20、目覚め
日付を超えてしまった……。申し訳ありません!
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「話がしたいの……シリウス」
一向に振り向かない彼にもう一度言うも、視線が合うことはない。
「今は、混乱してるだろう……? 俺も――」
「ごめんなさい」
彼の拒絶を遮るように自分の言葉を重ねた。
「アリ……」
「ごめんなさい。謝っても……どんな謝罪の言葉を並べたって、取り返しはつかないけれど……、あなたを巻き込んでごめんなさい。信じることも、シリウスの言葉を聞くこともなく、私は……」
「やめてくれ」
今度はシリウスが私の言葉を遮り、思わずびくりと体をこわばらせる。
こちらを向いた彼の顔が、苦しそうに歪んでいた。
「お前が悪いんじゃない。俺が……アリアとローゼリア嬢を……間違えて……」
「でも、それは私が姉様にブローチを……」
「そんなの何の言い訳にもならない」
吐き捨てるように言った彼の言葉に、絶望の色が滲んでいる。
「シリウス……」
「ずっと……お前を取り戻そうと……。俺の元を去ったのは理由があると。例え、他の男と一緒になっていても……必ず、もう一度……」
不意に伸びてきた手が私に触れることなく止まり、ぴたりと止まる。
「俺が、その理由だなんて思いもしなかった。お前と『誰か』を間違えるなんて、自分を殺してやりたいよ」
乾いた笑いをこぼしながら言った彼の言葉に、呼吸が一瞬止まった。
何故責めないのか。
こんな時まで、どうして彼は……。
「……そうよ……。どうして間違ったのよ……」
彼の顔を見ながら自分の瞳から涙が流れていることに気づかなかった。
私の言葉に傷ついたかのように、眉間に皺を寄せた彼の襟首を両手で掴む。
「……そうよ! どうして間違ったのよ! どうして姉様に『愛してる』なんて言ったのよ! ブローチのことだってそうよ! ちゃんと話してよ! いつもいつも……!」
視界が滲んで、言葉が詰まる。
こんなことが言いたいのではない。
「貴方はいつも私を甘やかして! こんな時まで貴方が謝ることなんてないじゃない……!」
「アリア」
「姉様だって言ってた。私はいつも貴方に守られてたって……。なのに、逃げたのは私だわ。あの時、姉様が魔術を使っていることにすら気づかなかった。病み上がりの貴方が気づくわけないじゃない……。私は、万全に近い状態でそれに気づけなかった……ヴァスだってそうよ。姉様の魔術に気付けなかったのはあなただけじゃないわ! 私が気づくべきだったのに!」
自負していた。
魔術だけは他の誰にも、……姉様にも負けないと。
唯一シリウスだけが越せない存在で、いつか彼を追い越して見せると。
驕っていたのだ。
「アリア……」
「ごめんなさい……」
彼の襟首を掴んだまま俯き、謝罪の言葉だけが零れる。
「……気づく訳ないだろう? お前が自分の姉を疑うことなんてない」
「……理由に……ならないわ」
「俺にとっては十分理由になるよ」
優しく落ちてくる言葉に、目を見張り、喉の奥が震える。
「ならないよ……」
「俺は、そんなアリアが好きだから。『姉様のために』って頑張れるお前がかっこよくて、眩しかった。『俺の諦めたもの』を、迷うことなく、全力で掴みに行くお前が、……脆そうなのに、折れなくて、その強さに惹かれた」
「何の話……」
「分かんなくていいよ」
彼は、何かを懐かしむように柔らかく微笑んでいた。
「お前が去った時、……何か理由があると自分に言い聞かせながらも、本当は捨てられたとどこかで分かってた。認められなかった。アリアを探しに行くと決めた時……泣こうが喚こうが、どんな汚い手を使っても連れ戻そうと思ってた……。なのに、まさか竜の番だなんて、誰が想像すると思う?」
「だから、番じゃないって……」
「でもあの時は、そう思う状況だったろ? 子どもにも恵まれて、絵に描いたような幸せな家庭を築いて、これ以上ない夫がいて。俺的には結構絶望的だった」
「……それはごめんなさい……」
くだらない見栄を張った。
あの時はそうして自分の心を守ることで精一杯だったのだ。
けれど、本当に、くだらない。
視線を逸らし、無意識に唇を噛み締める。
「私だって、シリウスのことずっと忘れられなかったよ……。何をしてても、思い出すのはシリウスのことばかりで、自分でも未練がましいって……分かってても……。いつか忘れられる日が来るんだって、思いながら……。でも……でも、消えてくれないの」
「アリア……」
「気持ちが、消えてくれないの……。『あの時』の貴方の言葉が……私の物ならって……」
――『愛してる』
そう言った彼の腕の中にいるのが自分だったなら。
そんな夢を何度も見た。
目覚めれば、冷たい現実に何度涙が零れたか分からない。
「アリア」
ゆっくりと呼ばれた声に顔を上げれば、青い瞳にぶつかった。
「アリア」
もう一度呼ばれるも、優しい笑みを浮かべた彼の表情に視線がぼやけ、返事も出来ない。
「愛してるよ」
ゆっくりと回された腕の温かさに、頬を涙が伝っていった。
「愛してる。愛してるよ。アリア」
「シ……シリ……」
名前を呼ぼうにも、声がうまく出ず、彼のシャツを握りしめるだけで精一杯だ。
一度あふれた感情は、どうしたって止めることが出来なかった。
言わなければいけないこともたくさんあるし、聞かなければいけないことも聞けていない。
解決していないこともまだある。
けれど。
それでも。
失ったと思っていた彼の笑顔が、目の前にあるだけで、何も考えることなど出来なかった。
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