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18-2.あの日の真実

「パパー!」

「おとぅさーん!」


 上空に現れた竜に大きな声で手を振っている双子に、思わず周囲に人がいないか確認する。

 自分で『双子が竜だとバレないように』とか言っておきながら、こんなふうに王都の上空に現れるだなんてと彼の神経を疑った。


 こちらに気づいたオルトゥスは、竜の姿から一転して人間の姿になると、私達のいる庭先へと降り立つ。


 しかも十年前と異なり、明らかに結界の中で竜の姿になっている。つまり王都の中に入った時には人間の姿だったということだろうか?

 十年前。そうして王都に攻め入らなかったのは、そのことに気づく余裕がなかったのか、そうしなくても簡単に壊せる結界だと思ったのか……。


「エルピス。アマル」

「パパー!」

「おとぅさん!」


 両手を広げて双子を抱き上げたオルトゥスに近づき、じろりと彼を見上げた。


「ちょっと、……もっとこっそり来れないものなの?」

「城に入ろうとしたら止められたからな。仕方なかろう? この姿の方がお前達も見つけやすいであろうし」

「いいや! 絶対仕方なくなんてない! そもそも竜だと知られないようにと言っていたのに、無駄になっちゃうじゃない!」


 そう文句を言えば、「我が来たからもう良かろう」と返ってきた自分勝手極まりない言葉に、思わず握りしめた拳を彼の顔面に叩き込みたくなるのを我慢する。


「何か用事があるとか言ってなかった?」

「その用事が終わったから来たに決まっておろう。それで子ども達を迎えに来たのだ。ああ、そうだ小僧、例の件についても……」

「え〜! 迎えに来るって、もう帰らなきゃいけないの? 今さっきもうちょっといてもいいよっていう話をしたばっかりなのに! それに私達まだ行きたいところとかあるもん」


 ほっぺたを膨らまして言ったエルピスの後ろでアマルがこくこくと首を上下に激しく振る。


「そうは言ってもな、お前たちの……」

「陛下! あちらの方角です!」


 バタバタといくつかの足音と共に建物の裏から門兵が陛下達を連れてやって来た。


 その中には、レオナルド殿下はもちろん、父、そしてお茶会を楽しんでいたであろう王妃殿下とレベッカ嬢、そして複数人の貴婦人たちがいる。


「陛下、あの男性が目の前で竜に変わったのです! 間違いありません」

「先ほどの門番ではないか。そう騒ぐな、すぐに帰る」


 オルトゥスが自分を指差した男に面倒くさそうにそう答えれば、陛下がこちらにやって来た。


 当たり前だが、あれでバレないわけがない。


 少し顔の強張った陛下は、十年前のあの出来事が脳裏をよぎったのかは分からないが、躊躇いがちに……けれど、何かの希望を持った目でオルトゥスに近づいた。


 

「お、お待ち下さい! 貴方様が、竜谷の……白竜様で……いらっしゃいますか」

「白竜とは懐かしい呼び名だな。貴様は何だ」


 さして興味もなさそうに言ったオルトゥスの言葉に陛下が頭を下げれば、後ろにいた全員が深く頭を下げる。


「わ、わたくしは、この国のリントヴルムの王でございます。この度はどのような御用向きでこちらにいらっしゃったのでしょうか」

「案ずるな。別に国に攻め入ってきた訳ではない。貴様の息子と話が終わればすぐに子ども達を連れて帰るから……」

「え〜! だから、ママがまだいてもいいって言ったもん! もう少しここにいたい! パパ一人で帰ればいいじゃない!」

「僕もまだ本が読みたいよ! いいよね、おかぁさん!」


 双子が私を見て言った言葉に全員の視線が集中し、ざわめきが広がった。


「ねぇ、あの方アリアーナ様でなくて?」

「ウッソ。シリウス様を捨てて国を出て行った方でしょう?」

「え? じゃあ竜と番になってるってこと? 信じられない」


 ザワザワと大きくなる声と突き刺さる視線の中、子ども達に「そうだね」と返事をする。

 父はどこか満足そうな表情を浮かべ、陛下は鋭い視線をこちらに向けていた。

 

「エルピス、もう少しとはいつまでだ?」

「えっと……えっと……」

「あ! レリアのパーティがあるんだよ! 今夜!」


 絶対アマルは興味ないであろうパーティを思い出したように、レリアを指さして言った。


「レリア?」

「は、初めまして。レリア=リントヴルムと申します。この度、……『祝福』をいただいたものでございます」


 深々と丁寧なお辞儀をした後、どこか戸惑いながら言ったレリア殿下は、『エルピス』に祝福をもらったことを言わないようにと言い含められていたため名指しをしなかったのだろう。


 けれど、もはやここまでの騒ぎになっては双子が『竜』だというのを隠すのは難しい。 


「そう! パーティ! 舞踏会よ! 一回くらい参加してみたいと思ってたの!」


 いや、舞踏会ではないよと思いながらも、黙って三人のやり取りを見守った。

 エルピスは、絵本で見るお城のパーティ=舞踏会と思っているのだろう。


 訂正するのは後でするとして、傍観する側に回った。


「白竜殿! ぜ、ぜひレリアの魔力解放のパーティにご参加下さい! ご家族の皆様にももちろん特別なお席をご用意させて頂きます。王家としてもきちんとお礼を――」

「我は興味無いな」

「……っ。そ、そう仰らず……」


 明らかにショックを受けた陛下の様子など気にもしていないようだ。

 陛下の目的は何だろうか?

 竜魔症にはかかっていないが、魔力の解放をして欲しいのか、それとも王の威光を国内外に示す手段としてオルトゥスに参加させたいのか。両方か……。

 王位を譲るという話のはずだが、そう簡単に行かないのかとチラリとレオナルド殿下を見るも、困惑した表情を浮かべていた。


 

「えー! パパも参加しよう! 絶対美味しいお酒とか食べ物がいっぱいあるよ! ね、レリア」

「え? あ……はい」


 突然エルピスに話を振られたレリア王女は驚いたように、そしてどこか身を竦めながらエルピスに応える。


「酒……とな?」


 腕組みをして、しばらく考えた後、「ふむ」と呟く。

 

「よし。その飲み会とやらに参加しよう」

「「やったー!」」


 飲み会じゃないから!

 と突っ込みたいのを通り越して唖然とする。

 もちろん、陛下やその周囲の人間も虚を衝かれたような顔をしていた。

 

「ちょ、ちょっと! オルトゥス、そんな簡単に……」

「良いではないか。我が来たからには子ども達が何かに巻き込まれても対応できるからな。それよりも我は小僧と話が……」

「白竜殿、それでは祝賀会までごゆるりと過ごしていただけるようにお部屋のご準備をいたしますので、ご案内させて下さい」


 オルトゥスの話を遮って言った陛下に、オルトゥスは何の興味も無いように視線を向ける。

 どこか冷ややかな視線に、陛下が固まった。


「我に構うな。おい、小僧。貴様が谷に来た時は我が面倒を見てやったのだから、ここではそなたが我をもてなせ。あと、あのような人間を我に近づけるな。気分が悪い」


 陛下を指さして言ったオルトゥスに、さっと血の気が引くも、陛下に父が何やら耳打ちしている様子だった。

 嫌な予感しかしないものの、会話など聞こえる訳がない。

 

「かしこまりました。オルトゥス殿。それではご案内させて頂きます。エルピスとアマルも行こうか」

「はーい。行こう、おかぁさん」「あ、レリアも行こう! シェリをパパに紹介していい?」


 陛下達を残したまま私たちはデュオス殿下に連れられて自分達の部屋に戻った。


 ***


 

「ふむ。中々良い部屋ではないか。酒はあるか?」

「……誰も飲みませんからあるわけないでしょう」

「今ご用意いたしますよ」


 オルトゥスの酒発言にゲンナリした殿下をフォローするように、レオナルド殿下が近くにいたメイドに、いくつかお酒を持ってくるように指示をする。


 オルトゥスは部屋の真ん中の大きなソファに座り、双子がそばに駆け寄って王都での話をし始めた。 

 シェリの話や図書館の話。祭りの話など、尽きることは無いようで、双子の話をオルトゥスは興味深そうに聞いていた。


「――なるほど。それでエルピスはどのもふもふも連れて帰らないことにしたんだな?」

「うん。だから、もう少し王都にいて、もふもふと遊んでから帰りたいって話をママとしたの」

「そういうことか。それでレリアとやらの飲み会が終わったら帰るのだな?」


 オルトゥスの言葉に少し不満そうにしながらも、双子は「帰るよ」と小さく答える。


「でも、今度北の魔物調査にデュオスが連れて行ってくれるって言ったから、また王都に来たいんだけど……」

「僕も、もっと勉強したいことがあるんだ」


 言いにくそうに言った双子の言葉にオルトゥスが小さく頷く。


「したいことはまたすればいい。だが、お前達に会わせたい『客』を呼んでいるので、一旦帰って、また来ればいい」

「「……はぁい」」


 

 そのまま双子とレリア王女はシェリを連れて隣の部屋に入って遊び始め、部屋には大人達だけが残った。

 隣の部屋に去っていく双子達の背中が寂しそうで、胸が締め付けられる。

 

 

「ねぇ、お客さんって? 用事があるって言ってたのはそれのこと?」

「そうだ。お前も気づいているであろうが、二人が竜の姿になれなくなって随分経った。時間が解決するとは思っていたが、それでも長い。その事で色々と……弊害が出るからな。それで以前話したであろう? 竜と人間の研究を熱心にしているというヤツの話を。そいつをやっと見つけたので双子を見てもらうことにしたのよ」

「あぁ……各国を回っているという……」


 確かウェイラさんのお母さんが人間だと言っていたから、人間と竜の血が混ざっている子ども達を診てもらうのだろうか。


 

「そうだ。それで、小僧、例の核に閉じこもっている件についても聞いてきたぞ」


 その言葉に目を見張った。


 やはり、既にオルトゥスに聞いていたのだ。

 『シリウス』が、核に閉じこもっている件について。


 チラリとデュオス殿下を見れば、一瞬気まずそうな顔をしたものの、にこりと笑顔を浮かべる。


「オルトゥス殿、ありがとうございます。その話については兄の部屋で伺いますので、あちらで――」


 デュオス殿下がオルトゥスを別室に案内しようと立ち上がったところで、思わず彼の手を掴んでしまった。


「アリア? どうしました?」


 じっとりと嫌な汗が流れ、心臓のリズムが大きく、速くなる。


 口の中が渇き、無意識に唇を湿らせた。

 

「……ここで聞けばいいじゃない」

「アリア?」


 デュオス殿下には使わない言葉使いでそう言えば、『彼』は驚いたように目を見開いた。

 部屋の中がしんと静まり返り全員の視線が私に集中しているのが分かる。


 もう引けない。

 先ほど感じたあの違和感。


 今聞かなければ、きっと今夜帰るまでに……この王都にいる間中彼に聞くことはしないだろう。


 ドクドクと自分の心臓の音だけが耳に響き、『彼』を見上げた。


 

「――私に聞かれてはいけないの? シリウス」


 



 

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