17−6、再会
次回更新は明日の予定です。
「お父……さ……ま」
逆光になっている父に軽く目を細めながら見上げれば、ふっと鼻で笑われた。
父も七年も経てば老けて当然なのだが、目の下が窪み、肌はくすみ、年齢以上に歳をとったように見える。
それでも、目に宿る蛇のような眼光は衰えることはなく、ギラギラとしていた。
その彼が身に纏っている衣服は白魔術師団の総帥のもの。
「アルバルトの言った通り、本当にあの時のままではないか……。随分と潤った生活をしていたんだな。こちらはお前のせいで大変だったというのに」
口元を歪めながらも、忌々しいといった感情を隠すことのない様に息を呑んだ。
アルバルト=フレイル。やはりあの時王立図書館で会った時に気づかれていたのだ。
彼はいつも姉のそばにいたから、無意識に姉に知られるのではないかと警戒していたし、父も屋敷に閉じこもっているということだったので、まさか未だに魔術師団の総帥の場にいるなど考えもしなかった。
魔術師団総帥が屋敷に閉じこもって仕事などできるわけがない。
しかも国境が各方面で大変な状況だということなのに、総帥が閉じこもっているでは話になるわけがないが、勝手な思い込みで父の身分を甘く見ていた自分自身に舌打ちする。
父の様子をもう少し詳しく聞いておくべきだったと思ってもあとの祭り。
周囲の人間が、父の白魔術師団の衣装と、羽織ったマントを留めるピンにレイルズ家の家紋が描かれていることにざわつき始めた。
「あれって、白魔術師団のレイルズ総帥じゃないか?」
「え、じゃああの女の子ってアリアーナ=レイルズ?」
「でもアリアーナ=レイルズは白魔術が使えないって話だぜ?」
そんな声が広がり始め、周囲に不穏な空気が漂い始める。
「あ、……あの!」
先ほどの怪我をした男の子の母親が声をかけてきた。
その横には、先ほどまで怪我をした男の子も立っていて、目に涙を浮かべている。
まっすぐ立つその姿に本当に完全に治ったのだという安心感と同時に、自分の力への疑問が湧いた。
「何だ?」
父は何事かと訝しげな視線を彼女達に投げたが、その視線に怯みながらも母親は深く頭を下げる。
「ニックの……怪我を治していただきありがとうございました! 私の注意が至らないばっかりに……。本当に……感謝してもしきれません……」
「おねぇちゃん、ありがとう」
ぺこりと丁寧に頭を下げた男の子に自然と笑みが湧いた。
「いいえ、お母様も赤ちゃんを抱いていては咄嗟の反応もできなかったでしょう。ニック君も治ってよかったね。いきなり竜が倒れて来てびっくりしたよね」
そう声を掛ければさらに深く母親は頭を下げる。
「フン、後で白魔術師団に治療費をもってこい。後ほど調査員を寄越すからどういった怪我でどこまで治療したのか明確に答えるんだ。治療費を誤魔化そうなどど考えるなよ。最低でも金貨三枚はすると思っておけ」
「なっ……!」
「き、金貨三枚……」
父の言葉に目を見開いた母親は、ごくりと喉を鳴らした。
「お父様! 私はお金を取るつもりで治療したのではありませんし、私は白魔術師団に所属もしておりません!」
「黙れ。お前はレイルズ家の人間だ。それほどに白魔術が使えるのであれば、今後白魔術師団に所属するのは当然であろう」
そのあまりに傲慢な物言いに頭に血が上るのを感じる。
『レイルズ家』の人間?
追い出したのは父ではないか。
白魔術師団に所属?
物心ついた時から蔑んできたのは父ではないか。
思わず彼を睨みつければ父の顔が不愉快そうに歪んだ。
「何だ、その生意気な顔は! 貴様が……!」
「おじさん、それ以上おかぁさんをいじめたら許さないよ」
さっきから私たちのやりとりを黙って見ていたアマルが確実な殺意を込めた声で言った。
おそらく頑張って魔力を制御しているのだろうが、アマルも、その横にいたエルピスも金色に輝く目で父を見据えている。
まるで蛇に睨まれたカエルのように、父はさっと血の気が引き、一歩後ずさった。
「なん……なんだ。この、子ども達は……」
「おじさんこそママのなんなの。ママを悲しませたら絶対に許さないから」
そう言いながらエルピスが攻撃の魔法陣を展開し、いつでも攻撃できるという態勢を取る。
「なっ……」
四つの魔術を同時展開し、父の前後左右を取り囲んでいた。
父も白魔術師の総帥だ。
自分の結界では防ぎきれないことは本能で分かるだろう。
逃げ道のない攻撃に顔の色をなくしていた。
「エルピス、ダメだよ。ここでそんなものを発動したら、関係ない人まで巻き込んじゃう」
「……」
「エルピス」
「……はい」
宥めるように言えば、エルピスは父親から目を離すことなく睨んだまま魔法陣を消す。
父は、囲まれた攻撃魔法が消えたことに体が緩み、確認するように双子を凝視した。
「マ……『ママ』に『おかぁさん』と言ったか……? は、……はは! そうか、なんとも優秀な子どもを産んだものだな! 見たところ、五、六歳といったところか? シリウス殿下がいなくなった途端にすぐに他の男のところに行くとは恐れいった」
「なんっ……」
「お前は何をしに戻ってきたんだ? 自分は幸せだとでも? 追い出された復讐か? 恋人を取られた復讐か? 捨てられた復讐か?」
「お父……」
鬼気迫る父の表情に本能的に一歩下がった。
父はさらに一歩近づき、私の耳元に顔を寄せる。
「シリウス王子は魔物の襲撃以来、七年以上も眠ったままだというのに、……見事な復讐だよ、アリアーナ」
どこか虚な目をした父の言葉に、私は目を見開いたまま固まった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価で応援していただけたら嬉しいです。




