20−3、目覚め
明日も更新予定です。
「は……?」
信じられない言葉にシリウスを見て、そのままオルトゥスに視線を移す。
彼が否定しないと言うことは、『そう』なのだろう。
あのブローチの発動には彼の命と魔力が……。
「私が……」
体が震え、声が掠れた。
「私が、あなたを死なせたの……?」
「っ……違う。そうじゃない!」
驚いたように私を見た殿下を、自然と睨みつける。
「違わないわよ! ……何よそれ! そんな大事なこと聞いてない!」
感情の昂りを止める手段などなく、叫ぶように彼を怒鳴りつけた。
姉のことなど色んな要因が重なり、混乱が、混乱を呼び、少しも冷静になれない。
「アリア! 常にお前は狙われていた……。俺の恋人だからこそ、政治的にも、……公爵からも狙われていたのは知っていた。第一魔術師団の仕事がどれだけ危険かもお前だって分かってたろう。俺はお前を失うわけには……いかなかったんだ」
「は? 私が弱いって言いたいの? あなたの次席よ! バカにしないで!」
「バカになんてするわけないだろう。お前は強い。だからこそ……率先して無茶をするから、誰かのためにお前は簡単に命を捨てるだろ!」
私の両肩を掴み、苦しそうに言ったシリウスに、何を言っているのかと睨みつけた。
「そんなこ……!」
「ハハハ、アリアーナ。全くの図星ではないか! 似たもの同士もここまで来ると笑えるな!」
私たちの会話に割って入ってきたオルトゥスに視線を移せば、ウェイラさんの短剣を片手に持ったまま笑いながらこちらを見ている。
その目が、何を言わんとしているのかを肌で感じ、ひやりと背中に汗が伝った。
「ダメ……言わないで」
思わずそう口を衝けば、『なぜ?』と言わんばかりにオルトゥスが片眉を上げる。
「小僧が言って、お前が言わんのは不公平であろう?」
「ダメよ……」
「アリア?」
オルトゥスの言葉に眉根を寄せたシリウスが、訝しげに私の名前を呼んだ。
「小僧。アリアはどうやってウェイラの力を使い時間を巻き戻したと思う?」
「どうって……」
「オルトゥス、……」
やめてくれと目で訴える私の言葉を無視して彼は黒曜石のような短剣を彼に見せつけるように持ち上げる。
誰にも伝えるつもりなどない。
シリウスにも、ヴァスにも、レクスにも。
誰にも知られたくなんてない。
「このウェイラの魔力の籠もった短剣を、魔力の源に突き立てれば、その魔力量に応じた時間を巻き戻せるのだ」
「……突き立てる……?」
「そうだ」
オルトゥスの言葉に、彼の視線が私の胸元に集中したのが分かり、思わずこちらが視線を逸らした。
「アリアの『源』は……、まさか」
「そう、心臓だ。アリアはお前を……仲間を救うために自ら心臓にこの短剣を突き刺したのだ」
信じられないという目でこちらを見るシリウスだけでなくヴァス、レクスの視線からも目を背けた。
「バカな……真似を」
「シリウスにだけは言われたくない……」
気まずさがありながらも、殿下を見れば、血の気の引いた真っ白な顔が苦しそうに歪んでいる。
「言ったとおりじゃないか! そうやってお前はすぐに……すぐに自分の命を軽く扱う……」
怒っているのか、泣きそうなのか、私を責めるその表情に胸が締め付けられた。
自分だってそうじゃないか。
命と引き換えに私を守るなんて正気の沙汰じゃない。
自分の命を軽く扱っているのはシリウスだ。
「じゃあ、どうすれば良かったの? あなたのいない世界で一人生きてけと? あなたを助けられる可能性を捨てて、一人で、この先の人生を過ごしていけと?」
「俺のために命を捨てる必要なんてない」
その言葉に、ぱたり……と溢れた涙が床に小さなシミを作る。
一度流れた涙は堰を切ったように止まらなかった。
「そんなの……出来るわけ……無いじゃない。あなたに裏切られたと思った時も、あなたの死を願ったことなんてない。もしも、もう一度時間が巻き戻った直後に戻ったとしても、もう一度私は竜谷に鱗を取りに行くわ。たとえ一人でも」
「アリア……」
「私は自分で選んだ結果よ。でも……、でも、貴方は違う。貴方の死んだ原因が自分だなんて……知らなかった」
あぁ、一度目のあの時、オルトゥスは知っていたのだ。
『間に合わなくても』と言ったのも、『第一王子は助かったか』と尋ねたのも、すでにシリウスが亡くなっているのを知っていたのだ。
私だけが、知らなかったのだ。
「アリア……知らなくて当たり前だろう。俺が自分の判断でアリアに持たせてた。俺の死に責任を感じる必要なんて無い」
「どうして、自分だけはいいだなんて思うの? どうして、あなたが死んだら私が苦しいと思わないの? 残していこうとしないでよ! ……一度目も、あなたを助けられたと思っていた。ずっと……貴方に……」
ばんっ! と彼の胸に握りしめた拳を叩きつける。
「会いたかったのよ……」
そうだ。
会いたかった。
あなたの温もりを感じたかった。
竜魔症に苦しむ貴方を助けるのは私だと。
他の誰でもなく、私が貴方を守りたかったのに。
「……すまない……」
小さくこぼした彼に、その通りだと睨みつけた。
とてもじゃないが、『助けてくれてありがとう』という言葉が出てこない。
勝手にそんなものを持たされていたことに腹が立つ。
「言ったらお前は持たないだろ」
「当たり前じゃない」
「……アリア……」
けれど……。
きっとブローチがなければ『今』がないことも分かっていた。
「起きたら……」
「え?」
「……。起きたら、覚悟しててよね」
じろりと睨め上げれば、彼は目を軽く見開いてふっと笑う。
「分かってる」
「グーパン一個で許すなんてしないんだからね。今殴らないのはデュオス殿下の体だからなんだからね」
「気の済むまでどうぞ」
そう優しく微笑んだ殿下の笑顔に、簡単に絆される自分に情けないと眉間に皺を寄せたその時。
「………残念じゃが、そうも簡単にはいかんかもしれんな」
アルズさんの深刻そうな言葉に全員が息を呑めば、彼は難しい顔をして手元の本のページをこちらに見せつけるように開いていた。
「――恐らく、あの女の影響で『呪い』がかかっておる」
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