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発売記念・番外編 〜色づいた世界【後編】シリウス視点

シリウスとアリアの出会い後編です。


お楽しみいただけますように……。

 楽園のような世界の中心に立って、楽しそうに笑いながらいくつもの魔術を展開している少女がいた。

 

 歳は十二、三だろうか。

 黒い髪を緩く一つにまとめ、頭上で輝く太陽のような金の目を緩めて歌っている。


「……っ……誰⁉︎」


 気配を消していたはずなのに、こちらに気づいた少女がハッとしたように目を見開いて声を出した。


「……こんにちは」

「……あなた誰? ぁっ……ひょっとして今日の……お客様……?」


 明らかにまずいと言った表情をした彼女に、「いいや、仕事で来たんだけど迷ってね」と思わず誤魔化してしまった。

 この家の使用人だろうか? 令嬢の着る服には見えないが、使用人の子どもかもしれない。


「そう。お客様じゃないのね。じゃあ邪魔しないで。今私パーティで忙しいから。あの建物目指して行けば出られるわよ」


 彼女は安心したような表情を浮かべるも、本邸を指差して追い払おうとするその態度に少し反抗心がもたげ、その場に留まれば、訝しげな視線を向けられた。


「ねぇ、聞いてる?」

「聞いてるよ? パーティって何のパーティしてるの?」


 木にもたれ掛かりながら小首を傾げれば、少女は嬉しそうに笑う。


「ふふ、ねぇ様のお誕生日パーティよ。私はお屋敷でのお誕生日会に参加出来ないから、ここでお祝いをしているの。『ローゼ姉様、生まれてきてくれてありがとう』って。この魔法も全て姉様のお気に入りなのよ?」


 そう微笑みながら言った彼女の言葉に息を呑んだ。


『妹は病弱で』


 そんな気配など全く感じない健康的な少女をまじまじと見た。


 父親と姉とも違う黒髪に金色の瞳。


 “似ている”箇所など見当たらないほどに違う。

 

 そういえば、王家からレイルズ家に数代前に王女が降下していたが、確か黒髪に金色の瞳をしていたと記憶している。


 国内でも珍しい金の瞳に黒い髪。

 初代の竜もそのような外見だったと記録がある。


 だが、レイルズ家に降下した王女の魔力はあまり大きくなかったはずだ。

 しかし、この娘の魔力は異常なほどに高い。


 しかも、魔術を同時展開する技術だけでなく、魔術分散するための魔力が必要で、とてもじゃないが、体の負担も多いはずだ。

 その負担のかかる魔術を使う人間に『体が弱い』などあり得ない。


 彼女の使う魔法から、自分と同等か……それ以上のものかもしれないと一瞬背中に寒気が走る。


「……それで、君はなぜ誕生会に出ないんだ。君ほど魔力があればレイルズ家としても誇りだろうに」

「……は?」


 きょとんとした彼女の顔にこちらも驚けば、一瞬の間をおいて彼女が笑い出した。


「はっ……ははは! やめてよ。レイルズ家の誇りだなんて。冗談にしてもセンスなさすぎよ。ふっ……ふふふ」

「いや、冗談じゃ――」

「ないなんて言わないでよ? 嫌味なの?」


 じろりと睨みつけられ、思わずたじろいだ。


「私はレイルズ家の恥なの。白魔術もろくに使えない落ちこぼれ。ちょっと魔力があるだけでは……何の意味もないの。この家では『白魔術』がすべて。だから……お父様は私を人前に出したりなんかしないのよ」


 俺から視線を逸らし、賑やかな声が遠くから聞こえる屋敷の方に視線をやる。

 少女は寂しそうに、けれどどこか諦めたようにそこを見つめていた。


「君は……」

「でもねえ様はすごいのよ。綺麗だし、優しいし、白魔術もとってもと〜〜〜〜〜っても上手なの。だから私はいつか第一魔術師団に入ってねえ様をサポートするのが目標なの」


 パッとこちらを向いた彼女のあまりの眩しさに息を呑む。

 俺にも、真っ直ぐに兄の役に立ちたいと思っていた頃があったと思い出し、何か苦く、昏い感情が胸の奥に広がった。


 今の俺は邪魔にしかならない。


「へぇ……」

「白魔術師団はサポートが主でしょう? 怪我人の治療とか結界を張ったりとか。姉様って優秀だからきっと沢山負担をさせられちゃうと思うのよね。ほら、出来る人ほど仕事が回ってくるっていうじゃない?」


『私、社会知ってます』と言わんばかりの、ふふんと得意気に言った彼女に、どこか小馬鹿にしたような視線を送れば、気まずそうな表情を浮かべた。


「……って、何かの本に書いてあってね?」

「なるほど?」

「つ、つまりよ! ねえ様の負担が大きくなるのは目に見えてるのに、白魔術をほとんど使えない私では、白魔術師団に入ることすらできない。姉様の負担を軽くしようと思ったら、姉様の前で戦うしかないじゃない⁉︎」



 その安直な考えに笑うも、その純粋な思いを素直に口にする彼女に苛立ちが募る。



「でも、それって君のお姉さんが本当に望んでるのかな? この家では“白魔術”がすべてなんだろう? 家のためにも大人しくしておいたほうが君自身も傷つかなくて済むと思うけど? 少なくとも俺はそうしてる」

「……。お姉さんがいるの……?」

「兄だけどね。俺が頑張ると兄の立場が悪くなるから。家業は……兄が継いだほうがいい。そのサポートがしたくて……でも、努力すればするほど兄の立場を追い詰めている。だから……頑張らないことを頑張ってるんだよ」


 なんとなく年下の少女に酷いことを言ったのではという気まずさから、彼女から視線を逸らしてしまった。

 

「……」


 なんの言葉も返ってこない彼女に傷つけてしまっただろうかと視線を向ける。

 

 

 が、そこには、眉間に皺を寄せ、さらには口元を歪ませるというまさに“変な顔”をして首を傾げている少女がいた。


 

「ダッサ! 死ぬほどダサい! え? どういうこと? ごめんね。ちょっと理解できない」



『意味不明』と言わんばかり変な顔をした彼女の言葉に面食らう。

 

 

「だから! 俺が頑張ると兄に迷惑がかかるんだよ」


 

 コイツ頭悪いなと思いながら、強めの口調で言うと、少女はハッとしたように口を開いた。


 

「お兄さんがそう言ったの? 最低じゃない?」

「兄はそんなこと言わない!」



 兄を堕とした言葉に思わずカッとなり、声を荒げてしまった。

 どうしてさっきからこんなことを彼女に言ってしまったのだろうか。

 きっと、社交界とは縁遠いころにいるからだろう。

 年下だったのもあるだろう。

 


 何より、『公爵家の娘』として人前に出してすらもらえない彼女に言われたのが腹立たしかったのかもしれない。



 間違いなく、彼女を『下』に見ていた。





「君には分からないよ。……万が一俺が兄の居場所を奪うことになったら、俺は……!」

「あなたはお兄さんの手にするべき居場所が欲しいの?」

「違う! あんなもの欲しくもない!」



 王位なんていらない。

 俺は兄を支える場所にいたい。


 兄上なら、きっと、ずっと国民が笑っていられる国ができるはずだ。



「俺がしたいのは……もっと、もっと別の……」



 兄の造る国を見たい。

 

 そのための何かがしたい。

 けれど、なにも出来ない。



「じゃあ、したいことをすればいいじゃない。誰のぐうの音も出ないほどにそれを極めるの。できないことを嘆くより、したいことを、欲しいものを手に入れるために……私は頑張ってるよ?」



 そういった彼女は一瞬にして、系統の異なる十の魔法陣を空中に同時展開した。

 信じられないものに目を見張り、言葉を失う。



「あなた、第一魔術師団の団長さんって知ってる? あの人魔法陣を二十個同時展開出来るんだって。私はまだ九個しか同時展開できないけどね。でも二ヶ月で同時展開の数を二個増やしたの! 頑張ったと思わない?」


『褒めて!』と言わんばかりの、得意気に言った彼女の言葉に呼吸が止まる。

 第一魔術師団の団長の同時展開は、二十ではなく、十二だ。


 しかも彼女のように光や水、炎、風、雷魔、結界魔法などすべての系統が異なるものの同時展開をなど出来ない。

 第一魔術師団の団長は、同じ系統の魔法陣の同時展開が十二で、系統違いの同時展開は八が限界だと聞いている。


 俺ですら、系統違いの同時展開は七個が限界だ。


 才能があるのは間違いないが、絶対量の修練が必要。



 魔術師学校にも通っていないこの少女が一体どれほどの時間と努力を……。


 

「私は目指すわ。第一魔術師団の団長を。絶対に」




 キラキラと輝く、金の瞳の美しさに心臓が止まるかと思った。


 そう思った直後に、苦しいほどに胸の鼓動が激しくなる。

 


「お父様は絶対認めてくれないと思うけど。でも、頑張るしかないの。どんなに辛くたって絶対逃げない。可能性はゼロじゃないって信じてる」



 どうして、彼女はこんなにも眩しく『欲しいものを欲しい』と言えるのだろうか。

 明らかに、実家ではいい待遇など受けていなことは明白。



 着ているものも、姉の“それ”とは天と地ほどに差があり、人前にすら出させてもらえない。



 なのになぜ、腐らずに……こんなにも眩しい笑顔でいられるのか。



 『逃げている』のは俺だ。

 

 固まっていた俺に、彼女は一拍置いて恥ずかしそうな顔をする。


 

「あ、でも第一の団長になるには今の団長さんを倒さないとなんだけどね! めちゃめちゃ遠い背中だけど、絶対に追いついてみせるから! それが何年かかっても!」


 

 ガッツポーズをした彼女にクスリと笑う。



 その“背中”が、俺だったなら……。

 追いかけてくれるだろうか。


 ずっとずっと、彼女の前を走れば。

 俺だけに、その感情を向けてくれるだろうか。



 その瞳は、俺だけを追ってくれるだろうか。



 

 ――欲しい。

 

 



「……だったら、魔術師学校に来ないとだな……」

「え?」

「第一魔術師団に入りたいなら、魔術師学校が最短距離だぞ?」

「え? ……そうなの? 第一魔術師団の一般試験より?」

「学校の生徒は推薦枠があるからな」



 パッと顔を明るくした彼女は、知らなかったと顔を嬉しそうに綻ばした。


 病弱と言われ、おそらく邸からあまり出たことのない彼女には、そういう情報は少ないのだろう。


 その時、遠くからローゼリア嬢が「アリアーナ」と呼ぶ声がかすかに聞こえ、彼女はハッとしたようにそちらを向いた。



「あ、私行かないと……あ、あの……ありがとう! 会ったこと言わないでね! ええと、それから私絶対魔術師学校に行くから。よくわかんないんだけど、あなたも……色々頑張って!」

「ああ、……頑張るよ」




 ここ何年も努力していなかったことをもう一度、一から始めよう。


 次に彼女に会った時、まっすぐに彼女に向き合えるように。

 


 そう心に決めて、兄がいるであろう会場へと足を向けた。



 

 ***


 

 ――「兄上、俺は王には絶対なりません」


 

 レイルズ邸からの帰りの馬車で、向かい側の席に座った兄を見据えてはっきりと伝えた。




「……どうしたんだ? それは今までも何度も聞いてきたけど?」



 いつも言っている言葉なのに、兄は少し驚いたような顔をしてこちらを見る。



 

「ええ。何度も言いました。やりたくないんだと。まるで駄々をこねる子どものように」

「……」

「俺は、第一魔術師団の団長になります。誰にも負けないほどの力をつけて、そこが、俺のための居場所だと知らしめるために。あなたの統べる理想の国には、俺が絶対に不可欠だと思わせてみせます……。頑張りますから、だから……」


 口にするほどに緊張が増し、それでもはっきりと兄に伝えた。

 力をつければ、今まで以上に俺を“王に”と推す声は大きくなるだろう。


 そのことを、兄はどう思うだろうか。


 不快な視線を向けられるのでは……と思わず膝の上で握りしめていた拳に視線を堕とした。

 何も言わない兄に、不安が過る。 



「……やりたいことが……出来たんです!」

 

「……そうか……」



 小さく震える声で言った兄に視線を戻せば、口元を手で覆い、目元が潤んでいた。



「そうか……。そうか、嬉しいよ。……シリウス」



 兄の榛色の瞳から、ひとつ、涙がこぼれた。



「兄……う……」

「ありがとう。シリウス。『頑張る』と……『やりたいことが出来た』と、言ってくれて……僕は嬉しい。僕が、君を押さえつけているんだと……いつか僕から離れていくんじゃないかと、ずっと不安だったんだ」



 その言葉に息を呑む。


 そうだ、俺は兄のそばにいてはいけなんじゃなかと、“ここ”にいてはいけない存在なんじゃないかと、ずっと思っていた。

 兄が、それを感じていたことなんて、考えもしなかった。


 

「お前がいないと、……僕の理想の国は造れないよ」



 そう優しく笑った兄の言葉に、俺の頬を何かが伝っていく。


 馬車の窓から差し込む夕陽が兄の横顔を柔らかく照らす。

 こんなにも、世界は綺麗だっただろうか。

 

 

「……はい」


 

 “彼女”に、早く会いたい。

 この、昏く、息苦しい世界から踏み出す機会をくれた彼女に。


 次会う時は、堂々と彼女に向き合えるように。



「帰ったら、やることが山積みです。また、“色々”教えてください」



 

 世界が色づいた。


 


 

 

 



ずっと書きたかった『出会い編』、楽しんでいただけましたでしょうか?

きっと、この後色々落ち着いてから、シリウスはお兄ちゃんに『一体パーティー抜け出した間になにがあったんだ?』と色々聞かれたんじゃないかな〜と、作者は想像しております( ^ω^ )

兄弟の恋バナ編も楽しそう……!


さて、9月25日『そして、あなたは私を捨てる』の1巻がメディアワークス文庫様より発売されます!

2巻も10月24日発売で、二ヶ月連続刊行です!

アリアとシリウスの結婚式当日のお話など、いちゃいちゃ増し増しで書きましたので、こちらも楽しんでいただけると思います。

ぜひ書店でお手に取っていただけると嬉しいです。


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