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19−2、ローゼリアという聖女


 呆然とした姉から離れ、結界の外まで出ようと立ち上がれば、縋るように姉の手が私の腕を掴む。


「アリア……ダメよ。行ってはダメ!」

「姉様。離してください」


 骨ばった姉の手を外そうとそっと手を添え、彼女を見れば、大きく目を見開いた彼女の手がゆっくりと離れた。




「私を捨てるの……?」




「姉様が、先に私を捨てたのではありませんか。私に出て行って欲しかったのでしょう? 私が……憎かったのでしょう?」


 どこか自分ではない誰かが話しているようだと感じながらも、ゆっくりと答えて姉の顔を見れば、更に姉の顔から血の気が引いた。

 今、一体私はどんな表情をしているのだろうか。


 昏く、冷たい何かが胸の奥に詰まっているようで、気持ちが悪い。

 

 そのまま結界の外まで歩いていけば、デュオス殿下の苦しそうな視線とぶつかった。


 なんと言ったらいいだろう。


 混乱する思考の中、彼の前に立った。

 不意に、涙が滲み、それを堪えようと俯きながら唇を噛み締める。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……シリ……」


 ふわりと、頭から暖かい布に包まれたことに言葉が止まり、その布が殿下のジャケットだということにすぐに気づいた。


「アリアが謝ることじゃない。……後で……話そう」


 

 ホールのど真ん中で、多くの貴族が集まる中、する会話じゃない。

『シリウス』としてデュオス殿下が出来る話などない。

 

 そう分かってはいたけれど、自分の愚かさと情けなさに、顔を上げられなかった。


 被せられた殿下のジャケットで涙を隠し、嗚咽だけは零れないように何とか堪える。


「わ、儂は関係しておりませんぞ!」


 突然、父の声がホールに響き、殿下のジャケットの隙間からそちらに視線をやった。


「公爵、関係ないとはどの点に関してでございますか?」

 

 レオナルド殿下は今更何をという表情で父に尋ねる。

 


「すす全てに決まっておるではありませんか! 竜殺しなど以ての外で、儂は疫病を流行らせたりも、魔物を放ったりもしておりませんぞ! 全てはローゼリアが一人でしたことでございます!」


 姉を睨みつけながら言った言葉に、今度は姉がクスリと笑った。

 父を見るその視線に、ゾクリと背筋が凍りつく。


「……あら、お父様。お父様まで私を捨てるの?」

「やかましい! 『お父様』などと呼ぶな! 竜殺しだと⁉︎ 恐ろしい魔女め! お前のせいで……!」

「あら、お父様にそんなことを言われるなんて。私が魔女だとしたら、貴方は悪魔かしら?」

「ローゼ! 貴様……!」

 

「はいー。揉めてるとこ恐縮ですが、公爵様の印の付かれた諸々の書類がこちらにありますので、どうぞお納めください」


 場にそぐわない明るい声が奥から聞こえ、顔をあげれば、周りを取り囲んでいた人垣が一部割れた。


「「「ぁ……」」」


 思わず声が漏れたのは、私だけではない。

 レクスも殿下も人垣の先の人物に目を見開く。


 人垣の割れた先には、数枚の紙を見せつけるように持ったカーリオンが満面の笑を浮かべて歩いて来た。

 その後ろには、ヴァスも一緒にこちらに歩いている。


「レオナルド殿下。デュオス殿下。ご用命のものをお持ちいたしました」


 恭しくレオナルド殿下の元に歩いて行ったカーリオンが、丸めたいくつかの書類を差し出し、それをレオナルド殿下が一枚一枚開いていく。


 その時間、静まり返ったホールには、紙の擦れる音だけが響いていた。

 全ての書類に目を通した後、レオナルド殿下はゆっくりと父の顔を見る。

 

「な……なな何ですか? それは……」


 自分のことだと察した父が、上擦った声でレオナルド殿下を見た。

 

「貴方の印の押された魔物売買契約書ですよ」

「そ、そんなものが出てくるはずがない! あれは全部国内には……っ」


 ハッとした父が口を噤み、歯軋りをしながらレオナルド殿下を見据える。

 レオナルド殿下は父を見据えたまま書類をデュオス殿下に渡せば、デュオス殿下がふっと鼻で笑い、父を見た。


「ええ。俺も手を尽くしたのですが、国内では貴方の痕跡は見つけられませんでした。ですから大変骨が折れましたよ。他国の冒険者経由でわざわざ魔物を調達し、足のつかないようにその直後に冒険者を殺しましたね? 疫病を流行らせたのも、貴方が他国から病の原因となっていた魔物を連れてきたという記載の書類を回収しています。そこに至るまでの足取りや、公爵家の使用人の名前なども、全て調べはついています」

「なん……そんな、馬鹿な。全て消したはずだ……どうやって」

「残念ですが、きちんと『破棄』されたのか、ご自身で確認するべきでしたね」 


 ゆっくりと見せられた書類に、父は口をパクパクと魚のように動かすだけ。

 そんな父をレオナルド殿下は地下牢に連れていくよう指示を出した。

 もちろん、姉も一緒に。


「おい待て。第一王子。女をどこへ連れていく。我の好きにしていいのではなかったのか?」


 オルトゥスが冷ややかな声でそういえば、レオナルド殿下はまっすぐに彼を見返して微笑んだ。


「ローゼリア殿や公爵殿のお話を詳しくお伺いしたいのです。『専門』の者がおりますので、より詳しく。このような国家反逆罪は前代未聞ですから、ひょっとしたらレイルズ家と『手を組んでいた者』もいるかもしれません。それらを調べて、国としての判決を出した後に、オルトゥス殿に引き渡すというのはいかがでしょうか?」


 にこやかに言ったレオナルド殿下に、殺気立っていたオルトゥスの口元がゆっくりと笑みを浮かべる。


「……。良かろう。貴様も中々闇が深そうだな……。弟などよりよっぽど」

「どうでしょう?」

 

 そんな会話を聞いていたところ、ジャケットの下からなつかしい顔が覗き込んで来た。

 

 

「ヴァス……」

「おう、アリア。ちっとも変わってねぇな。前に『これから女らしくなる』とか言ってたのは俺の夢だったんだな」

「ばか!」



 軽口を叩くヴァスに、思わずジャケットを彼の顔に被せれば、「ひでぇな」と優しい抗議の声が上がる。


 懐かしさに込み上げるものがあったが、言葉に出来なかった。

 どうしてここに? そう聞きたいのに、ヴァスの……『彼ら』の顔をまともになんて見れない。


 ヴァスもレクスも、もちろん……シリウスも。

 私が巻き込んだ。

 私の弱さが彼らを巻き込んだのだ。


 何と謝罪していいのか分からない。


「ごめん……ごめん。ヴァスも、レクスも……他のみんなも私のせいで……」


 その時、パンパンとレオナルド殿下が手を叩き、ホールにいた貴族たちに解散するように指示を出した。


「アリアーナ。君は一旦部屋で休んだほうがいい。顔色が良くない。アズ伯爵やヴァス殿もお部屋にご案内いたします」


 レオナルド殿下がそう言ってデュオス殿下をチラリと見れば、小さく頷いた彼が手を差し出す。


「行こう、アリア」 

「ありがとう。……でも、自分で歩けるから平気よ」


 差し出された手を無理やり浮かべた笑顔で断り、私はホールの外へと足を進めた。


***

 

 自分の部屋に戻れば、双子たちはまだベッドの上で結界を張られた状態で寝ていた。

 何故かは分からないけれど、レリア王女とシェリが双子の結界に寄り添うように眠っており、不意にその姿に心が締め付けられる。


「じゃあ、俺はちょっとヴァスたちと話しをしてくるからゆっくり休んで……」

「待って」


 私が部屋に入るのを確認した後、そのまま踵を返そうとした殿下を呼び止めた。


 こちらを振り向きもせず、足を止めた彼の背中に不安が駆け上がる。



「話が……したいの……」



  

 

 

 

 

  

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


次話明日更新予定です。

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