌で受け止めると、ナイフが手の平に穴を開けた。

 生えたばかりの腕ではこれが精一杯だ。


 痛みはぼぼない。

 右腕の接合部の爛れた部分が少し表面に見えているが、この程度ならば腕が無いよりは断然良い。

 後は、魔力を放出した際にこの右腕が引っ込まないことを祈るばかり。

 いや、祈るのではない。そうするのだ。

 だが一応対策はする。


『ケイトさんとアーシユル。私の腕引っ張ってて下さい』

『良いぜ』

『……こうかしら?』


 日輪を背負っていると、思考が早くなる。

 気が散っているのか集中しているのかよく分からないが、これこそが日輪を背負った副作用だ。

 いつまでも日輪を~と言うのも面倒なので、後で名前を付けることにする。

 アーシユルも気に入るような格好のいい名前が良い。


 フィジカルハイ。

 パッと思い着いたのは、そのまま肉体が活性化するというような名前だ。


『じゃあ魔法の名前はフィジカルハイで決定ね。それでいいわね。アーシユル引っ張って』

『お、おう』


 これも全部聞かれている。

 ケイトは煩くて仕方のないはずだ。

 何故なら、今のりりの思考力は2倍程になっている。

 単純に2倍賢くなったというのもそうだが、速度が問題だ。

 ケイト的にはずっと早口のように聞こえている。


『良いから魔力吐き出せって言ってるの!』


 ケイトが若干イライラしてきた。

 仕方がないので全ての魔力を吐き出してゆく。


『右腕を残す。残さなければいけない。じゃなきゃアーシユルを抱けない!』


 魔力光と一緒に、煩悩も漏らしてゆく。


『阿呆か!』

『照れてるの可愛い!』

『私、今手を離したい気持ちで一杯よ』

『まあまあ、もうすぐ……ハイおしまい』


 右腕は……残っている。

 その掌は、ナイフが貫いた風穴が空いていた。

 魔法で軽減されていた痛みが、ジクリと正常に伝わってくる。


「成功……だな……すげぇ……」

「私もそう思う。だけど、包帯とか無い? めっちゃ手、痛い……」


 痛いということは神経がちゃんと接続されているということで喜ばしいのだが、単純に痛いのであまり喜べない。


 アーシユルがポーチから布を取り出す。

 洗ってあるようだが、見た目は汚い。

 大人しくそれを巻かれてゆく。


「これで病気にならないのは本当この世界の人の免疫力すごいよね」

「免疫……前言ってたやつか。病気なら、りりもならないじゃないか」

「偶々だと思う。あと、ほら魔法あるし……」


 ナイトポテンシャルが夜に無意識に発動しているとしたら、毎日ちょっとずつケアされているようなものだ。

 病気になど、なりようがない。


「便利だな本当に」


 アーシユルは悔しがる。

 アーシユルには魔法の才能がない……と誰が決めたのか?


「そうじゃん。アーシユル、補助付きとは言え念話出来てるんじゃん!」

「そうだな。それがどうかしたか?」

「つまり……補助さえあれば何かしら使える……かも?」

「……なんだと?」




 念話は、魔力を持つもの同士であれば、心の声で会話ができる。

 りりとケイトとシャチは、それが標準的に出来ている。

 ケイトに至っては思考まで聞けてしまうし、魔力の排出によりオンオフも出来る。


 りりはそれほどでもない。

 精々近くの人や、猫の声が聞こえるくらいだ。


 アーシユルは、補助があれば人との会話が出来る。




「多分、念話にも段階があるんだよ。で、アーシユルはその段階1が限界なのか、そこでストップしてる。他の魔法試してみようよ」

「と言っても多分昼間しか無理だな。りりの補助が受けられるのがそこだけだ」

「確かに」


 念話に使うくらいなら、夜でも展開できる。

 しかし、それが全身となると、りりの集中力が保たない。

 だが、試してみる価値はある。


「じゃあ早速……と、行きたいところだが、りりの手の回復待った方が良いな」


 アーシユルは、こういう小さな気遣ができる。

 他人の事にはあまり気づかない事はあるが、りりの事になると途端に鋭くなる。


「私は今も昔も念力少女なんだから。念力だけ使う分には全く問題ないよ」

「18は少女とは言わんだろう」

「なっ!?」


 声には出していないが、前言の撤回をする。

 だが、ここでりりが失礼な! と思うのは価値観の相違だ。


 此方の世界では大人であるというのが圧倒的に良いこととされる。

 大人であるりりを少女扱いするのは失礼なことなのだ。

 アーシユルに悪びれた様子がないのも同じ理由だった。


 アーシユルは老人に敬意を払っている。

 逆に、大人に対して不遜な態度を取っているが、対して怒られない理由もこれだ。

 ちょっと生意気言われた程度で怒っていては "いい大人" ではない。

 アーシユルもそれが解っていてやっているので、かなりいたずら好きだ。




 アーシユルの全身に魔力プールを展開し、数分が経過する。


「魔力貯まったよ。先ずは念力からだね。前も言ったように、光で物を掴んだりするイメージ。でもあれから進歩して、壁とか、物の柔らかさとかを調節できるようになったんだ。あと固定と、固着と、性質変化……」

「多い多い! 取り敢えず壁からいってみようかな。りりのを見てたら、物を動かすのは高等技術に見えたからな」


 首を傾げる。

 りりにしてみれば全部簡単なのだ。

 違いがあるとすれば、出力不足だとか、展開しきるまでの時間くらいで、誤差の範囲だ。


「天才め……」


 アーシユルから憎々しげな表情を貰うが、どうしようもない。

 簡単に出来るが故に、アドバイスも特にない。




 浜辺の木箱に腰掛ける。

 アーシユルは浜辺に立ち、何もない空間に何かしらを生み出そうとしている。

 その光景を、両手で頬づえを突いて見まもる。


「出来てるか!?」

「出来てなーい」

「だぁー! 無理だぁー!」


 20分後、アーシユルは根を上げ、砂浜に背中から倒れ込んだ。


「あーあー。そういう事すると髪の毛の間に砂がー」

「適当に払っとけばいい」


 そう言って、アーシユルは上体だけ起こして髪の毛を払う。


「しかし、やっぱり簡単には出来ないな」

「見えないからイメージしづらいのかなあ?」

「そうか、りりは見えるんだったな……その目欲しいぜ……」


 しかしそうなると、やはりアーシユルには魔法を使うことはできないのだろう。


「疲れた。あたしはこれから本の出版の交渉に行ってくるぜ」

「行ってらっしゃい。私はもうちょっとフィジカルハイでできることとか試すけど、夜にはまたアレもお願いするから、戻ってきてね」


 夜のアレ。

 今回りりは手に傷を負ったので、その回復のため……という名目のキスだ。

 もちろん、アーシユルの魔法の練習にも付き合う。


「そうだなぁ……でも何か駄目な気がするぜ」

「そんな気もする。でも念話出来てるから素質は0ってわけじゃない気がするんだよね」

「それは……まぁ実際やってみないとなんとも言えないな。じゃあ行ってくるぜ」


 そう言い、アーシユルは浜辺を後にする。




『りりは続きよ。何もなしでもフィジカルハイ、つまり[日輪を背負う者]状態になれるようにしなきゃね』

『その名前確定なんですか?』

『驚異的な回復力と身体能力を持つ[月光を背負う者]その対になるのよ? 名前はこれ以外にないわ』


 フフンとドヤ顔を展開するケイト。

 この感性はなんだかんだ言ってエルフのそれだ。


『まぁ[月を呪う者]よりはマシかな……』

『それの何がだめなのかしら?』

『実家が、月と共にあれ……といった家訓? だったので、月は呪うべき対象じゃなくて、畏れ敬う対象だったんですよ』




 りりの実家は呪術師の家系だ。

 りりは落ちこぼれだったので何も知らされていなかっただけで、亡くなった祖父も、家ではおならの臭い父も、呪いと解呪を生業とする職業なのだ。

 りりは呪いに才がない。

 故にそれが毒という歪な形で効果が発現しているのだが、そのことは誰にも解らない。

 りりですら知らないのだから当たり前だ。




『月はただ空に在るだけなのに、畏れるとか敬うとか……面白いわね』

『多分、我が家だけの常識ですからねぇ……懐かしいなぁ……』

『帰りたい?』

『それは……そうですけど……』


 答えに少し悩む。

 帰る方法が見つかったとして、それはつまり此方の世界の人達との……アーシユルとのお別れを意味する。


『連れていけば良いじゃない?』

『それには色々と面倒くさい事態がついてくるんですよ。戸籍とか……いや、でもいいかもなぁ……アーシユルと一緒に同棲……』

『本当アーシユルのこと好きよね貴女』


 ケイトが呆れ返るような顔をする。

 りりの内面を知るものならば、ケイトでなくてもこの顔になるだろう。


『正直、死にかけたところに優しくされたってのもある気もしますけど、でも気持ち的には確かにこの上なく大好きになってますねえ……格好良いし、可愛いし』

『聞いた私が馬鹿だったわ。好きにしなさい。さて、話が逸れたわね。続きするわよ』

『はーい』




 練習を繰り返す。

 最初はケイトの殺意のこもった拳の寸止めで、少ししてからは殺意だけで、日が暮れる前には何もなしでフィジカルハイを使うことができるようになった。

 きっとこれが才能なのだろう。


 念力といい、フィジカルハイといい、強力な魔法は昼由来だ。

 月見などという名前があるのに性質は真逆というのも皮肉な話かもしれない。

 面白いと言えば夜の出来事だ。あれは……。


『りり。うるさい。ほらもう解除して』

『はーい』


 ケイトに注意され、魔力を吐き出してゆく。

 フィジカルハイの時は思考のバラつきが多々発生する。

 これは程々にしか使わないようにしようと誓った。


『貴女、そっちの方がいいわ』

『うるさくないからでしょう?』

『それもあるわね』


 冗談を飛ばし合う。お互い笑顔だ。

 ケイトは比較的に冗談の通じる人なので、こういう時はアーシユルとはまた違う心地よさがある。


『うるさいって言うのは半分冗談よ』

『判ってますよ』

『普段の貴女の方が魅力的だと言う話をしているのよ。この大陸、いえ、この世界には居ないタイプの精神構造をしているのねきっと』


 ケイトは、顎に手を当ててそんなことを言う。


『確かにそうかもしれませんね。こっちに転移して来るまで、死ぬかもとか思うことなんてほとんどなかったですからねぇ……そりゃあ精神構造にも違いが出ますよ』


 唯一あった危機が大猪と対峙した時くらいだ。

 それ以来、猪はトラウマだったのだが、それも最早克服した。

 今は根元的な恐怖以外は怖いものなど無いだろう。


『ふふ。同じ魔人だと言うのに凄い差ね』

『あ、でもケイトさんの強さには敵いませんよ?』

『馬鹿なことを……そんなもの相性だわ。それに私の場合、暗殺がメインになるのだから、貴女との強さ比べなんか意味はないわ』

『それもそうですね』


 達観している。

 極度のサバイバル生活とそれに見合った実力。

 ケイトは、相手を排除することで、徹底的にその身を守ってきた。

 その存在は心強いが、同時にとても不安定でもある。

 ここさえどうにかなれば、肌の色の違いなど乗り越えられるだろう。


『ありがとう。でも難しいことよ。ゼーヴィルがおかしいのよ』

『私としては、こんなに綺麗な肌の色してるケイトさんを差別してる人達が信じられないんですけどねぇ』


 烏のような美しく輝く黒。

 芸術品のようなその肌は、りりの心を捉えて離さない。


 アーシユルの次にだが。




「待たせたな! 書籍化が決まったぜ!」

「おかえりー」


 アーシユルが帰って来た。

 軽く魔法をお披露目してから、アーシユルの魔法特訓に付き合う。

 その後はご褒美だ。


『本当、貴女のそういうところ、嫌いじゃないわ』

『アーーー!』


 りりは、どうして心が丸裸だというのを忘れてしまうのかが不思議でならなかった。




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