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114話 ゼーヴィルでの暮らし

 



 湯上がりでほかほか。髪も湿っていて、海風という天然のドライヤーが髪を乾かしている。

 そういう予定だった。

 だが、今は街の騎士団貯留所に居る。何故か?


「ほんっとうに申し訳ありません。ちょっとどうかしてたんです。悪気があったんじゃないんです!」


 りりは心底平謝りをする。


「そうは言っても、普通に人の往来する浜辺で、子供ならともかく大人が全裸に……しかも空中なんていう目立つ場所に……俺はなんて報告書を書けばいいんだと思う?」

「本当に申し訳ないです!」


 日本で言うところの猥褻物陳列罪だ。

 今回は、ヒトの常識を知らない2人と、子供ということで厳重注意に収まった。

 だが、りりは恥ずかしくて恥ずかしくて、顔から火が出そうで仕方がない。


 魔法に炎系の物がなくて良かったと、そう心から思った瞬間でもあった。


「風呂を再現出来るのだから、やるなとは言わない。しかし、見えないようにしてするなり、商売にするなり、何かしら工夫をしてほしい。な?」

「商売!?」


 悪びれる様子もなく呆れ顔だったアーシユルの目の色が変わった。


「おい騎士様。届出したらアレを商売にしていいのか!?」

「……何だかんだ最近ゼーヴィルは魔人の噂で持ちきりだからな。情報屋を見たか? 音声変換機を2本角にしてたんだ」


 あれはどうやら仕事道具というよりは、最近儲かったから奮発して買い換えた物だったようだ。

 感心して損をした。


「つまり、魔人が魔人特有の商売をするなら、ある程度融通くらい効かせてやれるという話だ。たーだーし……男女は分けろ。そして、トラブルを起こすな」

「良い……良いねえ。良いよぉ騎士様。ありがたい。早速商売の算段立てて来るぜ!」


 アーシユルが勢いよく飛び出そうとする。

 それを引き止める。


「なんだりり?」

「私男の人の裸見るの嫌だよ?」


 アーシユルが固まる。


「……嫌だよ?」

「………………でかい桶があれば……良いよな?」

「勝手に入ってもらうんなら、いけるけど……」

「良し! やっぱり後で来るぜ騎士様」

「くれぐれも気をつけてな」


 騎士に見送られて出る。


「じゃあ、あたしは先に帰って構想を練ってみるぜ」

「じゃあ私達はお買い物してから帰るから」

「おー」


 りりの声を聞き流すかのように、アーシユルは人の合間を縫って去って行った。


『素早いわね。あの動きは私には無理だわ』

『アーシユル、小回り効きますからねぇ』

『長所があるのは良いことよ。さて、私達もお買い物……と行きたいけど、お金が無いのよね』

『私もです。一応奢る焼き鳥分くらいは有りますけど……ほらとにかくこれが全財産』

『銀貨1枚に屑金が沢山……なるほど貧乏ね』


 焼き鳥2本で無くなるくらいの金額だ。


『仕方がない……稼ぎますか……』

『どうやって?』

『パフォーマンスです』


 前にやった人をダメにする念力。それをやる予定を組み、路上パフォーマンスの許可を出して貰う為、騎士駐留所に引き返す。


「……早くないか?」


 騎士は報告書を書いて居る途中だった。


「すみません。さっきの話とは別で、路上パフォーマンスをしたいなと思いまして。多分前にやったフカフカのやつなん……」

「許可しよう。場所に案内してくれ」

「……早くないですか?」


 騎士はペンを置いて、りりを外へと押し出して行く。


「いや実はあの後、大量の綿に包まれて居るようだとか、母の腹にいた時のような安心感を味わったとか、それはもう皆がウットリして言うんだよ……体験してみたい。そう思うのも自然だろう?」


 鼻息を荒くしている騎士の目。研究者モードのアーシユルに近いものがある。

 職権濫用をするつもりだろうが、りりにとっては都合が良い。


 騎士団員は市場の広場での営業許可を出してくれた。


「では早速……さあ。もういいですよ。此方へ腰掛けてください」

「もうか!? そ、それでは……」

「その前に銀貨1枚お願いしますね」


 前回使った、お金入れ替わりに使っていた帽子。それを地面に置いて、お金の催促をする。


「おっとすまない。期待感で忘れていた。これで良いな。ではでは…………あ、これは……これはぁぁぁぁ………………」


 騎士はそのまま喋らなくなった。

 声を出すのも億劫なようだった。


『良しっと。じゃあケイトさんは少ししんどいかもですけど、広告お願いしますね』

『ええ。残念だけど、私は最高に目立つものね』


 ケイトを念力で掴み、念力で作った足場の上に降ろす。

 場所は広場中央の地上2メートル。

 どう見ても空中に立って居るようにしか見えないし、実際に空中に立ってもらっているようなものだ。

 そしてケイトの前後に[魔法のクッション1人5分まで]と書かれた雑な紙を掛けて完成だ。




 広告効果と前回の口コミで人は賑わった。

 何度も並び返してくれる客まで出た程だ。




 そこから30分。


「一旦休憩とさせて下さーい! 続きはまた後でしますからー!」


 そう叫び、受付を一旦打ち切り、ケイトを降ろす。

 そこから5分。最後の客がクッションから離れたのを見て、りりも広場の椅子に腰掛け、項垂れた。


『おつかれ。30分が限度というところかしら?』

『みたいですね……やり過ぎました』


 念力のクッションを15。それに加えて固定したケイトの足場。自身が座る椅子。

 合計17のエナジーコントロールだ。

 単純な魔力切れもあるが、頭の疲労が強い。

 休憩すればもうワンセット程なら行けそうだが、空腹感が強くなってきているので、ひとまずご飯とする。


『もう少し休憩してからにした方がいいと思うわ』

『……そうですね』


 そこでケイトは念話を切る。

 りりに気を使ってのことだ。

 感謝して少し目を瞑る。




 それから少し。

 軽く頭を小突かれ目を覚ます。


「はい。はい! ……」


 見上げるとケイトが見下ろしていた。


『私寝てましたか?』

『ええ。丁度仮眠には良い時間だったはずよ。起きなさい。ご飯食べに行きましょう』

『そうですね』


 温かい気候と涼しい風のせいということもあるが、座ったまま寝る程度には疲れていたようだ。

 ググッと伸びをしようとして止める。

 肩関節がまた外れそうで怖かったからだ。


『それで、どれだけ集まったんですか?』

『銀貨41枚』

『中々ですね』

『そして金貨が1枚』

「へぁ!?」


 思わず声が出る。

 誰が路上パフォーマンスに2桁オーバーを払うというのか。

 これは間違いなく、誰かが銀貨と間違えて金貨を入れたのだ。


『どうしようこれ』

『貰っておいたら?』

『そうはいきません。何とかして返さないと……もちろん出来れば……ですけどね』


 少しモニョモニョと金貨が欲しい願望が漏れる。


『正直なんだかそうじゃないんだか……』

『心当たりある方はお申し付けくださいって書いておいてもらえますか?』

『ええ。でも貴女も言葉覚えなさいね』

『……善処します』


 事実上の降伏宣言だ。


『それ降伏宣言なの……? 異世界の言語、難解すぎるわ』

『いや、本当に申し訳ないです』


 苦笑いして、帽子の中のお金を袋に移し替る。

 折角なので、帽子を被って飲食店へ向かう。




 初めて来る食堂。

 テーブルの上には花柄のシーツが惹かれており、店の雰囲気も花柄で統一されている。


「わぁ、お洒落」

「いらっしゃ……おや、りりちゃんじゃないか!」


 入っていきなり、30歳前後に見える女性に声をかけられた。

 猛烈に肩を叩かれる。脱臼の後なのでそれなりに痛い。

 同時に店内の客の目線が集まる。


「あら? 痛かったかい? りりちゃんは軟弱なのかい?」

「否定はできませんけど……どちら様です?」


 見覚えのある感じではあるのだが、服装が違うのか思い出すことが出来ない。


「昼に私の夫3と朝に会ったんだろう? 聞いてるわよ」


 昼に会った男性と言えば、あの飯抜きハンターだ。

 となると、この女性は、あの飯抜きグループのリーダーだ。


「おっとさん? え、あの人、お父さんなんですか!?」

「うん?」

「はい?」


 これは話が噛み合っていない時のものだ。

 アーシユルとの会話ですら、たまに発生する。

 女性の方も心得ているようで、確認作業に付き合ってくれる。


 女性が先に喋って、りりがその言葉の意味を答えるというふうに続けてゆくのだ。


「昼」

「日が昇っている時ですね」

「私の」

「私の」


 自分に向かって指を指す。

 こういう時は、ジェスチャーが大事だ。


「夫3と」

「おとっつぁんと」

『りり。それ違うわよ』

『ありがとうございます』「ここが違うみたいです」


 翻訳機の柔軟さから起こる事故だ。仕方がない。


「夫3。3番目の夫だよ」

「おっとつぁん。父親のことです」

「……また微妙に近い感じだね……」

「これは……ちょっときますね」


 翻訳ミスはたまにあったが、これはどちらかというとただの勘違いだ。

 じわじわと笑いがこみ上げる。


「つまり私の夫の1人よ。その人から聞いて、お客さんからも、りりちゃん達が来てて市場でパフォーマンスしてるっていうから行こうとしたんだけど、店長に止められてだね」

「当たり前だ! そこでくっちゃべってないで早く客を通しな!」


 中年女性の大きな声だ。

 しかし、あまり不快な感じはしない。


「うるさいでしょう? 母なのよ。でもりりちゃんがお客さんなんて嬉しいわ。あっちのテーブルへどうぞ」


 飯抜きリーダーの母。肝っ玉かあさんという感じのようだ。


「さあ、何にする? 奢りにしてあげるよ」

「あ、いえ、ちゃんと払います! その為にお金稼いだんですから」

「そうかい? 代わりに金を払わせた甲斐があったよ」

「代わりに? もしかして金貨って」

「金貨……そうかい。あの馬鹿、金貨を払ったのかい……」


 その口調の割には、どこか嬉しそうな顔をする女性。


「あ、その、お返しします。元々そのつもりでしたので」

「受け取れないよ。それはウチの夫5の金だからね。返さなくていい。それに多分その金は間違えて入れたものじゃない」

「……なんでそんなことが?」

「愛されているってことよ。注文が決まったら呼んどくれ」


 そう言って女性は厨房へ入ってゆく。

 心なしか、少し足取りが軽く感じた。


『どういう事……?』

『私には判らないわよ? ヒトの文化とか知らないから。でも金貨は貰っておけというのは確かね』

『そうだねぇ……』


 金貨を取り出し日光にかざしてみる。

 反射する光は、何か暖かみのある特別なものに感じた。




『で、メニューだけど、読み上げてくれません? 私読めないんで』

『良いわよ。上から、焼き猪丼、揚げ猪丼、焼き魚丼、揚げ魚丼、魔人丼……』

『待ってなんかおかしいのがあった』


 どうやらここは丼物屋だった。

 メニューには、最近書かれたであろう魔人丼の文字。

 この名付けでそのまま考えてしまうなら、魔人丼は、魔人の肉を乗せたどんぶりだ。

 だが実際は、親子丼や他人丼のように、名前からはパッと判らない感じの物であることが推測できる。


『でもこれ私知らない』

『私は魔人とバレていないから、りりのことでしょうね』


 魔人 イコール りりを指す言葉だというのなら、心当たりはある。

 しかし、このネーミングは酷い。


『私は豚揚げにしようかしら。揚げ物、屋台で食べたけど、あれ美味しかったもの』

『……』

『りりは魔人丼でしょ? というか、これを見たが最後、選択肢は無いに等しいわね』

『ですよねぇ……いやまぁ確かに好きだけども』


 自由に選べるはずのメニュー表なのに、選択肢は1つしかない。


『この書き方で中身分かるの?』

『はい』


 アンニュイな気分で店員を呼ぶと、先ほどの女性が出てくる。


「ご注文はお決まりかな?」

「あ、揚げ豚丼と……」


 店がシンと静まり返る気がした。


「魔人……丼を……」

「揚げ豚、魔人1づつー!」

「よしきたー!」


 この言わされた感。


 客も「マジで選んだ!」とか「今日来てよかった」とか好き放題言っているのが聞こえてくる。


『早く! 早く食べて去りたい!』

『なかなか愉快じゃない』


 ケイトは笑う。

 完全に他人事だ。




 そして来たのは案の定、海鮮丼だった。

 ある意味、故郷の味だ。

 食べてさえいれば、それだけである程度のことには目を瞑れた。


 ケイトが試しに1口食べてしかめっ面になったのも、客や店員が「そうなるよな」という顔をしたのも、りりがそれを美味しそうに食べるのに「魔人すげえ」との声が聞こえて来たのも全部許す。

 許さないからと言って、どうすることもないというのもあった。




「ご馳走様でしたー」


 もう来ねえよ! そう心で思いながら店を出た。


『耳が聞こえない事をこれほど残念と思ったことはないわ』


 ケイトはもう好き放題言っている。

 後で仕返しをする事を心に誓った。


『ごめん。やめて? ね?』


 りりの心の声をキャッチしたケイトがやや焦る。

 少し可愛いが容赦はしない。


『そう心に誓ったのだった』

『ごめんってば!』




 その後、ケイトは先ほどと同じ様に空中に立ってもらう。

 但し、念力で強制的にY字バランスになってもらっている。


『ごめんってばー!』


 少なくとも、ケイトが本気を出す前に念力を当てることができたなら、そこからはワンマンゲームになる。

 最早ケイトは身動きできないまま見世物の刑だ。


 少し酷かなとも思ったが、ゼーヴィルの人々は、ケイトを[魔人のお供の人フィルター]をかけて見ているので、エルフの里のような、悪意の視線はないようだった。


 だからなのか、ケイトも好奇の目に晒されても大丈夫の様だったので、そのまま放って置く。

 これもまた1つの友情の形だ。


『友情は嬉しいけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!』

『後10分位ですから頑張ってくださいねー』

『りりの馬鹿! 鬼人! 魔人!』

『そっすねー』

『くそう……くそう……』


 完全勝利……。

 いや、単純な仕返しなので勝利とかではない。




 結局売り上げ合計は金貨1枚に、銀貨86枚。

 1枚1枚は小さな物だが、流石にポーチが少し重くなる。


『はぁ、疲れたわ。貴女も中々酷いわね』


 そうは言うが、あまり疲労の色は見られない。


『30分同じポーズ取ってて、はぁ、疲れたわ。で済むケイトさんも凄いですよね。私なら倒れてますよ』

『フフ。エルフの体力を侮る事なかれよ』

『ですねぇ。さて、じゃあ帰りましょうか』

『焼き鳥食べてからね』


 ケイトは、りりの前に回り込んで来てしゃがんで見上げて来る。

 まるではしゃいでいる子供だ。


『覚えてましたか』

『りりも好きでしょう?』

『分かりました。行きましょうか』

『良いわね。りり好きよ』




 焼き鳥を買い、宿に向かって歩く。


『そう言えばケイトさん、私の心の声まで拾えるなら、子供とか言われて腹が立たないんですか?』

『少し複雑ね。だけど嬉しい気持ちが勝つわ。だってりりは悪意を持って子供って思ってないもの。寧ろ親目線ね。そんな目、他の人から向けられたことがなかったから……私は子供でも良いんだなって……そう思えるの』


 焼き鳥を食べながらケイトは微笑む。

 何も言わず、手を伸ばして頭を撫でると、ケイトは心地好さそうに撫でられるままになる。


 異世界で出来た未成年の恋人に、年上の子供。

 なかなか面白い人生ではないだろうか?

 そう思いながら宿に帰ると、りり達を待っていたのか、アーシユルが露天風呂の計画を紙にまとめていた。

 まだホールだというのに、少年の様に目を輝かせプレゼンし始める。

 ここにも子供が1人。


 ケイトもケラケラと笑う。

 呆れるが、とても心地の良い気分だった。




 夜、アーシユルと逢瀬して肩の調子も戻る。


 そして翌日、浜辺での風呂の商売も、蛸人狩りもして、アーシユルの所持分も含めて金貨が12枚程になった。

 少しお金持ち気分を味わって、明日にドワーフの村へ行こう。

 そういう話になった夜、ゼーヴィルを震撼させる報が届いた。




 エルフの里が滅んだ。




 情報を持って来たのは、かつて里までのガイドをしてくれたボブカットのエルフだった。




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