発売記念・番外編〜色づいた世界【前編】シリウス視点
シリウスとアリアの出会い編です。
ちょっと長くなったので、前編と後編に分けています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
俺が魔術師学校に入学した年の冬、今まで散々断ってきたレイルズ家で行われる“誕生会”の招待を受けたのは、『ローゼリア=レイルズには興味がない』というのを示すためだった。
今回、ローゼリア嬢の誕生会への招待とあるが、彼女との結婚を勧めてくるに違いない。
公爵は、昔からローゼリア嬢との婚約を勧めてきてはいたが、俺にその気は無かった。
というよりも、誰であろうとも高位貴族との結婚は避けたいのが本音だった。
俺は、魔術師学校に入学したものの、授業を真面目に受ける気もなく、完全に王族としての……第二王子としての役割を果たすことの出来ない存在だとアピールしているというのに、高位貴族と婚姻など結んでしまっては俺の支持基盤ができたと周囲にとられてもおかしくない。
父には、ローゼリア=レイルズであろうがなかろうが、結婚相手に大きな身分差がない限り好きにしていいと言われていたので、俺にはまだ婚約者がいなかった。
王家の婚約は二十歳で正式な発表が行われるのが慣例だが、俺にはまだその候補者すらいない。
「シリウス、もう少し口角上げられないかな?」
レイルズ家に向かう馬車の中で、向かいの席に座っている兄の言葉に物思いから戻され、眉尻を下げた兄の顔を見た。
「これでマックス一番上ですよ」
「いや、過去一下がってるよ」
馬車がレイルズ邸の門を潜り、出迎えに立っているレイルズ公爵とその隣にいる令嬢を窓から確認して、不機嫌が増して行くのが自分でも分かる。
「そう言われましても」
「困った子だね」
優しい榛色の瞳でこちらを困ったように見る兄は俺が最も尊敬している人で誰よりも王に相応しいと俺は思っている。
だというのに、父は魔力が全てだと公言し、『レオナルドよりもお前が王に相応しい』と俺にすら帝王学を学ばせていた。
そのことを知ってか知らずか、レイルズ公爵は兄の婚約者が決まる前から“俺”にローゼリア=レイルズとの婚約を常に勧めている。
「あの狸、嫌いなんです」
「こら、そういうこと言わない」
兄の注意と同時に馬車が止まり、イヤイヤながらも馬車を降りた。
「両殿下、お待ちしておりました!」
公爵は媚び諂うかのような声色で兄と俺に声をかけるも、横に立っている令嬢は、ゆっくりと微笑んで静かに挨拶をした。
「ご無沙汰しております、レオナルド殿下、シリウス殿下。お忙しい中、私の誕生パーティにようこそお越しくださり、ありがとうございます」
「ご無沙汰しております。レイルズ嬢。しばらくお会いしないうちにまた随分とお綺麗になられましたね」
「まぁ、レオナルド殿下。お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」
にこやかに表面上の挨拶をする二人の横に立って自分の番を待つ。
「シリウス殿下、ウチのローゼに会うのは何年振りですかな? シリウス殿下はお忙しく中々お会いでませんでしたからな」
公爵の言葉に、『避けてたことぐらいわかっているだろうに』と思わずにはいられなかった。
正直ローゼリア嬢を見てもいつ会ったかなどあまり覚えていない。
時々、王宮に尋ねてくる公爵に会う度に、娘の自慢と俺の婚約者にと勧めてくるのが鬱陶しく、逃げていたと言ってもいい。
「さぁ、いつ振りでしょうか? 魔術師学校の入学前も、入学後も勉強が忙しくてあまり人と会う時間が無かったもので。今は学校の授業についていくのも厳しいくらいですよ」
俺の学校の成績は、最下位を独走中だ。
貼り付けた笑顔でそういえば、公爵は一瞬躊躇った後、満面の笑みを浮かべる。
「能ある鷹は爪を隠すと言いますからな」
「ないものは隠せませんよ」
「いやはや、国内随一の魔力量を誇る殿下にしてみれば、魔術師学校などご不要かと」
何かを見透かしたようにこちらに視線を向けた公爵に軽い苛立ちを覚えた。
まさに、『わざと勉強していなのだ』と言わんばかりの態度と兄の前で『国内随一』と褒めるその無神経さが大嫌いでしようがない。
「まぁまぁ、立ち話もなんですから、中での催しをお楽しみくださいませ」
そうローゼリア嬢に進められて、屋敷の中に入って行った。
会場に足を踏み入れれば、すでに多くの貴族や、令嬢令息が歓談を楽しんでいる。
会場を盛り上げている楽団は、国内外を問わず有名な演奏家がいくつか集結している人気グループだ。
一体いくら金を積んだのかと思いながら、どこか皮肉めいた目で見ていた。
「レイルズ公爵、ローゼリア嬢の妹君にもご挨拶したいのですが、彼女はどちらにいらっしゃいますか?」
兄の言葉に妹がいたのかと思えば、公爵から意外な言葉が出る。
「アリアーナはまた熱を出して休んでおります。今回もご挨拶すら出来ず申し訳ありません。母親に似たのか、体が弱くて……心配が絶えんですな」
「お父様、後で私が様子を見に行って元気そうであれば声をかけてみますわ」
「そうだな、だが人見知りが激しいからな……。それにあまり無理をしてほしくもないのだがな」
そんな親子の会話を聞きながら、そう言えば公爵夫人は随分前に亡くなっていたことを思い出した。
「そうですか、妹君にお会いできないのは残念ですが、早く良くなられるといいですね。それからこちらはローゼリア嬢への贈り物です。父からもお祝いを預かっております」
兄の言葉に、俺もお祝いの定型句と従者の選んだプレゼントを渡す。
続々と招待客が来るのをチャンスとばかりに早々にレイルズ親子から離れ、一番奥の目立たない席に座って時間を潰そうと思っていたのに、……なぜかひっきりなしに令嬢たちに声をかけられた。
魔術師学校の食堂で一緒になっただの、同じクラスだのと声をかけられるが、ほとんど授業をサボって図書室にいるか、救護室で体調不良と言って寝ているのだから、顔など覚えているわけがないし、関わりを持ちたいとすら思わない。
万が一にでも俺が高位貴族と婚約でもしようものなら兄の立場が脅かされかねない。
俺が王太子としての兄上の立場を揺るぎないものとするためには、何一つ功績を残してはいけない。
魔術師学校での成績も、他の貴族が呆れるほどに悪いものでなければいけないのだ。
――何もしてはいけない。
時々、呼吸すらも……存在すらもしてはいけないのではと思うことだってあった。
ふと視界に、公爵とローゼリア嬢がこちらのテーブルに向かって来ているのが視界に入り、ため息をつく。
パーティの終了時間までどこかに隠れていようと適当な言い訳を口にしてその場を離れた。
邸から出て、公爵自慢の豪華な庭を抜け、視界に入った東屋にでも行こうかとしたその時、ふと視線が奪われる。
明らかに手入れのされていない鬱蒼とした場所の奥のほうに、小さな小屋のようなものの屋根が見えた。
何かの物置小屋だろうか。
あそこなら、貴族の誰も気づかないだろうから、隠れる場所にちょうどいいと足を進める。
そして、鬱蒼とした木々の中に足を踏み入れた瞬間。
――空気が変わった。
「……っ?」
枯れた落ち葉の少しカビ臭い匂いも消え、冬の冷たさとは違う風が頬を撫でる。
寒くはない。
けれど涼やかな心地よい風に、暖かさと甘やかな花の香りに誘われて足を進めた。
無意識に気配を消し、鬱蒼とした奥から微かな光を感じ、恐怖心とは違う何かに緊張する。
――この先には俺の知らない別の世界があって、そこでなら“俺らしく”いられるのでは……。
そんな、子どもじみた夢物語が頭を過るほどに。
早くなる胸の鼓動を感じながら、茂みの隙間から覗いた世界。
“春”がそこにはあった。
柔らかく舞う花びらに合わせるように踊る蝶々。
咲き乱れる花は今が華開いた瞬間とでもいうかのように、瑞々しく、芳しい香りを主張している。
雨も降っていないというのに、その空間を囲うように広がる虹。
その中心には、楽しそうに笑いながらいくつもの魔術を展開している少女がいた。
9月25日(木)『そして、あなたは私を捨てる①〜死に戻り令嬢は竜の王子の執着を知らない』が、
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