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18−3、あの日の真実

次回更新は、明日の20時ごろです。



「――私に聞かれてはいけないの? シリウス」


 

 そう問い掛ければ、一瞬目を見開いたものの、すぐに冷静さを取り戻した様はシリウスそのものだ。


 どうして気づかなかったのだろうか。

 不意に見せる仕草も、言葉遣いも、私の名前を呼ぶその響きはシリウスそのものなのに。


 

「器を入れ替えたんでしょう? それが出来るのはあなた達だけじゃないのよ」

「……。ですから、何のことですか?」

「どうしても言いたくないの? じゃあ、この絵の説明をしてくれる?」


 机の上に置いてあったエルピスのスケッチブックから、彼の描いた絵のページを開いて彼に差し出す。

 先ほど、彼が描いた絵だ。


 可愛らしい猫のような、ウサギのような犬は、昔デュオス殿下が描いたものとは思えない。


「これが何ですか?」

「どう見ても、絵のお上手だったデュオス殿下の描かれた物とは思えないんだけど?」

「……何年も描かなければ、あんなものですよ」

「なるほど? そうかもね。でも昔シリウスが描いた犬にそっくりなの」

「……」

 

 中身がシリウスと思えば、もはや敬語など使う気にもならなかった。


「それにね、ずっと引っかかってたの。貴方がいなかった時、眠る『シリウス』の前でレオナルド殿下が仰ったのよ。『デュオスが竜魔症のようだと言った』と。眠ったままのシリウスに触れることも……、会話すらも出来ないのに、何故それが分かるの? そもそも竜魔症はあんなふうに核に閉じこもることなんてないじゃない? 竜魔症のように感じたと思うのは本人だけだわ」

「それは……」


 先を言わないシリウスに苛立ちを感じるも、大きな声にならないよう、意識するのが精一杯だ。

 

「なんで隠したの? 私を捨てたのが気まずかった? 中身がシリウスだと思ったら協力しないと思ったから?」

「アリア……」

「これ以上……嘘をつかないでよ……!」

 

 眉間に皺を寄せたその困った顔さえ、もうシリウスにしか見えない。

 掴んでいた腕に力が籠るも、彼は簡単に解けるであろうそれをじっと見つめていた。


 彼の言葉の続きを待つも、何も言わずただ眉間に皺を寄せて苦しそうな表情を浮かべるだけだ。

 なんで貴方がそんな顔をするのか。


 傷ついたのは、傷つけられたのは……利用されたのは私の方だ。


「何か……言いなさいよ。説明してよ。何で……何で捨てたのよ――」


 結局聞きたいのはそれなのかと自分でも呆れる。

 

 頭は混乱し、視界が滲み、何かが頬を伝うも気になどしていられなかった。


「俺は、捨ててなんかない……」

「……は?」


 その言葉に、乾いた笑いがこぼれ落ちる。


 シリウスだと認めた。

 けれど、私を捨てたことは認めないなんて、どういう了見かと信じられない目で見上げる。

 

「俺は、お前を捨ててなんかない」

「何を言って……。私は見たもの。貴方が、姉様に……『愛してる』って……抱きしめてたじゃない」

「そんなことはしていない」

「ふざけないでよ……お父様が、私が追い出す直前に、言ってたのよ。姉様と貴方の結婚を祝福出来ないのなら出て行けと! 姉様だって、貴方と婚約するって! ……違うというなら私が見たものは、……聞いたものは何だったのよ!」


 

 声を荒げれば、レオナルド殿下が私に声をかけた。


「アリアーナ。それは本当だよ。婚約式の直前に当時君がいないと知って探しに行くと騒いでいたシリウスをデュオスが見ている」

「……ぇ」


 幼いデュオス殿下が嘘をつくとは思えない。


 じゃあ、あの姉の言葉は何だったのか。


 私がいない間に惹かれあったという話は何だったのか。


「じゃあ、姉様の言葉は……」

「やはり貴様の姉は強かだな」


 クスリと笑ったオルトゥスを見れば、どこかひんやりとした雰囲気を纏っていた。

 オルトゥスの言葉に『彼』は驚いたように目を見はり、「なぜ……」と小さく呟く。


「それにしても、お前が『シリウス』だったのか、小僧。そうではないかと思ってはおったが、小僧が曖昧に説明するからイマイチつながってはおらんかったが、ややこしいことをせず説明すればいいものを」

「それは……」


 気まずそうに顔を顰めた『彼』は視線を逸らすが、私は先ほどのオルトゥスの言葉が気になって話を戻す。 

 

「オルトゥス、『強か』って何よ……。姉様は私を騙したと……言いたいの? どっちが本当のことを言っているかなんて、分かんないじゃない」

「そんなことは知らん。本人に確認するのが一番ではないか?」

「でも……、姉様はずっと閉じこもっているから……」


 あの優しい姉様が本当に私を騙した?

 何の為に?

 

「何にしても、このままでは埒が明かんであろう。やはり『ヤツ』に直接来てもらうのが良かろう」


 そう言いながら、オルトゥスは魔力で白い小鳥のようなものを作り、窓からそれを外に放つ。


「それは?」

「『ヤツ』への遣いだ。我の家に向かっていると思うが、こういう珍しい症例が好きなヤツだからすぐにでも来るだろう。眠っておるのが……小僧の中に入っておるのが『シリウス』ならば、我としても真相が気になるからな」

「なんっ……」

「今更、真実を探さなくていい」


 楽しむように言ったオルトゥスにイラッとし、抗議しようとしたところで『彼』が口を挟んだ。


「シリウス……。どういう……意味?」

「お前はもう新しい人生を歩んでいるんだろう? どうせ祝賀会が終われば帰るんだ……。俺や、ローゼリア嬢のことで悩む必要は無い。俺はこの核の中から目覚める方法があるのか、その真実が分かればいい」


 淡々と言う彼の言葉に息を呑む。

 関係ない?

 どう考えたって当事者の私に……。

 

「……本当に、そう……思ってるの……?」

「お前が、この国を追い出されて怒っているのは当然だし、ヒェメルの件も、公爵のしたことも許せないのは当然だ。その件に関しては徹底的に調べて俺が対処する。それに……」

「そういうことを言ってるんじゃないのよ。父なんてどうでもいい。私には、何が正しかったのか、何が真実なのか分からない。貴方は私を裏切っていないと、別に私がそれを確かめなくてもいいと思っているの?」


 震える声でそう尋ねれば、彼はわずかに眉間に皺を寄せた。


「どちらかが嘘をついていたと……それが俺であっても、ローゼリア嬢であっても、苦しむことに変わりはないだろう?」

「だから調べなくてもいいと? 本当に私に真実を知る必要はないと思っているの?」 

「……」

「何か答えてよ」

 

 目を逸らして返事をしない彼を睨みつけ、再度尋ねる。

 

「シリウス!」


 思わず彼の腕を引っ張るも、顔を逸らしたままで視線は合わない。

  

「思っているわけが……無いだろう」

「シリ……」

「真実を知ったら、ここにいてくれるのか? 誰のものにもならず、どこにも行かず……。ずっと側にいてくれるのか? そうじゃないだろう?」


 苦しそうに絞り出した声に、言葉が出ない。

 その、表情が、声が、心臓を握りつぶすのでは無いかと思うほどに胸を締め付ける。

 

「シ……」

 

 彼は、チラリとオルトゥスを見て唇を噛み締めた。

 

「愛する夫が……家族がいるんだろう? 真実を知ってどうする。それに――……」

「待て待て待て待てぃ! 何故、今我を見た。まさか貴様、アリアーナが我を愛していると思っておるのか? え? 待て。そうなのか?」

「何だと?」


 信じられないというふうに目を見開いたオルトゥスが、私を見て口をぱくぱくとさせた。


「何だと? ではない。いやいや、アリアーナよ。我は言ったろう⁉︎ 『お前を愛することは無い』と。いかん。いかんぞ! 無い無い無い!」


 今までに見たことのないくらいに慌てたオルトゥスに、横にいたシリウスの空気がピリッとする。


「……愛していないのに、手を出したのか? 子どもがいて……。アリアを何だと……! さっきから気になってたんだ……、『昔の男』が現れて、不快に思うどころかどこか楽しんでいるようなその態度も……!」

「え、いや。ちょっ……そうじゃなくて……」


 オルトゥスに詰め寄ったシリウスの腕を思わず引っ張るも、彼はお構いなしにオルトゥスを睨みつける。

 

「子ども? 双子のことか? 小僧、何を勘違いしておるのか知らんが、双子の実の母親はアリアーナではないぞ?」

「は?」

「それに我をアリアーナの夫だと? 我の妻は後にも先にも『ウェイラ』以外は無い」

「『ウェイラ』?」


 きょとんとしたシリウスに、「アマルとエルピスを産んだ本当のお母さんだよ」小さい声で説明すれば、シリウスは言葉を失った。

 

「……は? いや……しかし……」

「そんなつるぺた小娘、絶対無いわ」

「いや、私も無いから」


 オルトゥスの暴言に思わずそう言い返せば、シリウスの、ありえないと言わんばかりにこちらに向けた彼の視線をさっと外し、恐る恐る口を開く。


「私は……『夫』とは言ってない」

「『主人』と言った」

「あの家の『主人』には違いないから」

「そんなの言葉遊びだろう。わざと勘違いさせたのか?」


 困惑と苛立ち紛れの彼の言葉に反抗心が湧き、じろりと睨め上げた。

 

 そう。

 わざとだ。

 

 あの時の感情が込み上げてきて、不意に涙が滲む。 

 

「……そうよ。どうせすぐに森を去ると思ったのよ。シリウスに捨てられて、惨めに生きてるなんて思わせたくなかったくだらないプライドよ」

「アリ……」

「……今更否定したって、そんな簡単に信じられないわ。だって、私は見たもの。姉様を抱きしめて『愛してる』と言った貴方を。でも……」


 そうだ。

 あの日、確かに見た。


 間違いなどではない。


「でも、信じたいと思っているのも本当だわ……」


 鼻の奥がツンと痛み、また涙がこぼれそうになるのを何とか堪える。

 瞬きをして何とか誤魔化そうとするも、視界は滲んでいく一方だ。


 シリウスが言った通り、どちらかが正しくても私が苦しいのは間違いないだろう。

 ひょっとしたらシリウスの言っていることが本当かもしれないという期待と、それがやはり嘘だったと知った時。

 優しかった姉が、シリウスや、私を騙して、引き離したということが真実だったとしても。


 どちらであっても苦しい。

 


「私が見たものは何なのよ……」


 誰にいうでもなく言葉がこぼれた。

 

 夢であって欲しい。

 悪夢だったと。

 

 だって、姉は幼い頃からずっと、……ずっと孤立していたあの家で、たった一人私を気にかけてくれた人だ。


 あんなにも優しい人が、私を騙すだなんてありえない。


 けれど、シリウスだって、人を騙すような人じゃないと言うことも分かっている。

 大事に、大事にしてくれていた事も、分かっていた。



 だからこそ辛かった。


 大好きな二人が、私を裏切ったことが。


「俺が『愛してる』って言ったのは、……俺が生きてきた中でアリアだけだよ。あの時も、今も。……俺が『愛してる』と言ったあの日、……お前の魔力を感じて、目を開けば、お前がいたんだ。『ただいま』って……笑ったんだ」

「魔力……?」

「そう、アリアに渡したブローチだよ」


 カレンデュラのブローチ。

 あの日の朝、シリウスの部屋に向かう前に渡したストールとブローチのことだろうか。

 

「……あれは……あの朝、姉様に貸して……」

「……そうか……」

「でも、だからって……間違えるなんてことが……」


 そんな事があるだろうか?

 性格も、見た目も正反対の私達を、間違えるなんて。


「そうだな……」


 逸らされた視線に、小さく言った彼の言葉はどういう意味か。

 同時にあの日、アズ伯爵家でカーリオンが言った言葉が蘇る。


 『あの蛇のような女』

 

 もしも、本当に姉が……いや、そんなのありえない。

 あってなど欲しくない。


「まぁ、何にしてもその『姉』とやらに聞いてみるのがいいのではないか? おい、第一王子とやら」

「はい」

「アリアーナの姉も飲み会に来るのか?」


 楽しそうに言ったオルトゥスに、レオナルド殿下が少し困ったような表情をした。


「どうでしょうか。ローゼリア嬢は何年も白魔術師団の中に引きこもっておりまして。アリアーナが消えたことで心を痛めているということですが、七年も閉じこもっているのでひょっとしたら病気という線も……」

「そうか。では国王経由でもいいから来るように伝えろ。もしも病気ならば治してやるからと。『来なければ我らは参加せずこのまま帰る』と言えば、どうとでも連れてくるであろうよ」


 


 私の意見など聞く事もなく、オルトゥスは「強かな姉の顔を見るのが楽しみだ」と笑った。

 

 

 

 

 

 


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