20−5、目覚め
今日は後でもう一つ更新します。
「――なるほどね。そういう状況だったのね」
ビアンカのために用意された部屋のソファに座り、今までの経緯をかいつまんで話せば、ビアンカは納得したように頷いた。
色んなことが起こりすぎて、自分でも混乱しているのが分かり、理路整然と彼女に説明できたかは分からないが、ビアンカは私と自分の飲み物を用意しながら静かに聞いてくれていた。
「はい、リンゴジュース」
「……子ども扱いしてる……」
「あんたお酒飲めないでしょ」
差し出されたリンゴジュースに文句を言いつつも受け取る。
「……ありがと」
「どういたしまして。それにしてもアリアは変わらなすぎてびっくりしちゃったけど、そういうことだったのね」
「……ビアンカこそ女っぷりが上がってて、一瞬誰かと思っちゃった」
「あら、ありがとう」
第一魔術師団にいた頃は、ローブ下の私服は露出の多い服だったが、今日の服装はうっすらと透けるような、女の私でも彼女の色気にクラクラしそうなのに、それでいて決して下品でない衣装を纏っていた。
明らかに外国の衣装だと分かるそれは、以前本で見た砂漠の民の民族衣装に似ている。
キラキラとした装飾品は、緻密な刺繍や細工が施されており、一級品と一目で分かった。
「……お姫様みたい」
そう笑って言えば、ビアンカもふっと笑う。
「お姫様だからね」
「ん?」
冗談かと思うが、ビアンカはそんな冗談を言うタイプではない。
ビアンカであれば、「やめてよ。そんなの褒め言葉に聞こえないわよ」と返ってきそうなものだ。
「だから、お姫様だからね」
その言葉と笑顔に、本当なのかと目を見張った。
「え? え? いつから……」
「やあね。産まれた時からよ」
「え? ……ん?」
混乱する私に、ビアンカが面白がるように笑っている。
「え。本当に?」
「本当に」
ポカンと口を開け、『何で、王女様が他国で魔術師団やってんの?』というのが顔に出ていたのだろう、さらにビアンカの笑みが深くなった。
「まぁ、私の国はそれなりに大きくて、……色々あったのよ。結構自由な国でね。強さが全ての国なの。いつかは王位を継ぐのは分かってたんだけど、宛てがわれる婚約者がどれもこれもポンコツで頼りにならない。王配としてヤバいのばっかでね。それで、自分で探しに行くって言って、『シリウス』を見に来たのがきっかけなのよ」
「え? ごめん、ちょっと理解が追いつかない……。シリウスと婚約するつもりだったってこと?」
「というよりも、幼い頃から『神童』と呼ばれる王子がどんなものか見に来たのよ。優秀なら婚約を申し込もうかと」
楽しむように言ったビアンカに言葉を無くした。
その目の色には本当に楽しんでいる色が滲んでいて、私の反応を窺っているようだ。
「つまり……? 私ビアンカの邪魔を……?」
「え? 違う違う。私の夫として相応しい男かどうか見極めに来たのよ。でも、私がすごいと思ったのはアンタで、何やかんや言い訳しながらここに残ってたのよ」
「他国の王女が、こんなところで危険な任務を背負っていたなんて、そんなの誰も許さないわよ……?」
ふっと笑ったビアンカは、おかしくてたまらないと言わんばかりに笑っていた。
「それが許される国なのよ。私の国は力が全てだもの。弟も優秀なんだけど、私に敵わないから、誰も文句なんて言わなかったの。その私が敵わない魔術師が居るんだもの。修行という名目でここにいたってこと」
「シリウスは知ってるの?」
「知ってるに決まっているでしょう? 第一に入る時に聞かれたもの。うまく身分を隠してたつもりなんだけど、バレちゃった。あんたの周りを固める人間に怪しいところがある人間は許されなかったんでしょうね。あの子の考えは私も一緒だから、ぺろっと全部喋ったわよ」
元々雰囲気のある女性ではあったが、まさか王女だなんて思いもしなかった。
「それで、国に戻ってたの……?」
「そうよ。やるコトが出来てね」
意味深に言ったビアンカはそれ以上続けるコトなく自分のお茶を口にする。
「で………、どうしてビアンカがこんなところに来ているの?」
「『レリア王女』の祝賀会に呼ばれてたのよ。ずっと様子を見ていたけれど、気づかなかった? こっちは状況がわからなくてずっと機会を窺ってんだけど、……やっぱりあんたのお姉ちゃんは曲者だったわね」
「ビア……」
「まぁ、私の話はいいのよ。で、あんたは『それ』でいいの?」
突然、真面目な顔をして言ったビアンカの言葉に、息を呑む。
急に話題が変わっても、彼女がシリウスのことを指しているのだとすぐに分かった。
「いいも何も……シリウスが全てを諦めてるっていうのに、どうしろって……」
「まぁ、前回は正直あんたがどう頑張っても何もしないっていうのは分かってた。あんたは『お姉ちゃん』に何も言わないからね。私たちが何を言っても無駄だってことも。でも、今回は違うでしょう? 大人しくシリウスの言うことを聞くの?」
棘のある言い方に、思わず怯むも、何の言葉も出てこない。
「私だって諦めたくないよ……でも、シリウスの言ってることも本当は分かってる。だって、もしも私がシリウスだったら、絶対同じようにするもん。例え私が目覚めるのが絶望的な状況でも……きっと、シリウスは全ての人生を賭けて私のために魔力を取り戻す方法を探してくれる。きっと、何を捨ててでもそうしてくれる……。でもそんなのさせられないよ」
ビアンカは小さく『……そうね……』と呟いた。
どこか遠くを見つめるビアンカが呆れたようにふっと口元を歪め、私は彼女から視線を逸らして俯く。
「で、そうしてあんたは一生後悔を背負っていくの?」
冷ややかに落とされた言葉に息を呑み、自分の手を思わず握りしめた。
「……っ」
「シリウスのために、何もしなかったことを後悔して生きて行くの?」
「ビア……」
私の両頬に手を添え、ぐいっと上を向かせたビアンカと視線がぶつかる。
「違うでしょう? どうせあんたは結局ここを離れても、たとえ……一人になってもシリウスのために……アイツを目覚めさせる方法を探し続けるんだわ」
彼女の力強い言葉にその顔を見つめた。
先ほどまでの、呆れたような表情は消え失せ、どこか確信めいた目で私を見ていた。
「でも……シリウスの呪いを解いたら、この国の結界が無くなって、色んな人に迷惑がかかっちゃう。国民が不安になるだけじゃない。王太子殿下も、デュオス殿下も、どれだけの負担が強いられるか……。私だって探したいよ。でも私のワガママだけじゃダメなこともわかってるもの……。だから……でも……」
本当は一分でも、一秒でも早く呪いを解いて、魔力の流出を抑えたい。
呪いを解かなければ、シリウスは一生あのまま。
時が止まった状態で、魔力が回復することもなく。
永遠とも言える時を過ごすのだ。
「でも?」
私の言葉を繰り返したビアンカは笑っている。
答えは出ているでしょう? と言わんばかりの表情だ。
「でも、……呪いは解かないんだとしても、……まずは彼の魔力を回復させる方法を探してくる」
そうだ。
呪いを解くための材料を用意するのだ。
彼がぐうの音も出ないほどに。
「参りましたって言わせてやるわ」
そう拳を握りしめれば、ビアンカが嬉しそうに笑った。
「それでこそ、アリアだわ」
よしよしと頭を撫でられ、涙でぐしゃぐしゃになっていた顔をビアンカが優しくハンカチで拭った。
「で? 私はいつ頼ってもらえるのかしら?」
「え?」
「アリアもシリウスも似た者同士すぎるのよ。頼ってもらえないって、結構ショックだからね。分かるでしょう?」
大袈裟にショックを受けたようにため息をついたビアンカに、目を見開く。
「え?」
「ほら、第一魔術師団に戻ってほしいとか、情報収集手伝って欲しいとか、何かあるでしょう?」
「で、でも……ビアンカは……立場も、やるべきこともあるじゃない」
「大丈夫よ。言ったでしょう? 弟が優秀だって。ここでリントヴルム国に恩を売っておくのも、最高のお土産になるわよ?」
我ながらいい案を出したと言わんばかりに、ビアンカが楽しそうに笑った。
さらに、有無を言わさぬ圧で、『ほら言ってご覧』とこちらを見ている。
「助けて……くれ……る……?」
「もちろんでしょう」
ふわりと抱きしめられた柔らかな体に、涙腺がまた緩み始めた。
「でも……ゴールは……見えないんだよ……」
そう。
あるか無いかも分からないシリウスの魔力を取り戻す方法。
先の見えない答えを探しに行くのに、彼女まで巻き込む訳にはいかない。
そう思いながらも、無意識に彼女のドレスを握りしめる。
「バカね。一人で戦わせたりしないわ。……あんたが私だったら、そうするように」
落ちてきた優しい言葉に、私はまた声をあげて泣いた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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