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17−3、再会

次回更新は金曜日です。

「陛下! ここには誰も入れないよう命じられております!」

「黙れ! わしを誰だと思っている!」


 廊下から聞こえるやりとりに、思わず体を強張らせれば、レオナルド殿下が小さくため息をついてドアに足を向ける。


「あ……あの……」

「大丈夫だよ、アリアーナ。中には入れない」


 レオナルド殿下が出て行ったドアを確認して、デュオス殿下が小さくため息をついた。


 響いてくる声はドアの目の前というわけではなさそうだが、それでも威圧的な声が響けば、体が竦む。


「なぜ、……陛下はレリア王女にご同行されなかったのですか?」


 親であり、何より国王である彼がいないなんて、おかしい。



「アリアが不快な思いをするのがわかってたからですよ」

「え?」

「父はあなたに昔からいい感情を抱いていない。アリアを見れば瞬時に噛み付くに決まっていますからね」


 

 言い切った殿下に違和感を覚えた。

 昔からというのはいつのことを指しているのだろうか。


 初めて陛下にお会いした時から感じていた、不愉快さを隠そうともしない態度がずっと謎だった。


 陛下と初めて言葉を交わしたのは、第一魔術師団に入団して、副団長に就任した時。

 あの時、何か陛下に失礼なことをしただろうかと、考えたが、思い当たることが何もなく困惑したのを覚えている。


「父の問題です。あなたのせいじゃない」

「え?」


 私の考えていたことが分かるのか、驚いて顔を上げれば、殿下は真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 

「あなたのせいじゃない」


 繰り返した殿下の言葉に、小さく息を呑み、何も言葉が出なかった。



「……おかぁさん、大丈夫?」

「アマル」


 隣室で遊んでいた子どもたちが入り口から顔を覗かせている。

 こちらの様子が気になったのだろう、レリア王女に至っては、何かを敏感に感じ取ったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。



「大丈夫だよ。お腹すいた? お菓子でも食べる?」

「うん。食べようかな」


 気まずい雰囲気を何とかしたくて子どもたちにお菓子を勧めるも、陛下の声は響いている。


「――ふざけるな! レリアの魔力の解放に父親である私が立ち会うのは当然だろう! それに、わしも魔力の解放さえ出来れば……!」


 一際興奮した陛下の声が響き渡るが、レオナルド殿下の声は聞こえず、いつも冷静沈着とした殿下は淡々と父親に何かを言っているに違いない。


 それから少しして、陛下の声が遠ざかった後、レオナルド殿下が部屋に戻って来た。

 

「騒がせて申し訳なかったね。警備の人間を倍に増やすよ。それから……僕の戴冠式の前に……一週間後にレリアの魔力解放の祝賀パーティーを行おうと思うのだが、……君たちは出たくないよね」


「そうですね。この子達の正体を知らせるわけにも行きませんし、何より、目立つと思うんですよね……」


 横でお菓子を頬張る双子に視線をやれば、本当に天使すぎると改めて痛感した。

 この子達の容姿は、私も初めて会った時に驚いたほどだ。


 黙っていても視線を惹きつける子たちは、一体どこの家の子かと勘繰られることは間違いないし、そこに私がいては絶対に悪目立ちしてしまう。

 かといって、保護者の私がいないのも問題だ。


「俺もアリアの出席には反対です」

「まぁ、そうだよね。変なこと聞いて悪かったね」

「とんでもないことです。それにしても、祝賀パーティーってそんなに早くするものなんですか?」


 デュオス殿下の助け舟に安堵して率直な質問をしてみた。

 おめでたいことならば、もっとこう……時間をかけて用意すればいいのにと思うけれど……。

 

「今、国が結構大変ですからね。竜の祝福を受けたことを一日でも早く国民に知らせて安心させたいという狙いがあるんですよ」

「デュオス、ちょっと正直に言い過ぎじゃないかい?」

「でもアリアに誤魔化してもしようがないじゃないですか」

「まぁ、そうなんだけどね……」


 呆れたように言ったレオナルド殿下とデュオス殿下のやりとりがどこか懐かしくて無意識に笑みが溢れる。

 


「ねぇ、デュオス、パーティの話はいいとして、明日はもふもふのところは行けるの?」


 シェリにも犬用おやつをあげながらエルピスがデュオス殿下に尋ねた。


「明日はアマルのご希望の王立図書館へ行こうかと思ってるんだけど、どうかな?」


 そう殿下がアマルの顔を覗き込めば、アマルの表情が嬉しそうに綻ぶ。


「僕行きたい!」

「アリアもエルピスもそれでいいかな?」

「もちろんです。ありがとうございます」

「いいよー」


 盛り上がる双子の様子をレリア殿下が何か言いたそうにモジモジとしながら見ている。

 

「あ、あの。エルピス様、良ければもう少しシェリと遊びませんか……!」


 よっぽど勇気を出したのだろう、レリア王女は頬を赤くして言った。


「うん、遊びたい! あ、あれここでしちゃだめかな!」


 そう言いながらエルピスは持ってきたカバンの中をゴソゴソと漁り始める。


 レリア王女はなんだろうと首を捻ってエルピスのカバンの中を覗き込んだ。


「あ! あった! これこれ!」


 ジャジャーンとカバンの中からエルピスが出したのは、ボールだ。


「投げたらシェリ取ってきてくれるかな? どっちが早く取れるとか競争してみたい……」

「取りに行くとは思いますけど……どっちとは……?」

「え? 私とシェリのどっちが早く取れるかだよ」

「???」


 間違いなくシェリとエルピスが競争したらエルピスが勝つだろうが、当然レリア王女にそんな想像は出来ないだろう。

 

 それでも、レリア王女は興奮気味に話すエルピスの話をなんとか理解しようとしているところがとても可愛くて、大人三人の口元が自然と綻んだ。

 

「エルピス、お部屋の中ではどっちにしてもボールは投げられないよ」

「そっか、そうだよね」

「今は警備の面の準備ができていないが、今度庭で遊ぶといいよ。手配するようにしておくから」

 

 レオナルド殿下の言葉を聞いた、エルピスとレリア王女は嬉しそうに「早く手配してね」と言って、また隣の部屋でシェリと遊び始めた。



「レリアは人見知りが激しいのもあるが、年の近い友達がいないから、よっぽど嬉しいようだね」

「ふふ。エルピスもとても嬉しそうなので、私も嬉しいです」


 妹に視線をやりながら言ったレオナルド殿下の方が嬉しそうに見える。

 年の離れた妹となればそれはもう可愛くてしょうがないのだろう。


「あぁ、そういえば……アリアーナ。僕の……婚約者を覚えているかい?」

「え? はい。確か……アルザ侯爵家のレベッカ様ですよね」


 レベッカ様は優秀な白魔術師で、姉と同級生だった。確か入学時は彼女が首席だったはず。卒業時は姉が首席だったが、優秀な人材で、姉に並ぶ人望の厚い人だったと記憶している。


 レベッカ様は快活な性格でどちらかというと落ち着いた性格の姉とは正反対だったように思うが、シリウスといる時に何度か王宮でお会いしたことがあった。


 その時はいつも明るい笑顔で声をかけてくださったのを覚えている。


「レベッカがね、君が王都を去って心配していたんだ。君が帰ってきたと聞いたら喜ぶだろう。竜谷に戻る前に、もし君さえ良ければ元気な顔を見せてやってくれると嬉しい。でも、負担に思うなら無理はしなくていいからね」

「……はい」

「じゃあ私はもう行くよ。今日は本当にありがとう、アリアーナ」

「それは……私ではなく、エルピスに」

「それはもちろんだが、君がいなかったらあの子達は生まれる事なく、ここにも来ていないだろうからね。君の大事な子達を利用したようで、本当に……申し訳ない」

「……っ」

 

 よいしょと立ち上がった殿下はまっすぐに私を見て微笑んだ。


「ありがとう。アリアーナ」

 

 

 そう言って去って行った殿下に私は深く頭を下げた。


 礼を言われるようなことは何一つしていない。


 私は、殿下達を騙している。


 いつまで経ってもあの子達の本当の母親ではないと言わないのは、私が卑怯で弱虫だから。

 逃げ場を確保しておきたいという浅ましい計算があるからだ。


 王都にはいられないと、帰らなければいけない場所があると……あの子達を利用しているのは私だ。


 

 自分の醜さに、私は言葉を失った。

 


 ***


 

 翌日、アマルとエルピス、そして殿下と一緒に馬車で王立図書館に向かった。


 アマルとエルピスはお出かけ用の服まで用意してもらって、ルンルンだ。

 あまり豪華すぎない服だが、いかんせん双子が可愛すぎて、存在感を隠しきれず、何度着替えたか分からなかった。


 そして、私は不自然にならない程度の変装をしている。


 どこぞの貴婦人に見えそうなドレスを借りて、髪を結い上げ、メイクまでしてもらった。


『ママじゃないみたい。すっごく素敵』と褒めてくれたエルピスの言葉通り、素敵かどうかは別にして、これでは一目で私と分かる人はいないだろう。

 

 なんなら三度見したって分からないはずだ。


 所詮名ばかりの公爵令嬢で、舞踏会やパーティ、お茶会など華やかな場など行ったこともない。


 そういった場には姉が行くだけで十分だったのだから。




 

――馬車から降りて、王立図書館の中に一歩入れば、アマルは感嘆のため息をこぼした。 

 ここの王立図書館は、三階建ての図書館で、千五百万点という蔵書数を誇る。


 この国だけでなく、外国の本も多く、持ち出し禁止の本や、王家のみが閲覧を許されるエリアもある。

 今回はそこにも連れて行ってもらえると知って、アマルはとても喜んでいた。


 エルピスはエルピスで、魔法付与の本に興味はなく、一般閲覧の出来る動物コーナーのところに行って、動物の飼育法や図鑑を見るというので、彼女に私が付き添うことになった。


 

 三階の窓際の閲覧席にエルピスと行き、動物の本を楽しむ彼女の横で、適当に手に取った本を静かに読む。


 ふと、開いた窓の外から聞こえた声に、道を見下ろせば、一組の学生カップルがベンチに座っているのが目に留まった。


 その時、不意に何かが胸に込み上げ、あの日の出来事が頭を過った。


「……っ」


 なぜ、今更そんなことを思い出すのか。

 

 図書室。

 カップル。


 ――二人の関係が大きく変わったあの日。


「アリア?」


 耳元で、小さく呼ばれた声に振り向けば、滲んだ視界に『彼』が重なる。

 大きく、鼓動が跳ねた。

 

「シ……」


 違う。

 彼ではない。


「アリア? どうしました?」


 訝しげにこちらを見るデュオス殿下の青い瞳に我に返った。


「い……いえ。アマルのお目当ての本は見つかりましたか?」

「ええ、何冊かあったようです。僕の名前で貸出の手続きを取りに行くのですが、アリアやエルピスも何か借りますか?」

「私は大丈夫です。エルピスは?」

 

 乱れた鼓動を落ち着かせようと、ゆっくりとエルピスに話しかける。


「これだけ借りていい?」

「いいよ。一緒に借りる手続きしに行くかい?」

「あ、やってみたい」


 そんな二人のやり取りに平静を装うように笑顔を浮かべる。


「アリアも行きますか?」

「あ、私はちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか? すぐに合流します」

「分かりました。じゃあ行こうか、エルピス」

 

 そう言って去っていく三人を見ながら私は激しく打つ呼吸をなんとか鎮めようと化粧室へと足を向けた。


 早く、王都を離れなければ。

 どうしたって、デュオス殿下がそばにいれば、シリウスの影はずっと私のそばを離れることはない。


 なぜあんな些細なことで彼を思い出すのかと涙が込み上げてくる。

 

 早く。

 早く。


「忘れなくちゃ……」

 

 前を見ず考え事をしていたせいだろう、前から来た人とすれ違いざまに肩が触れた。


「あ、すいませ……」

「失れ……」

 

 驚いて、振り返ったその刹那、視界に入ったのは真っ白なローブ。


 そのローブに金糸で施された見事な刺繍は、忘れることのない、白魔術師団の中でも高位を表すものだ。



 

「あ……」



 

 思わず目を見張り顔を上げれば、相手も目を見開いた。


  


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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