16−3、王都へ
次回は水曜日二十時ごろ更新予定です。
「あの悪魔のような女を捕えろ!」
部隊長がそう叫び、周囲の門兵がこちらに一歩踏み出した瞬間彼らが何かに弾き飛ばされた。
「うわ!」
「なんっ……⁉︎」
「……デュオス……殿下……? なぜ……」
殿下によって吹き飛ばされて尻餅をついた兵士たちがポカンと口を開け、私の前を塞ぐように立っていた彼に視線を集中している。
その彼らの顔は真っ青を通り越して真っ白で、中には震えている人間もいた。
「彼女に触れるな。……聞こえなかったのか? 大事な客人だと」
地を這うような低いその声に、びくりと部隊長の体が竦んだ。
「い、いえ。殿下、しかし……。あやつのせいで王都だけでなく、国が……」
「貴様らのその態度が王女の治療に影響を及ぼすことになったら責任を取れるのか?」
「そ、そんなつもりは……。そもそもアリアーナ=レイルズがレリア殿下の魔力の解放となんの関係が……」
困惑しながらも尋ねた部隊長に殿下が近づいた。
「説明する必要はない。これは竜魔症に関する機密事項だからな。小さな子どももいるんだ、早く伯爵に連絡を取ってくれないか」
「……かしこまりました」
納得はいかないながらも、部隊長は急いで近くにいた部下に、連絡用の早馬と、伯爵の館に行くための馬車を用意するよう指示を出すためと、その場を離れる。
「デュオス殿下……?」
背を向けたままの殿下に声を掛ければ、くるりと振り向いた彼は満面の笑みを浮かべていた。
記憶にある、人懐っこい笑顔。
「姉様にはとんだご無礼を。子ども達は大丈夫ですか?」
「え? 私は大丈夫……」
「全っ然……大丈夫じゃないわよ。ママをなんだと思ってるの?」
「本当だよ……」
去っていく部隊長を睨みつけたエルピスは今にも彼を焼き殺さんばかりの殺気を漂わせていた。
横にいたアマルも、無表情なのだが、怒っているのがわかるほどに魔力も殺気も収めるつもりがないように思う。
「二人とも、気にしないで。王都に行けばこんなの可愛いものだと思うから……」
「え? こいつらの態度が可愛いもの? じゃあ王都の人間はもっと失礼ってこと?」
信じられないと言わんばかりに言ったエルピスの言葉に自分の発言ミスに気づいた。
「いやいや、そう意味ではないんだけど、ほら、色々あったから……」
「それでも、なんかすっごく不愉快だわ……」
「僕も嫌だ」
その時、突然検問所の周囲にいた馬達の嘶きに、困惑した飼い主達の声が聞こえる。
バサバサと鳥の大群が街を離れようと一斉に飛び立ち、空が陰った。
「何だ?」
「どうした? 落ち着け!」
先程まで魔力調整をして竜の気配を抑えていた双子の制御が効かなくなったのか、竜の圧迫感が強くなる。
「エルピス、アマル! 大丈夫だから!」
そう二人を宥めようとした時、近くにいた門兵がこちらに迫ってくる。
「貴様だろう! アリアーナ=レイルズ! また魔物でも呼び寄せる気か!」
その言葉に、さらに殺気立ったエルピスが魔法を放ったその瞬間。
「ぐっ!」
ダンっ……! と門兵の体が地面に叩きつけられていた。
「で……殿……?」
「聞こえなかったのか。下がれ。死にたくなければ」
そう言った殿下の背後には強力な結界が張られ、エルピスの攻撃を防いでいた。
「デュオス! どいてよ!」
「エルピス、落ち着いて」
エルピスをなんとか落ち着かせようとするも、「ママにひどいこと言ったもの!」と聞く耳を持たない。
彼女の攻撃で被害が出ないようにいつでも結界が出せるように構えた。
「な……なん。あんな子どもが……」
「彼女達を怒らせたらこの街など簡単に消える。大人しく命令に従っていろ」
彼の体を地面に叩きつけて押さえ込んだ殿下が低く、静かに言葉を発する。
殿下の指示で馬車の用意をしようとしていた部隊長が慌てて駆け寄ってきて倒れた門兵を連れて行かせた。
「アリア姉様。ご不快な思いをさせて申し訳ありません。エルピスも、アマルもびっくりさせてすまない。これ以上彼らに何もさせないから、気配を収めてくれないだろうか。……動物達が怖がっている」
その言葉に二人ともハッとして、何とか自分の魔力を抑え込んだ。
周囲を見まわしたエルピスは、混乱している馬を見てショックで顔を歪める。
「ごめんなさい……」
「エルピスだけじゃないよ。僕も……」
泣きそうな表情の二人に殿下は目線を合わせて優しく彼らの頭を撫でた。
「二人のせいじゃない。俺が彼らをきちんと抑えられなかったからだ。ママをあんなふうに言われたら怒って当然だよ」
「……また、こんなことが……ある?」
自分のスカートの裾をギュッと掴んだエルピスは、自分を制御できるか不安なんだろう。
「大丈夫……。俺がそばにいる限りはもうこんなことはさせない。それにエルピスもアマルも初めての街でこんなことになって……申し訳ない」
謝る殿下にアマルが不安げに彼を見た。
「デュオス……僕、おかぁさんをいじめる人間には会いたくない」
「私も……。もふもふよりも……ママの方が大事だもの……」
ふるふると震えたアマルとエルピスの言葉に胸が締め付けられた。
二人があんなにも行きたがっていた王都。
アマルの学びたかった付与魔法だけでなく、魔術に関する貴重な資料は王都の図書館にしかないものもある。
エルピスだってずっと憧れていたもふもふに会いたくて頑張ったのに、私のせいで二人をそんな気持ちにさせる訳にはいかない。
「エルピス、アマル。心配しないで。お母さん強いんだから。知ってるでしょう?」
そう言いながらしゃがみ込み、俯いていた双子の顔を覗き込んだ。
「うん……」
「知ってる……」
それでも私を不安そうにじっと見つめる双子をギュッと抱きしめた。
「本当に大丈夫よ。二人がいてくれれば怖いものなんてなんにも無いもの」
「……大丈夫?」
「大丈夫よ」
そう笑顔で答えれば、双子は分かったと小さく笑う。
「あぁ。馬車が来ましたね」
殿下の声に顔を上げれば、丁度馬車が到着した。
***
揺れる馬車の中で、双子は先ほどのことが嘘のように明るい顔で窓の外の流れる街並みを楽しんでいた。
「ねぇねぇ、私馬車に乗ってるってすごくない?」
「これなら絶対おとぅさんもふもふ飼っていいって言ってくれそうだね」
「あ、ねぇ。今あそこの路地に猫が通らなかった?」
「え? 僕見えなかった!」
そんな会話をしつつ、気づけばあっという間にアズ伯爵邸に到着していた。
屋敷の門を通り抜け、馬車が玄関前に到着すれば、早馬が出されていたからか、多くの使用人達が出迎えに出ていた。
馬車のドアが開き、先に降りたデュオス殿下に手を差し出される。
別にエスコートなど必要ないと言いたかったが、多くの人の視線が集まる場所でそれを断る理由もない。
それに、殿下自らエスコートするということに意味がある……のだろう。
私は小さくお礼を言って殿下の手を取った。
「殿下、ご無事で!」
「……アズ伯爵……出迎え、ご苦労」
少し声の硬くなった殿下の声に不安を覚え、顔を上げれば、そこには記憶にあった老齢のアズ伯爵ではなく、二十代後半の男性が立っていた。
綺麗な栗毛の髪を肩まで伸ばし、端正な顔立ちを見て、はっと息を呑む。
彼も、こちらを見て息を呑んだようだった。
「アリアーナ=レイルズ……本当に?」
「カーリオン=アズ……」
第一魔術師団に入団間違いなしと言われた、魔術学校の一つ上の先輩。
こちらに踏み出す足は震え、瞳孔も開いているように見えた。
その刹那、今までに感じたことのない種類の恐怖と感触が背中を駆け上がる。
「アリアーナ=レイルズ! あぁ、本当に君に会えるなんて!」
そう言って、彼は長い腕を目一杯広げてこちらに大きく一歩踏み出した。
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