20−6、目覚め
デュオスの部屋の中に入り、奥にある重厚な机の一番上の引き出しを開けた。
その中から、厳重な魔法によって鍵の掛けられた小さな宝石箱を取り出し、開錠魔法で蓋を開ければ、中にはカレンデュラを模したブローチが静かに鎮座している。
これは、俺が倒れた時に、近くに落としていたのをデュオスがずっと保管してくれていたものだ。
そのデュオスは先ほどから“兄さん一人で勝手に決めるな”と、“僕だって国を守る力はあるから、せめて呪いを解いてくれ”とずっと脳内に語りかけて来ている。
その声に応えることなく、中のブローチを取り出し、ひんやりとした青い魔法石に触れれば、昔と変わらずにゆらめく魔力を感じた。
何としてももう一度アリアにこれを渡さなければ。
けれど素直に受け取るとは思えず、無意識に深いため息をつく。
今更ながらに、このブローチの本来の効力を話すべきではなかったと思いながらも、そっとポケットに仕舞った。
「大丈夫か?」
不意にドアの向こう側からヴァスの声がして、顔を上げる。
「大丈夫なわけないだろう」
不機嫌さを隠すこともできずそう答えて、ヴァスの横をすり抜けるように部屋を出た。
デュオスに体を返す前に双子のところにも行かなければ。
おそらくアリアは俺からブローチを受け取ってくれないから、双子に頼んで渡してもらうのも良いかもしれない。
少なくとも目覚めた時にあの子達には会えるかもしれないが、成長しすぎてあの可愛い双子の面影など無いかもしれないと、ぼんやりと自嘲気味に口元を歪める。
双子のところに行くのに、アリア達のいる部屋の前を通る気になれず、回り道をして行こうと廊下の窓から飛び降りるように外に出た。
「シリウス! 待てって……」
自分と同じように窓から飛び降り、追いかけて来たヴァスを無視するように目的地に向かって足を進める。
「話すことなんて何もない」
いつかもしたようなヴァスとのその会話に、どうしても冷ややかな声になった。
「本当に諦めるのか。アリアを……」
「じゃあお前ならどうする?」
苛立ったまま足を止めれば、ヴァスの足も止まるのを感じる。
「それは……」
「それは?」
視線を合わすことなく言った言葉に、ヴァスから返事はこなかった。
沈黙が不快感を掻き立て、苛立ちだけが募る。
分かっている。
これは八つ当たりだ。
何にも縛られないヴァスのその存在がどうしようもなく羨ましく、妬ましく、ドロドロとした感情が身体中にまとわりつくような感覚に陥った。
「……お前なら、アリアを任せられるよ」
そう言葉にするだけで精一杯で、声が震える。
「代わりになんてなれるわけねーだろ」
「……ヴァス、お前は今の地位をアリアのためだけに築いたんだろう? アリアがいつでもお前のことを頼れるように、守れるように。地盤固めをしたんだろ? 冒険者ギルドの局長になって二年だって? 何の実績もない外国で、冒険者ギルドの局長なんてたかだか五年でなれるものじゃない」
「シリウス……」
「他の連中もそうだ。それぞれが自分の地位を確立して、いつでもアリアの助けになれるように足場を固めてたんだ。チャンスじゃないか」
ヴァスがこちらに手を伸ばしてきたのは分かったが、されるがまま首元を掴まれ、ヴァスと向き合う形になるもそのまま冷ややかな視線を注いだ。
「ざけんなよ……お前……」
「これがふざけているように見えるのか?」
「今まで……お前がアリアのことで諦めたことなんてねぇだろ! 身を引いた俺たちは何だったんだよ!」
今にも殴りかかってきそうなヴァスにふっと鼻で笑う。
殴ってくれた方がいい。
夢から醒ましてくれたなら。
悪夢から誰か助けてほしい。
「言っておくが、それに関しては後悔なんてしてないからな。この先……たとえ誰かのものになろうとも……俺がアリアと一緒にいたあの瞬間だけでも、アリアの気持ちが俺にあったと思えば、俺も……少しは気分は晴れるよ」
「おまっ……」
「ヴァス。アリアの気持ちは『俺にあった』。お前達ならそれを一生抱えてアリアの側にいるんだろう? 誰よりもアリアを知っているお前達だから、だからこそ……お前なら……それを知っていてくれる人間だからこそ、お前たちに託すんじゃないか……」
なんて醜いのか……。
自分が歪んでいるのはとうに自覚している。
アリアの心に残っていたと、そう思わなければこの先、長い眠りを耐えられない。
目が覚めたら彼女はいない。
そんな世界でどうやって生きていけというのか。
「お前からでもいい……アリアに……ブローチを渡してくれ」
「お前、……まじでアリアにボッコボコにされんぞ?」
「もしも、守れて死ねるなら最高だね。アリアの生きていない世界なんて、……何の意味も、価値もない」
そう答えれば、襟元を握りしめていたヴァスの手に力が籠った。
「なんで、……そう思ってるのが……お前だけだと思うんだよ。アリアだって同じだって思わねーのかよ」
泣き出すのではないかと思うほどに、ヴァスの感情が揺れている。
「ヴァス」
「俺たちはな、お前の側にいるアリアが好きだったんだ。幸せそうな二人が好きだったんだよ。圧倒的に勝ち目のない勝負だって分かってたから、……アリアが……それが一番幸せだって思ってるから……。諦めてくれんなよ……」
まっすぐにこちらを見て言うヴァスの言葉に思わず目を見開いた。
「足場を固めてた? ああ、そうさ。もしもアリアが、お前を完全に吹っ切れて頼ってくれたなら。万が一にも自分の思いに気づいてくれたならって思ってたさ。でもそのためだけにギルドに入ったわけじゃねーぞ。アリアには『お前とレイルズ家を陥れてやろうと思って』なんて言ったけど、本当はお前がアリアを裏切らないって、絶対に裏があると思ってた。国を出たのは残っても消されると思っていたからだ。何で俺がその『レイルズ家』の騒動の情報を七年も……集めてたと思ってんだ? いつかまた『第一』が揃うのを……お前達が一緒に笑ってるのを見たかったからに決まってんだろ!」
「ヴァス……」
「……勝ち逃げかよ」
ぼそりとこぼしたヴァスに、息を呑む。
「助けてくれって言えよ! 俺たちはずっと団長に頼りっぱなしだったけど、……頼りにならないなんて思うなよ。何にもできねぇって思うなよ! 第一ナメんな! お前の兄弟も……レオナルド殿下もデュオス殿下も信頼しろよ! あいつだって、……アリアだってぜってぇ諦めねぇよ。……いい加減分かれよ! このヘタレ野郎!」
その言葉に思わず視界が滲んだ。
込み上げてくるものが零れることのないように、きゅっと唇を噛み締めるも、鼻の奥がツンと痛む。
『第一は俺が守るべきチーム』だと、どこか自惚れていた自分に今更ながらに気づく。
自分で選んだ優秀なメンバーだ。
万が一の時はアリアを守ってくれる力があると信じていた仲間だ。
――頼りにならない訳がない。
「魔力を……戻す方法を。……探すのを頼んでも……いいか……。俺が何も出来ない間……任せても……いいか」
俺の言葉に一瞬固まった後、ふっと笑ったヴァスの肩に、自分の額を押し付けた。
「任せろ」
「……ありがとう」
その時、上空に人の気配を感じ、空を見上げる。
「シリウスー‼︎」
降ってきた声に目を見張った。
太陽と同じ金の瞳。
黄金に輝く、カレンデュラの瞳。
「ほらみろ、諦めないって、言ったろ?」
そうヴァスの声が小さく聞こえた。
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