17−7、再会
次回更新は金曜日です。
「眠った……まま……?」
父の言葉を反芻するも、思考が上手く回らない。
デュオス殿下はそんなことは言っていなかった。
まるで被害はなかったかのように言っていたのに……。
「やはり知らなかったか。まぁ、王家が必死で隠していることだから、知っている人間は限られているがな」
父が私のショックを楽しむかのようにふっと笑う。
だから姉はショックを受けて白魔術師団に引きこもった?
私がどうこうではなく、シリウスが倒れてしまったから?
けれど、もしもシリウスが怪我をしたのなら白魔術師団が総力を上げて治癒をするだろう。
もしくはそれすらも追いつかないほど負傷が激しいということだろうか。
「とにかく、お前は――」
「レイルズ公爵!」
突然私と父の間に割って入るように現れた人物に目を凝らす。
「デュオス殿下……」
よほど急いできたのだろう、呼吸を乱して汗をかいていた殿下は、睨みつけるように父を見た。
午前中は用事があると言っていたのに、まさかこんなところに殿下が来るなんて。
「無事ですか? アリア」
「え……ええ」
殿下はチラリと私と双子の顔を見た後に、すぐに父に視線を戻した。
「レイルズ公爵。国王陛下の召集に応じずこんなところで何をされているのです」
「これはこれはデュオス殿下。なぜあなたがこんなところに?」
「昨日公爵家に使者を出した際に、登城すると返事があったのに急に貴方が来られないと言うからですよ」
フンと鼻で笑った父はデュオス殿下を見る。
「正式な代理を立てたではありませんか。そもそも殿下がなぜアリアーナ……を……」
ハッとした父の顔から笑みが消え、何かに合点がいったかのように目を見開いた。
広場で倒れている銀の竜のハリボテから双子に視線を移し、その後私と殿下を凝視する。
「白銀……銀髪……。竜谷……竜の……祝福」
ブツブツと何かを言った父に殿下が訝しげな視線を向けた。
「公爵?」
「……殿下、随分とアリアーナと親しいようですが? レリア王女に関する第一魔術師団の協力というのは……アリアですか。そして、竜の祝福は……」
チラリと双子に視線を送った父は、不敵に笑い、ゾクリ……と背筋から何かが這い上がる感覚に陥る。
父は双子が竜だと思ったに違いない。
狡猾で、貪欲で、自分の利益に関しては異常なほどに鼻の利く人間。
双子の正体を明かさないとオルトゥスと約束したのに……。
けれど、双子が竜だという明確な証拠など無い。
双子は竜の姿ではないし、知らぬ存ぜぬで通すしかない。
「公爵……。何が言いたいのです?」
殿下の言葉に父はさらに笑みを深めた。
「いえいえ。なんでもございませんよ。それでは、私は遅ればせながら陛下に謁見して参りますので、失礼致します」
「陛下はもうすでに次の予定が入っています。貴方の信用は地に落ちていますし、今回の件は公爵と言えどそれ相応の処分があると思っていてください」
デュオス殿下の言葉を父はさして気にもしていないようで、笑みを消すことなく去っていった。
「……大丈夫ですか? アリア。申し訳ありません、まさか公爵が貴方の元に行くなど考えもせず……」
ひょっとして、すんなり街への外出許可が出たのは父が城に行くから会うことがないと思ったからだろうか?
「大丈夫ですよ」
「何か言われたり、怪我などはないですか?」
「いつもの嫌味だけですよ。本当に……大丈夫です」
そう微笑むも、殿下はどこか納得できないような表情を浮かべている。
『シリウスが七年眠ったままというのは、本当ですか?』。そう尋ねたいのに、言葉に出せない。
何故、それを私に言ってくれないのか。
言う機会はいくらでもあったはずだ。
確かに王家が必死に隠すのは分かる。
私が国を出た時はレオナルド殿下の回復が遅いと聞いていた。
そこに第二王子まで機能しない上、第一が居なくなった今他国に知られ、付け入る隙を見せるわけにはいかない。
国民は近年稀に見る竜魔症の発症と魔力の解放で国が沸いている。
そこに今更『第二王子が倒れている』と水を差すなど出来ないに違いない。
けれど、……私に言わないのは、信用できないと思われているからだろうか。
「アリア……?」
「あ、いいえ。そろそろ動物達のところへ行く時間ですかね?」
なんでもないというふうに答えるもデュオス殿下は探るようにこちらをじっと見つめた。
「そうですね。ですが……、今日はやめておきますか?」
父に会って動揺していると思っているのだろう、けれど、私一人の問題で子どもたちは関係ない。
「いいえ。エルピスも楽しみにしていましたし、子ども達との約束は守らないと」
「……分かりました。近くに馬車を停めていますので、ご案内します」
そう言って、殿下は街の近衛に倒れた竜のオブジェの後始末を指示し、先ほどの親子にも白魔術師団に治療費を支払う必要はないと話をして、私たちは帰路に着いた。
***
夜、子ども達が寝た後、なかなか寝付けずバルコニーで風にあたっていた。
エルピスもアマルもお昼から行った動物達との触れ合いが楽しかったようで、帰ってからも、食事の時もずっとテンションが高かった。
私はといえば、動物達と触れ合っても、結局父の言葉が頭から離れず自分でも分かるほどにぼーっとしてることが多かった。
子ども達が楽しんでくれていたのが唯一の救いだろう。
ぼんやりと空を見上げると、月が銀色に輝いていた。
そのまま白魔術師団の建物に視線をやればまだ明かりがついていて、多くの人が出入りしている。
「閉じこもってる……か……」
姉があそこにいると思えば、どうしたって心はざわつく。
それから、視線を王城の一画にある『彼』の部屋に視線を移した。
ここに案内された際、意識的に視線を逸らしてきたシリウスの部屋。
「あそこに……いるのかな……」
どういう状況なんだろう。
ひどい怪我なのか。
――本当に生きているのか。
考えれば考えるほどに不安だけが募っていく。
彼が死ぬだなんて考えたことは無かった。
夜だからだろう、明日の朝になればこの気持ちの悪い、胸の奥に詰まったような不安は消えるはずだ。
そう思うのに、私の足は部屋のドアに向かい、そっとドアを開けた。
「……確かめる……だけよ」
そうして、私は足音もなく廊下を進んで行った。




