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18−7、あの日の真実

明日も更新予定です。

「久しぶりだね。アリア」



 その柔らかな笑みに思わず視界が滲み、泣きそうになるのを何とか堪えた。


「レクス……どうしてここに?」

「いや、それがさ、……」

 

「オイ。アルズ。邪魔をするな。離せ」

「何じゃ何じゃ。貴様がワシを呼んだのであろう? ほれ、例の核に閉じこもった人間はどこじゃ?」


 私たちの会話を遮るように言った二人の会話に、視線を上げれば、オルトゥスと対等に話をしている老人が呆れたように言った。


「今はそれどころではない。ウェイラを殺した人間をやっと見つけたのだ。始末が先だ。その手を離せ」


 アルズと呼んだ老人を鋭い目つきで睨みつけながら言ったオルトゥスは、掴まれたままの右手に魔力を込める。

 

「待て待て。何がどうなっとる。一人は器が違うようだし、もう一人は微かにウェイラ殿の魔力を感じ、さらには呪いを受けておるものまで……。後の二人は凡人じゃが、何とも興味深い状況ではないか」


 ここは引かんと言う表情の老人を見ながらオルトゥスが小さく舌打ちをした。

 

「貴様の興味などどうでもいいわ」

「呼びつけたくせになんという言い草じゃ。わしが必要なのであろう? こんな面白い状況をわしに教えんとは、例の件も双子も診んぞ?」

「……チッ……」

 

 実に楽しそうに言った『アルズ』という男性の言葉に、オルトゥスは魔力を収めつつも、食いしばりながら忌々しげに見る。


 

「オルトゥス殿。必ず、あなたの納得いくようにいたしますので……しばし、話を聞く機会をいただきたいと思います」

「ふん……」

 


 オルトゥスは納得していない顔をしていたが何も言わず、殿下は近衛兵に姉を別室に連れて行くように指示を出す。


「アリア……」


 拘束され、連れて行かれる姉の声に体が竦めば、横から父の罵声が飛んで来た。


 

「デュオス殿下! なぜローゼを連行するのです! その白竜の言う『呪い』だと言う証拠など、何もありませんではないですか! アリアーナ! お前も何をぼさっとしておるのだ! お前の夫にローゼはそのようなことなどしないと説明しないか!」


 怒りを露わに叫ぶ父に、オルトゥスがふっと笑った。

 

「夫? どいつもこいつも何を勘違いしているのか、この小娘は我の番ではない。我の番はそこの女が殺したウェイラのみだ。話を聞いておらんかったのか?」

「で……では、あの金の目の双子は一体……」

「ウェイラの子に決まっておろう。アリアーナの血など一滴も入っておらんわ」

 

 さぁっと血の引いた父は、一拍間を置いてこちらを睨みつけた。


「だ……騙したのか! やはりお前は出来損ないだな! 竜の子を産んで……やっと役に立ったと思っておったら……陛下になんと説明すれば……。なんの役にも立たぬどころか、むしろ疫病神ではない……がっ!」


 殿下が不意に父の顔を掴み、正面から見据える。

 今にも、殺してしまうのではないかと思うほどに、切れそうなほど冷たい視線をしていた。

 

「公爵。それ以上は口を開かれない方が良いでしょう。俺も『頑張って』貴方を殺すのを我慢しているんです。どうぞ、その汚い口を閉じてください」

「な……なん。儂は公爵ですぞ……いくら殿下といえど、王家の人間とあろう方がそのような口の……」

「アリアに、ヒェメルを送りましたね?」


 父の顔を覗き込みながら言った地を這うようなその声に、父の顔から血の気が引く。


「なん……あ、あれは……王家の所有のもので……公爵である私が動かせるものでは……」

「ええ。そうでしょう。ですから、ヒェメルを無断で使用しましたね? 重罪ですよ」

「そ、そんな証拠どこにも……」

「どうやったのかは想像はつきますよ……。ヒェメルのリーダーの病気の母親をローゼリア嬢に治療させるとでも言いましたか?」

「そん……そんな事……は……」


 震える父に、殿下がふっと笑う。


「まぁ、確かにその証拠はありません。ですが、貴方の身柄も拘束させて頂きますよ」

「なっ……! なぜ私まで拘束されねばならんのです⁉︎ 今殿下自身が『証拠がない』とおっしゃったではありませんか! ローゼにしても竜を殺した証拠などない! このような強引なことをされていては王家から民心が離れていく要因になりますぞ!」


 その言葉に、先ほどまで鋭い目つきで父を見ていた殿下の口元がふっと歪んだ。


 

「公爵、あなたには魔物襲来事件の容疑者として、お聞きしたいことがありますので」

「……なっ! そ、そんな。私がそのようなことに関与しているわけがありません! 証拠は! 証拠はあるのですか!」

「調査段階で出てきたいくつかの書類に公爵家の印とローゼリア嬢の印が押されたものがありましてね。当時の情報を集めるのに苦労しましたよ。お話を伺わない訳にはいかないでしょう?」


 殿下の言葉に益々血の気の引いていく父は蝋人形のように真っ白になり、震えている。

 

「そ、そんなものあるはずが……」

「消したはずの物が出てくるわけがないと?」

「ど、どこにそんな……ものが……」

 

 小さく尋ねた父に、殿下が口元を歪めて笑った。

 

 

「今日にでも、その書類が届きますよ」

 

 そう言って、殿下が指示を出せば、近衛兵たちは父とアルバルトを連行して行った。




 ****



 デュオス殿下をはじめ、私とレクス、アルズさんが部屋に集まり、テーブルに着く中、オルトゥスは一人苛立ったように窓枠に腰掛けて外を眺めている。


 双子は隣の部屋のベッドに寝かされ、未だ結界は解かないままにされていた。

 


 姉や父は近衛兵によって別々の部屋に連れて行かれ、外部から接触出来ないようにとシリウスとレオナルド殿下が強力な結界を張り、その上に何故かオルトゥスとアルズ殿までもが姉の部屋だけに強力な結界を重ねがけしていた。


 祝賀会はお開きになったものの、ホールには未だ多くの貴族が残り、『竜殺し』とは一体どうなっているのかと王への批判が止まらないそうで、その収拾にレオナルド殿下が駆り出されていた。

 

「竜の怒りを買ったのか」「この国はどうなるのか」と不安の声が上がっているのは当然だろう。

 

 


「――アルズ殿は、レクスのいる研究棟の方だと?」

「ええ。アレンダ国の魔術研究棟で教授をしております。今はこのようななりをしておりますが、オルトゥスと同じ竜でございますよ」


 先ほどのオルトゥスとの会話とは異なり、丁寧な言葉遣いでアルズと名乗った男性が言った。


「そんな顔で睨むなよ、シリウス。僕だってアルズ教授が竜だってつい最近まで知らなかったんだよ」


 レクスにはシリウスの現状は話しており、器が入れ替えられていることも話していた。

 


「先日急に研究棟にオルトゥス殿がアルズ教授を訪ねて来たんだよ。リントヴルムの第二王子が魔物の襲撃後から核に閉じこもってるって。それで、その時オルトゥス殿からアリアの話も出てね。リントヴルムに行ってるって聞いたから……僕も同行させてもらったんだよ」

「そうそう。いきなり研究棟の屋上で育てておる薬草園におったら空からバーン! と。全く。これだから人間社会に慣れておらんやつは困ったもんじゃ」

「オイ。貴様の巣に何度も連絡鳥の遣いを寄越したのに一向に返事がないからであろう? しかも何だ、その老人のような見た目は」


 苛立ちを全く隠さず言ったオルトゥスの言葉などものともせず、アルズ殿はやれやれと肩を竦める。


「人間社会でいつまでも若かったらおかしかろうが。こうやって毎年少しずつ歳をとったように姿を変えるメンテナンスも大事なんじゃよ」

「口調まで老人ではないか」

「口調だけ若いのもおかしかろうて」


 アルズ殿が呆れたように言った言葉に、拗ねた様子でオルトゥスは窓の外に視線をやった。



「そういえば、僕来る途中にヴァスを見たよ?」

「ヴァスを?」

「そう、一旦アルズ教授とオルトゥス殿が住んでいる家の手前まで行ってたんだけど、途中連絡鳥がやって来て王都に進路を変えたんだ。それがさ、馬で並走しているのがカーリオンで目を疑ったんだけど……やっぱり幻だったのかな」


 ちょっと自分の言葉に自信なさげに言ったレクスは首を傾げて言う。

 確かにカーリオンとヴァスはそんなにアカデミー時代交流はなかったように思うが、『幻』と言うほどのものだろうか。


「あぁ、それはおそらく魔物襲撃の件に関しての報告書だろうな」


 殿下が割って入ったその会話に、レクスも首を傾げる。

 

「魔物襲撃?」

「知らないとは言わないだろう? アリアが首謀者とされる魔物襲撃に関する報告書だよ。住民の話からあらかたどこから襲撃されていたのか調べはついている。ただ、その魔物の調達先など調べなければいけなかったからな。カーリオンにはこないだ伯爵領に行った時に伝えていたし、ヴァスが隣国にいたのも知っていたから、連絡をしておいた」

「……本当にこんな短時間で調べたの?」


 魔物襲撃から七年も経っているというのに、こんなに早く調べられるものだろうか。


「どうせ、あの手この手で調べたんだろう? 昔のように、アリアにはいえない手段を駆使して」

「レクス」


 レクスの揶揄うような言葉に、シリウスが少し冷ややかな声で制した。


「言えない手段って何……? そもそも昔からって……」

「そんなことよりも、今はローゼリア嬢の件だ」


 そんなやりとりの中アルズ殿の視線を感じれば、何がおかしいのかニコニコと笑っている。 

 

「ヒョヒョヒョ。なるほどなるほど、レクス殿が言っておったお嬢さんはこの方であったか。確かに魔力がずば抜けておる。……『覚醒』を除いても。何とも面白い関係のようじゃが……。さて、もう一度話を整理しようかの?」


 アルズ殿がそう言えば、全員が真剣な面持ちになる。

 レクスとの再会で気分を誤魔化そうとしていたものが、再び重い空気に変わった。

 

「あの……姉は……本当にウェイラさんを……手にかけたのでしょうか?」


 未だに信じられない思いで、開いた扉の向こうに見えるベッドの上の双子を見る。


「そうじゃな。間違いなく呪いを受けた血が彼女の体内にあることは、竜であれば明白に感じ取ることが出来る。おまえさんたち人間にはわからんかもしれんが」

「そう……ですか」


 それでも、私にはどうしても信じられなかった。

 姉がウェイラさんを攻撃した理由が何かあったのではないだろうか。

 ひょっとしたら……。


「アリアーナ。何を考えておるか知らんが、先にウェイラが手を出したなどと間違っても思うなよ。ウェイラは人間を愛していた。自分の母親が人間であることも、自分の中に人間の血が流れていることも誇りに思っていたからな。想像だけでも侮辱することは許さん」


「そうじゃなくて……。た、例えば……ウェイラさんが既に魔物に襲われていたと……か……」


 そう自分で言った言葉にハッとすれば、愚か者を見るかのように、オルトゥスの口元が片方だけ上がった。


「馬鹿か貴様は? 言ったであろう? 魔物は竜に近づかぬ。ましてそれが雄の竜の番となれば尚のこと。それに双子は自分の母親が殺されるのを目の当たりにしておるのだぞ? 『本人』を見て記憶が蘇ったのが何よりの証拠ではないか」


 そう。魔物は竜には近づかない。

 それなのに、外傷による出血など、人間の仕業に違いないのだ。



「じゃがオルトゥスよ。我々竜には彼女に呪いがかかっておるのは分かる。けれど、人間社会ではそうはいかんじゃろうな。あのような外見になったのも、魔力が無くなったのも、一部の人間は呪いということを理解するかもしれんが……」

「何が言いたい」

「王家の方々はどう思うかね?」


 殿下に視線をやってアルズ殿が尋ねた。


「確かに『呪い』は俺達の目には見えない。あなた達の話にも説得性があるが、どうしても情報が少ない。ともなれば、どこかで伝え聞いた人たちは『竜に殺された』と『竜は危険だ』と伝わる可能性がある……」

「だからどうした? 殺されたも、危険も、間違いではない。当然の報いで気にもならん」

「あなたはいいかも知れない。でも、子ども達はどうだろうか。街に行きたくても竜と知られる危険性や、まかり間違えば人間から危害を加えられる可能性もある。二人が怪我をするなど考えられないが、多くの人間から敵意を向けられれば子ども達は傷つくのではないだろうか……」

「……」


 シリウスの言葉に、オルトゥスが眠る双子に視線をやった。


「それは……ダメだな。ウェイラは自分に人間の血が流れていたのを誇りに思っていた。その人間が、双子が……お互いを忌み嫌うようになるのは、彼女は望まないだろう……。だが……」


 双子から視線を逸らし、窓の外を睨みつけるオルトゥスはギリっと歯を噛み締める。

 紫色の瞳が昏く、深い憎しみに駆られているのが見てとれた。


 オルトゥスがウェイラさんを殺した人間を憎むのは当然だ。


 だが、どうしても連れて行かれる時の、私に縋る姉の声が頭から離れない。

 

「……私、姉様と……話をしてくる……」


 そう小さく口に出せば、横に座っていたシリウスが信じられないという表情でこちらを見た。

 

「アリア? ローゼリア嬢が君に本当のことを言うとは思えない」

「それでも、聞かなければ。もしも本当にウェイラさんを手にかけたのだとしたら……」

「だからそうだと言っておろう?」



 それだけではない。


 姉に聞きたいのはそれだけではないのだ。


「『あの日』の朝のことも聞きたいの。私はシリウスだけの話しか聞いていないから……、姉の話も……」


 分かっている。

 いや、願っているのだ。

 

 シリウスの言葉が本当であると。

 けれど、あの優しかった姉がどうしても私を陥れるなんて考えられないし、考えたくもないのだ。


 もしも『そう』だとしたら、姉が何故そんなことをしたのか聞かなければ……、何か誤解があるのではと、ないかもしれない希望にしがみつくほどに。



「言いくるめられるだけだ」

「僕もそう思うよ。アリアのローゼリア嬢に対する感情は僕らの想像を絶してるからね」

「……っ」


 シリウスとレクスの言葉に、詰まるも、私の言葉でどうしても話をしたかった。


 もしもシリウスが私を裏切っていないのだとしたら……姉に聞かなければ。

 

 

 いつから?


 どうして?


 その疑問だけが頭から離れない。


 唇を噛み締めて「それでも」と告げれば、シリウスは小さくため息をついた。



「――分かった」


 

 



ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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そうねえ 流石にこの主人公を好きにはなれないね  ここまでの流れもちょっと頭お花畑すぎる そこまで姉を信じこまされてる何かがあるのかね?
こういう変な正義感って傍迷惑でしかないなぁ いい人なんだとは思うけどめんどくさいねw
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