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16−5、王都へ

次回は月曜日更新です。

「こんばんは」

「カーリオン先輩……。どうかされましたか?」

 

「さっき、王都までの数日分の子ども達の服が届いたんだけど、何だか父上が大量に頼んだみたいでね。全部持って行ってくれとは言わないから、いくつか見繕ってもらえないかと思って。デュオス殿下に頼もうかと思ったけど、今しがた父と話があると言って執務室に入って行ってね」


 無害そうな笑顔を浮かべた彼は、やれやれと肩をすくめて言った。


「ええ、もちろんです。前伯爵様のお心遣い感謝いたします」

「では、応接間に運ばせているから、行こうか」


 

 そう言って、彼がエスコートしようと腕を差し出したので、やんわりと断る。

 令嬢扱いされるのは慣れていないし、そんな間柄でもない。


 

「残念。君をエスコートするのが夢だったのに」


 そんな軽口を叩くカーリオンに思わず笑いがこぼれ、そのまま応接間に足を進めれば、彼は笑顔で口を開く。

 

「そういえば覚えてるかい? 学生時代、一二年生の合同訓練があった日のこと」

「もちろんですよ。合同訓練の最後の魔物討伐で、私の班が二年生を抑えて一位を取ったんですから」

「そう、まさか一年生の君に越されるなんて思わなかったよ。事前情報では僕らの班が最有力候補だったのに」

「ふふ。楽しかったですよ」


 一瞬アカデミー時代に心が戻り、楽しかった合同訓練を思い出した。

 一年生に入って初めての課外授業で、一つ大きな自信につながった出来事だ。


「あの時から君は僕の中のヒーローだよ」

「ヒーロー? 何かありましたっけ?」


 ヒロインではなくヒーローという言葉が妙に嬉しくて、聞き返すも、自分では何かあったか思い出せない。

 

「君は覚えてないだろうけどね。まぁ、ちょっと期待したんだけど……じゃあ、これは僕の思い出の宝物ということで」


 言うつもりがないのか、嫌に歯切れの悪い言い方に何があったか思い出そうとするも何も思い出せない。

 覚えているのは自分がしっかりと成績を残せば魔術師団に入れるという思いだけで、他人を気にしている余裕はなかったように思う。


「その言い方は消化不良を起こしそうです」

「僕はずっと消化不良だけどね。あ、ここだよ」


 応接間のドアを開けて中に入れば、部屋の中には本当にたくさんの子ども服が並べらており、なぜかそこに私の服も追加されている。


「……子どもの服が届いたっておっしゃいませんでした?」

「美しい君に服を贈らずにいられるわけがないだろう?」


 これなんてどうだい? と満面の笑みで勧めてくる彼に呆れてため息をついた。

 

「カーリオン先輩は相変わらずですね」

「そうかな? いつだって僕は思ったことを口にしているだけだけどね。ま、そのせいで第一に入れなかったんだと思うけど」

「え? どういう意味です?」

「そのまんまだよ」


 

 先ほどから全く会話が噛み合わず、首を傾げれば、クスリと笑われる。



「……君が彼の庇護の下を離れる日が来るなんて思いもしなかったよ」


 突然変わった話題に思わず返事が一拍遅れる。


「っ……シリウス……殿下ですか?」

「そう。どうして彼の元を逃げ出したの? 愛が重かった? 手加減しているようには見えてたんだけど」


 その言葉に手が止まる。

 愛が重かった? 手加減?


 もしもそう見えたのならなんと滑稽だろう。

 

 あと何回この質問を王都に着くまでにされるのだろうか?


 けれど、昨日、デュオス殿下に聞かれた時とは異なり、思いの外、心のざわつきは大きくなかった。

 きっと、カーリオンとはほとんど接点がなかったからかもしれない。



「……彼は姉を選んだ。それだけです」



 存外、声も震えないものだなと思えば、そんな自分に乾いた笑いすらこぼれた。


「は? 姉? まさかローゼリア嬢のことかい?」

「そうです」

「ハッ……」

 

 彼はどこか小馬鹿にしたような笑いを零す。



「カーリ……?」

「冗談だろう? あの蛇のような女を?」




 その言葉に思わず目を見開いた。


 蛇のような女?


 今まで姉をそんなふうに呼んだことのある人なんていない。


 誰だって、姉のことを『聖女』『稀代の白魔魔術使い』そう褒め讃えてきた。


 誰にでも優しく、優秀で、綺麗で、努力家で……。


 


「何を言って……」

「あぁ、君は知らないよね。……でも僕は知っている。彼女がどんな目で君とシリウスを見ていたのか」


 そう言ったカーリオンの瞳の奥が暗く、どこか畏怖さえ抱くような色をしていた。

 

 こんな彼は記憶に無い。

 端正な顔立ちや人懐っこい性格もあってか、いつも女性に囲まれていたという印象だけが強く残っていた。

 社交性に富んだ、明るい性格の人だったはず……。



「なんの……話ですか?」

「そうか。そうだよね。ローゼリア嬢は君やシリウスの周りにいる人間には決してそのことを悟らせないよう振る舞っていたからね……。大した女優だよ。どんな感情を抱いていたかなんて、言葉にするのも恐ろしいぐらいだよ」


 明らかに悪意ある言い方に思わず呼吸が止まった。

 彼の言葉が記憶の中にある姉とあまりに合わなすぎて――。


「どんな感情も何も、姉様はいつも私を気にして下さって……」

「だろうね。君を大事にしなければ、君たちの周りの人間が黙ってはいない。そこを悟られないようにする狡賢さが父親との違いだろうな」

 

「あなたが何を見たのか存じませんが、……でも、私はこの耳で聞いたんです。シリウスが姉に……『愛してる』って……『婚約しよう』……って。姉様もそれを認めて……」

「本当に? 婚約? 彼女とシリウス殿下の婚約なんて正式な公示は無いよ? 確かに彼がレイルズ家の娘と婚約するという話は聞いたが、僕はてっきり君だと思ってたぐらいだ。彼が君を手放すなんて想像だに出来ないな」


 不敵に笑うカーリオンに私は言葉が出ない。


 『本当に?』と問われれば、本当だ。

 あの日、彼の部屋で、ベッドの上で。

 間違いなくシリウスだった。 

 

 もしもあれがシリウスでなかったとして、でも……それでも、この七年シリウスは私を探さなかった。

 『誰も来なかった』とオルトゥスは言った。

 それが全てではないか……。


 それにあれがシリウスじゃないなんてある訳がない。

 そうだ、もしもなんてある筈ない。

 

「……」


 私は、頭の中が混乱して何も言葉が出てこなかった。

 

「うーん。……君の姉君は一体何をしているんだろうね。間違いなく父の怪我の時に来ると思っていたのだけれど、『来られない』の一点張り。彼女でないと治癒が出来ないレベルだったというのに。またその理由が『妹がいなくなった』だ。聖女と呼ばれた人間がそれだけで仕事を放棄? そして君は『シリウスが姉を選んだ』だ。君の言う通りなら妹がショックを受けるのは分かっていたことだ。僕の中で何一つ噛み合わない」



 カーリオンの言う通り、姉様なら前伯爵の治癒を完璧に出来たはずだが、国境警備の主要人物の為に派遣されていないということは、本当に神殿に閉じこもっているのだろう。


 婚約も公示されず、一体何があったのか……。

 けれど……。


 

「私は……王女殿下の治療の付き添いで王都に行くだけですので……関係ありません。何があったかも分からないし、分かっても何も出来ないと思うので……」

「……そう?」


 どっちに対するそうだろうか。

 関係ありませんなのか、何も出来ないという言葉だろうか。


「僕が何よりも腑に落ちないのは、シリウス殿下が城から……」


 その時、バン! と突然ドアが開いてデュオス殿下が入ってきた。


 息を切らして、肩で軽く息をする様でどれだけ急いで来たのか見てとれた。


「殿下⁉︎ どうされました?」

「チッ……早いな……」


 横で小さくカーリオンが何か呟いたが良く聞き取れない。

 

 それに殿下は確か前伯爵と話していると言っていたが、終わったのだろうか。

 何か急を要する連絡が来たとか、突然双子が起きて泣き出したとか……?


 不穏な空気を漂わせた殿下は、今にもカーリオンの喉元に食らいつきそうな顔でこちらに一歩近づいた。

 

「カーリオン……」

「おや、殿下。もうお話は終わりましたか?」

「俺のいないタイミング見計らったな?」

「なんのことです?」


 そう言って、二人はバチバチと視線を絡ませている。


「しかしあれですな。デュオス殿下はもっと穏やかな方と思っていましたが、なんとも兄上に似てきている」

「あ、カーリオン先輩も思いました? 私もなんです。デュオス殿下はもっと天使だったのに……」

 

「「ねー」」っと言いながら二人声を揃えれば、私とカーリオンの間に殿下が割り込んでくる。


「姉様。この男は危険です。二人きりにはなってはいけませんし、心を許してもいけません」

「大丈夫ですよ。何かされても、負ける気もしませんし」

「酷いな、アリアーナ! 間違っては無いけれど!」


 ショックを隠さず言ったカーリオンだが、殿下はじろりと彼を睨む。


「うっかり薬でも盛られたらどうするんです?」

「おやおや殿下。あまりな言いようではありませんか?」

「シリウス兄上から……色々と聞いていますからね。この男の粘着を舐めてはいけないと」


 警戒心というか敵愾心を隠すことのない視線を受けたカーリオンがクスリと口元を歪めた。


「はっ……! そんなこと。シリウス殿下にだけは言われたくありませんね。そもそも僕が第一に入れなかったのは絶対に彼のせいだ!」

「実力でしょう」

「何を言うんです! 僕は派遣先の関係で昇格試験が受けられなかったり、伯爵領の警備体制の見直しに駆り出されたり、悉く、ことっごとく第一に入る試験を受けられなかったんですよ!」


 唾を撒き散らしながら言ったカーリオンを殿下は煩わしそうに見る。


「何回か受けてますよね」

「二回しか受けていません!」

「チャンスをものに出来ないだけでは?」

「その二回の対戦相手が全てシリウス殿下ですよ!」


 あ、それは可哀想。

 第一に入るには、昇級試験か、推薦、もしくは入れ替え戦で戦う必要がある。

 入れ替え戦も誰でも出場可能と言うわけではなく、予選があって、本戦。その優勝者が入れ替え戦に挑める。

 

 でもその入れ替え戦も公平なくじ引きで、誰が相手をするのかは分からない。


「それは誰にも分かりませんよ」

「いいや! 悪意を感じる! あれは絶対に仕組まれていました!」

「そんな訳ないでしょう? 当然魔術師団はあなたの実力を買っていて、それなりに実力の発揮できるとこにいて、その報酬も十分に出ていたと聞いていますよ? 何より武力の一極集中は良くない」

「でも僕は第一に入りたかったんだ!!」

 

 そんな二人のやり取りがどうでもよくなってきて、私はさっさと双子の服を選んで手に取った。

 多分この二人のやり取りに答えは出ない。


 付き合うだけ無駄だ。

 

「あの。私、もう部屋戻って寝ますね。アズ伯爵、子ども達の服を沢山ありがとうございました」


「え、あ、ちょっ……! アリアーナ! もももう少し話を……」

「おやすみなさい。アリアーナ姉様」

 

「おやすみなさい」


 スタスタと部屋を出ても、二人の言い争いはまだ廊下まで聞こえてきている。


 呆れつつも、自分の部屋に戻りながら、先ほどのカーリオンの言葉が頭にこびりついて離れなかった。


 

『――あの蛇のような女』


 

 姉様はそんな人ではない。

 カーリオン先輩の勘違いだ。

 だって、姉の悪い噂など一度だって聞いたことがない。


 そう思うのに、自分の中で消化しきれない何かがずっと胸の奥にあり、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。

 

 

 ****


 

 それから数日、馬を替えつつも特にトラブルもなく王都へと進んで行った。


 アマルは、前伯爵に治癒の『お礼』にともらった付与魔法の専門書を楽しそうに読み耽り、エルピスは窓から見える羊の群れや、動物たちを見つけてはテンションを上げていた。


 見覚えのある風景が近づくにつれ、自分の顔がこわばっていくのが分かる。


『あと何日で王都』。そんな計算が瞬時に出来てしまう自分がさらに心を追い詰めていく。



「ママ! あれ、お城かな! 絵本と一緒!」


 窓から顔を出していたエルピスの弾んだ大きな声に外を見た。


 城壁に囲まれたその向こう側で、高く聳え立つ白亜の城。



 記憶となんら変わらないものがそこにあった。


 



「――そうだね。あれがリントヴルム城だよ」

 

 

 

 


 


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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