20−7、目覚め
「シリウスー‼︎」
三階の廊下を走りながら窓の外に見つけた殿下とヴァスの姿に、思わず叫んで飛び出す。
ふわりと浮遊魔法を使い、目的地に向かって飛び込めば、青い目がこちらを見て固まっていた。
勢い良く殿下の胸の中に飛び込めば、彼は驚きつつも受け止め、そのまま芝生に倒れ込み、彼にのしかかるような体勢で襟首を掴んだ。
「ばっ……お前! 危な……」
「私諦めないから! シリウスが諦めたって、私諦めないから!」
彼の苦情を遮るように、大きな声でそう言った。
「アリ……」
「デュオス殿下に体を返すのは当たり前だけど、絶対そのままにはさせないんだからね! シリウスは勝手に諦めてればいいよ! 私も勝手に諦めないから」
「ア……」
「反論は聞かない!」
シリウスが口を開こうとすれば、さらに遮るように声を張る。
「もしも……私がもしもシリウスの立場だったら……貴方と同じ方法を取るかもしれない。でも、お願い……残される私の気持ちを無視しないで。守ることばかり考えないで。私だって、大事な人を守りたい。その気持ちを無かったことにしないで! 何も出来ないままにさせないで! 可能性はゼロじゃないんだから……!」
大きく見開かれた深いダークブルーの瞳には、涙でぐしゃぐしゃになった自分の顔が映っていた。
突然伸びてきた腕に、思わずびくりとするも、彼の胸に押し付けられるように引き寄せられる。
「何っ……!」
「任せていいか」
その言葉に想像以上に驚いた自分がいた。
「任せていいか」
確認するようにもう一度言った彼の腕の中で小さく頷く。
崩壊した涙が、彼のシャツを濡らしていった。
「でも……ブローチは肌身離さず持っててくれ」
彼がポケットから出したカレンデュラのブローチに、一瞬躊躇う。
「やだ」
「『やだ』じゃない」
「だって……」
「起きてお前がいなかったら俺は気がふれる。この世界を恨む」
そう言いながらカレンデュラのブローチを私の手のひらにそっと置いて、ゆっくりとそれを握らせた。
こんなもの、持っておきたくない。
貴方の命が私にかかっている。
けれど、私がそれを知っていて持たせるということは、『無理をするな』と。
それさえあれば私が慎重な行動を取らざるを得ないと分かっているのだ。
「シリウスが起きるまで持ってなさいよ。アリア」
降ってきた言葉に振り向けば、ビアンカが笑って言った。
「そうそう、僕も持っていた方が良いと思うよ。その方が僕らも君をサポートしやすいから」
いつの間にか横にいたレクスの声に顔を上げれば、その横でレオナルド殿下がうんうんと大きく頷いている。
「本当だぜ。じゃじゃ馬のコントロールは骨が折れる」
ヴァスの言葉に意見を返そうにも、全員の息の合った同意に、反対意見などどこかに消えた。
じゃじゃ馬なんて、そんなんじゃないのにと声を大にして叫びたいのに、なぜかレオナルド殿下どころか、レベッカ様までもがそばに立って大きく頷いている。
「分かった……『大事に』持ってる」
そう返事をすれば、シリウスは優しく微笑んだ。
「無茶は……しないでくれ」
「こんなもの持ってたらそんなの出来ない」
不貞腐れたように文句を言えば、それは良かったと彼が笑う。
「シリウス。結界や国のことは心配するな。僕だって王太子で、竜魔症を克服しているんだ。国の『癌』を粛清したら、直ぐにでも体制を整える準備は出来ている。分かっているだろう?」
「兄上……」
「お前だけを犠牲にしなければいけないような国にはしない。安心して……休んでいろ」
倒れ込んだ殿下の顔を覗き込むようにレオナルド殿下が言えば、その横からレベッカ様も満面の笑みで覗き込む。
「そうよ。わたくしだっているんですもの。将来の王太子妃としても、『白魔術師』としても優秀だと自負しておりますわ」
『舐めないでくださいませ』と言わんばかりの笑顔に、シリウスが「ありがとうございます。義姉上」と、柔らかく笑った。
「デュオスも怒ってるんじゃないか? 謝っておけよ」
レオナルド殿下の言葉にシリウスは『何故それを』という顔をすれば、レオナルド殿下が『分かるに決まっているだろう』と、珍しくドヤ顔をする。
少し目を閉じた後、シリウスは口元を少し震わせた。
「……そうだな。デュオス……悪かったよ」
自分の体の中にいる弟と会話をしているのか、涙を堪えるようにシリウスが小さく言葉を溢す。
「シリウス……。みんな待ってるからね……」
「あぁ……。ありがとう」
おでこをこつん、と合わせれば、シリウスは私の後頭部を優しく撫でた。
***
オルトゥスとアルズさんの待つシリウスの部屋に全員で戻れば、先ほどまでいなかった双子も部屋で待っていた。
オルトゥスから色々と話を聞いていたようで、当然ウェイラさんのことを思い出したショックは抜けないであろうにも関わらず、デュオス殿下の中にいたシリウスの側に駆けていく。
「デュオ……シリウス。僕、シリウスが目覚めるまでにすごい付与魔法の剣とか作っておくから。楽しみにしててね。いいのをすぐに作るから。だからとりあえず呪いを解いて、……いつか……また『付与魔術』いっぱい教えてよ」
「私も、ママと一緒にシリウスの魔力を取り戻す方法探してあげる。それで、起きたらフェンリルがどうとか言ってた場所に連れてってよ。約束したんだから、ずっと目覚めないなんて許さないんだからね」
あのショックが簡単に抜けるはずなどないにも関わらず、シリウスに呪いを解いてほしいと、安心させるように言った双子の優しさに胸が締め付けられた。
「ありがとう。頼りにしてる」
「え?」
「呪いを解くってこと?」
「そうだよ」
しゃがみ込んで双子と視線を合わせ、わしわしと二人の頭を撫でながらそう言えば、子ども達は嬉しそうに殿下に抱きついた。
「結局呪いを解くのか。なんとまぁ、面倒くさい男だな。我はまた『空振り』かと……」
「『空振り』?」
私の横に来て言ったオルトゥスに首を傾げると、ハッとしたように彼は自分の口元を押さえた。
「あ、い、いや。何でもない。で、呪いを解けば良いのだな?」
「そう。でも……簡単に解けるものなの?」
「解ける。ウェイラが亡くなっている以上番の我しか解くことは出来んが……。まぁ何はともあれ自分の体に戻ってもらわねばな」
その言葉にシリウスが小さく頷く。
「じゃあ、皆んな……ちょっと待たせるけど、またな。後を……よろしく……頼む」
「おうよ! またな」
「あぁ、待ってる」
「待ってるわよ」
「あとは任せておけ」
皆と挨拶を交わすシリウスが、こちらに来て真っ直ぐに私を見つめた。
「ちゃんと持っとけよ?」
「分かってるよ」
釘を刺すように言った彼に見えるよう、ブローチを胸元につける。
「……またな」
「うん。また」
「……」
「私が起こしてあげるからね」
心配しないでと笑顔を向ければ、シリウスが笑った。
「男前すぎだろ」
「惚れ直した?」
そう冗談めいて笑えば、彼の指先が私の髪を一房掴み、キスを落とす。
「何度でも、……堕とされるよ」
そう言って私を見つめた後、彼は静かに目を閉じて、数秒後……再びゆっくりと目を開いた。
先ほどよりも目の前にいる『彼』の纏う空気が柔らかく、穏やかなものへと変わっている。
――あぁ、私の知っている、デュオス殿下だ。
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