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18−6、あの日の真実

次回も明日更新予定です。

「「ああああああああああああ!!」」


 双子の魔力の暴走による衝撃に備え、自分の全ての魔力を結界に注ぎ込み、何重にも結界を張る。

 暴発した魔力は一瞬ではあったが、デュオス殿下がいつの間にか私の前に立ちはだかり、私の結界の上から更に結界を幾重にも張っていた。


「シ……殿下……」

「無事か」

「えぇ。ありがとう」


 殿下は双子の背後にも結界を張っていたようで、城内に被害はなさそうだが、双子達のいる扉から庭に向かって広範囲に渡り、抉れたように全てが無くなっていた。


 私たちに張った小さな結界の中だけがテラスのあった場所だと分かる。

 

 城内からは、何があったのかと野次馬達が一定の距離を保ってこちらの様子を見ようと集まってきていた。


「白魔術師殿、お怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」

「ぇ……ぇぇ」

 

 庇うように背後にいた女性に尋ねれば、小さく頷くので精一杯のようだ。

 彼女に怪我が無いのを確認し、双子を見るも魔力が渦を巻き、二人に近づけるような状況ではない。

 

 双子は、他のものなど目に入らないかのように、白髪の白魔術師を見つめていた。


「アマル⁉︎ エルピス⁉︎ どうしたの? 聞こえる⁉︎」


 声をかけるも、双子の意識がこちらに向かうことはない。

 高ぶった感情で魔力が抑えられないのか、彼らの周囲を青白い魔力の層が包み、髪の毛や服がゆらゆらと揺れていた。


 上空には王都から逃げるかのように、鳥達が群れとなって空を飛んで行く。

 

 今までこのような状態になった双子は見たことがないし、殿下もどうしたのかと子ども達に声をかけてくれているが、双子の視線は私の横にいる白魔術師だけを凝視していた。


 一旦白魔術師を城内に連れて行ったほうが良いかと彼女に声をかけようかと思ったその時。


 

「ローゼリア様!」

「え……?」


 

 大きく開け放たれた扉の向こうから聞こえたアルバルト=フレイルの声に思考が停止する。

 必死の形相でこちらに駆けてきた彼は、膝をついていた白魔術師の彼女に手を添えた。


「ローゼリア様! ご無事ですか⁉︎」


 

 ――今、何と言ったか。


 私の頭がおかしくなったのでなければ、彼は今『ローゼリア』と。


「……ロー……ゼリア? だと?」


 殿下も信じられないというふうにアルバルトの言葉を反芻していた。

 


 

「ねえ……様……?」


 微かに溢れた声に、女性がこちらを見あげ、紫色の瞳と視線がぶつかった。


 その、紫水晶の瞳は、紛れもなく……。

 ありえない。


 どこからどう見たって姉の面影はない。

 姉は一つ上なので、今は二十六歳のはずだが、どう見ても、八十歳は超えているように見える。


「ママの……血の……匂いが……」

  

 エルピスが小さく声をこぼせば、アマルがゆっくりと腕を上げて、姉を指差す。


「お前……が……、あの日……フルの実の広場の……白線の……」


 綺麗な金の瞳から大きな涙が溢れるも、表情が怒りに歪んでいた。




「お前達が……おかぁさんを殺した……」



 

「ぇ……?」


 その言葉に、ゆっくりと姉とアルバルト=フレイルに視線を戻せば、青ざめて固まっていた。


「アリアーナ嬢、彼らは何を言ってるんだ! ローゼリア様を治してくれるという話は嘘だったのか⁉︎ いきなり襲うなんて、貴様の指示か!」


 


 アルバルトの言葉など気にかける余裕もなく、双子の言葉だけが頭で反芻する。


 

 ママ? 『ウェイラ』さんを殺した?

 いや、以前病気で亡くなったと言ったではないか。


 混乱する頭に言葉を失っていると、ホールから出てきたオルトゥスが双子に駆け寄った。


「エルピス。アマル」

 

 オルトゥスが後ろから抱きしめながら声を掛けるも、二人とも父親を見ることなく姉だけを凝視していた。


「パパ! あいつらがママを殺したの!」

「フルの実の……あの花畑で……。赤い実が潰れて……おかぁさんの血が……結界が……僕たちの邪魔を……」


「……あぁ。記憶が戻ったのか」


 そう小さく呟いたオルトゥスは、双子に手を翳す。


「少し、……眠っておけ……」

 

 そのまま、意識を失った二人はオルトゥスの作った小さな結界の中で眠りについた。

 

 ゆっくりと姉を見たオルトゥスは、口角を上げつつも明らかに殺気立った状態で……、瞳から光をなくした無機質な目でこちらに近づいてくる。

 私たちの前で立ち止まったオルトゥスは冷ややかに姉を見下ろした。

  

「オルトゥス……どういうこと……。アマル達は、ウェイラさんは病気で死んだって……」



「言ったろう? アマルは記憶を消すことが出来ると……。母親の死を目の当たりにして、無意識に魔法を使ったんだろうな。そのショックが原因かは分からんが、『竜化』も出来なくなっていた。……アマルの不完全な魔法は、この女を見て、当時の記憶が全て戻ったのであろう。我はその場にいたわけではないが……。自ら記憶を消すほどの子どもたちに他になんと言えば良かったと思う?」


「……」


 こちらを見もせず言った彼の圧に、何も言うことなど出来ない。


 言葉を無くした私をよそに、オルトゥスは姉の顔を冷ややかに見下ろした。


「あぁ……本当だ。血の匂いがする。ウェイラの血の匂いが」


 凍りつくようなその目は、私の知っているオルトゥスではないかのよう。


 姉もアルバルト=フレイルも何が起きているのか分からないと言わんばかりに目を見開いている。


「ウェイラ……? 白竜様は一体何のことを……」

「殺して血を飲んだのであろう? 金の瞳を持つ黒い竜を。十年前、竜谷で」

「「……っ!」」

 

 その言葉に、何かが繋がる。


 十年前の実地試験のあの日。

 赤線内にいた二つの人影。


 しばらくして森の雰囲気が変わったのを覚えている。


 その夜にオルトゥスが王都に攻め入ったのは……。


 信じられない思いで横にいた二人を見れば、オルトゥスの言葉で明らかに表情が変わり、怯えるように後ずさった。

 

 

「オルトゥス。ま……待って。この人が姉かどうかなんて……。姉は当時十六歳のはずで、見た目も……」

「お前の姉であろうがなかろうが、どうでも良い。ウェイラを殺したという事実が全てだ」

「わ……私は……」


「お待ち下さい! 白竜殿! 何事でございますか⁉︎ その者はあなた様が会いたいとおっしゃられたアリアーナの姉でございます!」


 人だかりの向こう側から慌てて駆けてきた父が、重たそうな体に鞭打って走ってきた。


「だそうだぞ? アリアーナ」  

「……」


 口元を歪め、父を示したつつ言ったオルトゥスに言葉を無くす。

 

「? い、今はこのような姿になっておりますが、王都が魔物に襲われるまではそれはもう美しい娘でございました! この国随一の白魔法使いで、右に出るものはおらず――」

「こ、公爵様!」


 状況が読めていない父は、困惑しながらも言うべきことを言おうと捲し立て、父の言葉を止めようとしたアルバルトが咄嗟に割って入ったのを父は煩わしそうに跳ね除けた。


「うるさいアルバルト! 白竜殿、どうぞ白竜様のお力で娘のこの謎の病を治して下さい! あなたさまがお聞きになられた様に『綺麗で優秀で、優しくて完璧な人間』でございます! アリアーナなど足元にも及ばぬほどに」

「ほう……?」


 口角を上げつつも、冷ややかに父を見下ろしたオルトゥスが先を促す。


「も、もしもローゼリアのこの不気味な病を治してくだされば、是非ローゼをお側に。アリアよりも余程あなたさまのお役に立って見せましょう」


 オルトゥスは相槌すら打たず、そのまま黙って父の話す様子を眺めていた。

 何も言わず自分を見下ろすオルトゥスに、父は必死に言葉を続ける。



「ローゼリアは幼い頃から優秀でしたが、白魔術師団学校では努力が実を結び、莫大な魔力を身につけ……」

「やめて!」


 父の言葉を遮るように言った『姉』は、目を見開いて立ち上がった。


「ほう? 莫大な魔力が身についたとやらはいつのことであろうか……?」

「わ……私は……」

「女。『竜の血』のことを知っていたのだな」

「竜の……血?」


 シリウスが不思議そうに反芻した言葉に、オルトゥスがふっと笑った。


 以前、エルピスが『竜の血』で傷を治すのが一番いいと言っていたが、本人もよくわかっていないようだった。

 治癒の力があるという程度の認識だが、何故姉がその『血』を求める必要があったのか……。


 莫大な力とは一体なんのことだろうか。

 

「何だ。王族でも知らんか? この女は一体どこで知ったのやら」

「わ……私は……何も。先ほどから一体何のお話をされて……いらっしゃるのですか」


「はっ……分からんだと! はは……はははははははははは!」

 

 姉の言葉に、オルトゥスは気が触れたのかと言わんばかりに笑い始める。


「な、何が可笑し……」

「ウェイラの血の匂いをさせ、全身から呪いの匂いをばら撒いておきながら、何も知らんとは、太々しいにも程があろう?」

「呪い……?」


 目を見開いた姉に、オルトゥスが口元を歪めて言った。


「そうだ。竜の血で何が得られると思っておった? 美しさか、若さか、寿命か、魔力か……何を手に入れるために『血』を求めた? 竜の血はただ手に入れればいいというものでは無い。そこに与える側の『竜の意志』がいるのだ」


「『竜の……意志』」


 ほうけたように零れた姉の言葉にオルトゥスが笑う。


 竜の血の効果はエルピスが以前言っていた『治癒』だけでは無かったのか。そう聞こうにも口を挟める雰囲気ではない。


「竜の血は『祝福』にも『呪い』にもなる。殺して手に入れた血など呪いにしかならんわ。ましてや『番』のいる竜に手を出すなど、『呪い』を重ねているに過ぎん」


 嘲笑うかのように言い、蔑むように姉を見た。

 

「の……ろい?」

「そうだ。望んだものを全て失う。その者が、望んだものを手に入れたと思ったその瞬間、全てを失うのだ。貴様、見たところ魔力も全く無いではないか。一体幾つのものを望んだのだ。そして……貴様が全てを手に入れたと思った瞬間はいつだ?」


 オルトゥスの言葉に、姉が息を飲んだ音が聞こえる。

 

「まさか……」

「アリアーナが消えた時から引きこもっていると聞いたが……『妹の恋人』を手に入れた瞬間か? その時、若さも、美しさも、魔力も、全てを失ったのであろう?」


「……ぁ……あ……」

 

 真っ青になった姉に追い討ちをかけるように鋭く、冷たい魔力がオルトゥスの右手に集まっていった。



 

「まぁ、貴様の薄汚い願望などどうでもいいわ……――縊り殺してやる」



 動けない。



 待って……まだ……何も聞いていない。



 その時、震える骨ばった腕が私の腕をギュッと掴む。


 驚いて目を見張れば、不安に揺れる紫の瞳がぶつかった。


「助けて……」


 小さく溢れた声に目を見張れば、紫水晶の目から涙がひとつ流れた。


「ねぇさ……」

「助けて、アリア。私は竜を殺してなんていないわ……」


 

 

 魔力を纏った彼の右手が姉に向けられたその刹那、姉と彼の間に割って入るようにすれば、相反する魔力がそれを相殺する。



 

「……小僧……」


 姉を庇うようにした私の前に殿下が割り込み、オルトゥスの魔力を相殺していた。

 

 

「オルトゥス殿。こちらも彼女に聞きたいことがある」

「どけ。貴様とてその女に恨みがあろう」

「全てを、明らかにした後に」


 シリウスの言葉に何を勘違いしたのか、アルバルトと父が目を輝かせた。


「デュオス殿下! ありがとうございます! 白竜殿は一体何の話をしておられるのですか! やはりこの竜は危険……」

「公爵。それ以上余計な口を挟まないことをお勧めしますよ。命が惜しければ。今のはオルトゥス殿が手加減をしてくれたからこそ防げただけです」

「て……手加減?」

「まぁ、体の一部を落とすぐらいに思っていたのでしょうね。そう簡単に『死』という安寧の場所にいかせるほど慈悲深くは無いでしょう」


 その言葉に全員の顔色から血が引いた。


「もう一度言う。そこをどけ。小僧」

「俺の後ろに誰がいると思っているんです? どく訳ないでしょう?」


 私を庇うように立っていた殿下からはオルトゥスの表情は見えないが、それでも、彼の発する圧だけで呼吸が苦しくなるようだ。


「ならば、力づくで退けるのみよ。『あの日』のお遊びとは訳が違う」

「遊んでいたのがあなただけだと?」

「はっ、所詮人間。純粋な竜に勝てると思うな」


 そう言って、オルトゥスがもう一度右手に魔力を流した瞬間、その右手を誰かが掴んだ。


「ちょっと待っても良いじゃろう? オルトゥス」

「っ……貴様……。アルズ……」

「呼ばれて来てみれば、なんとも面白そうな状況ではないか」


 驚きに目を見張れば、そこにはヒョロリとした体躯の長い白髭を蓄えた白髪の男性が立っていた。

 更に、その後ろにいた男性に息を呑む。


 栗色のサラサラヘアに、明らかに年齢は上がっているものの、綺麗な顔立ちはほとんど記憶と変わりない。


 

「「……レクス……」」


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価で応援していただけたら嬉しいです。

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