11話 王城会議
時を遡り。今、まさにりりが訪れている王城。その会議室。
今回は、先日起きた王城の一部が崩壊したことについての会議が開かれている。
メンバーは、紅一点の大貴族イロマナを始め、王の代理として補佐官。ジンギ研究者のエディとその上司。技術開発室長。商人ギルドのマスターに、騎士団長が集まっていた。
本来このような重要な会議には、更に神子とそのガード、ハンターギルドのマスターであるクリアメが参加するのだが、今回は神の働きかけにより不参加となっている。
大貴族イロマナが声を上げ会議が始まった。
話は、目撃者且つ[爆炎事件]の生存者である、ジンギの研究員のエディから。
「出てきた人物……僕は、やはり侵略者だと思います」
エディはこの中では一番若く下っ端だというのに、感情を込めて怒りを顕にして恨み言を漏らしてゆく。
空気が読めていない言動だが、イロマナが何も言わないので、この場の誰もがエディに注意をしない。
イロマナが「続けろ」と促した事で、ハッキリとそれは無いものとして扱われる事になった。
「はい! まず例の事件の真相ですが……あれは、僕が転移陣……ゲートの座標を弄れないかと試していた時に起こったものです。ご存知の通り、ジンギは何処からか炎や水、鉄などの一定の物質を放出するゲートを開くものです。最近我々研究員が齎した新たなジンギもいくつもあります。 "大" 系統がまさにそうです!」
話は脱線してゆく。
エディの言っているのは、ジンギの基本情報と、ジンギ鉱研究部署での行いの内容だ。
ジンギはヒトにしか扱えないヒトジンギしか無いため、便宜上ジンギだけで差異無く通じる。
「僕の研究していたのはジンギの効果発生点であるゲートそのものの研究でした。その術式には共通点がありまして、僕はそれこそがゲートの根本だと考え……そう、未だ解読はできておりませんが、特定の文字を彫るだけで効果を発揮するのはご存知のとおり! 故に、効果のあると思われる文字を削り込んで実験していたのです! そして、とある術式を起動した際に、それは何処かと繋がりました。それは馬車を上回る程の巨大なゲートとして! そして未知の空間へと……」
「エディ、落ち着きなさい」
「……失礼しました」
エディは熱中していたところを、上司である研究室長に釘を刺され、咳払いをして深呼吸をする。
「構わん。それより、侵略者だと思った根拠を話せ」
イロマナは表情を変えることなく、冷静にエディの話の続きを促す。
「すみませんでした。えー……つまりあの時、僕の手により研究室で巨大なゲートが開いたのですが、そこから誰かが現れて、部屋ほどもある巨大な金属塊を猛スピードで撃ち出したのです!」
ここで言う巨大な金属塊というのは、りりの後を追ってくる形になっていた貨物車の事だ。
誰も車という概念を持っていないので、圧壊、爆発四散し[爆炎事件]と呼ばれるものを引き起こしたアレが金属の塊であるという事しか把握できていない。
エディの言葉は軌道修正したにも拘らず、すぐに熱が入っていた。
イロマナはそれを咎めることもなく、話に異を唱える。
「普通、ゲートから出てくる時点で神か、神の使いたる神子だ。だが発端はキサマが開いたゲートだ」
「はい。タイミングからしても神でも神子でもないと思います。でなければ2人も死者を出すなんてことがあるはずがありません! 僕の天才的な頭脳だって奇跡的に助かったから良いようなものを……」
「エディ!」
「……すみません」
再び研究室長に咎められ、今度こそエディは冷静さを取り戻した。
イロマナは少し考えて、エディに問いかける。
「[爆炎事件]の話は私も聞いている。城の部署一つを倒壊させるような事をその場に居た者が起こすとは考えにくい……逆に、その者はその金属塊に追われていたのではないのか?」
「失礼ですが、僕達の問いに答えるわけでもなく、わざわざ金属塊の方へと向かって駆けてゆく人物を見て逃亡者と思えましょうか?」
権力の頂点とも言える大貴族相手に、臆すること無く物申す事が出来るのはエディの長所であり短所だ。
それに対してイロマナは表情を変えずに聞きの姿勢を取る人物なので、エディはまだ死んでいない。
更に続ける。
「それも、その金属塊の起こした炎は常軌を逸していました。火炎ジンギと爆風ジンギの……いえ、最近開発された大火炎と大爆風ジンギを同時起動したかのような威力……信じられますか? 炎が消えることなく……ギリギリ国宝級になれない程度の威力とは言え恐ろしいものでした……これで侵略や攻撃でないとは僕には到底思えません」
当事者であるエディの言葉は臨場感を持って伝わる。
的中しているイロマナの読みはただの推測なのだ。証拠は無い。イロマナ自身もそれを理解しているので意見を取り下げる。
これにて、この場に居た全員がゲートより出てきた人物は侵略者であるということに対して納得した。
話は進み、その侵略者は今、何処に居るのかという話に移る。
「見たのであろう? 特徴は?」
「それにつきましては、私から」
騎士団長が声を上げ、起立する。
「外見については、巨大金属塊より発せられていた光で逆光となっていたため、残念ながら顔は見ることは出来なかったとのこと。髪は肩程までで、色は黒、もしくはそれに近い色であったとの事です。そして、現在その者の目撃情報は騎士団には寄せられておりません」
騎士団長は報告を終え、再び着席した。
イロマナはそれを聞き、今度は商人ギルドマスターへと目をやる。
「いえ。こちらでも掴んではおりません……しかし、濃い髪色ということは亜人である可能性がございます。それも我々の知らぬ……となれば……」
「クリアメか」
クリアメ。
ここに居るメンバー達には、彼女がギルドマスター且つ、裏の顔として亜人の逃がし屋をしているという共通認識が有る。
それは白か黒かでいうと極めて黒に近い灰色。
彼女の立場が立場な上に証拠が無いので、誰も彼女を裁けていない。
イロマナは、ここで初めて僅かに疲れた顔を見せる。
それとは対象的に、今頃になって技術開発室長が口を開く。
「んん? クリアメ様なら先ほどお帰りになられたようですが?」
「確か神子様が呼び出したと聞き及んでいるが……何をしておるのだ」
「さあ……黒髪の亜人を連れてはおりましたが……」
その発言に、イロマナのみならず全員が頭を抱えた。
「コレだ……どうしてお前達研究者達は、いつも自分の興味のない事には口出ししてこないのだ」
イロマナは憤る。
「本当申し訳ありません。なにせクリアメ様が連れていたので、また亜人かなと思い……もっと早く気づくべきでした」
イロマナは、多少偏見で研究者というものを見ているが、今回のみならずこういう事はままあることだったので、ただの偏見というわけでもない。
イロマナは憤りを溜息に変えて吐き出した。
有力な情報ではあったが、これが出たのは会議が始まってから20分が過ぎた頃だ。
「それを見たのはいつだ」
「1時間程前になります」
つまり、目撃から1時間と20分前後……その遅い報告を聞いて、騎士団長が立ち上がる。
「会議の途中ではありますが……」
「よかろう。真偽はどうであれ王城の一角が破壊され、死者も出たのだ。迅速にな。抵抗するようなら、妹だろうと手加減せずとも良い」
許可を出すのはイロマナ。
本来指揮権など持ち合わせていない彼女だが、自己の権力がそれを許していた。
そんな彼女にも手を出せない存在が居る。
それは、自らの信仰する神と、その使いである神子だ。
クリアメが呼び出されたのは神子を通しての神の意思。ある種の治外法権を前に、イロマナはどうすることも出来ないし、する気もなかった。クリアメに対してもそうだ。
だが、事は自らの生きる目的たる国を揺るがす大自体だ。
後で神子に事情を聞くことにして、イロマナは顔を強く擦った。
少々疲れを見せる彼女の名は、大貴族イロマナ = I = ソーボ。
放蕩者である、ハンターギルドマスターのクリアメ= I =ソーボの姉である。
騎士団長が退室したのを皮切りに会議はお開きとなった。
各自が退室してゆき、そこにはイロマナと商人ギルドマスターだけが残る。
「今から支度してハンターギルドに行くまで5分といったところですかねえ?」
「そうだな。そのくらいだろう」
「もし聡い者であれば……そうですな、ギルドに到着してから騎士団が急いで来るまでの間の15〜20分ほど、それだけあれば十分逃げ出せてしまえると思いますねえ」
「……貴様手引きでもしているのか?」
イロマナは、クリアメに対する複雑な気持ちそのままに商人ギルドマスターを睨みつける。
だが、商人の方も肝っ玉が座っている。表にはたじろぐような雰囲気を見せない。
「いえいえ。しかし、私が知るクリアメ様はそういうお人であると申しております」
「……確かにな」
イロマナは溜息をつき納得した。
証拠が無いとはいえ、クリアメが目の届く範囲でこの国から亜人を逃しているのは周知の事実なのだ。
「ではわたくしもこの辺で。クリアメ様が出歩いているなら目撃者も居るでしょう。1時間後にまた来ることにします」
「よかろう。時間を作ってやろう。続きは黒髪の亜人次第だな」
「はい。それはもう。ありがとうございます」
そこから間もなく……再び会議が開かれる。それも神子の出した非常招集という形でだ。
内容は……。
黒髪の亜人、リリ=ツキミヤマは魔人であったというものだった。




