100話 腕試し
模擬戦とは言っても、ここには非殺傷の武器など無い。精々所持しているジンギのレベルを落とすか、使用しないかだ。
「ナイフは可哀想だから鉄塊だな」
「大楯が有るから何も問題はないさ」
「お前、ソロの中級を馬鹿にしてるのか?」
「してないさ。ただ、大楯に自信があるだけさ」
アインの装備。
1メートルを超える四角い鉄板のような大楯。
派手な装飾も無く、傷だらけで、如何にもあらゆる攻撃を防いできましたと言わんばかりだ。
そして同じく巨大な槍。
1つの金属を削り出したかのように作られている。
これ程のサイズならば、薙ぎ払っても鈍器としてかなりの威力を誇るだろう。
そして、本人は軽装そのもの。
獲物以外は、アーシユルとほぼ同じ装備をしている。
「ドワーフのところで……かな?」
「当たりさ。ついでに言うと、どちらも絶縁素材さ」
「ハンッ。イロマナの息子だけあるな」
「なにせ[轟雷]のイロマナだからね。多少対策は出来るさ」
「なるほど……さて、やろうか」
ケイトは馬車で留守番しており、より少ないギャラリーが見守る中、模擬戦が始まる。
アーシユルが鉄塊を1つ召喚だけした後、お互い中距離を保ち、円を描きながら距離を詰める。
「なるほど。あたしの敵じゃねえな。そら。追加だ」
試合開始から、たったそれだけしか動いていなかったにもかかわらず、アーシユルは勝利宣言をしてしまう。
直後、大量の小さな鉄屑がアーシユルの目の前に召喚される。
「投げて目眩しにするには少々危険だね」
「そうだな。だがこれは目眩しじゃねえぜ? 防いでみな! そら、爆風だ」
鉄屑の前の空間が歪み、そこから一瞬ではあるが、強烈な風が吹き出し、前方の鉄屑を全てアインの方へ吹き飛ばした。
「ふんっ。馬鹿か」
アインは屈み、大楯で防御する。
爆風により、散弾のように吹き飛んだ鉄屑は大盾に防がれ、やはりアインの言った通り目眩しにしかなっていないように見えた。
「だからお前はダメなんだよ。明らかに軽装のあたしが、お前に合わせてジリジリと距離取ってる時点でおかしいと思わなければいけなかったんだ」
鉄屑が宙を舞う中、アーシユルの声が静かに染み渡る。
直後、閃光がアインの周りを包む。
「ぐあっ!」
アーシユルが追撃で放った雷撃だ。
宙を舞う鉄屑同士が雷撃を渡し、射程外の筈のアインに届いたのだ。
盾や槍が絶縁素材だろうと、辺り一帯に雷撃が走れば、それは全く意味のない物へと早変わりする。
とはいえ元の電撃が弱いのと、拡散している事により、ダメージ自体は非常に小さい。
すかさずアーシユルはそこに飛び込み、大楯の上半分に体重を乗せた飛び蹴りを放つ。
すると、僅かに感電していたアインは姿勢を保てず、自らの大楯の下敷きになってしまう。
アーシユルが駄目押しに鉄塊を投擲すると、アインの手に当たり、その大槍が手から落ちる。
アーシユルは勝ち誇ったように大盾の上に乗り、アインを見下ろした。
「あたしの勝ちでいいよな?」
「ぐううっ……」
勝負はアーシユルの圧勝だ。
誰の目から見ても赤子の手をひねったかの様な試合だった。その上。
「あなた、あんな小さい子に負けるなんてねぇ。駆け出しのハンターさんなのかい?」
老婆のこれである。
これにはアーシユルも同情し、コイツはパーティを組んで戦うタイプだから……とフォローを入れるが、それがかえってアインのプライドを傷つけてしまう。
「これで勝ったと思わないことさ。僕がいつもの装備だったなら、あんたなんて相手にもならないさ」
「かもな。でもお前、鉄屑に気を取られて、あたしが雷撃ジンギを続けて起動したところ見てなかっただろ。そういう事だぜ」
「くっ!」
フォローを入れたのに突き放す。これを素でやっている。
そう。アーシユルはこう言う奴なのだ。
再びトナカイ馬車がゆく。
『アーシユル強かったね。惚れ直した』
『え!? おまっ……ふふん。そうだろう』
りりの言うところの惚れ直すは諺に近い物だが、そこは日本語の柔軟過ぎるところが壁になっている様で、りりの言葉を直球で受け取ったアーシユルは、少し調子に乗る。
『ところでふと思ったんだけど……いや私は付けるのが痛いっていのと、見ても仕方がないっていう理由でマルチグラスつけてないんだけどさ、なんか他の人も全然付けてないのなんでなの?』
『戦闘用アイテムじゃないからだ』
『うん?』
よくわからない答えが帰ってきた。
『あれはね、実戦向きじゃないのよ。目の照準を合わせた位置の情報が出てくるから、手練からしたら視界の妨害にしかならないのよ』
『つまり邪魔だ。あれは基本的に鑑定用アイテムだ。贋の通貨を見付けるのが一般的だな。後は食える草とか、望遠機能で遠くのものを見る時とかだな』
『へえー。それで』
小さな疑問が解決し、知識欲が少し満たされる。
『しかし、アインが大した事なくてよかった。だがパーティ組んでの戦だと強いだろうな多分。優秀な指揮官が居れば尚更な』
『私たち全員ハンターなんだから、こっちもパーティ組んじゃえばいいんじゃない?』
りりの提案に、2人とも実践的な提案をしだす。
『……私が近、中……それと後方射撃。チーム戦はしたことがないから、どうかは分からないけど、なんとなくは分かるわ』
『あたしが近、中距離。あたしはチーム戦……どうかな。ボクスワではイマイチだったが。りりは?』
『私は近距離かな? 遠距離攻撃なんて念力で何か投げるくらいだよ。中距離って言っても、言うほど届かないし』
ここでりりは近距離と言っているが、りりの言う近距離は、実際には中距離だ。
りりは念力の射程が届く範囲を近距離と捉えているので、2人の認識と齟齬が出ている。
『距離だけで考えるとバランス良いな』
『りりが戦闘慣れするまで私たちのフォローが大変そうね。後、やっぱり、りりの攻撃も防御も不可視っていうのがね。これは私達にとっても障害よ』
『そうだな。見えないから、攻撃しようとしたらりりの壁に阻まれるとかだと酷いからな』
『となると防御連絡必須で、しかも最小にしなきゃなぁ……大変……』
課題は山積みだ。
せめて経験を積んで、判断能力くらいは鍛えたいところだが……。
『だが新造パーティだが、クラスだけで言うと凄まじい。すぐになんとかなるはずだ』
アーシユルは中級だがソロだ。実際の実力は上級下位。
りりは上級だが、魔法の関係で、時間や相性にかなり左右される為、現在は中級前後。
ケイトは文句無しの上級だ。
『しかも、魔人が2人もいる。あたしなら絶対相手にしたくない』
『りりがムラがあるから、今はなんともね』
『そう言えばりりの戦闘どうだったんだ?』
『ダメだった』
素直にそう告げる。
『頭以外無傷の狼が居たが、そっちはケイトか』
『何というか、りりは対多戦に弱いわね。戦闘慣れしていないせいで、複数の対処が出来なくて固まってしまうみたいよ。でも、逆に1対1ならまあ強いの何のって感じね。鮮やかだったわ』
『やっぱりそんな感じか』
『いや、これには深い訳が……』
経緯を説明する。
『戦闘慣れする為の、正面切っての近距離……か』
『うん。これさえなければもっと幅が広がるんだ。どのみち魔法は使うんだから、派手にしても地味にしても同じ気がするんだよね』
『それはそうだが、夜のことを考えるとやはり動けた方がいいと思うぜ』
『あ、そうか。私夜弱いもんね』
りりは昼夜の戦闘力に開きがありすぎる。
夜は不可視の毒攻撃で一撃で相手を行動不能には出来るが、機動力もなければ防御力もないのだ。
とてもではないが、まともに戦闘はできない。
『というか、昼が強過ぎるんだよ。空を飛べる、障壁を張れる、不可視の攻撃ができる、相手の自由を奪える……いや、改めて考えると本当に酷い』
『シャチといい、同じ魔人なのにこの差……嫌になるわ……』
ケイトは背中を見せているので顔は見えないが、肩を落としているので、落ち込んだのがよく分かる。
『あたしからしたら、この念話も相当酷いと思うぜ。ある程度離れてても使えるみたいだし、情報取りたい放題だぜ』
『……たしかに。情報は大事だからね……』
ケイトの肩が少し上がった。
感情が動きで手に取るように把握できるので笑いそうになる。
『あ……』
『そうよ』
りりの思考はケイトには隠せない。
ケイトの後ろ姿をほっこりとした気持ちで見ていたのも全部筒抜けだ。
『あたしのも?』
『勿論筒抜け』
『参ったな』
そこへ、アインが不思議そうな顔をして話しかけて来る。
「あんたら本当に仲悪くないんだよね?」
「すまん。声に出すのを忘れてたぜ」
本当にそのままの意味だが、カラクリを知らない人達にとっては謎の言い訳だ。
しかも、その言い訳が当人たちの間で通っている。
周りからのりり達への謎はさらに深まる。
「さて、あたし達は寝るぜ。見張りはケイトに任せたぞ」
そう言われ、ケイトは顔を隠しながら馬車の後方に移動する。
「いくらシャイと言ってもあれ程シャイなら、普通なら外に出ないのではないのかい?」
「色々あるんです。色々」
「色々」
何事もなく馬車はゆく。
警戒するに越した事はないが、そうそう何か起こるものでもない。
実際、問題なく朝を迎え、エルフの森に着いた。
「おっさん有難うな」
「ありがとうございました」
「ああ。また宜しく」
りり達に続き、老夫婦も馬車を降りる。
「あれ? お婆さん達も?」
「ええ。孫が居てね。種族は変わってしまったけれど、息子の子供なんだよ」
「年に1度こうやって孫の誕生日に来てやらないと、歳を忘れるんだそうでね。毎年教えに来てやんるだよ」
ただでさえ人の良さそうな老夫婦だが、嬉しそうにそう話しているのを見ると、最早仏なのでは? と思ってしまう程に、癒やしのオーラのようなものを感じられる。
「えーなんか素敵」
「孫孝行だな」
「孫孝行? アハハ。違いないね。向こうも、たまにはお婆ちゃん孝行してくれてもいいのにねぇ」
「どこでもそんな感じなんだなぁ」
ケイトの復讐の加担の前準備だが、少しだけホクホクした気持ちで迎えることができた。
しかし、同時にこれから自分達がする事に対する罪悪感も芽生え、複雑な気持ちになる。
一方その頃ドワーフの村。
「魔人さん達来てないそうですよ」
「ええ!? なんでよ!?」
りりの追っかけは初手で躓いていた。




