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16−4、王都へ

次回更新は金曜日です。

「アリアーナ=レイルズ! 本当に君に会えるなんて! べぶ!」


 両手を広げて私に迫って来た伯爵は、デュオス殿下に顔面をガッツリと掴まれ、変な声を出した。


「何をするんです! デュオス殿下!」


「何をするんですはこちらのセリフ。アズ伯爵こそ何をしようとしたんです?」

「何って、再会の抱擁に決まってるじゃありませんか」


 顔面を掴まれた手を払ったアズ伯爵はじろりと殿下を睨め付けた。

 後ろにいる使用人達はハラハラとした表情でそんな二人を見ている。

 

「ダメです」

「なんでデュオス殿下の許可がいるんです」


 殿下はアズ伯爵の視線から私を隠すように立っているが、殿下の横からこちらに顔を出そうと、右肩と左肩、腰あたりと色んなところから出てくる顔にこちらは困惑を隠せない。


「あ、あの……。ご無沙汰……してます……」


 恐る恐る声をかけつつゆっくり右手を差し出すと、カーリオンの顔がパッと明るくなった。


「いや、本当。久しぶりだね。しかし……驚いたな、最後に君を見た時とほとんど変わらない可愛らしい少女のままだね。君は妖精か何かだったのかな」

「……カーリオン先輩……いえ、アズ伯爵こそ。お変わりないですよ」

「やだな、そんな堅苦しい呼び方。カーリオンでいいよ」

「え、いや……ええと」


 殿下越しに握手をするという何ともおかしな挨拶だが、カーリオンは蕩けんばかりの笑みを浮かべている。


 最後に彼に会ったのは、魔術師団時代……もはや特に何があった時とは覚えていないが、魔術師団の本部で調べ物をしていたり、食堂にいる時だったり、挨拶を交わす程度だったように思う。

 

 必ず挨拶の中に「今日も可愛いね」とか何かしらお世辞を交ぜるので、この挨拶は通常運転だ。


 けれど、先ほどの門兵があのような反応だったのに、彼が私に対してどんな感情を抱いているのか分からない……とどこか緊張する。


「そうかな、僕ももう二十六だからね。どうかな、シリウス殿下と別れたなら僕と……」

「ママー。私たちも降りていいの?」


 馬車の中からひょっこりと顔を出したアマルの横からエルピスは、ピョンと馬車から飛び降りた。

 それを見たアマルも慌てて馬車から降りる。

 

「マ……ママ⁉︎」

「おじさん、いつまでおかぁさんの手握ってるの? 離して」

「お、おじ……⁉︎」


 アマルとエスピルを見て固まったカーリオンだったが、殿下がお構いなしに淡々と告げた。


「アズ伯爵。こちらはアリアーナ姉様のお子で、エルピスとアマル。それで、至急王宮に連絡を取りたいのだが……伯爵?」


「……」

 

「アズ伯爵?」


 何も聞こえないのか、固まったままのアズ伯爵に殿下が再度声をかける。

 

「え? ……は? 誰の子? 第二王子でない……ってことは……え? え?」

「あの……?」

「あ、あぁ。……ええ! ぜひ中で詳しいお話を! 殿下達を中へご案内してくれ」


 彼の顔を覗き込むように声を掛ければ、カーリオンは我に返ったようにハッと目を見開き、近くにいた執事に指示を出した。


***


 案内された応接室で、メイドがお茶を給仕したのち人払をする。

 

「な……なるほど? この愛らしい双子がレリア殿下を救う『鍵』だと……? 彼女が鱗を所持しているのですか?」

「詳しくは申し上げられませんが、そのようなものです」


 オルトゥスのしおりに書かれている重要事項①『王家の人間以外に双子の正体を明かさない』


 それも、王家の人間でも必要最低限と言われている。


「……何ですか、殿下。歯切れが悪いですね。何なら機嫌も悪いですか?」

「……チッ」


 

 横で小さく舌打ちする殿下に、やれやれとカーリオンがため息をついた。


 

「あの、ところで、前伯爵は……どうされたのですか? いつカーリオン先輩がアズ伯爵家を継がれたのですか?」


 

 死ぬまで爵位は譲らないと生涯現役を謳っていたあの豪傑狸オヤj……伯爵はまさか亡くなられたのだろうか。


 

「継いだのは、六年前だよ。父上が魔物討伐に行った際に足を負傷してね。……その後遺症で片足が動かないというのに、未だに鍛錬を続けていて、頑固なのは健在……」

「頑固がどうした」

「ブッ……!」


 突然入り口から声がしてそちらに顔を向ければ、そこには記憶の通りの強面の前アズ伯爵が立っていた。


 少し小さくなった印象はあるが、顔に刻まれた頑固親j……貫禄はあの頃と変わりない。


「アズ伯爵……」


 思わず立ち上がり、声に出せば、『前』だったことに慌てて口を塞いだ。


「そなた、……アリアーナ=レイルズか?」

「ご無沙汰しております」

「はは……執事から殿下が『アリアーナ=レイルズ』と一緒に竜谷から戻られたと聞いて来てみれば、……本当にそなたも一緒であったか。なんとまぁ、相変わらずの小娘でないか」


 杖を片手に、右足を不自然に引き摺りながらこちらに歩いてくる前伯爵は、どこか愉快そうにしていた。


「その怪我は……」

「これか? ちょっと大型の魔物とやり合って足が半分もげかけての。白魔術師団の到着も時間がかかって、くっつけるだけで精一杯よ」


 あっけらかんと笑う前伯爵に言葉を無くす。


 こんなところに大型の魔物は過去に出たことがない。

 特に竜谷は赤線、白線ときちんと区切られ、魔術師団の学生でも駆除できるほどの魔物しかいないはずだ。


「一体何の魔物が……」

「あぁ、これは西の海に出たクラーケンの討伐に行ったんじゃ。魔術師団の人手が足らんと要請が来てな」


「西の海はここから随分と離れて……」


 西の海は第一魔術師団でもよく討伐に行っていた場所だ。


「そうじゃな。だがそなたら第一魔術師団が去って本当に人手が足らん状態じゃ。討伐にかける時間も人数も足らんから行かざるを得んかった。まぁ、どこぞの公爵に圧力をかけられたのもあるがな……」


 チラリと私を見た彼の視線の中にその公爵が『お前の父親だ』と暗に言っている。


「父上、アリアーナに文句を言ってもしょうがないでしょう? そもそも、その派遣も僕が行く予定だったのに、貴方が自分で手をあげたのではないですか」

「分かっとるわ。儂の実力不足よ。ただ、領民は儂の怪我の原因を完全にそなたのせいだと思っているからな。魔物の襲撃も、第一がいないのも。お前が手引きしたと公爵も言っておったが……」


「彼女は関係ありませんよ」


 殿下が前伯爵の言葉に被せるように言った。


「もちろんでしょう。そんな事儂でも分かりますわい。ただ、国を出て行ったそなたが戻ってくると思わず、噂を放置しておった儂も息子も悪い。どうも検問で殿下の命令も聞かず失礼なことをしたようで、……すまなんだな」


 そのどこか優しい視線に思わず息を呑む。


「伯爵……」

「そなた達がどれほど国のために、王子の為に頑張ったのか……知らぬとは言わんよ……」


 その言葉に鼻の奥がツンと痛む。

 

 一度目の竜谷から帰る時も……二度目の竜谷から帰る時も、ここで王都までの足を調達した。


 ボロボロだったあの時も、たった一人残った私の無事を喜んでくれた。

 本当に頑固なのに狸で、それでもどこか掴みどころのない人だけれど……この人がいるから国境は守られると信じていた。

 誇りを持って、国境を守ってきた人だ。



「……っ。あの時は……お世話になりました……」

「何じゃ。泣き虫も変わらんのか」


「い……いちいち、一言多いでっ……す!」


 ひとつ。涙が溢れた。


「え? おじぃさん、おかぁさんいじめてる?」


 横から前伯爵を下から覗き込んだアマルが少し不機嫌に言った。


「何じゃこの子どもは。ん? おかぁさん?」

「アアアアマル! 違うのよ! ちょっと昔を思い出して――……」


 言葉を間違えないように慎重に選ぶ。


「会えて嬉しいな〜ってちょっと涙が出ただけだから!」


「……ほぅ」

「「……ッチ」」


 会えて嬉し泣きなんて、言葉にするのが何だか癪に障る。

 前伯爵はにやりと口角を上げるし、そして何故殿下とカーリオンが不機嫌なのか謎だ。

 

「そうなの? おかぁさん嬉しいの? 大事な人?」


 けれど、私の方を見て嬉しそうに言ったアマルの言葉につまらない意地を張ったとすぐに反省する。

 どうでもいいことに意地を張るのは私の悪い癖だ。

 

「そうだね。大事な人だから……会えて嬉しいよ」

「じゃぁ、僕も嬉しい」


 そう言って満面の笑みを浮かべたアマルはテクテクと前伯爵に近づいた。


「おじいさん、足痛い?」

「ん? そうじゃな。冷えたりすると痛いかのう」


 その言葉を聞いたアマルが伯爵の右足にそっと手を翳した。


 その刹那。

 ふわりと白く輝く光が前伯爵の足を包み、そのまま光が足に吸い込まれていった。 


 これは……見間違えることなどない……白魔法。

 

「どう?」

「は? え? ……お……おぉ!?」


 一瞬困惑した前伯爵だが、自分の右足を軽く上げ、膝を曲げ、前後に動かし……。

 驚きで声を失っている。


「痛い?」

「いいいや、痛くない。う、動く……動くぞ!」


 驚きを隠せない伯爵だが、こちらも驚きが隠せない。

 アマルが白魔法を使えるだなんて聞いたことが無かった。


 思わずエルピスを見れば、彼女は『どうしたの?』ときょとんとこちらを見上げている。


「アマルって……白魔法使えたの?」


 しゃがみ込んで、こっそりとエルピスに尋ねれば、なんだそんなことかと笑う。

 内緒話が楽しいのか、ニコニコと私の耳にそっと手を当てた。

 

「え〜、私もアマルも使えるよ。ただ普段誰も怪我しないからママには見せたこと無かったかも」

「た……確かに」

「それにね、白魔法以外にも治癒の方法があって、今にも死にそうとかだったら竜の血を分けてあげるのが手っ取り早いんだよね。けど、それはパパが絶対ダメだって言ってるから」

「初耳だけど……」

「そうだっけ? あ、でもパパこれも内緒って言ってたかも。他の効果? 副作用? 条件? がどうとか何とか……何だっけな」


 と何でもないことのように言ったエルピスに思わず頬が引き攣った。


 竜の血に治癒の力があるなんて、そんなのが知れ渡ればこの子達は国中どころか世界中から狙われるのではないだろうか。


 そんな簡単に捕らえられるとは思わないけれど。


 オルトゥスもしおりを作る前にもっと私に伝えておくことがあっただろう! ポンコツか!


 と心の中で彼を罵倒する。


「アリアーナ=レイルズ! 何だこの子は! ……白魔術師団が匙を投げたのに、なな……治った! 足が治ったぞ!」

「おかぁさん、嬉しい?」


 アマルがニコニコと言いながら駆け寄ってくる。


「うん、……嬉しいよ。ありがとう」

「なんと。そなたの息子であったか。さすがレイルズ家の血を引いているという訳か」


 違うけれど、そういうことにしておいた方がいいだろう。

 レイルズ家の血は一滴も流れていないけれど、『竜』ということはバレるわけにもいかない。


「よし、カーリオン! 家督を返せ」

「何言ってるんですか! 別に返してもいいんですけどね、手続きが面倒なんですよ! どうせあと五年したら寿命でしょうよ!」

「お前、それが父親に向かって言うセリフか!」


 そんな二人のやり取りを、「あ……あは。ははは……」と苦笑いで誤魔化すしか無かった。



 

 ***


 その後、上機嫌な前伯爵との夕食を済ませ、明日の早朝にはここを発つので早々に寝床に入った。


 もちろん、双子と私は同じ部屋で、殿下は別の部屋だ。

 双子は初めての街で疲れたのか、明かりがついたまま既に眠っていた。


 すやすやと眠る二人の天使の頬にキスを落として、灯りを消そうとした時、コンコンコンとノック音がする。


「はい?」


 まだ屋敷内は明るく、使用人達はまだ起きている時間だろう。

 明日の準備のことで何かあったのだろうかとそっとドアを開けた。


「こんばんは」


 そこに立っていたのは、カーリオンだった。

 

 

 

 

 


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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