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17−8、再会


 静かな廊下を出たところで、メイドに声をかける。


 

「アリアーナ様。どうされました?」

「ちょっと庭に出ようと思うのだけれど、いいかしら? 子ども達は起きないと思うんだけど」

「もちろんです。レオナルド殿下とデュオス殿下に行動の制限はしないよう言われておりますから。お一人で大丈夫ですか?」

「ありがとう。何度か来たことがあるから大丈夫よ」


 そう言って、庭に出るふりをして廊下を進んでいった。


 彼の部屋に近づくにつれ、周囲の音があまりになさすぎて自分の吐息の音がいやに聞こえる。 

 彼の部屋に近づいていく度にやはりやめておこうかと心音が激しくなった。




 見覚えのある豪勢な部屋の前に来たところで、ドアノブに手を添えようとしたその時、不意に記憶があの頃へと戻る。


 


――『愛している』


 姉に愛を囁いたあの瞬間、全てが変わった。

 涙が込み上げ、鼻の奥がツンと痛くなり、伸ばした腕が微かに手が震える。

 


「アリアーナ?」


 不意にかけられた声に反応すれば、そこにはレオナルド殿下が立っていて、横には栗色の髪の美しい女性が立っていた。


「あ……あの」


 ここは王子達の住まいで、行ったことはないが、少し離れたところにはレオナルド殿下とデュオス殿下の部屋もある場所だ。

 なんと言い訳をしようかと躊躇えば、横にいた女性がこちらに近づいてくる。



「あら、あら、あらあらあら。アリアーナ嬢ではありませんか、私のことを覚えていらして?」


「もちろんです。ご無沙汰しております。レベッカ様」

「覚えていてくれて嬉しいわ。お久しぶりね。やだ、あの頃と変わらないままピチピチで羨ましいわ。でもなんだかとっても大人びた表情になってるわね」

「レベッカ様は、更にお綺麗になられて」

「あら、あらあら、嬉しいわ。ありがとう」


 ニコニコと満面の笑みで話しかけてくるレベッカ様にレオナルド殿下が小さくため息をついた。


「レベッカ。アリアーナが困ってるよ」

「だって会えて嬉しいんですもの。あら、私嬉しいしか言ってないわね」


 そんなレベッカ様に思わずこちらも笑みが溢れた。


「ところでアリアーナは……シリウスに何か用だったかい?」


 ぎくりとして体が強張るも言い訳など何も出てこない。

 計画性のない自分の性格にガッカリした。

 

「ええと……その……」

「ひょっとして……シリウスに会いに? デュオスから君はシリウスに会うつもりはないと聞いていたんだけど」


 決して私を責める口調ではなく、気遣うようにレオナルド殿下に尋ねられた。


 シリウスの部屋の前まで来て誤魔化すことなど出来ない。

 何より、レオナルド殿下だからと言うのもあっただろう、躊躇いながらも口を開いた。


「今日……父に会ったんです……」

「あぁ、デュオスから聞いたよ」

「それで、その時……シリウスが……私が出て行ってからずっと……眠ったままだって聞いて……」


 頑なに会いたくないと言ったのに、バツが悪いからか、それとも不安だからか、声が震える。


「心配してくれたのか」

「いえ……その……」


 もしもあの日、もう少し出発が遅ければ。

 もしもあの日、第一のみんなを巻き込まずに王都を出ていれば。


 彼は元気だったかもしれない。


 後悔だけが、自分を責め立てた。


 何より、彼が眠っていることで、今姉と一緒にいないのだということが……それを私の心のどこかで喜んでいる自分が嫌いだった。

 そんな自分だからこそ彼は私を捨てて、あの時姉に愛を告げたのだと自分の醜さを突きつけられたような気分になる。

 

「入っていいよ」


 レオナルド殿下は、柔らかな声でそう言った。


「え……?」

「シリウスは怒るかもしれないけど。そんな顔をしている君を僕には止められないよ」

「そうよ。レオナルド殿下が止めたら私が開けちゃうわ」

 

「……お二人は……私がシリウスに危害を加える……とか、思わないんですか?」


 明らかに怪しいし、不審者以外の何者でもない。


「思わないよ。それに、シリウスには……誰も危害を加えられないからね」

「危害を……加えられない……?」


 驚いて固まっていると、レオナルド殿下がこちらに近づき、そっとドアノブを捻った。


「どうぞ」


 ギィィ……と微かな音を立てて開いた扉の向こうには、記憶と寸分違わない部屋。

 

 窓から差し込む月の光がシリウスのベッドを淡く照らしていた。


「入っていいよ」

 

 足が震えつつもゆっくりと彼に近づけば、月の光に照らされた彼に違和感を覚え、不意に足が止まる。


 

「これ……は……」


 月の光ではなく、彼自身が膜のような淡い光に包まれていた。

 その症状が何なのか、分からないわけが無い。


「まるで殻に閉じこもっているようで、シリウスに触れられないんだよ。ここまで運ぶのも一苦労でね」


 私が倒れたあの時も双子が魔法で運んでくれたと言っていた。

 あまりに似た症状に言葉が出ない。


 そういえば、デュオス殿下はオルトゥスと会った時に鱗に関してだけでなく「他にも聞きたいこと」があると言っていたが、ひょっとしてシリウスがこの核に閉じこもっていることに関してだろうか?


「私もレオナルド殿下と一緒に毎日シリウス殿下の様子を診に来ているんだけど、ずっとこのままで……でも、この王都の結界を張り続けているのよ」

「結界を……?」


 私が倒れていた時に意識はなかった。

 けれど、今シリウスは意識があるということだろうか?


 それとも無意識に結界を張り続けている?

 しかもこんなに強力な結界を?

 

「デュオスは『竜魔症』の症状に似ているから、この件に関しても竜に聞きに行ったんだが、……答えはもらえなかったと言っていたよ」


「え……?」


 答えが貰えなかったとはどう言うことだろうか。


 二度目の竜魔症による二次覚醒については私はオルトゥスから聞かされていた。

 いや、それよりも、なぜ……。

 

「これは、恐らく二度目の竜魔症の覚醒のために核に閉じこもっている状況だと思われます……」

「核?」

「はい、でも……それに関しては魔力の解放をした後、二つの魔力が体にあるのが条件だということなんです。その二つの魔力が馴染んでいないとか……。核に閉じこもっている間は仮死状態のようなもので、年も取らないと聞きました。目覚めれば、さらに魔力は大きくなっていると思います……」

「仮死状態……」

「はい、でも鱗で魔力の解放をしたはずなのに……一体なぜ」


 鱗で解放したのなら魔力は落ち着いているはずだ。

 どの段階で別の魔力が入ったのか……。

 

「僕は体調が回復する前にすでにシリウスがこの状態だったから分からないが、調べてみよう。だが……なぜ、君がそんなことを知っているんだ?」


 レオナルド殿下の言葉に、一瞬ためらう。


 今私は間違いなくレオナルド殿下よりも魔力が上だ。

 竜の一族の直系であり王太子である殿下にそれを言うのは憚られるが……ここまで話して言わないわけにもいかない。


 

「私が……半年前まで……約七年……核に閉じこもっていたからです」

「君が⁉︎」

「まぁ……。だから、あの頃の姿のままなのね……」


 驚く二人に曖昧に微笑めば、なぜかレオナルド殿下は安心したように微笑んだ。


「そうか、なぜ君が二次覚醒までしたのか気にはなるが、シリウスは目覚めるんだな。良かった……竜魔症のように死に至るのではないかと心配していたが……そうか、良かった」


 目を潤ませてシリウスを見た殿下の表情に胸が締め付けられた。


 確かに、一度目の竜魔症と違って死ぬことはない。


 けれど……


「目覚めるのには個人差があるそうで、……三日後であったり、百年後だったりするそうです」


「ひゃ……く……?」


 榛色の綺麗な瞳を見開いてレオナルド殿下は固まった。


「そうか……だから、あいつは……」

「殿下?」

「あぁ、なんでもないよ。僕はちょっと用事があったのを思い出したから失礼させてもらうよ。……アリアーナはもう少し、ここにいるかい?」


 その言葉に躊躇いながらも小さく頷いた。


「あぁ、それから、シリウスは……。いや、これは僕から言うべきではないな。では失礼するよ」

  


 そう言って、二人は静かに部屋を出ていった。

 誰もいなくなった部屋で、ベッドに横たわり、核に守られたシリウスを見下ろす。


 あの頃のままと変わりない彼に、なぜか涙が溢れた。


 最後に会ったのは病で少し衰弱していた彼の顔。


 

「……ねぇ。どうして姉様を選んだの?」


 震える声で、彼に問い掛けるも当然答えは返ってこない。


 腹が立つほどに整った顔は、瞼ひとつ動くことはない。


「何が気に入らなかったのよ。別れたいならハッキリ言ってくれれば良かったのに……」


 ぱたり。と落ちた涙が柔らかな絨毯に染み込んだ。


 不意に彼に手を伸ばすも、淡く光る核に阻まれて触れることもままならない。


 一度流れた涙は止まらなかった。

 嗚咽ひとつ出ないのに、涙だけがただ流れていく。

 


「平手打ちの……一つもお見舞い出来ないのね」

 

 

 私はドアの外に誰かが立っていることにも気づかないまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。

 

 


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