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22、最終話

最終話です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 レオナルド殿下の戴冠式の一週間後、私たちの結婚式は行われた。


 国民は長く表舞台に出なかったシリウスの元気な姿に沸き、多くの人々が祝福をしてくれた。


 消えた結界に関しては、レベッカ様が信頼のおける白魔術師を招集し、各地へと結界を張るための団員の派遣。

 そして再結成した私たち第一の人間が長らく手こずっていた各所での魔物討伐へと参加していた。


 再結成と言ってもレクスはアレンダ国での引き継ぎのため不在で、ビアンカも一度国に帰って全ての調整を終わってから結婚式までには戻るということでバタバタしていたようだ。

 

 ダンからは、実家の問題が片付き次第合流すると手紙が来たのだが、今日の結婚式にも間に合わないと連絡が来ていた。

 

 ヴァスに関しては、副ギルド長に『あとはよろしく』と手紙だけ送ったと言っていたので、それはあんまりではないかと言ったところ、『元々ここに来る時点でその可能性は伝えてたからな。大丈夫』と言いきり、そんなところに抜かりがないところがヴァスらしいと良く分からない尊敬を抱いてしまった。

 

 なので、討伐には元第一のメンバーはシリウスと私とヴァスしかいなかったが、その中に、遠足気分でアマルとエルピスがついて来たのは言うまでもない。



「なんだか怒涛の二週間だったわね……」


 披露宴も終わり、私とシリウスのために用意された新しい部屋に入れば、小さな灯りが点いているだけで、誰も居なかった。


 今日は満月で夜なのにとても明るく、ベッドやカーテンが淡く光っているようによく見える。

 

 

 開いた窓からふわりと揺れるカーテンに吸い寄せられるように歩いていけば、まだ街は私達の結婚式のお祝いで盛り上がっていたようだ。


 その反面、白魔術師団の建物は、誰も人が居ないように見えた。

 今までは、夜遅くまで人が出入りしていたというのに、灯りの一つも点いていない。


 あそこに七年。

 七年も姉が閉じこもっていたのかと思えば、奇妙な感覚に襲われた。


「……シリウスも来ないし、道具の手入れでもするかな……」


 魔術師団の訓練も再開するので、道具の手入れは怠れない。

 どこか拭いきれないモヤモヤを誤魔化すようにただひたすら錫杖を柔らかな布で拭き、嵌め込まれた魔法石に問題がないか確認をする。

 そのルーチンだけが、姉のことを瞬間忘れさせてくれた。


 

「アリア」


 しばらくして背後からかけられた声に振り向けば、披露宴の衣装から部屋着に着替えたシリウスが部屋に入ってくる。


「シリウス、お疲れ様」

「お疲れ、……何してるんだ?」

「何って、見ての通り錫杖の手入れだけど」


 私の隣に来て手元を覗いた彼が呆れたような視線を寄越した。



「本当に好きだな、魔術」

「好きなのかな?」


 そう言われれば、そうかもと軽く首を傾げる。


 物心着いた時にはすでに魔術を使っていて、いつも寂しかった時間を埋めてくれていたのが『魔術』だった。


 キラキラと輝く魔法は、色のない生活に花を添えてくれる。

 


「好きだと思うよ。でなきゃあんなに何年も魔術の訓練なんて続かない。確かに生まれ持った才能はあるけれど、それだけじゃ続かないからな。特に筆記があんなにダメなんだから、どこかで投げ出してもおかしくないと思うけど」


 揶揄うわけではなく言ったシリウスの言葉に確かにと頷く。


 魔術学校では座学の時間は多かった。

 それは私にとっては向いていないと言い切れるほどに。


「……それにしても、魔術学校に誘ってくれたのが貴方だったなんて、本当に覚えてなかったな」

「……昼間の話?」 


 小さく言葉にすれば、シリウスはゆっくりと聞き返した。


 そう、今日の結婚式の直前に、シリウスが姉のところに行くというので、私も同行を希望したのだ。

 けれど、姉の前に二人で姿を現せば、どんなひどい言葉を投げつけられるか分からないと反対された。


 どうしても式の前に気持ちに区切りをつけたいと縋った私に、姿を隠してという条件で姉の様子を見に行ったのだ。


 

「……しかし、あの時の男の子がシリウスだなんて全っ然気づかなかった」

「やー、ショックだわー。アリアらしすぎて」


 感情を込めずに棒読みで言ったシリウスをジトリと睨みつける。

 

「だって、あの時の男の子はなんか全てにやる気をなくした生気のない子だったもん。魔術学校で初めて会った時も気づかなかったわよ。ちょっとイメージ変わりすぎてない?」


 私だけが悪いのではないと言いたくて、不満を口にした。

 いや、本当は覚えていない私が悪いのだけれど……。

 

「確かに、……お前の入学式俺めちゃめちゃ気合い入れた格好してたかも」

「き、気合い……?」

 

 ちょっと恥ずかしそうに口元に手を当てて、少し視線を逸らす姿をちょっと可愛いとか思ってしまった。


「そりゃそうだろ、数ヶ月会えなかった初恋の子に会うんだぞ。気合い入れるだろ。ま、空振りに終わったけど」


 なぜか私を責めるような言葉と視線に思わず躊躇う。


「空振りって……」


 いや、それよりも初恋って言いました?

 

「在学生の代表で挨拶したのに、その後話しかけても気づかなかった」

「え! あの壇上で挨拶してたのシリウスだったの⁉︎」

「そういうとこだよ」


 鼻を摘まれて、思わず『フガっ』っと変な声が出て、笑われた。


「だ、だって、入学式なんてあんな人の多いとこに行ったの初めてなんだもん。緊張して何も話なんて入ってこないよ。っていうか壇上遠すぎて顔なんか見えないし。豆だよ、豆」

 

 そう答えれば、今度は両頬を潰される。


「可愛くない口だな」

「は、はなひへよ」

 

 ダンが私の頬をこうやって潰すのはシリウスの影響ではないかと文句を言おうと思った時、彼の横に見たことのない剣が置いてあることに気がついた。


「ねぇ、その剣何?」

「あぁ、兄上が俺に付与魔法のついた剣をくれたんだ。『結婚祝い』って」

「それで帰ってくるのが遅かったの? っていうかこれどこかで見た気が……」


 まじまじとその剣を見れば、どう考えても……。


「見たことあるだろうな。国宝だから」

「ですよねー!!」


 淡々と言ったシリウスの言葉に思わずそう大きな声で反応してしまった。


 大きな金色の石が嵌め込まれ、精巧な細工が施された剣は、初代の国王が竜から賜ったという剣で、それは使用者を選ぶ。

 レオナルド陛下がそれをシリウスに渡したということは、彼はその使用者として認められたということなのだろう。

 

「つ……使えた?」

「まぁ。一応」


 さすがとしか言いようがないが、陛下がシリウスを心配して渡したことはすぐに分かった。


「そういえば、兄上と披露宴の時何か話してなかったか?」

「え? あぁ。見てたの」

「まぁ……」

「あの時は、陛下に『弟をよろしく』って言われたのよ」 



 賑やかな披露宴会場で、シリウスが席を外した時のことを思い出す。


 

――「アリア、弟を頼んだよ。シリウスは、君を失ったら生きていけない。僕がレベッカを失ったら生きていけないようにね」


 あの時、陛下は笑いながらも、目の奥は私の心を見抜くかのように見つめていた。


「シリウスは魔力を失ったとしても、デュオスに劣らず剣も強いし頭も切れる。もしもシリウスを失ったらこの国の損失は計り知れない。君に何かあればシリウスをも失うことと同義だと思っている」

「はい……」

「でも、僕は君にも幸せになってほしいと思っているから、困ったことがあったら遠慮なく言うんだよ」


 そう揶揄うように言われた言葉に目を見張ったのを覚えている。

 

「『シリウスの愛が重くて困ってる』とか。分かったかい? 『義妹いもうと』よ」


 軽くウィンクした殿下は、もう一度私を見た。

 普段の陛下らしくない表情に軽く目を見張れば、横のレベッカ様は楽しそうに笑っていた。

 

「分かりましたわ。お義兄様おにいさま


 あの時、クスリと笑ってそう答えながらも、胸の奥がジワリと熱くなった。

 たったそれだけのことだけれど、陛下がどれだけ私たちに心を砕いてくださったか、シリウスを大切に思っている『兄』という存在が羨ましくもあった。

 

 

「――っていう話をしたの」


 そんな些細な出来事をシリウスに話せば、なぜかちょっと照れくさそうに頬を赤く染めていた。


「弟思いの素敵なお兄様だわ」

「しかし兄上もひどいな。俺の愛が重いとか……」

「自覚ないとか言わないよね」

「ない」

「ヤバ」


 真面目にそう答えたシリウスに信じられないと返すも、どこが重いのかと首を傾げている。

 

「でも、貴方のこと本当に心配してたし、結婚を喜んでくれて私も嬉しかった。本当に素敵なご家族……」

 

 そう口にして不意に姉のことを思い出した時、ぎゅっと抱き寄せられた。

  

「もう一人じゃ……ないからな」

「分かってる」

「俺だけじゃない。第一の連中もみんないる」

「ふふ、分かってるって」


 そう笑いながら答えるも、私を抱きしめる彼の腕は強くなる一方だった。

 涙がひとつ、零れる。


「何で……姉様にあんなこと、聞いたの?」

「あんなこと?」

「地下牢で、姉様に私のこと愛してたかって聞いたでしょう?」


 『憎んでいた』とそれでも良かった。


 姉の様子を心配したのは私の自己満足で、私の勝手だ。 

 

「……アリアがどれだけ『姉様』を大事に思っていたか分かってる。力になってやれなくて、……ごめん」

「分かってるよ。私が何も言わなくても、なんとか刑を軽くしようとしてくれたんでしょう? でも、『竜殺し』までして、助ける方がどう考えても無理だよ……でも、今の私があるのは間違いなく姉様がいたからだわ」


 窓から少し見える、明かりの点いていない白魔術師団の建物に無意識に視線をやった。


 姉のためにという目標がなければ、私は魔術を頑張らなかっただろう。

 第一に入ることも、そもそも魔術師団学校に入ることも、シリウスに会うことすらもなかったかもしれない。


 

「だから、聞いてくれたんでしょう……? あの時、姉様に『愛していたか』って」

「確信があったからだよ」


 あの時、姉からの返事はなかった。

 それでも、あのためらいが、少しでも私のことを愛してくれていたのかもしれないと。


 幼い頃のあの思い出は全て偽物ではなかったと……。


「ひとつぐらい、……本当の言葉があったと思ってもいいよね」


 姉にかけられた言葉に力をもらった。

 それが本心じゃなかったとしても。


 動く力になった。

 自分で選ぶ力になった。


 そのことだけはありがとうと伝えたかった。


 私を抱きしめる温かい体をぎゅっと抱きしめ返せば、「どうした?」と優しい声が落ちてくる。


 今までは姉様のためにと生きてきた人生だったけど、新たな目標と夢ができた。

 シリウスとずっと一緒に、この国を守って……第一のみんなと、今私のそばにいる人たちの幸せのために私が出来ることを、私が……。

 

「私、頑張るから……貴方を、大事な人たちを――」

「入れ替え戦、勝てると思うなよ?」

「へ?」


 突然の話題に間の抜けた声を上げれば、なぜか不敵な笑みを浮かべていた。


「一応俺はまだ第一の団長だと思っているからな。お前の癖も、考え方も全てお見通しだ」

「え? 待って、ちょっとそれは冗談がすぎません? 団長サマ」


 思わずそう答えれば、ふっとシリウスが笑った。


「まぁ、アリアにそう簡単には負けないかな? お前にはずっと俺の背中を追っててもらわないといけないからな……。だから、『自分がやらなきゃ』とか、変に気負ってくれるなよ」


 私の眉間をツンツンと突くシリウスは、笑っているのにどこか不安の色が滲んでいた。

 

「シリウス……」

「魔力がこんな状況なのは情けないけど……お前がそばにいてくれるなら、俺はきっとなんでも出来るよ。だから……、だからずっと……」


 

 ぎゅっと抱きしめられたその腕がかすかに震えているのが分かる。


 彼が失ったものは大きい。


 魔術は幼い頃から彼を彼たらしめてきた一つだ。


 不安になるのは当然だろう。


 お互いが、お互いに不安を抱えている。

 けれど……。


「ふふ……」


 思わず笑みがこぼれ、シリウスが目を見張った。


「え? 笑うとこ……?」

「だって、嬉しいんだもん」

「は?」

「私がいないと、って甘えてくれるのが、嬉しくて……」


 そう言って彼の顔を覗き込めば、シリウスは目を見開いて固まっている。


「あ……甘……⁉︎」

「学校でも、第一でも、私が貴方に頼り切りだったでしょう? だから、今貴方にそうやって甘えられるのが嬉しくて。私がシリウスの力になれるんだって……」

「アリ……」

「魔力だって戻る可能性があるって話だもの。焦らず、ゆっくり探していこう。だから変な心配はしないで。貴方がどんな状況でも、万が一可能性が潰れたとしても変わらずずっとそばにいるから」


 きっと言葉だけで全てを伝えることも、彼の不安を拭うことも不可能だ。

 どんなに言葉をもらっても、気持ちを尽くしても不安というのは自分の心次第で一瞬で堕ちていく。


「不安になるたびに言葉にするから。だから……そばにいさせ……て」

「アリア」


 急に真剣になったシリウスの声にドキリと心臓が跳ね、息を呑む。


 窓の外から差し込む月の光が、彼の顔を妖しく照らす。


「シリ……」

「アリア。この先、俺の全てを賭けてお前を愛して、お前のために生きることを誓うから。どうか、ずっと俺のそばにいてほしい」

「うん。ずっと……一緒にいてね」

「離せって方が無理だからな」


 そう言ってシリウスの唇がゆっくり落ちてくる。

 優しく、私の存在を確かめるかのように、唇から、頬、瞼、そしてまた唇に戻ってきた。

 


「あ」

「ん?」


 ちょっと間の抜けた私の声に、シリウスがどうしたと首を傾げる。


「そう言えば、オルトゥスってなんで『短剣』を私に貸してくれたんだろう……」

「え? 今なの?」


 信じられないものを見るように、呆れたような声を出すシリウスを、「だって……」と不貞腐れたように見上げた。


「あの短剣を使えばウェイラさんが姉様の手にかかる前に戻れた訳じゃない? 何でそうしなかったんだろう……」

「そうだな。お前がウェイラ殿で俺がオルトゥスだったら、時間を巻き戻して、お前を殺そうとする奴を殺すな」

「物騒……」

「でもそうする気しかない」


 シリウスの言葉に、若干呆れながらも、きっとオルトゥスでもそうするのではと脳裏をよぎる。

 彼はウェイラさんを愛していた。

 それは今も変わらないと、私は知っている。

 彼の愛がどれだけ深いか、どれだけ――。


 不意に唇をシリウスのそれで塞がれて、目を見張る。


「ちょっ……」

「というか、今他の男の名前が出てくるのは聞きたくないんだけど?」

「え? あ……あ、ごめん。でもオルトゥスだよ?」

「あ、また言った」


 そう言って再度塞がれた唇は、文句を言わせないために私の思考を奪っていく。


 

 ――その夜、シリウスは私の無くしたものを埋めるように、全てを優しく包んでくれた。



  

 *****



 

 翌日の昼、みんなでランチをする約束をしていたので、シリウスと一緒にサロンに向かった。


 すでに双子やオルトゥスは部屋に来ていて、オルトゥスに至ってはすでに何かしらのお酒を飲んでいるという通常運転だった。


「あ、おかぁさん!」

「ママ!」


 かけてくる双子と一緒にオルトゥスがどこかソワソワしながら双子の後に続いて私たちの側に来る。

 

 楽しそうに話しかけてくる双子の頭上から、覗き込むように私の腹部をまじまじと見てくるオルトゥスに「何?」と尋ねた。


「まだか……あ、いや何でもない」


 ハッと我に返ったオルトゥスを私もシリウスも何だろうと首を捻る。

 用意してあるテーブルに腰掛けつつ、シリウスが「そういえば」と口を開いた。


「オルトゥス殿は、いつまで王都にいるつもりなんだ? あ、別に帰れって言っているわけじゃないが」

「む? そうだな……うむ……いつにしようか……」


 シリウスの質問にも、心ここに在らずと言った感じで、チラチラと私を見るオルトゥスが気になって逆にイライラしてくる。

 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。

 普段飄々と『我が道を行く』を体現する男がこのような状態なのは、間違いなく『ウェイラ』さんが関わっているに違いない。


「で? ウェイラさんがどうしたの?」

「はっ! なぜ分かった!」

「「いや、それしかない」」


 シリウスと私の声の揃った言葉に、オルトゥスが信じられないと言った表情を浮かべていた。

 

「そ、そうか?」


 おかしいな。言った普段と違うオルトゥスに笑いつつも、昨日シリウスと話していたことを思い出す。


「ねぇ……オルトゥス。ずっと疑問だったことを聞いてもいい?」

「何だ?」

「どうして、ウェイラさんが亡くなった時、あの『剣』を貴方が使わなかったの?」


 我を失うほどに、あんなにも愛していた妻が殺されたと知ったならば、使うべきは私ではなく、オルトゥスだったのではないか。


「はっ……ははは」


 急に笑ったオルトゥスに、シリウスも私も目を見開いて固まった。

 けれど、笑ったかと思ったオルトゥスの雰囲気が一転して、冷たいものに変わる。


「どうして我が剣を使わなかったかだと? アリアーナよ、お前は随分と酷なことを言うのだな」

「え……。酷……?」


 なぜと彼を見れば、苦痛に歪んだ顔でこちらを見た。


「時を巻き戻して、もう一度ウェイラが死ぬのを経験しろと言うのか?」

「え? でもウェイラさんが死んだのは姉様が……」

「あの女も言っておったであろう? 弱っておったと……。実際にウェイラは病気だったのだ。元気であったなら、あんな女に傷ひとつ負わせられる訳がない。……あとどれくらい生きられるかも……分からなかった」


 胸元に大事に納めているその短剣を、服の上から握りしめたオルトゥスが、窓の外の竜谷の方角をぼんやりと見つめた。


「それでも、死ぬのと殺されるのは大きな違いだ。我はあの日、狩に行っておったが……まさかあんな最期になるなど誰が想像する? 最後をゆっくりと看取ってやることも出来なかった。別れも言えなかった。それがどれほどのことか、『お前には』分かるであろう?」


 一度目の人生、私はシリウスの死に立ち会えなかった。

 それがブローチのせいだったとしても、辛そうにしていたシリウスの表情だけが頭から離れなかった。


「だからこそ我はお前に賭けたのよ」

「どういう意味?」

「まあ、もう言っても良いかもしれんな。……ウェイラが生前言っておった。『もしも、私が死んでも決して自分を失わないで。いつか、私と同じ、黒い髪に金の瞳の女の子が来るから、貴方に助けを求めたら鱗を渡して』『そしてもう一度来た時に私の剣を渡して欲しい』と」


 信じられない言葉に目を見開く。

 オルトゥスはいつか私が来るのを待っていたのか。


「予言……」

「そう、ウェイラには『時間を操る』という力があった。その能力の一つに『未来視』の力があったのだが、お前の夢を見たそうだ。ウェイラが死んだ日、我は自分を見失っておった。だがあの夜にお前を見てウェイラの言葉を思い出したのよ」

「王都に来た日ね……」


 あの日、確かに彼と目が合ったのはやはり思い込みだけでは無かった。


 驚いたようにも見えた。

 昂った感情の彼が、突然身を翻して帰っていったのは……。


「そう、お前だと思った。いつか、我の元に助けを求めに来るのはお前だろうと」

「でも、それが貴方とウェイラさんに何の関係があるの?」

 

 ふっと笑ったオルトゥスが今までになく優しい表情で笑った。

 

 私に向けたことなどない、優しい笑顔。


「我は待っておるのだ。ウェイラの言ったあの夢を」

「夢……」

「『いつか、その子が愛する人と結ばれたなら、もう一度生まれ変わって貴方に会いに行くから』とな。ロマンチックな事を言う女では無かったウェイラの、これ以上の愛の言葉を我は知らぬ」


 その内容に目を見張った。

 先ほどまで苦しい表情をしていたオルトゥスが、にこやかにこちらを見た。


「そ、それってつまり……」

「うむ。元気な子を産めよ。義母上ははうえ!」


 シリウスも私も言葉を失い、全てが固まる。


「え? 待って待って……記憶を持って……生まれてくるの?」

「そんなものは無いであろう」

「い、いや。だったら……その子が必ず貴方を好きになるなんて……分からないじゃない……?」

「貴様は阿呆か。我以上にウェイラを愛し、守れる男などおらん。ウェイラが我の愛に応えるまで口説き落とすに決まっておろう。当然変な虫は全て叩き潰す」


 自信満々に言った彼は、いつものオルトゥスだ。


「いや、というか俺が竜谷に行った時点で……気づいていたのでは……」

「そうよ、シリウスと分かったのなら、もっと何か別の行動が取れたんじゃない?」


 あの時、彼はどちらかというと、鬱陶しそうにしていたし、鱗を渡す気も、シリウスに協力する気も無さそうだった。


「いや、相手についてはよく分からんかったからな。それにあんなに傷ついている女がよりを戻すなど考えるわけ無かろう? もしもこの先アリアが別の男を愛したら未来が変わってしまうではないか。ウェイラが産まれてこんかもしれんであろう!」


「いや……、まぁ、それは……そうなんだけど……」


「この先我は何百年と生きていく。お前がウェイラを産むまでの時間を考えれば十分に待てる。我こそ間違うわけにはいかなかったからな」


 オルトゥスの言葉に、ご飯を食べていた双子が目を見開いて固まっていた。


「え、ママに会えるの?」

「おかぁさんがおかぁさんから産まれてくるの?」


 その何とも言えない複雑な状況に、知らない人が聞いたら混乱間違いないだろう。


 その後は、ゾロゾロとブランカやレクス、アルズ殿達が部屋に入ってきて何の話をしているのかと騒ぎつつも賑やかな食事が始まる。


 

 あの日、願っていた日がそこにあった。


「ねぇ、シリウス」

「ん?」

「追いかけてくれてありがとう」


 あの日、逃げたままでは手に入れらなかった夢。


 彼が、デュオス殿下と入れ替わって竜谷に来なければ、きっと私は王都までついてくることはなかっただろう。


 目を逸らしていたものから向き合った心の傷は大きいけれど、取り戻せたものがたくさんある。

 全てではなくても、手にできた幸せがある。


「幸せにするからね」

「奥様。それは俺のセリフなんですが?」


 そう笑ったシリウスが寄せた唇に自然と私のそれを重ねた。


 


「――で、ものは相談なんだが、指輪に付与する……」

「付与をするな!」


 雰囲気に任せて付与の話を持ち出したシリウスに突っ込めば、また舌打ちが聞こえる。


 そんな愛しい日々がこれからも続いていくのだろう。


  

 

***



 

「おい、オルトゥス。そういえばお主、『アレ』のことは言わんでいいのか?」


 アリアーナとシリウスがいちゃいちゃとしているのを尻目に、アルズがベーコンを口にしながら声をかけてきた。

 

「アレ?」

「ほれ、あったであろう? シリウス殿の魔力を取り戻すための何と言ったか……お前さんの妹が残した宝玉が」

「……あぁ! あったな。あれがどうした?」

「レントヴルム家の祖とも言える力の塊じゃ。あれさえあればシリウス殿の魔力も戻ろうて」


 その言葉にしばし考える。


「かもしれんが、あれはとうの昔に売っぱらって珍味と交換した覚えがあるな」

「何じゃと! はよう探してやらんか!」


 信じられんと目を見張るアルズの後ろで、幸せそうに話をする二人に自然と視線が寄せられる。


 どこかに売っぱらったと言えば、あの二人は直ぐにでも探しに行くに違いない。

 だが、今はまだ、やっとお互いの手を掴むことのできた二人には、ゆっくりとした時間が必要であろう。


「まぁ、気が向いたら教えてやるさ。ウェイラの父親になるのだからな、頼りない父親でいてもらっては困る」


 そんな言葉が二人に聞こえることはなく、竜谷では笑顔の固かったアリアーナの心からの幸せそうな笑みにつられ、久々の穏やかな時間に口元が綻んでいるのに気づかなかった。



 

 



 

 

 

長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

二人の物語はいかがだったでしょうか?

毎度のことですが、中々結末に辿り着けず、書いている私もジレジレする日々 笑。

早く二人が幸せになってほしいと思って書いた作品なので、読者の皆様も二人のハッピーエンドを喜んでださると嬉しいです。

こんな二人なので、きっと今後も喧嘩をしながらも、お互いを大事に守って……それゆえにすれ違ってと、そんな愛おしい日々を描いていくのだと思っています。

改めまして。皆様。本当にここまで読んでいただきありがとうございました。

読んでくださった読者様の応援で、書き切ることができました。


感謝を込めて。柏みなみ


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設定は好き! でも主人公に魅力を感じなかったなー え?なんでこの状況でその選択になるの?どういう思考回路?もっと疑う要素や確認や行動できるよね?的な ストーリー状仕方ないんだろうけど(^_^;) あと…
面白かったです。 出来れば生まれてくる予定のアリアの子供に少しくらいはウェイラさんの記憶が残ってて欲しいなーと思いました。 ウェイラさんの記憶が無くてもオルトゥスは魂がウェイラさんならそれで良いんでし…
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