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108話 失う者達

 



『やだ! ギルドの人に手紙送るんでしょ! その人達にやって貰えばいいじゃん!』


 喚く。

 念話なので声には出ていないが、渾身の拒否だ。

 リアリティなく出かけた昨日とは違う。

 この最悪の気分のまま、毒矢にも注意しつつ、ヒトの形をしたモノを殺しに行くなんてゴメンどころか、りり自身が保たない。


『そうはいかない。日が経過する毎にゴブリンは逃げるし増える。増して孕み袋が居なくなったんだ。数を減らさなければ再び被害が出る。本来は昨日のうちに全滅させないといけなかったんだ。やるなら今日だ』


 つまり、昨日はりりがダウンしたから引き返しただけなのだ。

 無駄な殺生をしないように心がけたアレも全く意味のない事だった。

 どちらにせよ全滅させなければ意味がない。それがゴブリン討伐なのだ。


『なに……それ……』


 壁にドンと背を預け、ズルズルとへたり込んでゆく。


『りりが行かないなら、あたしとケイトで行くまでだ。大丈夫だ。昨日ので大半は死んでるはずだ。残るは……子供と、偶然外回りをしていた奴らだけだ。問題ない』

『子供……子供まで殺すの……?』

『……』

『そうよ』


 アーシユルが答えない代わりに、答えるケイト。

 その答えに絶句してしまう。


 そこから10分。

 その間、狂ったエルフの喘ぎ声しか聞こえなかった。

 釣られて気が狂ってしまいそうになる。


 痺れを切らしたアーシユルが動こうとしたのと同時に、ゆるゆると立ち上がる。


『私がやる……』

『……』

『お墓も作りたいし、せめて苦しませないように逝かせてあげなくちゃ……』


 りりに表情に、昨日のような幽鬼にも似た表情がじわりじわりと戻ってくる。


『無理するなよ? 今回は本当にあたしとケイトだけで大丈夫だと思うぜ?』

『やだ。後ろ半分は自分にも嘘ついてるけど、前半分は本当だもん』

『……じゃあ行こうか』


 ゴブリン狩り自体が中級ハンター以上なら避けて通れない道だ。

 それがハンター家業の一番初めに回ってきて、それが少々過酷というだけで、内容自体はさほど変わらないのだ。


『りりが行くのなら私は行かなくてもいいかしら?』

『戦力的には大丈夫だが、あたしらはパーティだぜ?』


 パーティ。

 ケイトにとって、2人は初めての仲間だ。

 狂ってしまった復讐相手と仲間、どちらが大切かなど考えるに値しなかった。


『そうだったわね。ごめんなさい。私も行くわ』


 ケイトも立ち上がる。


 最悪な気分の3人。

 マルチグラスで外の影を見ると、時刻は昼の3時前。

 急がなければ夜になってしまう。


 早足で長老宅に行き、事情を説明する。

 半ば強引に食料をいただき、食べながら洞窟へと向かう。


 道中の森は、昨日と違う気がした。

 鳥の声も聞こえる。

 風に靡き、草野擦れる音も聞こえる。

 何が違うかと言われれば気分が違う。

 今日の森は暗く感じるのだ。




『ところで、なんで毒を売っていたんですか?』


 今回のミッションの危険度を跳ねあげている、ケイトの売った毒。

 移動しながらそれの出所に直接問う。


『……色々よ。どれもこれも大したことのない理由だし、毒を売る必要も本当はなかったと言えばなかったわ……強いて……強いて言うなら、たった1人で居たから、誰かに「私は生きている」っていうことを知って欲しかったのよ……多分』

『こんな危険な物を、たったそれだけの理由で撒いたんですか……?』

『りり、言ってやるな』


 何故かアーシユルはケイトの擁護をする。

 りりとしてはケイトは美しく可愛い存在だが、そんなとんでもない理由で毒をばらまく人物と行動を共にしていたくなどなかった。


『……そうね。どうかしていたわ……間違っていたのね……私、ゴブリン討伐が終わったら、パーティを……』

『抜ける必要はない』


 やはり間違いではない。

 アーシユルは完全にケイトを擁護している。


『どうして!』

『……理由は簡単。よくある話だからだ。この世界にはジンギがある。意識的にでも無意識的にでも、他者を殺す事なんて簡単に出来るんだ。増してケイトはまともな教育を受けていない。ケイトには悪いが、ケイトは図体のデカいだけの子供と考えていい。なら、やるべき事は放り出す事じゃない。撒いた毒を処分する事だ。違うか?』


 大きいだけの子供。

 りりがケイトに感じていた事だが、アーシユルも同意見だったようだ。

 違うのは、保護者目線であったかそうでなかったかだ。


『そう……だね……』

『……私やっぱり戻っていた方が……』

『ケイト。お前は逃げるな。お前の撒いた毒も、りりが疲弊している原因なんだ。1人になる事も、自棄になる事も許さねえからな』


 ケイトは評価通りに子供だ。

 しかし、子供と違い理屈は通る。

 本当に子供なら、嫌だと言って駄々を捏ねるだけだっただろう。


『全く……難しいことを言うのね……』

『当たり前だ。あたしがリーダーなんだからな。』

『いつからよ』

『あたしがハンター歴が一番長いから妥当だろう?』


 りりは当然論外だ。そもそも駆け出しなのだ。

 ケイトは歴戦の猛者ではあるが、ハンターとしての経歴はまだ明るくない。

 その上、アーシユル以上に1人で生きてきた人物でもある。全くリーダーには向いていない。

 消去法だが、最年少尚且つ先輩のアーシユルがリーダーになるのは不自然ではない。

 不自然ではないのだが……。


『このちっこいのがねえ?』

『実力で言うと、ケイトがやっても良さそうではあるが、ケイトは心のブレが大きすぎる。リーダーには向かない』

『確かにね』


 本人が納得してしまった。

 この瞬間、名もなきパーティのリーダーが決まった。実にアバウトだ。




 洞窟の前にたどり着く。

 昨日と変化している様子はない。


『逃げられたようだな』

『どう言うこと?』

『見張りが居ない。ここを放棄したってことだ。そしてこの判断ができるって事は、ハーフゴブリンも生きてるな』


 孕み袋になっていた人々は救助はできたので、りり達の目標は達成している。

 しかし、クエスト自体はハーフゴブリンの討伐だ。

 ゴブリンはほぼ壊滅させたが、ハーフゴブリンを逃してしまっている。

 つまり、ゴブリン狩りのクエストは失敗という事だ。


『だけど、お墓……作るには余裕があるわよ』

『そうだね……じゃあアーシユル、火お願い』

『おう』


 焚き火をし、昨日と同じ要領で黒球に熱を貯めてゆく。

 ある程度熱を溜めたところで、洞窟に侵入する。

 隅から隅まで周るも、洞窟はもぬけの殻だった。




 昨日、完全には燃やしきれなかったゴブリン達を焼いて骨にしてゆく。

 全員分は墓を作れないので、念力で骨と炭になったゴブリン達を端に纏める。

 別の部屋から木の板を持って来て、日本語で[ゴブリンの墓]と書いて、板を立てかけた。

 洞窟の中ではこれが精一杯だった。


『これが、りりのところの墓か』

『本当はもっと立派な石のお墓を作って埋めるんだけど、ここじゃあ材料も土もないから……』

『となると、焼くのも土に埋めるのも同じか。久し振りに共通点を見出せたぜ』


 アーシユルは少し嬉しそうだ。


『りりの居た異世界は、こことは少し違うだけの世界と聞くけれど、アーシユルの話を聞くとずいぶんと違うようね』

『多分同じ時系列ならもっと似通ってたかも知れないですね。どうも時間軸が違うようで……』


 ケイトが手のひらを開いてりりの言葉を制止する。


『……つまり?』

『私はこの大陸の文化より発展した……いや一概には言えないですけど、未来の世界から来た人物という事です』

『……りり、そんなこと聞いてないぞ』

『確かに』


 赤べこのオモチャのように、頭を軽く上下に何度も揺らす。


『おーまーえーなー!』

『あばばばば』


 肩を持たれ揺さぶられる。

 ゴブリンという敵が居ないことで、皆少し心に余裕ができていた。


『りり、割ととんでもないわね』

『本当だぜ』

『あはは』


 笑ってごまかす。

 今はこれで良いが、時間ができたらまた追求してくるに違いなかった。




 帰りに、最初にりりが殺した見張りゴブリン達も燃やし、穴を掘り、埋め、木の板を立てる。

 落とし穴をそのまま使えばいいじゃないかというアーシユルの意見は却下した。




 黒球を空に上げて、炎の花を咲かせ、そのままエルフの里まで帰還する。

 此方の宗教観念は知らないので、弔いは完全にりりの自己満足だったが、アーシユル曰く、焼いて "浄化" する以外は、決まったルールのようなものは無いらしかった。

 墓を作れたことで気分は少しだけだが晴れる。




 長老の家にまで帰ると、家の周りには数人のエルフ。

 渋い顔をしている者も居れば、ニヤついている者も居る。


「何かあったんですか?」


 その中の1人に声をかける。

 渋い顔をしていたポニーテールのエルフだ。

 そんな顔をしていても美人なのはずるいと思う。


「……貴女達には関係のない事よ。ただ、テーレの子供に、面白半分でテーレの事を伝えた馬鹿が居てね……リリィちゃんの事が少し心配……というだけよ」


 全身の毛が逆立った気がした。


『ケイト。あたしらは長老から金を貰ってくる。お前はリリィを見に行け。見に行くだけで良い』

『そう……ね……』


 ケイトは元々、そのテーレを殺しに来たといっても過言ではないが、その娘には罪はない。

 そしてテーレを死に至らしめたのは、やはりケイトの毒の血だ。


 アーシユルはケイトが逃げる事を許さない。

 ケイトは、辛く逃げたい気持ちだが、アーシユルが強制している事で、目を逸らす事も出来ずに向き合うことになる。




 ケイトは先に村長宅の奥の部屋に行く。

 りりとアーシユルは村長から報酬を貰ってからだ。


「ゴブリンは壊滅させた。だが、ハーフには逃げられた。よって、普通のゴブリン討伐の金額だけで良いから寄越しな」


 横柄な態度を取るアーシユル。

 気持ちは分からないでもないが、少々表に出すぎている。


「やれないのぅ。約束はハーフゴブリンの討伐だったはずじゃ」

「だろうな。だが、恐らく8割程削ったんだ。くれても良いとは思わないか?」

「思わんのう。本来なら違約金をもらうところなのじゃが、それと相殺してやろう。どうじゃ?」

「……だろうな。それで良い」

「え?」


 アーシユルがあっさりと引き下がるのを見て、うっかり声を上げる。


「りり、覚えておけ。これがクエストだ。そして、りりのあの魔法からも逃げおおせる……それがハーフゴブリンだ。力はないが、知恵と危機回避能力が高い。まあ、後はエルフの里が何かする事案だ。あたしらはここまでだ。ケイトを連れて帰るぞ」

「つまり……失敗したってこと?」

「そうだ」


 初のミッション。

 非正規のクエストだったが、何も成せなかった。

 ハーフゴブリンに魔人のなんたるかを刻み込んだだろうが、それだけだ。


 拳を握る。

 悔しさと悲しみと怒りが綯い交ぜになり、どうしたら良いかわからない。


「その感情、覚えておけ」


 そう言いながら、溜息をつき、足を引きずるように奥の部屋へ向かうアーシユル。

 アーシユルの重い足取り。その気持は痛いほど解る。

 その先にはりり達がお世話になったテーレの亡骸と、その子供が居るのだ。




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