17−5、再会
次回更新は明日の予定です。
「ママ、あっちで何か楽しそうなことしてる!」
「待ってエルピス! 手を繋がないと逸れちゃうよ!」
「おかぁさん、しょうがないよ。初めてのお祭りだもん」
繋いでいた右手を突然離して、走り出したエルピスを慌てて追えば、アマルもくすくすと笑いながら一緒に走る。
今日は、午後からウサギや羊を見に行く予定なのだが、デュオス殿下は午前中用事があるということだったので、街に繰り出した。
一昨日の時点でレリア王女の魔力の解放に関して既に公表されており、街はお祝いムードで賑わっている。
殿下の許可ももちろん取ったし、下町では知り合いに会うことは無いだろう。
父は特に平民を毛嫌いしていて、このような場所に足を運ぶことはまず絶対にないし、姉もお祭りは人に酔うと言っていたので、大丈夫だろう。
そもそも、白魔術師団に籠っていると言う話だけれど……。
それにしても殿下達は意外にあっさり許可してくれたものだなと思う。
「ママ早くー!」
「待ってってばー!」
エルピスを追いかけながらも、人にぶつからないように走るのがとても難しいぐらいに道は多くの人で賑わっていた。
白銀の竜をモチーフにした商品が至る所で売られており、広場の中心には竜の巨大なハリボテというか、オブジェが飾ってある。
ちなみに、先ほどエルピスが見つけて走って行った場所は、竜の御伽話の舞台で、たくさんの人たちが集まって劇を楽しんでるようだった。
約十年前に竜が王都を襲ってきた出来事などまるでなかったかのような雰囲気だ。
それもそのはずで、レオナルド殿下やシリウスが竜の鱗によって竜魔症を克服したことが知れ渡っているようだった。
『王太子も第二王子も竜に与えられた鱗によって回復した』と、竜との良好な関係を築いているのだと国に広めたのだろう。
舞台を三人で見ながら立っていると、そこここでレリア王女への祝福の声も聞こえる。
可愛らしい王女殿下は国民に愛されているのだと、温かい気持ちになれた。
「今回レリア王女は鱗による魔力の解放ではなく『竜の祝福』なんだろう? ここ最近国にめでたい話がなかったから嬉しいねぇ」
「本当だよ。今西の国境は魔物が溢れ返って大変だって言うじゃないか」
「北の国境は蛮族が攻め込んできたって話だよ」
「第一魔術師団がいなくなってから、今はレオナルド殿下が国境警備に走り回ってるらしいが……」
「シリウス殿下は何してるんだろうな。まぁ、俺たちの知らないところで色々してくれてるんだろうけど……。そういえば、魔物襲撃事件の再調査をするって今日お触れが出たね。第一だって言われてたけど、なんでも彼らが今回レリア王女の治療に貢献したって」
「それよりも白魔術師団だよ。あいつらがさ……」
そんな会話が聞こえ、思わず目を背けてそれとなく噂話に花を咲かす彼らのそばを離れる。
レオナルド殿下は約束してくれた通り、魔物襲撃事件の再調査と第一の汚名を払拭するために動いてくれたのだろう。
昨日、王立図書館から帰って、レオナルド殿下と面会した際の会話を思い出す。
姉の側近に会ったことは言わなかったが、王太子殿下が自身の名前で魔物襲撃事件の再調査をして下さるという言葉を信じて、七年前のあの日、第一の寮であったことを話すことにしたのだ。
案内されたレオナルド殿下の執務室にはもちろんデュオス殿下もいたのだが、話の内容はあくまで私視点の話。
ただ、第一のみんなが私と父の確執に巻き込まれたことだけは伝えたかったのだが、殿下達は全てを信じてくれた。
――「公爵が君に出ていけと言ったんだね?」
レオナルド殿下もデュオス殿下もさして驚く様子はなく、やはりそうかと言わんばかりに私を見た。
「はい。『私の代わりはいくらでもいるから』と、『姉に嫉妬してトラブルを起こされても困る』と言ったニュアンスのことを言われて……。それで、第一のみんなが父から私を庇おうとしたら、彼らのクビは父次第だと言われたことに腹を立てたんだと思うんです……。私を庇ったせいで……。それで、それぞれが寮を出て行ったんです。もちろん父も問題なのですが、私が父の言いなりになったばかりに、みんなが同情してくれ……て。だから、第一のみんなが魔物襲撃事件を計画するなんて時間的にも無理だと思います。本当に突発的な何かがあったのか、良からぬ人間が仕組んだのか……私には分かりませんが、彼らは絶対に関係ありません」
第一のみんなは本当に関係ないというのが伝わったか不安に思いながら彼らを見ると、二人は何か考え込むような顔をしていた。
「アリアーナ。魔物……魔鳥は南方からやって来た。君が竜谷に着くまでになんの異変も無かったんだよね」
「はい。その、確かに……精神的に安定した状況とはいえませんでしたが、特にこれといった違和感や魔物の気配などもなく、ヴァスと竜谷に向かいました。それからヴァスとは竜谷で分かれて、彼はジダル王国に向かうと言っていました」
「君が竜谷に向かった目的を聞いても?」
「……オルトゥス……竜から鱗をもらった際に、もう一度竜谷に戻ると約束したんです」
「「約束……?」」
一体どんな約束かと聞かれるも、答えるつもりはない。
二人に責任を感じて欲しいわけでもないし、たとえもう一度時間が巻き戻ったとしても私は同じ方法を選ぶだろう。
「詳しくは言えませんが、鱗のお礼をするという約束です」
「アリアーナが一人で?」
「アリアが背負うべきものではなく王家がお礼なり対価を支払うべきだろう? 王家のために第一が……」
「『私がもう一度行く』という約束の下鱗をもらったんです」
そうまっすぐに彼らを見れば、デュオス殿下は真っ青で、レオナルド殿下は言葉を失ったようだった。
「……アリアーナ……君が……竜の元にいるのは君の意思では無いと言うことかい? 僕は……王家は、君にどれほどの犠牲を……」
「レオナルド殿下、最初は確かに対価を支払うために竜谷に行きました。……でも、竜は私に居場所をくれたんです。シリウスも、第一も失って、戻る場所のない私に。私が幸せじゃないように見えますか?」
そう尋ねれば、王太子殿下は首を左右に振って「見えないよ」と小さくこぼした。
「それで、私はデュオス殿下が竜谷に来られるまで森の外に出たことはないので、魔物の襲撃があったことも知らずにいたんです」
「そうか……」
しばらく沈黙が続き、誰も言葉を発さなかった。
「あの……」
「なんだい?」
「第一のみんなは指名手配されている状況なのでしょうか……?」
「……そうだね。確たる証拠がないが、重要参考人として手配されていると思う。犯罪者としての指名手配ではなく、あくまで『何か知っている』のではと言う状況かな……。というか、父が彼らが去ったことによって、生じた弊害に危機感を持って、見つけ次第連れ戻そうとしていると言う方が正しいかもしれない。でもそうか……レイルズ公爵が追い出したようなものか……。おそらく父はこの事を知らないんだろうな」
そう言ったレオナルド殿下を私は静かに見つめた。
もう一つ聞きたいことがある。
私の脇腹に残る傷痕。
あの日、『ヒェメル』に刺された傷はいまだにうっすらと残っていた。
彼らに関して、二人は何か知っているだろうか。
彼らはここへ戻って来たのか。
まだ、私を狙うことがあるのだろうか……。
聴くべきか迷っている間に殿下に来客が告げられて私は結局そのことを聞くことができないまま部屋を出た。
――「おかぁさん? 大丈夫?」
アマルの声にハッとして顔を上げれば、いつの間にか竜の舞台は終わり、客も席を立ってその場を離れて行っていた。
「あ、うん。大丈夫。楽しかった?」
「うん。楽しかった。あの竜ってパパのことだよね。なんかすごい神様みたいだった」
「エルピス、あれは大袈裟に作られてるんだよ。おとぅさんあんなに真面目じゃないし」
「なるほどね〜」
いつも通りの双子にどこか癒されながらも、「次はあっちの広場に行こう」だの「あのお菓子が食べたい」だのと、欲望に正直な二人に笑みが溢れる。
「じゃあさ、あっちのお菓子を買って、それから広場に行こうか」
「「うん、そうするー」」
そんな会話をしていたその時、何かが倒れる音と同時に複数の悲鳴が上がった。
「なっ……何⁉︎」
「広場の竜のオブジェが倒れた!」
「男の子が下敷きになってる! みんな手伝え!」
「白魔術師団に至急要請を誰か出しに行け!」
悲鳴の中にそんな声が聞こえ、慌てて中央広場に駆けていく。
大きなハリボテの竜は横に倒れ、人が集まるところに視線をやれば、男の子は助け出されたものの、足から血を流していた。
「あの、大丈夫ですか⁉︎」
ぐったりとした男の子の治療をしていた男性の横で、母親らしき人物は気が動転したように「ニック、ニック。お母さんが代わってあげられたら……」と、子どもの名前を呼びながら泣いていた。
その母親の腕の中にはまだ赤ん坊といえる子どもが抱き抱えられ、その子もまた大声で泣いている。
「あぁ、命に別状は無いようだが、足が……。治療が遅れればこの先歩くのは難しいかもしれねぇ……。今白魔術師団を呼びに行ってるが……」
「あいつらは来ねぇよ。金持ちしか治さねぇんだから」
心配そうに言った男性の横で、別の男性が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
来るか来ないかは別にして、治療が遅くなれば問題だ。
双子に白魔術を使ってもらえれば簡単ではあるが、それでは間違いなく目立つ。
ただでさえ目立つ容姿なのだ。
ここで治癒魔法なんて使えば一気に噂が広まり、厄介なことになりかねない。
すぐにでも貴重な白魔術の使い手を白魔術師団に入れようと彼らは血眼になって探すだろう。
白魔術は苦手だが、しばらく白魔術をかけ続ければ、最悪歩ける程度までの応急処置はできるだろう……。
そう思い、男の子の怪我した足の上に手をかざした。
「お嬢ちゃん?」
きょとんした彼らをよそに自分の手元の魔術に集中する。
その時、想像以上の勢いで術が展開し、淡く光ったかと思うと、少年の足が完全に治っていた。
「「おぉ! すげぇ!」」
「ありがとうございます! あぁ。ニック……」
「ありがとうな! あんた白魔術師だったのかい⁉︎」
そう声を上げる彼らの言葉など耳に入らず、思考が固まる。
「え……?」
白魔術は苦手だ。
それは小さい頃からのコンプレックスで、『レイルズ家』の恥と散々言われてきた。
驚いて自分の手を見るも答えなんて出ない。
「何……で」
その時、ふと影が差し、頭上から聞き覚えのある声が振ってきた。
「ああ、アリアーナ。本当に帰って来ていたのか」
背筋の凍るような冷ややかで、不快に絡みつくその声に無意識に体が震える。
体が、振り向くことを拒否していた。
「白魔術まで使えるようになっていたとは、やっとレイルズ家の血が目覚めたか。どうした? こっちを向いて顔を見せてみろ」
そんな筈はない。
こんなところに、あの人が来るなんてありえない。
そう自分に言い聞かせながらも、ゆっくりとその声の方を振り向く。
目の前には、白銀で、恰幅のいい男性が片方の口角だけあげてこちらを見下ろしていた。
「あぁ、本当に変わりないようだな…我が娘よ」
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