16−2、王都へ
次回更新は、月曜日の二十時頃です。
「捨てられたのは私だわ!」
もう、私が捨てたなどというせめてもの見栄を張ることも出来ない。
シリウスと瓜二つの顔で、その声で、……それを貴方が私に言うのか。
滲む視界に殿下の表情が見えなくなった。
どうせ一緒に王都に行けば本当のことはすぐに分かるのだ。
けれど、何も知らない殿下には、真実を告げたところで意味はないと思っていた。
貴方の兄が私を捨てたのだと。
貴方の兄が姉を選んだのだと。
伝えたって何にもならないと。
国の英雄と聖女が結ばれて、国民や王家、貴族、そして国の繁栄のためにこれ以上のない婚姻だっただろう。
誰の反論も出ないほどに。
文句を言うならデュオス殿下ではなく、シリウス本人に投げつけるべきだ。
そう思っていたのに。
「何を……」
「殿下はご存じないことと思いますが、私が竜谷から戻った時には既にシリウスは姉を選んでいたんです。確かに父に追い出されたと言うことにも違いありませんが、……どちらにしても、私はあそこにはいられなかった……」
「何を言って……」
声を震わす殿下の表情は、視界が滲んで分からない。
頬を何かが伝っていくも、気にする余裕も無かった。
「シリウスが姉様に婚約を申し込むのを聞いたんです。この耳で、はっきりと。……そして姉様からも……『ごめん』って……」
彼のそばにいる間に、そうなってしまったと……申し訳なさそうに言った姉のあの日の表情は忘れられない。
「そんな筈はない! ローゼリア嬢とは何もな……!」
「殿下。貴方はご存知ないでしょう? 何も……。幼かった貴方にシリウスがなんと話しているか存じませんが……。でも、もういいんです。それに、既に私は新しい人生を築いているんです」
「……」
殿下の言葉に被せるよう言えば、彼はそのまま黙り込む。
『でも、もういい』だなんて嘘だ。
未だに引きずるしかできない自分が嫌になる。
忘れたくても、……忘れられるかもしれないと思った時に現れたデュオス殿下に、忘れることなど不可能だとでも言われたような気分になった。
それでも、前に進むためには忘れて、切り捨てて進んでいかなければならない。
殿下は何も言葉を発することなく固まっていた。
「殿下。私は今やっと……幸せになれそうなんです。確かにシリウスやみんなとずっと一緒にいられたらいいと思っていました。それでも……あの出来事が忘れられないとしても……私は今守るべき存在が、大事な、愛おしい人がいるんです。なので、王都に戻って、シリウスが私に何かを求めているとしても、何も出来ません。……お願いだから……やっと築いた生活を壊さないで下さい……」
「アリ……」
「ママー! デュオスー! 早くお祝いしよー‼︎」
家の中から私たちを呼ぶ声がして視線をやれば、そこに笑顔のエルピスが手を振っていた。
その姿はまるで昼間の私のようだ。
エルピスの呼ぶ声に反応してくるりと背中を向けた殿下に何も答えることが出来ないまま、私はその場に立ち尽くす。
「先に……戻ります」
「ええ……」
殿下が数歩、家に向かって足を進めたところでぴたりと止まる。
「俺は……、誰とも……」
「……え……?」
「……いえ。何でもありません」
こちらを振り返ることもせず、そう言って去っていった殿下の背中を見つめながら、深く息を吸う。
エルピスのお祝いなのだから、何とか気持ちを切り替えなければいけないのにと思うも、私はしばらくそこに立ち尽くすしかできなかった。
***
翌朝、王都に向けて予定通り出発することとなる。
本当に荷物は最低限で、いるものがあればその都度購入することになり、双子たちも荷物を持って元気に家を出た。
直前まで私は双子達に『注意事項』を説明していたのだが、双子はあまりにワクワクしすぎてどこまで覚えているか怪しかったので、オルトゥスは私と殿下に『しおり』を渡してきた。
どうやら夜なべして作ったらしい。
「こんなに心配しているのに、なぜ彼が来ないのか理解出来ませんね」
赤線内を突き進んでいく双子の後に続きながら、殿下がしおりを見て言った言葉にこちらもクスリと笑う。
「本当。何なんでしょうね。独り立ちさせたいのに、どうしても心配が過ぎるんでしょうね」
「母親のあなたがいれば独り立ちも何もないでしょうに」
「人間の私とオルトゥスではやはり全く違いますからね」
私も、出かける直前に心配ならオルトゥスが行ったらいいのではと言ったのだ。
けれど彼は『用事がある』の一点張りで、その用事が何なのか全く説明してくれなかった。
約半年間一緒に暮らした程度ではそこまで信用してもらえていないようで、いつも飄々としているのに肝心なところでは今一歩彼は踏み込むことを許さない何かがある。
「ところで、双子は本当に元気ですね」
サクサクと進んでいく子ども達に置いていかれないように、小走りで私たちもついて行く。
双子は王都についたらアレをしてコレをしてと、本当に楽しそうに二人で話し、ちょくちょくこちらを確認しては置いて行くよと笑っていた。
「ええ。本当に体力が無尽蔵ですよ。そもそも竜の子ですし……身体能力もずば抜けてますからね」
「普段の訓練の時もですか?」
「そうですね。まぁ、遊びの一環で訓練をしているので、……永遠に遊べるのではないかと思うくらい元気です」
そんな他愛無い話をするも、お互い昨日の話には一切触れ無い。
わざとらしいほどに明るく振る舞いながらも、私たちは王都に向けてひたすら竜谷の森の中を進んで行った。
***
「今日はあそこの街で一泊しましょう」
殿下が、竜谷から一番近い街が見えてきたところで指差して言った。
双子は初めての、『人のいる街』に興奮してテンションが上がっている。
「何かもふもふいるかな」
「図書館あるかな」
そんな会話が聞こえてくるが、双子の会話よりも私は問題なく街に入れるか焦燥に駆られ、不意に体が重くなったように感じた。
デュオス殿下の話では、私はいわゆる『指名手配』のようなものなので、王子である殿下と一緒だと言われても、何かしらトラブルになるのではないかという不安が拭えない。
子どもたちと問題なく王都まで行ければいいのだけれど……。
取り越し苦労に終わればいいと思いながら殿下の後に続いて街に向かった。
目的の街は、隣国に一番近いと言うこともあり、街を高い壁にぐるりと囲まれ、入り口での検問も厳しい場所だ。
七年前にも竜谷にくる際に最後に立ち寄った町だが、遠目から見ても、今よりも門兵達の人数は半分ぐらいで、警備も厳しくなかったように思う。
「行こうか」
「ええ」
街に近づくに連れて、エルピスとアマルがさらにソワソワしはじめた。
街に入る検問の列に行商などの多くの人が少し列を作って並んでいる。
「ね、ねぇ! あれ『馬』じゃない?」
「本当だ! すっごく可愛いね」
「ど、どう? アマル、私ちゃんと気配抑えられてるかな? まだあんまり近づかない方がいいよね」
「大丈夫だと思うよ、僕も大丈夫かな……」
そんな二人の可愛いやりとりに少し緊張した心が癒されながらも、私たちは足を進めた。
あまり目立ちたくないことを殿下に伝えれば、きちんと列に並んで検問の時間を待つことにする。
王家の人間であれば、直接門兵のところに行けば待つ時間などなく街に入れるのであろうが、子ども達に『普通』を学ばせることも大事だ。
私たちの順番は近づき、殿下に気づいた黒髪の門兵が敬礼を取れば、他の門兵もそれに倣った。
「デュオス殿下!」
「殿下、ご無事で!」
門兵がすぐに何か指示を出せば、中から上席らしき人物が駆け寄って、深く礼をとった。
「列に並ばずとも、お声をかけていただければよろしいのに」
「気にしないでくれ。部隊長はいるか?」
「はい、すぐにお呼びします。どうぞお通り下さい」
「ありがとう。彼女達は僕の連れだからそのまま通してくれ」
「かしこまりました」
そう言って、門を潜れば、すぐにガタイの良い髭面の男性がこちらに駆け寄ってきた。
胸元につけているバッヂでここの門を警備する部隊長だとすぐに分かる。
「デュオス殿下! ご無事で!」
「部隊長、ご苦労。王都に戻る前にここで一泊するので、アズ伯爵に連絡を取ってくれ。早馬の準備と、旅の荷物を至急一式揃えるように」
アズ伯爵はこの国境に面するこの土地の領主で、なかなかのキレ者だ。
最後に会ったのは鱗を取りに来た時で、結構な高齢だったと思うが、いまだに健在のようだ。
まぁ、あの狸伯爵がそう簡単にくたばるとは思わないけれど……。
「承知しました。ところで、ここを発たれて一週間も経っておりませんが、竜の鱗は……、レリア王女の……」
「竜にも会えた。王都に戻ればすぐにでもレリアの竜魔症の治療にあたる」
心配そうにしていた部隊長も、周囲にいた門兵も殿下の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべ、喜んでいた。
魔力の解放ができれば国はまた新たな力を手に入れることになり、国民に取っては誇るべき存在となる。
上の三兄弟に続き、王女殿下も魔力の解放が出来たとなれば、国はますます発展していくに違いない。
『レリア』というのは会話の内容から王女殿下の名前だろう。
そういえば、聞いていなかったなと思いながら、そこに重きを置いていなかった自分に気づいた。
心のどこかで、『会うことはない』と思っていたのかもしれない。
薄情になったものだと自分に呆れてしまった。
「さすが殿下でございます! お一人で竜谷に向かわれると聞いた時は御身を案じておりましたが、我々の杞憂でございましたな」
「いいや、気にかけてくれて嬉しいよ」
「もったいないお言葉でございます。ところで、旅支度はそちらの女性とお子様……あっ!」
こちらに気づいた部隊長がハッとしたように目を見開いた。
先ほどまでのデュオス殿下に向けていた優しい表情が一瞬にして強張ったので、私が誰なのか気づいたのだろう。
「あの、私は……」
「彼女達は今回一緒に王都に向かう。大事な方だから無礼な態度は許さない」
私に口を挟ませる余裕もなく殿下は淡々と部隊長に告げるも、みるみる部隊長の顔が引き攣っていった。
周りにいた門兵たちも気づいた人間からヒソヒソと声がして、警戒心をあらわにし、空気がピリッとする。
「なりません、殿下! その者は王国に魔物を差し向けた裏切り者ですぞ! しかも元第一魔術師団の副団長という実力者です! しかるべき方法で連れて行かねば、また王都に被害が出ます! おい、今すぐこの女を捕えろ!」
声高に叫んだ部隊長の指示とともに、周囲にいた門兵が剣を構えて、私と双子を取り囲んだ。
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